チョコレイト・レーズン
かわいい女の子になりたかった。
誰にでも愛される、たった一人の女の子になりたかった。
遥が生まれてきた中で一番ショックだったのは、保育所の頃に友達だったゆりこちゃんが、小学校に上がってから遥を捨てて別の友達と一緒にいることを常としたことだった。
遥は見た目だけは大人しく、それでいてお喋りで、好きになった人をひどく執着するタイプだった。そのため、ずっと一緒に遊んでくれたゆりこちゃんが「はるかちゃんといても、ゆり、ぜんぜん楽しくないもん」と言われたのは、心に大きな痛みをもたらした。
ゆりこちゃんは、かなちゃんといっしょにいることが楽しくて、わたしといてもつまらない。
どうしてだろう、かなちゃんはかわいいからかな、わたしより、ずっとずっとかなちゃんがかわいいから。
だから、ゆりこちゃんはわたしを捨てたのかな。
それから、遥は人一倍にかわいくなりたいと思うようになったのだ。
ベースをしっかりと、ビューラーでまつ毛を限界にまで上げて、アイシャドウは目元に赤を差し込むことを忘れないで。それから、新作のチークをはたいて、リップはさくらんぼカラー。
苦手だったつけまつげも、コツをつかめば簡単なもので、はじめのうちは手が震えてしまって、折角かいたアイラインを何度もなんども入れ直したけれど、それも昔の話。
鏡の前で自身の姿を確認して、かわいいと呟くようにしたのは随分前のことだ。はじめはお店の前で恥ずかしがって買えなかった洋服も、普段着とかしている。——所謂、ロリィタと呼ばれる服が。
かわいくなりたいと願った遥が行き着いたのは、今ではそう珍しくもないロリィタだった。ウィッグは絶対に染められない明るいものを用意し、ヘッドドレスまできちんと整えて、それからようやく外へと出歩く。
クローゼットの中で、フリルとレースであしらわれた洋服のそれ以外を探すことのほうが難しいと思うくらい、遥はこのファッションに魅了されていた。
休日の街中を一人で歩くのだって、遥には苦にならなかった。何故なら、自分はかわいい洋服を着てそのためのかわいいを作っているのだ。かわいくないはずなんて、ない。
……でも、たまに思う。わたしのかわいいは本当にかわいいくあるだろうかと。
おそらくは同年代の、クローゼットの中に絶対にないであろう系統の服を着る、所謂流行りを追いかける少女たちが通り過ぎるのを、遥は視線で追っていく。つけまつげもない、簡単なメイクで、きっと元々かわいい女の子たちを見て。
遥のかわいいは所詮武装で、はるかという人間をコーティングしたチョコレートみたいなものだ。その中に入ってるのが、大嫌いなレーズンみたいな遥だとして。それは、チョコレートの力を借りてようやく美味しいと思えるような、そんな脆さ。
ねえゆりこちゃん、わたし、かなちゃんよりかわいいかな。反射するショーウィンドウから見えた「遥」は、まだ憧れに縋っている。