子どもが書いた冬休みの作文が、SFすぎる件
「先生、さようならー!」
「おぉ、さようなら。雪がまだ積もっているだろうから、こけないように気をつけろよー」
「はーい!」
俺の言葉にビシッと効果音が付きそうな敬礼をし、子どもたちは元気に下校して行った。今日は一月八日。新しい年となり、三学期の始業式を全員出席で無事に迎えることができた。二週間ほどの冬休みが終わり、このやんちゃ盛りな三年生のクラスも残りわずか。それにしみじみと感慨深く、そしてここまで頑張って乗り越えてきた自分に涙が出そうになった。
「元気と言えば、今日は珍しく弘くんがちょっと元気がなさそうだったな…。ファンタジー込みな冬休みだっただろうから、もしかして疲れが残っていたのかな」
二学期の始業式の日。子どもが書いた夏休みの作文からファンタジーすぎる事実が判明してしまったが、この世界は当たり前のように回っている。当然、俺の教師人生も。一介の教師が家庭の事情(異世界のこと)に深入りする訳にもいかず、むしろどう取っついたらいいのかがわからなかった。別に学校で問題が起こった訳でもないので、「そんな世界もあるよなー」と俺の心の中へしまうことにした。本当に学校運営的には、問題が起こらなかったのである。
そりゃあ、運動会の当日に厳つい黒スーツの外国人集団が席を取りに来て、軽くパニック状態になったり、保護者面談で何故か「ヒロシくんの姉です。初めまして」とにっこりと当たり前のように、お母さんと一緒に話を聞きに来た戸籍的にいないはずの姉なる人物が現れたり、授業参観に銀髪父子が物珍しそうに参加していてほんわかさせたり、色々なことはあった。本当に俺的には色々あったんだけど、問題にはならなかったんだよな…。みんな、マイペースな集団ではあったんだけど。
ちなみに、外国人集団はお話を聞いてみたら、「今日は子どもの健康と成長を体育的な行事として称える日と伺いましたので、この世界――ではなく、この国の正装で見に来たのですが、何か間違っていましたか?」と純粋な目をして言われ、俺は管理職とPTAに駆け込んで、寛大な処置を! と事情説明をしに行ったな。
謎の姉なる人物は、第一印象は美人でおっとりとした女性って感じだったんだけど、ときめきよりも心臓に悪い意味でドキドキした俺はどこもおかしくないと思っている。授業参観後、銀髪親子が学校で迷子になっておろおろしていたので、ちゃんと弘くんの下に送り届けた。魔王親子が俺の心臓的に一番優しかった、ってどういうことだろうか。
そんな慌ただしい二学期であったが、こうして無事に乗り越えられたことに安堵が胸に広がる。子どもたちは元気いっぱいで、二学期は行事も多かったから大変ではあった。だけど、みんなお手伝いをよくしてくれたし、休み時間はボールゲームを一緒にしたりして楽しい毎日でもあったと思う。このクラスの子どもたちとの日々も残り約三ヶ月で終わると考えると、少し寂しい気持ちにもなった。
「おっ、夏休みと同様に冬休みの宿題や通知表もしっかり出せているな」
俺は児童から集めた提出物を整え、改めて確認をしておく。騒がしくてお調子者が多いクラスだけど、コツコツと積み重ねていくことは苦ではないらしく、自分がやるべきことへの責任感が強い子たちだ。マイペースで不思議な子も、その分多いけど。それでも、この子たちなら安心して四年生になれるだろう。担任としても、誇らしく感じた。
「そして、例のごとく長い休みの時に出される学校の宿題の定番――冬休みの作文がやってきたか」
俺としては、子どもの作文によって本気で価値観やら人生観に衝撃を受けたので、今回は簡単なドリル系にしようかと思っていた。しかし、他のクラスの先生との話し合いや、子どもに文章力をつける教育云々などで、冬休みにあったことを書く作文の宿題へと決まったのだ。
夏休みの作文で喉を傷めた経験が甦るけど、正直こういった作文ぐらいでしか子どもたちの普段の様子を詳しく知ることができない。実際、あのファンタジーの住人達と弘くんがどんな冬休みを過ごしたのか気になる。他の子どもたちの作文も、かなりいろんな意味で濃かったからな…。そんな好奇心に逆らえず、今年の三年生の冬休みの宿題は作文となったのであった。
そして、三学期初日が終わり、この昼食の時間帯がなんとなく暇になるのも二学期のあの時と同じ。それがちょっとおかしくて笑ってしまいながら、コンビニで買ってきておいたおにぎりを食べ、お茶で喉を潤す。そして、教師用の椅子に座り、先ほど子どもたちから集めた「冬休みの作文」を手元に持ってきた。
「おっ、さすがは弘くん。冬休みの作文とは思えないような分量で、やっぱりきたな」
弘くんの謎の安定感にほっこりしながら、俺はいったいこの二週間でどれだけ書くことがあったのか、と言いたくなるような作文を最初に持ってくる。夏休みの作文では、不意打ちで鋭く抉りこんでくるような感じだったけど、ファンタジーに間接的に鍛えられた今の俺なら問題はないだろう。そうして俺は、意気揚々と弘くんの作文に目を通していった。
『十二月二十四日、終業式が終わって冬休みが始まりました。この日の夕方は、僕の家でクリスマスパーティーをして、異世界のみんなや家族のみんなでお祝いをすることになりました。プレゼントが楽しみです』
「へぇー、ほのぼのとしていていいな」
『異世界から来た魔法使いのおじちゃんがけっ界をはって、王様や騎士さんたちが王族式のすごい会場を用意して、お母さんやお姉ちゃんやディーナがお料理をいっぱい作ってくれました。明彦やブラックドラゴンさんもお手伝いをしてくれました』
「誰でもいいから、地球の一般家庭にブラックドラゴンが来るのをまずは止めろよ」
『最後に魔王が、異世界から雪を魔方陣で送ってふらせてくれました。きれいでした』
「まさかのホワイトクリスマスの正体発覚」
子どもの作文の中に、さらっと放り込まれるファンタジー。そして、それに動じなくなってきている俺。魔王も授業参観やクリスマスなどの行事の日なら、娘に会いに地球へ来れるらしい。とりあえず魔法使いのおじさん、隠蔽作業お疲れ様です。
彼は召喚の技術を応用して、地球でも多少の魔法なら使えるらしい。それでも、召喚に送還、結界に隠蔽作業と色々できるとはさすがである。この人やっぱり優秀だな、また過労で倒れそうだ。
『僕はディーナとお姉ちゃんといっしょに、予約していたクリスマスケーキを取りに行くことになりました』
「いろんな所へ行けるようになれたんだ、お姫様」
『そう思っていたら、僕の頭の上に暗がりができて、気づいたらUFOが空を飛んでいました』
「ホワァッ!?」
お茶噴いた。
『とつぜんUFOから、ビビビッとビームが飛んで来たけど、お姉ちゃんと騎士さんがかかえてくれたので、みんな無事でした』
「騎士というか、護衛と同じ動きをするお姫様」
『騎士さんがいきなりあらわれてびっくりしたけど、「夏休み以降から、ヒロシくんのごえいのためにいつもそばにいたのよ」とお姉ちゃんに教えてもらいました。気づきませんでした』
「先生も気づかなかった」
お姫様の護衛ではなく、弘くんへの護衛だった。正直いらないもんな、このハンマーの申し子。ディーナちゃんにも個別で実はつけているらしい。というより、まさか今までの学校生活でも弘くんって護衛されていたのか。授業参観だけでなく、もしかして普段の授業から色々見られて報告されている感じだった? ちょっと薬局で、胃薬を買ってこようかな。
いや、待て。それよりもまずUFOってなんだ。ジャンルが違う。ファンタジー街道をマイペースに突き進んでいた弘くんの日常に、SF要素がぶっ込まれるってどういうことだよ。もうファンタジーだけで、十分にぶっ飛んでいるのに。普通の子が書いた作文なら「はいはい」って微笑ましく一笑できるのに、弘くんが書いた作文というだけで説得力がありすぎる。なにこれ怖い。作文怖い。
『UFOが僕たちを追ってきたので、とにかくまずはにげることにしました。「きっと宇宙から地球をしんりゃくしに来たんだわ。人間をけんきゅうするためにさらいに来たのかしら」とお姉ちゃんがむずかしい顔で考え、ディーナが「あれは円ばん型? でも三角にも見える平べったい型だから、近年目げき例の多い三角型UFOかもしれません」と教えてくれました。二人ともすごいです』
「順調に異世界人が、地球の文化に染まっていっている件」
『異世界のみんなは、地球では力を上手く出せないみたいなので大変でした。にげている間、お姉ちゃんがしゅくじょのたしなみでいつも持っているウォーハンマーで、近くにあるものをUFOに向かって吹っ飛ばしていましたが、へこませることしかできませんでした』
「未確認飛行物体以上の存在感について」
そういえば、夏休みに読んだ作文で異世界の者は力を抑えられてしまう、って書かれていたな。弘くんの作文説明でだけど、異世界と地球の間には不思議な壁があって、それを通過するためには必要なことのようだ。これで弱体化しているのか、お姫様。全力全開だったら、UFOを打ち落としていたのは確実だろう。地球で異世界人が、宇宙人をハンマーで打ち落として惑星問題に発展。わけがわからないよ。
ちなみに、弘くんが持っている神様が宿っているという神の杖は、地球でも普通に水を出せるらしい。クリスマスパーティーの準備で、異世界組のはっちゃけの隠蔽を頑張る魔法使いのおじさんに、弘くんがいっぱい飲ませていたからな。世界からの力がなくても、杖に宿っている神様自身の力のおかげだと作文に書かれていた。神の杖というぐらいなんだから、水を出すだけと言ってもやはりすごい代物なのだろう。もしかしたら、他にも何かできるのかもしれないな。
『お姉ちゃんががんばって打って、騎士さんが吹っ飛ばせるものを用意していたけど、ついに吹っ飛ばしても地いきの人のめいわくにならなさそうなものがなくなっちゃって、僕たちはピンチになってしまいました』
「これは褒めるべきなのか。それよりも命を大事に! と言うべきなのか」
『お姉ちゃんが最終おう義『しゅくじょのきわみ』を発動するしかない、ってなった時、とつぜん空から別のビームが飛んできて、三角型のUFOに当たりました。僕たちを追いかけていたUFOは、けむりを出して空のかなたへと飛んで行ってしまいました。そうしたら、新しいUFOが僕たちのところに飛んできました』
ディーナちゃんの解説曰く、立体的なピラミッド型UFOであったらしい。このメンバー、我が道の最先端を行き過ぎだと思う。
『UFOが僕たちの前におりてきました。入り口が開くと、中から僕と同じ年ぐらいの女の子が出てきました。女の子は僕を見ると、なんだか泣きそうな顔になったけど、すぐに笑顔を見せてくれました。女の子は一人だけで、ふしぎな小さな箱みたいなものにUFOをしまっちゃって、僕はおどろきました。初めて会う女の子のはずなのに、なんだかいっしょにいると落ち着くような、よくわからない気持ちになりました』
「えっ、女の子? 弘くんのほのぼの思考ならSF住人でも受け入れられそうだけど、反応的に初対面じゃないのか? うーん、よくわからん…」
『「みなさんを助けに、今より数百年ほど後の未来から来ました」と女の子は言いました。お姉ちゃんが僕たちの代表として、真剣な顔でお話をしました。それから少しして、「かわいい女の子は正義」とスキップをしながら女の子と手をつないでもどってきて、家でくわしくお話をすることになったみたいです。お姉ちゃんは、なんだかうれしそうでした』
「安定の子ども好きである」
その後、護衛の騎士さんはいつも通り隠密に戻り、予約のケーキを当たり前のように取りに行き、四人で手を繋いで仲良く家に帰ったらしい。SF襲撃があったのに、何この平常運転のほのぼのとした帰り道。作文からでも、SF少女さんの困惑が伝わってくるようだ。
それからなんと、もともと予定されていたクリスマスパーティーが、まずはそのまま開催されてしまったらしい。SF少女さんは、目を点にしてもいいと思う。大人組がケーキを待っている間にすでにデキあがってしまっていたらしく、初対面の少女が現れても「祝いの祭りに、こまけぇーことは気にするな!」というノリで受け入れちゃったのだ。まずは何百年も先の未来から、わざわざ助けに来てくれたらしいSF少女さんのシリアスそうな話を聞いてやれよ、マイペース共。
唯一大人組の中で素面であり、酔っ払いの介抱に回っていた魔王だけは一瞬考え込んだらしいが、「娘に同性の友達ができるかもしれぬか…」と結局は許可。さすがは、娘のために異世界で侵略を始めた魔王。お前それでいいのか。ファンタジー組の二大巨塔の弱点が共通しているんだけど。
それから夜まで歌って騒いでケーキを食べて、クリスマスプレゼント交換までした後、ようやく話し合いが始まったらしい。SF少女さんは泣いていいと思う。彼女も弘くんからリボンをもらって喜んだり、おろおろしながらも楽しそうだったり、明彦をもふったり、ディーナちゃんとケーキを食べながらUFOについて語り合っていたそうだけど。とりあえず、クリスマスパーティーが楽しかったことは、弘くんの作文から十分に伝わってきたのであった。
『女の子の名前は『ニコ』と言うそうで、未来の地球から過去へ宇宙船に乗って来たそうです。なんでも、未来の地球をしんりゃくしようとねらう宇宙人が、ぐうぜん過去にもどる装置を作ることができたから、それで僕たちを消すためにこの時代へワープをしてきたそうです。それをぐうぜん知ったニコが、それを止めるために宇宙人の宇宙船にかくれて乗り込んで、いっしょにワープをしてきたと話してくれました。ニコが乗っていたUFOも、もともとは宇宙人のものだったそうです』
「うわぁ…、超SFチック。そして、さらっとこの宇宙に宇宙人が実在することを、子どもの作文よって発覚させられる俺。しかし、なんで何百年も先の未来の地球を侵略しにきた宇宙人が、わざわざ過去の弘くんたちを消そうとワープしてきたんだ?」
『僕たちをねらっているのは、なんでも未来の地球をしんりゃくしに来た宇宙人が、未来のファンタジー込みの地球の理不じんを受けて、半かいしたからだそうです。だったら、過去のファンタジーようそを消しておいたら勝てるはず! とワープをして、起死回生をねらったそうです』
「ああぁぁぁーー……」
大変納得できました。つまり、この時代の弘くんたちから始まったファンタジー交流が、おそらくこれからの未来でも地味に広がっていったのだろう。その結果、未来の地球とファンタジーが上手いこと混ざり合い、侵略に来た宇宙人へ理不尽の洗礼を与えられるぐらいの魔境になってしまいましたと。弘くんたちは異世界だけでなく、未来の地球まで間接的に救ってしまっていたらしい。この勇者一家、とんでもねぇ。
そんな魔境となった地球に痛い目を食らわされた宇宙人たちが、偶然できた時間を越える装置を使って一発逆転のチャンスを狙った。それが、地球とファンタジーを地味に繋ぐ原因となった、過去の改変。ファンタジーの原因である弘くんたちを消して、そのまま地球を侵略しちゃおうと考えたらしい。せこい、なんてせこいんだ、宇宙人。SFのスケールはでかいくせに、色々台無しすぎる。
そして、俺が普通に年末の間のんびり仕事をして、それから田舎へ帰ってお笑いや歌合戦や音楽番組を器用にチャンネル操作をしながら年越しをしていた間に、まさか宇宙人からの侵略という危機が地球に迫っていたとは。なんで俺はこんなとんでもない事実を、冬休みの宿題で書いた子どもの作文で知ることになるんだろう。思わず、遠い目になってしまった。
『宇宙人が過去へ行こうとしていたことに気づいたけど、すぐに動けたのはニコだけだったみたいで、それで彼女が一人だけ過去に飛んで来たそうです。ニコの目的は、宇宙人を元の時代に送るかたおすかして、時間をこえる装置をこわすことみたいです。「未来にいる他のみなさんとちがって、私ならたとえ過去に取りのこされても支障がありませんから。それに、私がずっとやりたかったねがいを、過去へ行けば叶えることができるかもしれないって思ったんです」そう言って、ニコはうれしそうに笑いました』
「……いざとなったら、自分が帰れなくなっても時間を越える装置を壊すつもりなのか」
『ニコのねがいがなんなのか聞いてみたら、「もう叶っています」と言われました。教えてほしい、と言ったけどヒミツって言われちゃいました。ちょっとざんねんです』
うーん、ニコちゃんか。未来の地球を守るために、全てを捨てる覚悟で弘くんたちを助けに来た女の子。それでも筋は通る理由だけど、クリスマスパーティーでみんなとわいわい騒いでいた短い時間を、彼女は本当に楽しそうに過ごしていたように俺は思う。弘くんがあげたディーナちゃんとお揃いのリボンを、彼女の髪に結んであげたって書かれていた。悲壮な覚悟で来たのならば、きっとこんな風に笑えないと思うのだ。もしかして彼女は、過去に来ることを望んでいたのだろうか。
とにかく、彼女のことは気になるけど、まずは宇宙人たちをなんとかしないとまずいのは間違いない。未来では異世界の力が使えるように界の狭間の研究がされていたみたいだけど、今の時代だと厳しいかもしれない。相手はすでに半壊状態で後がないぐらいらしいが、弘くん一家は地球では一般人だし、ファンタジー組は本来の力を発揮できない。
それにニコちゃん一人だけで、宇宙人をどうにかできるのだろうか。未来からの援軍はありがたいけど、女の子一人だけが過去に来てもできることは限られている。宇宙船に隠れて乗り込んだときに、SF的な技術をもらったり、盗んだUFOを乗り回してビームを撃つような子なので、かなり強かですごい子なのかもしれないけど。それでも、やはり最大の問題は戦力差だろう。これは難しい課題だ。
『ちなみに、どうやって宇宙人をたおすのかを聞いてみました。そうしたら、僕たちの力があればできるかもしれないと教えてくれました』
「弘くんたちが?」
『僕とディーナがニコと協力をすれば、異世界の力を地球でも使えるようになれるみたいです』
「一気に問題が解決した」
『大人のみんなで話をして、これからも宇宙人がこっちに来ると思うので、まずは全員で返りうちにしていくことが決まりました』
「魔王はいるけど、異世界を救った勇者側の考え方じゃねぇ!?」
『その時にたくさんUFOをゆずってもらって、異世界のみんなといっしょに宇宙船にまで乗りこんで、一気にやっちまおう作戦になったそうです』
「それなんてハルマゲドン?」
駄目だ、この勇者一家と異世界組が全力全開できるのならば、負ける気が全くしない。未来がどれだけ混沌になっているのかわからないけど、過去だろうとトラウマ必須の相手すぎる。リアルで世界が取れるかもしれないメンツが揃い過ぎているのだ。ナマハゲ勇者夫婦、ハンマー無双、子煩悩常識人、働く自宅警備員、犬の犬。みんななんか色々おかしい。
しかも異世界のみんなって、もしかして騎士たちや魔物たちも含まれていたりする? でも、人数が多くなりすぎるとUFOでの移動が大変だし、さすがにブラックドラゴンみたいな巨大な魔物は今回の戦いに参加はできないだろう。なんせ舞台は、広大な宇宙なのだから。
『魔王から力が使えるのなら、宇宙空間でも活動ができるような魔術を開発してみよう、と声をかけてくれました』
「おい、自重」
『ディーナが「お父様すごい!」と拍手をしていたので、僕とニコもいっしょにパチパチしました。魔王は僕たちに任せろ、とカッコよく親指を立てると、異世界にすごいスピードで帰っていきました』
「あんた絶対に頑張るところがズレているよ!」
この魔王、娘のために侵略を始めたり、娘の応援にファンタジーの力でSF領域に突撃し出しやがった! どれだけ親バカなんだよ!?
『王様も異世界に帰って、ニコの乗って来たUFOを調べるそうです。地球のきかいを異世界に持ち込んでは、色々作っていたけどUFOは作れるのかな?』
「そしてさらっと書かれる、異世界超異文化交流。地球の技術が異世界に流れているけど、これっていいのか? 本当になんで一介の小学校教諭が、こんなとんでもない事実を子どもの作文で知ることになるの?」
『しゅうげきで来た宇宙人をたおしたら、異世界に送ってほしいと王様が言っていました。どうしてか聞いてみたら、色々お話をしたいからだそうです。僕も宇宙のことについて聞いてみたいです』
「弘くん、癒しのお水を王様にあげて! そのお方、黒いことを絶対に考えているよ! 宇宙人さんがきっと、アッーー! 的なことになっちゃう!」
あれ、今更だけどなんで俺、地球を侵略しに来た方の心配に気持ちが傾いちゃっているんだろう。
それからクリスマスが終わり、新年を迎えるまでの一週間ほどが過ぎて行った。その間、弘くんとディーナちゃんはニコちゃんから指導を受けていたらしい。なんでも弘くんが持っている杖に、ニコちゃんの力を与えて、そこからできた水をディーナちゃんが魔法でみんなに広げていくようにするそうだ。
神様が宿っている杖に大丈夫かと思ったけど、特に拒絶反応は起きなかったみたい。魔王の娘である彼女にとって、魔力操作は呼吸をするように得意なものらしい。邪気病で迷惑をかけてしまった分、みんなの役に立てることが嬉しそうだったようだ。
それにしても、異世界の力が使えるようになるニコちゃんの力って便利だな。こんなすごい力を持っていたのなら、未来でも必要とされていたんじゃないだろうか。それに疑問を持ちながらも、三人は訓練を頑張っていったようだ。弘くんの作文には、三人でお餅を食べたり、おしゃべりをいっぱいしたり、みんなで記念写真を撮ったり、積もった雪で雪だるまを作ってみたりして、楽しい思い出ばかりで彩られている。
作文の間にその時の写真が挟まっていて、俺はそれを手元に持ってくる。どうやら家の中で、おせち料理を食べている時の様子のようだ。黒髪の男の子が数の子をおいしそうに食べていて、銀髪の女の子はエビが気に入ったのか、エビの殻がお皿の上にこんもりと乗っている。そして、桜色のような優しい色合いの髪をした女の子がタコを食べながら、そんな二人の様子を微笑ましそうに眺めている。それになんだか、ほっこりとしてしまった。
もちろんその背景では、UFOや時にはロボ的なものにまで襲われていたそうだが、弘くんたちが作った水を飲んだファンタジー集団は、自重を捨てて逆に襲い掛かる勢いで応戦したようだ。ファンタジーVSサイエンス・フィクション。ちなみに撃破数第一位は、やはり明彦だった。でも一番の功労者は、これらの戦いを隠蔽し続けた魔法使いのおじさんたちだろう。
彼が育てていた弟子の何人かは、すでに救急搬送されているらしい。ごめんね、魔法使いの皆さん。地球を守ってもらっている間、普通に地球人はハッピーニューイヤーで盛り上がっていて。あなた方のおかげで、未確認飛行物体やドラゴンが新年のニュースを飾ることはなかったよ。本当にありがとうございます。
『ついに宇宙船へ行けるだけのUFOやロボを集められたので、宇宙人から快く教えてもらったらしい運転方法で宇宙へ向かうことになりました。魔王が大きな魔物さんたちに宇宙用の魔術をかけて、僕たちもみんなにお水を渡していきました』
「作文だから軽く感じるけど、ちょっと深く意味を考えてみると自分にダメージがいく内容だな、これ」
『お水の力が切れたら大変なので、僕たちもいっしょに行きます。みんなは宇宙人と戦って、僕たちはお姉ちゃんや騎士さんたちといっしょに、時間をこえる装置を見つけることになりました。僕も、せいいっぱいにがんばります。でも最近、ニコの体調がなんだか悪そうなのが心配です』
そういえば、確かにクリスマスの時と比べて彼女が体調を崩すことが多くなったように思う。時代を越えてワープをして来たり、寒い時期だから冷えてしまったりしたのかもしれない。それでもニコちゃんは、まるで名前の通りな明るい表情で、ニコニコと笑って毎日を過ごしていたようだ。
この戦いが終わったら、彼女はどうするのだろう。もし未来に帰るのなら、もうこの三人で遊ぶことはできない。でも、残ることが彼女にとって本当に良いことなのだろうか。そんなことをふいに思ってしまう。ファンタジー軍団が宇宙へ行ったと同時に、魔法使いのおじさんはぶっ倒れたみたいだけど、みんなが無事に帰って来られることを祈りながら、俺は作文の続きに目を通していった。
『ニコがそうじゅうするUFOに乗って、宇宙へ僕たちは行きました。上から見た地球は、テレビで見た時よりもすごくきれいでした。横を見ると、たくさんのUFOやロボット、ドラゴンや魔物も飛んでいて、こっちもすごかったです』
「うん、すんごい光景なのはわかる」
『そして、宇宙船の近くにはたくさんの宇宙人がいました。でも、みんなどんどん進んでいきました。僕たちの方に来たUFOは、ニコやみんなが乗っているUFOのビームで一斉そうしゃされて沈んでいきました。「ヒロシをきけんにさらす者に、じひはなし」とニコが言って、それにお姉ちゃんといっしょにハイタッチをしていました』
「俺の人生の危機が、また一つ増えたっぽいこともわかったよ」
作文によって積み重なっていく、俺の死亡フラグ的なもの。これから残り三学期、弘くんに何かあったらファンタジーだけじゃなくて、SFまでとんでくるのか。俺は目頭をちょっと押さえてしまった。
『みんなのえんごのおかげで、無事に宇宙船の中へ入ることができました。僕は杖をかかげながら、ニコとディーナの助けもかりて、みんなにお水が届くようにおねがいしました。そうしたら、杖がやさしい桜色に光りながら、ディーナの魔力で小さな水の粒ができて、それが宇宙に広がっていきました』
「おぉ、まさにファンタジー」
『ビーム光線をうつ宇宙人は、お母さんが聖剣ビームをブッパしてたおしていきました。お父さんと王様が異世界でいじられたロボットに乗って「目指せ、ロマンの先へ」と言いながら、元気に宇宙船の攻略へ行きました。それから僕たちは、ニコが宇宙船にしのびこんでいた時に調べていた装置の場所へ、お姉ちゃんのデストラクションハンマーで船のかべをこわしながら、真っ直ぐに進んでいきました』
「そんな神秘的な光景の中、ファンタジー(物理)が迷わず突っ切っていくなぁー」
『そして僕たちは、ついに装置がある部屋の前へ着きました。そう思っていたら、赤いランプが部屋の中を照らして、変なロボットみたいなのがいろんな所から、たくさん部屋の中になだれ込んできました。お姉ちゃんや騎士さんたちががんばるけど、もうすぐで追い詰められそうになりました』
さすがに相手も、大事な装置に対する警備システムを用意していたか。物理攻撃特化だと一点攻撃には強いけど、波状攻撃や遠距離攻撃はどうしても対処が難しい。弘くんたちを守りながらだと、適当に武器も振るえないからな。
お姫様も苦戦するピンチとなると、生半可な力じゃ対抗できない。敵の最後の足掻きを、いったいどうやって切り抜ければいいんだろう。
『そこに、明彦が来た』
「よし、勝ったァッーー!!」
『四天王を引きつれた明彦の見事な連けいによって、装置への道ができました。「ワオォォッーーン!」と僕たちの背中を守る様に明彦が立ちふさがり、尻尾をふりながら任せろ、と言うように大きな遠吠えが宇宙船にひびき渡りました。すばやい動きとテクニックで相手をほんろうし、おどるようにロボットをたおす明彦と四天王に僕たちはうなずいて見せ、先へ進むことにしました』
「何このイケワンコ様」
あと、魔王軍最強の四天王が完全に明彦に従っているよ。明らかに夏休みの時より強くなっているだろ、四天王の魔族さんたち。魔王軍じゃなくて、もう明彦世直し戦隊のメンバーでいいんじゃないだろうか。ちょうど五人組になるし。
『装置を僕たちでおさえることができたので、あとは宇宙人やニコを未来に帰すだけです。それから少しして、宇宙人たちが降伏を示して、僕たちは勝つことができました。宇宙人に元の時代へ帰るのか聞いてみたら、宇宙人たちのこきょうはもうなくて、自分たちが永住できる星を探していたみたいです。地球のように緑や水がある世界に住みたかったみたいで、地球以外にはもう後がなかったそうです』
「うーん、なるほど。生き残るために地球を襲っちゃったら、人外魔境にこんにちはされた訳だな。可哀想だけど、これは完全に向こうの自業自得だよな…」
『王様が「じゃあ、異世界に住まない? いっしょにロボを作ろうぜ」と宇宙人と話し合いを始めました』
「おい、自重!?」
『宇宙人も「ロボはいいよね」って、最後にはガッチリと握手をしました』
「しちゃったァァッーー!!」
『宇宙人は異世界に住むことになりました。皮ふの色が人間とちがうから地球ではさわぎになっちゃうけど、異世界なら赤や青の皮ふの魔族さんが普通にいるので、まぎれ込んでも特に問題はないそうです。宇宙人のみんな、新しいお家が見つかってよかったね』
「さらっと書かれているけど、科学と魔法が交差する時、新時代がマジで始まってしまった歴史的瞬間じゃねぇかッ!?」
ロボットをみんなで作りたいから、という理由で交わってしまっていいのか、お前ら! 俺もものすごく気になるけど! 宇宙人たちも異世界で魔法によって、改造させられたロボに興味があったらしい。未来の地球の人外魔境具合が、とんでもなく増したような気がした。
みんなの暴れっぷりによって、もうボロボロになった宇宙船は技術の漏洩を防ぐために、跡形もなく消すことになったらしい。みんなのファンタジーパワーで。しかし、一応これで今回のSF事件は無事に終わったことになるのか。今回もものすごく混沌な流れだったけど、なんだかんだで最後はきれいにまとまってしまった。今回はみんなで力を合わせたことで、解決できたって感じだったな。美しいのかはわからないけど。
人と魔が協力したことで、これだけのことができたんだ。これからはそれに、SFがさらに加わるのだろう。どうしよう、地球や異世界にとってとんでもなく重大なニュースを、子どもの作文で知っちゃったよ。俺の中の価値観や人生観の崩壊が激しすぎる。
それでも、この作文を俺は心の中で受けとめるしかないのであろう。地球に迷惑をかけないようにみんな配慮してくれているし、それで魔法使いのおじさんは何度も倒れては、水を飲まされて不死鳥のごとく甦ってきたのだ。彼の過労の献身を、俺は無駄にできない。
だけどまぁ、これでみんな笑顔のハッピーエンドってことだろう。SFでも弘くんの笑顔になれる癒しのお水は、大活躍だったようです。
『これで後は、装置を使ってニコを未来に帰して、装置を僕たちがこわすだけです。それでニコとお話をしようと思っていたら、ニコがとつぜんたおれてしまいました。僕たちはびっくりしてかけよると、ニコの身体が白く、なんだかうすくなっていっていることに気づきました。おどろく僕たちに、ニコは「こうなる前に、未来へ帰るつもりだったのに…」と小さく笑って言いました。無理をして笑っている、ってわかりました』
「えっ、ニコちゃん?」
『急いでお医者さんに見てもらおうって言ったけど、ニコは「こうなるってわかっていましたから」と笑顔で返しました。苦しそうなニコになんで笑うのか聞いてみたら、「私の『ニコ』って名前は、私の大切な人が付けてくれた大事な名前なんです。私にはいろんな人たちをニコニコと笑顔にできる力があるからって。だからせめて、この名前のように私自身も笑っていたいんです」と話してくれました。どんどんニコがうすくなっていくことに、僕はどうしたらいいのかわかりませんでした』
こうなるとわかっていた。彼女は自分の体調不良の理由をわかっていて、それをずっと弘くんたちに隠し続けてきたことがわかった。おそらく彼女は未来へ帰ることで、このことを教えないつもりだったのだろう。だけど、それよりも早く限界が来たことでみんなに気づかれてしまった。
でも、なんで彼女が消えそうになっているんだ。SFで起こるパラドックス現象的な感じかと思ったけど、そうではないらしい。だけど、他に理由なんてあるのだろうか? 彼女はみんなが異世界の力を使えるように、自分の力を使っていただけだろう。――そこまで考えて、気づいた。
そうだ、やっぱりそんな都合の良い力が無償で使える訳がなかったんだ。確か未来で異世界の力が使えるようになれたのは、何百年も研究をしたからって書かれていた。思えば、彼女が体調を崩し出したのは、みんなが異世界の力を使えるようになった頃からだった。そしてそれに、ファンタジー組のみんなも思い当たったのだろう。
『みんながニコの使った力が原因かもしれない、って言っていました。ニコが消えちゃうかもしれないことに、涙が出てきました。それにニコがあやまって、大丈夫だって言いました。死んじゃう訳じゃなくて、今まで何百年と集めていた力を使っちゃったから、ねむるだけだと教えてくれました。ニコは自分が人間じゃなかったことを、僕たちに話してくれました』
「人間じゃない? じゃあ、未来の異世界の子だったのか?」
何百年って言葉から、もしかしたら彼女は見た目通りの年齢ではなかったのかもしれない。確かにただの子どもにしては、SFの技術を集めてUFOを操作したり、一人で過去に来て行動する姿を見せていた。
何より、未来や弘くんたちを救うためにはニコちゃんの力を使うしかなかったとはいえ、それで自分が消えることを受け入れられるだろうか。笑顔で毎日を過ごすことができただろうか。
『どうして消えちゃうのに、僕たちを助けてくれたのかお姉ちゃんが目に涙をうかべながら聞きました。「私がこんな風に、人間みたいに動けるようになれたのは、この時代から百年以上も後の事なんです。私の姿がちゃんとできた時には、私の望みは叶えられないことに泣きました。私がずっとやりたかったこと――長い時を一人ぼっちでほこりをかぶるしかなかった私を見つけてくれたこと、広い世界を見せてくれたこと、名前を与えてくれたこと、水を出すことしかできない私に、たくさんの人を笑顔にできる力があるってうれしい気持ちを教えてくれたこと。そのかんしゃをずっと、ずっと伝えたかった。私は、ヒロシやみんなの役にずっと立ちたかった」ニコは泣きながら、伝えてくれました』
「この時代で、一人ぼっちで埃をかぶっていたところを弘くんが見つけてくれて、水を出すことしかできなかったのにみんなを笑顔にすることができることを、……それこそ人間や魔物、魔族や宇宙人とだって笑い合えることを教えてもらった。ニコちゃん、君は…」
『僕は手に持っていた杖とニコを見ると、ニコはうれしそうにうなずいてくれました。「『ニコ』って名前は、今から数年後にヒロシが私につけてくれたすてきな名前なんですよ」とニコは笑いました』
神水を出すことができる神の杖。そして、その杖には神様が宿っている。ようやく俺は、今までのことが繋がった。彼女が異世界の力を使えるようにできたのは、神としての彼女自身の力だったんだ。弘くんは地球でも神水を出すことができていた。その力を、杖を通してみんなに与えられたのも当然だった。だって、神の杖は彼女自身であったのだから。拒絶反応なんて起こる訳がない。
思えば、クリスマスの準備や隠蔽作業で何回も魔法使いのおじさんは過労でぶっ倒れていたけど、それでも弘くんの水を飲んだら復活していた。それは神水に宿る癒しの力と、異世界の力を使えるようになれる力のおかげでもあったんだ。
彼女の願いは、恩を受けた弘くんの役に立つことだった。だけど、今みたいに人間のような姿になれた時には、弘くんは寿命でもう会うことも話をすることもできなかったんだろう。彼はこれからも、マイペースに人間としての生を突き進んでいそうだし。だから迷いなく、彼女は過去の時代に来ることができたんだ。
一緒にクリスマスパーティーを過ごしたことも、弘くんとディーナちゃんと一緒に楽しそうに笑っていたことも、彼女にとってはかけがえのない時間だったのだろう。たとえ、力を使ったことで長い眠りにつくことになってしまっても、それを後悔しないぐらいには、ニコちゃんの思いは強かった。
『「私はすごく幸せです。ヒロシやディーナ、みんなとこうしてお話ができて、たくさん遊ぶことができて、ありがとうって言えて、笑顔を守ることができて、みんなに出会えてうれしかった。みんながいる時代に目覚めることはもうできないと思うけど、私はずっとみんなのそばにいる。だから悲しくなんてないんだよ」と僕やディーナの涙をニコはふいてくれました。未来に帰っちゃうかもしれないってずっと思っていたけど、もうニコとお話をすることや遊ぶことができないことが、やっぱり悲しいです』
「弘くん…」
『僕にできることはないのか聞いてみたら、ニコは最後に「頭をなでてほしい」っておねがいをしました。僕はいっぱいニコの頭をなでました。いっぱい、いっぱいなでました』
それから、時間を越える装置と一緒に、宇宙船をみんなで消し去ったらしい。ニコちゃんは最後まで笑顔でいて、弘くんが両手で持てるぐらいの木の枝になったみたいだ。おそらく長い年月を過ごしたことで、弘くんの持っていた木の杖が大きくなった姿だと、神の杖について調べていた魔王が教えてくれた。
杖に宿るニコちゃんが人間の姿になれることは、本来は起こらないことだったらしい。こんな風に、神木が成長することだってないはずのことだと。だけど、彼女の強い願いと、地球という彼女にとっては異世界の力が働き、さらに彼女を包む温かい周りからの思いによって、生まれた奇跡だったそうだ。
今弘くんが持っている杖と未来から来たニコちゃんの意思は神として繋がっているらしく、未来の彼女が残ることに悪影響はない。過去に取り残されても問題はない、っていうのはこういうことも含まれていたのだろう。
『宇宙人のみんなは異世界に渡って、そこで王様やお姫様、魔王といっしょにくらしていくそうです。ニコやみんなでがんばって守った未来を、笑顔で大切にしていこうってみんなで決めました。異世界では今、ロボットデザインについてげきろんをくり広げているそうです。魔法使いのおじちゃんは弟子百人計画を立てて、毎日僕のお水を飲んでいます。明彦の世直しも宇宙へと広がって、四天王とロボット集団といっしょに元気にがんばっていくみたいです』
ファンタジーな世界に、当たり前のようにSFが混ざり出した世界。混沌としているけど、みんなが自分たちの未来に向けて一歩ずつ歩き出している。
『僕はニコの枝を庭に植えました。魔王がニコの思いと地球の力、ニコを思う僕たちの思いがきせきを生んだって言っていました。だから、僕とディーナ、家族のみんなで思い続けたら、もしかしたらまた会えるかもしれないって思いました。異世界のみんなも時々水をあげに来てくれて、宇宙人たちも頭を下げに来てくれました。僕はニコの杖をにぎって、ニコのように笑顔でがんばっていこうと思います』
『ディーナといっしょに、友だちが心配しないぐらいに。せいいっぱい、僕たちはがんばります』
俺は弘くんの作文を最後まで読み切り、皺にならないように隅の方へ作文を置き、大きく息を吐いた。目元に感じたものをハンカチで拭き取り、俺は目をつぶって考えを巡らせる。今日の始業式で、弘くんがなんだか元気がなかった理由がわかった。きっと彼は今日も、ニコちゃんの木に願いを込めながら水をやっているのだろう。もう一度の奇跡を信じて。
ニコちゃんのおかげで、みんなの未来を、地球を守ることができた。それは本当に、本当に感謝している。彼女の頑張りを否定だってしないし、あれ以上の最善があったのかって思う。だけど、それでも俺の中にやり切れない思いが溢れてくる。実際にニコちゃんと会ったこともないし、作文を読んだだけの全く関係のない俺がどう思ったって、仕方がないのかもしれないけど。それでも彼女は、地球のみんなにとって恩人で、俺のクラスの子の大切な友だちなのだ。
俺はただの教師だ。偶然不思議体験を作文で読めた、ただの一般人でしかない。それでも、教師なのだ。子どもたちのことを考えて、笑顔で未来へ進めるように後押しすることが俺の役目だ。俺はもう一度大きく深呼吸をし、椅子から静かに立ち上がった。
「俺にはこんなことしかできないけど、それでも奇跡の後押しぐらいならできるかもしれないよな」
作文とは、文章力を向上することだけが目的ではない。自分の経験したことや自分の感情を素直に字で表したり、感じたことや考えたことを他者に伝えることができるものなのだ。そして俺は、弘くんが経験したことを知り、彼の願いを感じ取ることができた。こんな風に、自分の感情や気持ちをどんどん人に繋げていくことができる。それが、作文のすごいところなのだから。
俺は残りの作文と必要な物を持って、職員室へと急いで足を進めたのであった。
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「さぁ、ここが三年生の最後にみんなで作る思い出の場所だ! たとえ、四年生になって今のクラスの友だちと離れ離れになってしまっても、この小学校をみんなが卒業してしまっても、これから何年、何十年と思い出が続いていけるような……。そんな、この学校の歴史に刻むぐらいの、すごく立派な庭をみんなで作るんだっ!」
「わぁっーー!!」
あれから、みんなの作文を読んで叫び終わった俺は、同じ学年の先生にお願いをし、管理職に頭を下げて、学校の理科園の一部をもらうことができた。もともと雑草が生え放題で、使っていない場所だったので、荒れ地にし続けるぐらいなら、子どもたちの庭を作ることに許可をもらったのだ。
当然荒れ放題で、このままじゃ使えない。それに季節は一月の冬で、種を植えるにしても早過ぎる。だから俺は学校の仕事が終わった放課後に、草抜きをしたり、スコップで土を掘り起こしたり、崩れたレンガを新しく並べたりして、三学期の一ヶ月以上を土の上で過ごすことになった。
すごく大変ではあったけれど、一週間ぐらいしたら、俺の様子に同僚のみんなも手伝ってくれるようになったのだ。庭のアーチを考えてくれたり、管理職から仕事終わりのジュースをもらったりして、最後の方は学校のみんなで作り上げてしまっていた。
そして二月になり、俺は子どもたちが入っても大丈夫なぐらいに整えられた庭へと連れてきた。どんな花を植えようか、どんな木を植えようか。お花の種類がわかるような看板を立てたいって子や、お野菜を植えてみたいって子もいた。
毎日雑草を抜き、庭をスケッチして花の配置をみんなで話し合って、時には低学年の子たちから意見をもらい、足りないところは高学年の子たちも自主的に手伝ってくれるようになった。急ピッチの作業に間に合うか心配だったけど、みんなの力で作り上げることができていった。
「せっかく作るみんなの庭だから、中心となるものがほしいと先生は考えているんだ。きっと今のように、たくさんの子どもや大人がいっぱいの思いを込めて、ずっとこの庭を大切にしていってくれると思う。だからこの庭の象徴にもなる、願いの木を植えたいと思うんだ。みんなとこれから一緒に成長していく、大事な木を」
「みんなの思い、願いの木…」
「ねぇ、弘くん。毎日一生懸命に水をやって、家の庭で大事に育てている木があるだろう。よかったら、その木をこの学校の庭に植えて、みんなで育ててみないかな。みんなの力で、みんなの思いで、その木を大切にしていくんだ。この学校を卒業しても思い出に残るぐらいの木になれるように、新しく小学校に入学する子たちにも思いがどんどん繋がっていけるように」
俺は屈みこみ、弘くんと目線を合わせる。他の子どもたちも、弘くんが大切に育てている木のことを知っていたのか、賛成意見があがっていく。それに大きく目を見開きながら、弘くんは輝くような笑顔でうなずいてくれた。
庭にみんなでレンガを並べ、強い風が吹いても倒れないように場所に気を付けた。さらに日光をいっぱい浴びられるように三年生で習った鏡の実験を生かして、光を反射できる装置を作った。これにはいつの間にか広まった噂から、保護者の方に手伝ってもらえたのだ。さらには地域住民の方が、種の植え方から育て方までを丁寧に教えに来てくれた。俺の思いつきから始まった『みんなの庭作り』は、たくさんの願いが込められながら、進められていったのであった。
「あっ、弘! この木って名前があるのか?」
「うん、『ニコ』って言うんだ。みんなをニコニコと笑顔にしてくれる……すごい力があるんだ」
「へぇー、笑顔の木か。それ、いいじゃん! じゃあこの庭の名前は、『ニコニコの庭』にしようぜ!」
「えぇー、そのまんますぎだよー!」
「わかりやすくて、私はいいと思うな。そうだ、ニコちゃんの水やり当番を決めないと駄目だから、みんな集合だって言っていたよ」
クラスの子どもたちからの言葉に、弘くんは薄らと目に涙を浮かべながら、嬉しそうに笑っていた。
三月になり、庭は今学期中になんとか形になることができた。種や苗を植えたばっかりだから、ニコの木が一本だけで寂しい感じだけど、春になれば大輪の花畑ができるだろう。出来上がった庭に入り、三年生のみんなでニコの木を中心に記念写真を撮った。
『ニコの木』と看板を書き、弘くんが可愛らしいリボンをつけてあげている。『ニコニコの庭』に決まったみんなの庭を見て、たくさんの笑顔が咲き誇った。庭が出来上がったことに、他の子どもたちや大人、それこそ学校を越えたたくさんの人々の顔にも笑顔が生まれたのだ。外国人っぽい人たちも、ここに訪れては優しく木の葉を撫でていく。たった一本の木から繋がっていったたくさんの思いが、こうして確かな形へと変わっていったのであった。
ふと俺は、ニコの木に視線を向けてみると、一瞬だけど優しい桜色のような温かい光が零れたように見えた。それに目を瞬かせながら、どこか不思議と笑みが顔に浮かんでしまっていた。
子どもの作文から始まった突拍子もないファンタジーにツッコんだり、鋭く抉り込んでくるようなSFに叫んだりもしたけど、最後にはいつも口元に笑顔が生まれてしまう。間接的にファンタジーとSFが俺の胃へ襲いかかって来るのは、勘弁してほしいけどね。
春の温かさと一緒に、どこか温かくなった心に小さく噴き出しながら、俺は新年度に向けて準備を始めたのであった。
時が流れ、とある小学校の小さな庭には、一本の優しい桜色の花を咲かせる不思議な木があるらしい。その木の傍に行くと、心が洗われるようにスッキリできて、どんな人も不思議と笑顔になってしまうそうだ。たくさんの子どもたちが木の周りに集まり、成長した大人たちが楽しかった思い出を振り返りに来る、みんなの大切な場所。黒髪の男性と銀髪の女性が訪れ、花と同じ桜色を纏った少女と楽しそうに笑う姿も、よく見られたそうだ。
そんな不思議な木に惹かれたのか、UFOやロボット、ドラゴンや謎の戦隊といった不思議な存在を確認した、という声があがったりすることもあったらしい。それでもこの世界は、今日も当たり前のように平常運転で回っていくのであった。