87、露店の醍醐味
シトラ
最初は小さな港があった。
ある時、その港に一人の美しい女性が訪れ、すぐに港を去っていった。
女性が港を去っていった翌日からその港では今までの数倍の魚が取れるようになり、人々はその女性を神の使いとして崇めた。
女性に一目ぼれし、いつの間にか姿を消した一人の漁師には誰も気づかずに。
「ここがシトラか」
実体化した足で地面へと降り立つと同時に様々な情報が溢れてきた。
そこはブリフィアとはまるっきり違っていた。
ブリフィアは落ち着いた、分かりやすく言うと『和』を中心とした落ち着いた雰囲気だった。
しかしシトラはよく言えばにぎやかな、悪く言えばまとまりのない、様々な色が混ざり合ったような街だった。
だがその喧騒はうるさいものではなく、聞いているうちに楽しくなっていくようなものだった。
「にぎやかだな」
「うん、さすが最大の貿易街だね」
道には様々な露店が並び立ち、果物の甘い匂い、肉を焼いている良い匂い、鼻孔をくすぐる香ばしい香辛料のような匂い、それらが空腹を誘ってきていた。
「腹へったな、何か食わないか?」
「そうだね」
とは言っても何を食べようか?
個人的にはこの肉を焼いてるような匂いが気になるな。
匂いの出どころは……あそこか。
「いらっしゃい!」
俺達が近づくと肉を焼いていた主人が声をかけてきた。
それはシンプルに肉を串に刺して焼いているものだ、だがそのシンプルさがこちらの食欲を誘ってくる。
香ばしい香りがあたりへと漂い、滴った油がジュウジュウと音を立てる。
「それを二つ良いか?」
「あいよ! 串焼き二つ!」
「あっ、アラタ私も払うよ」
「いや、これぐらい良いさ。むしろいつもお世話になってるから払わせてくれ」
「そうそう、こういう時は彼氏にカッコつけさせるもんだぜ」
「かれっ!?」
……うん、こんな風に戸惑うカコはやっぱり可愛い。
あんまりこれで揶揄いすぎると後が怖いが。
「はい串焼き二つ!」
「ありがとう、それにしてもにぎやかだな」
「ええ、なんせ今年は三人も選ばれましたからな!」
「ああ、船職人の事だろ?」
「そうそう、そのおかげで俺達も稼ぎ時ってもんでさぁ!」
そう言うとまた別の人に声をかけ始めた。
そういう通り今はまさに稼ぎ時なのだろう。
「熱いから気を付けろよ」
「うん、ありがとう」
カコに串焼きの片方を渡し串焼きへとかぶりつく。
その肉汁の滴る肉をかんだ瞬間に口の中へと豊満な肉の味が広がる。
まるで豚のように甘く、また少し多めに振りかけられた香辛料がその甘さをさらに引き立たせていた。
「……うまいな」
「うん、そうだね」
俺達はこの串焼きに舌鼓を打ちながらあっという間に食べきってしまった。
串焼きはかなりのボリュームだったがそれも感じさせないほどのうまさだった。
「ふう……まだ少し足りないな」
「そう? 私はだいぶおなかに溜まったけど」
「そうか……なあ、もうちょっと見てきていいか?」
「良いよ、じゃあ私はこのあたりでお店を見て回っているね」
よし、いざ立ち食いの旅に行かん!
個人的にはこの香辛料の良い匂いが気になるな、ああ、だけどこの焼き立てのパンの匂いも。
それらを考えるだけで口の中に唾液が溢れる。
ああ、楽し
「きゃぁぁぁぁぁ!」
未だ見ぬ美味に思いをはせていた俺の耳に悲鳴が飛び込んできた。」
「カコ」
「うん、アラタ」
「「行こうか」」
俺達は悲鳴のあった方へと駆け出した。
……ああ、俺の未だ見ぬ美味が。