83、温厚な人ほどキレると怖い
「ただいま」
宿屋に戻ってきた私はリヒトに声を掛ける。
だがリヒトはそれに返事を返してくれない。
「話があるんだけど……これは?」
構わず話を続けようとした私が見つけたのは、テーブルに置いてあった一枚の羊皮紙。
それにはこう書いてあった。
{少しフランメの所に行ってくる}
「フランメ様のところに? けれど、なんで?」
一体何のためだろう?
「本当、なんででしょうね」
「っ!? ローザさん!?」
扉越しに聞こえてきた聞きなれた声、ローザさんだった。
「立ち聞きしてごめんなさいね、入ってもいいかしら?」
「あ、どうぞ」
ドアを開けてローザさんを招き入れた。
何でここに?
いや、それよりも
「ローザさんは何か知っているんですか?」
「ううん、私もフランメに席を外すように頼まれただけ。あの口ぶりだとリヒトが来ることを分かってたみたいだけど」
「何なんでしょうね」
「さあ? 王同士の何かでもあるんじゃない?」
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「よう、フランメ」
「やあ、リヒト君、待ってたよ」
あいつは前のように玉座に座っていた。
違うところと言えばこちらを見てニコニコと笑っている事だろうか。
「その口ぶりだと、俺が何で来たか分かっているみたいだが?」
「まあ、おおよその見当はついてるよ」
つかつかと玉座に歩み寄りながら俺はさらに問う。
「じゃあ聞くが、あんたは元凶について分かっていたな」
「うん」
「なら正体についても分かっていた?」
「うん」
俺はフランメの胸倉をつかみ上げる。
「あの化け物の正体も!」
「うん」
「なら、なら! どうしてレーナだと教えてくれなかったんだ!」
俺が声を荒げてもフランメはその笑みを崩さない。
……くそっ!
「お前が教えてくれれば! こんなことには「なぜ?」……何?」
「なぜ僕がわざわざ君にそんなことを教えなきゃいけないの?」
「何でって、そんなもん」
「君に教えてあげるけど、あれはなってしまった時点ですでに詰みなんだよ、たとえどんな手段を使ってその場を凌いでもいずれまた発症する」
「っ、だ、だがもしかしたら何とか出来たかもしれないだろ!」
「けど確証がない」
「やってみないと分からなかっただろ!」
「それではいどうぞ、と危険を見逃すわけにはいかないんだよ」
「うっ……」
「それに最小限の犠牲で済んで良かったじゃないか」
「良かった? 良かっただと!」
「うん、だってたかが数匹の人間の犠牲であれを倒すことが出来た、怒ることじゃなくてむしろ祝う事じ……」
それ以上の言葉を聞けなかった。
俺がフランメを殴り、言葉を途切れさせたからだ。
「……痛いなぁ」
「お前、人の命を何だと思っているんだ!」
「……そう、なら僕から一つ忠告をしてあげるよ」
「あ?」
次の瞬間、俺はバランスを崩す。
右足の踏ん張りが効かない、いや、右足がない。
「がっ!?」
遅れてやってきた激痛に反射的に足を抑えようとフランメを掴み上げていた手を放そうとした。
だが手はすでに離れていた、フランメからも、俺の体からも。
「よっと」
「がぁ!?」
フランメが俺を掴み地面に叩きつける。
その衝撃は一瞬呼吸が止まってしまうほどだ。
「僕からの忠告……調子に乗るんじゃねぇよ」
フランメが俺の顔を覗き込むかのように顔を近づける、その顔にはもう笑みは無かった。
「何で俺が人間なんてその辺に居る生物に注意を払わなければいけない?」
「っ!?」
「そもそも今回の事はお前の実力不足が招いたものだ、違うか?」
「……それは」
「お前に力が有ればもしかするとその人間を助けられたかもしれない。だがお前は助けられなかった、そうさ、お前は弱かったからさ」
「……」
「今回の事はお前が弱かった……いや、お前が未熟だったからだ、なのに誰に喧嘩売ってんだ殺すぞ」
「……分かっている」
「……よし! ならこれでこの場は収まったね、帰り道、気を付けて」
「……」
俺はもうフランメに何も言い返すことが出来なかった。