84、アラタの楽しい転生時の留意事項
「あ、おかえりリヒト」
すごすごと、まるで負け犬かのように惨めな気分で宿屋に帰ると、カコがすでに戻っていた。
「……ああ、ただいま」
「……どうしたの?」
「いや、何でも無い」
「……そう、ならクロードさん達の伝言を伝えるね」
「頼む」
カコもこちらに気を遣って深くは聞いては来ない、助かる。
「まずリヒトのランクがBに上がったよ」
「そうか」
「次に私たちに特別報酬が出るんだって」
「そうか」
「……こ、今回はリヒトのおかげで解決することの出来たんだよ!」
おかげ……おかげか。
「それにみんなリヒトの事をヒーローだって!」
……はは。
「なぁ、俺はヒーローだったか?」
「……え? ああ、うん、そうだと思うよ?」
「レーナを助けられなかったのに?」
「……で、でも! リヒトはたくさんの人を守ったんだよ!」
「レーナを、いや、化け物になったたくさんの人を殺したのにか?」
「……それは」
「ああそうだよな、俺は『光の王』だ、その力でたくさんの人を守ったんだよな」
「……」
「ははは……何が光の王だよ!」
何がチートだ! 何が光の王だ!
レーナを救えなかったじゃないか!
「……」
……ああそうさ!
俺はそんな偉大なもんじゃない!
ただの運よく力を手に入れた一般人だ!
それが「絶対に助ける」だ!?
そんなものただの身の程を弁えない馬鹿の傲慢じゃないか!
「……リヒト」
ああ、その『リヒト』を辞めてくれ!
俺はただの男子高校生、『伊藤アラタ』だ!
「……はははは」
滑稽だな、笑えてくる。
ああ、とても哀れで惨めだ。
俺はどうしようもな
「リヒト!」
気が付くと俺はカコに抱きしめられていた。
「……カコ?」
「リヒトは、リヒトはヒーローだよ。だってあんなにレーナちゃんを助けようとしてたじゃない」
「俺は、そんな大層なもんじゃ……」
「仮にリヒトの中ではそうでも私の、いや、皆の中ではリヒトはヒーローだよ」
「そう、か?」
「そうだよ」
「……そうか、そうなのか」
「うん」
ヒーロー、か。
「それに私もリヒトの力になれなかった、だから私ももっと強くなってリヒトを助けられるようになる」
……もっと強く。
「だから次は絶対皆を助けよう、ね?」
「……ああ」
……そうだ、俺がもっと強くなればいい。
「……すまなかった、カコ」
「ううん、気にすることないよ」
それこそ全員を助けられるように、胸を張って『光の王』を名乗れる位に。
……そうだ。
「なぁ、カコ、一つ頼みがある」
「何?」
「俺を『リヒト』じゃなくて『アラタ』って呼んでくれないか?」
しばらくは『リヒト』なんて名乗らない。
今の俺はただの『アラタ』だ。
いずれもっと強く、『リヒト』になれるまでは。
「……どうして?」
「頼む」
「……うん、分かった。これからもよろしくね、アラタ」
アラタと呼ばれて気の楽になる。
……おそらく、俺は今の今まで異世界に来て新たな人生を歩んでいる、という本当の自覚を持てていなかったのだろう。
それが今回の事を招いた。
だがもう嘆いたりはしない。
もう誰かを死なせたりしない。
皆を、皆をこの手で救いたい。
「ああ、よろしく」
ここからが俺の、『アラタ』の異世界転生物語の始まりだ。