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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
2:〈キョウの都〉で満漢全席
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2-4

今回、新キャラ多め&飯テロ注意です。

 「これほど君の機嫌が良いのは今の職に封じられてから初めてではないかな。ベラミー卿?」


 指摘された通り、この一週間、ティム・ベラミーは上機嫌だった。

 見た目は不機嫌を極めたような表情だが、見慣れた者であれば彼がいつになく浮かれていることに否応無く気付く程で、内裏の左正門にある衛士(えじ)の詰め所では彼の部下達が久爾永(くにえ)の技術になる動力甲冑(ムーバルアーマー)の整備をしながら、隊長の機嫌が良い理由について噂話を交わすのに余念がなかった。


 彼は一介の門番に過ぎなかった二十年前に、当代最高の〈娼姫〉と言われた濡羽を在野から見出し、それ以降も幾人かの〈娼姫〉を斡旋(プロデュース)することで左衛門尉(さえもんのじょう)にまで至った宝の原石を見つける達人として、その道では知らぬ者無しの「原石判官」とも称される人物だ。

 そんなベラミーであるから、濡羽が弟子をとったという話を耳にして素質を見定めてみたいという欲求が湧きあがったのは至極当然なのだが、既に濡羽は殿上の貴人たちから声がかかるまさしく雲の上の存在となっていて、彼にできる事は文と進物を贈り続けることくらいだった。


 そんな事象が一変したのは約半月前の事。

 すべての〈冒険者〉たちが一斉に、それまで従事していたクエストを放り出し、その殆どが彼らのホームタウンたる〈ミナミの街〉に引き篭もってしまうという事態の中、〈ミナミの街〉に派遣されていた禁軍の衛士や密偵と水晶で連絡をとり、〈冒険者〉たちに不穏な動き―例えば神聖皇国に対する一斉蜂起など―があれば即応できるよう気の抜けない日々を送っていた彼の前に、濡羽が姿を現したのだ。


 昇殿資格を与えられているとは言え、警戒対象である〈冒険者〉を通しても良いものか、確認が取れるまでの間、ベラミーは詰め所の控えの間で濡羽に茶を出し、様々な話をした。

 その大半は、〈冒険者〉の身に起きた異変と、その事に〈大地人〉がどう対処するか、また濡羽がこの先どう動くのかといった実務的な話題であったが、そういった話題の中に、ベラミーは幾つかの要求とそれを呑むことで得られる利益についての示唆を織り交ぜることに成功した。

 その時は曖昧に返答を濁していた濡羽から、他の貴人と同席で良ければ、という条件つきではあるものの、彼女の愛弟子の座敷への招待を受けたのが、丁度一週間前のことだった。


 「私を宴席の肴にしようとは、別当(べっとう)殿も御人が悪い。御自分だって大層御機嫌が宜しいようではありませんか」


 そして今、かむろのような幼い外見の〈冒険者〉に案内されながら長い廊下を歩いていたベラミーは、自分の少し前を歩く上司にして商売敵、検非違使(けびいし)別当たるヘンリー・レインウォーターに一矢を報いようと声を掛けた。

 レインウォーターもそれに軽口で応じる気配を見せたが、それよりも早くベラミーに援護の手が伸びた。

 どうやら、用意された部屋に到着したようだ。


 「いや確かに確かに。しかし、このような席に招待されて機嫌が良くなるのは当然じゃないですかね。コクラ博士はどう思いますか?」

 「愚問ですぞ、大蔵卿(おおくらきょう)殿。彼ら一族の顔など、某のような外部者に見分けがつく訳がありますまい」


 ベラミーたちに先んじて畳敷きの客間に通されていたのは二名。

 背筋を伸ばした姿勢で座布団に胡坐をかいて座っているのはレージ・コクラ博士だ。

 濃紫の髪を後ろに流し、丁寧に撫で付けた壮年のエルフ。

 〈ウェストランデ〉の生き字引と言われる歴史書編纂の責任者で、宮廷で最も礼儀にうるさいと噂の文章博士(もんじょうはかせ)がここに居ると言うことは、濡羽は彼の試練をも突破したということなのだとベラミーはあたりをつけた。

 もう一人、部屋の入り口で手ずから二人を招き入れてくれたのが、大蔵卿と呼ばれていた十代後半に見える青年だ。

 蜂蜜色の金髪を無造作に伸ばし、〈神聖皇国〉の貴族によく見られる白粉を多用した化粧もしない姿や、衛士に過ぎないベラミーたちに気さくに話しかける様子は、とてもそんな役職についている人物には見えず、この青年が〈神聖皇国〉の財政を預かる身であるとは俄に信じ難い。

 もっとも見た目と年齢が合致しないということに関しては、エルフであるコクラ博士にも、久爾永の技術で産み出されたベラミーやレインウォーターにも言えることなのだが。


 「さぁさ、大蔵卿。そんな所に突っ立って居られては、お二人が困ってしまいますよ。早く席にお付きなさい」


 瓜二つの顔を見合わせて途方に暮れていたベラミーとレインウォーターを見かねた訳でもないのだろうが、コクラ博士がかけた言葉にようやく大蔵卿が席に付くと、金縛りから解かれた気分で二人もそれぞれの席に向かう。

 そこそこの広さを持つ客室。その奥半分にコの字を描くように四つの席が設えられており、一番奥の上座に大蔵卿、その隣にレインウォーター別当、それぞれの両翼にコクラ博士とベラミーが納まる形になり、この席次がそのままこの四人の身分の上下ということになる。


 「失礼致しますぇ」


 全員が着座するのを見計らっていたのだろう、タイミングを併せて部屋の外から鈴を転がすような声が聞こえてくる。

 スライド式の扉が僅かに開き、そこに右手を欠けて半分、更に左手も沿えて残り半分を開ききると、板張りの廊下に正座した少女の姿が見える。

 〈大地人〉の間では今や〈イセ〉の〈星詠み〉や〈ナインテイル〉の〈巫女〉くらいしか着る者もいないだろう、布地を胸の前で合わせる形のやや古式とも言える伝統的なドレス。

 レインウォーターが満足そうな笑みを浮かべる所を見ると、どうやら彼の贈り物なのだろう。

 そのまま手を付いて一礼、座ったまま膝を上手く使って室内に移動してくる少女の所作に、対面に座っているコクラ博士が息を呑んだのが判る。

 〈冒険者〉の作法なのだろうか、ベラミーの知る伝統的なヤマトの宮廷作法とは異なった馴染みの無い所作ではあるが、貴族たちに歴史を教授する文章博士が一目を置いた以上、それはそれで理に適った動きなのだろう。


 「どちらさんも、よぉこそ御越しやす。ウチはスズシロと申します。この度は御贔屓にしてもろておぉきに」


 一礼して顔を上げ笑みを浮かべるその姿に、〈娼姫〉のまだ見習いでしかないという身の上を考えても若すぎるだろうと驚く。

 なにしろ、案内(あない)をしてくれた女童(めのわらわ)よりも年少に見えるのだ。

 だがその驚きも一瞬の事で、目の前の少女(スズシロ)が不老不変の存在たる〈冒険者〉であり、濡羽に弟子入りしてから十年以上の時が経っていることを思い出す。


 「本日の料理は〈フィジャイグ〉の地より〈仙厨師〉を招いての満漢全席風懐石ですのんぇ。どうぞ、愉しんでいっておくれやす」


 パン! パン!


 スズシロが手を二つ打つと、その背後から次々と料理が運ばれてくる。

 三角帽子をかぶった茶色い服の小人たちが五人一組になって膳を運んでいるのだが、あれはモンスターだろうか?


 「〈家妖精(ブラウニー)〉ですか。そう言えば、ここの家門(ギルド)には〈召喚術師(サモナー)〉がいましたね」


 内心で驚くベラミーと対象的にレインウォーターは涼し気な表情で知識をひけらかす。

 〈冒険者〉の家門に関する事務手続きは〈ミナミの街〉の〈ギルド会館〉に詰める一族の者が一括して管理している。

 警備を担当する衛門府と、治安を担当する検非違使庁の長を兼任する別当としては、知っていて当然の情報と言えるだろう。

 コクラ博士はモンスターが膳を運んでくることについて不本意であるのか、眉根を寄せていたが、スズシロがまだ見習いである事を考えれば、下働きの数が足りないということもあるだろう。


 運ばれてきた膳は各自の前にふたつずつで、その上に小皿や小鉢があわせて八個並んでいる。

 それぞれの器には申し訳程度に料理が盛られていて、華やかな色合いを見せているのだが……。

 確かに、宴席における料理の意味は、「それが伝統だから」というものと、軽く小腹を満たすこと以上の意味はないが、それにしてもこの量は少な過ぎる気がする。


 「これは確かに、いずれも伝統的な宮廷料理の前菜ではありますが、もしや」


 コクラ博士がスズシロに問うている。


 「へぇ。こちら、本日の前菜(オードブル)となりますぇ。食前酒と一緒に召し上がっておくれやす」


 スズシロは大きな酒瓶を手に立ち上がり、大蔵卿から順に杯に酒を注いで行く。

 座っていても小さく見える彼女だが、立ち姿もまた小さく、対比で酒瓶がやたら大きく見えてしまう。

 甲斐甲斐しく酒を注いで回る様子を、孫娘でも見るかのようにほほえましく感じていたベラミーは、その酒瓶の銘柄に覚えがないことに気付く。


 「この酒は見たことのないものだが、どちらの産かね?」

 「これは、当ギルド(ウチ)の〈醸造職人〉の手作りになりますのんえ」

 「まぁ、小難しい事は置いておいて、宴を始めようよ」


 コクラ博士に睨まれながらも馬耳東風の勢いで大蔵卿が場を進める。

 乾杯の後に全員で杯を煽ったのだが、その瞬間……。


 「アッハハハ! こいつは良いな」

 口に含んだ瞬間に舌先を刺激する酒の辛味に、ポンと膝を叩き破顔一笑する大蔵卿。


 「この喉を焼くような圧倒的な熱量、信じられん」

 グビリと嚥下する時の感覚が気に入ったのかレインウォーターは早速お代わりを要求する。


 「口の中に残る微かな甘味もまた風情がありますな」

 コクラ博士は目を閉じて後口の余韻を愉しんでいる。


 「私もこのような酒は初めてだ。これが手作りとは……もしや前菜も」

 いち早く衝撃から立ち直っていたベラミーは小皿の一つを手に取り、箸をつける。

 それは、鯛皮と白子のたたきに酒盗(魚の内臓で作った塩辛)を掛けたもの。

 鯛皮のくにゅっとした歯触りと白子のクリーミーな滑らかさ、酒盗のぬるりとした触感と塩辛さが淡白なその味わいを引き立たせる。


 ベラミーはこの日、生涯で初めて料理を美味いと感じたのだった。


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