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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
9:破滅の備え、〈イズモの街〉も
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9-7

 あれから二か月。

 スズたち一行は〈パンナイルの街〉にある〈ベスティバ温泉宿〉で食卓を囲んでいた。


「今回の依頼(クエスト)、いつもの倍は疲れたっちゃ」


 クラムチャウダーめいたスープにパスタを合わせたイタリアンちゃんぽんを啜りながらはこべが愚痴る。

 典災との戦いでトラウマを負い前衛職として機能不全に陥っていた彼女も、仇敵との戦いを乗り越えることで自信を取り戻していた、のは良いのだが、今回は少しばかり張り切りすぎたようだ。

 

 請けていたのは「農場を荒らす〈畑イノシシ〉の駆除」という話だったのに、背後にいた〈醜豚鬼(オーク)〉の部族〈紅蓮射鯖蛮斗グレイル・サーヴァント〉とも戦う事になってしまった。

 佐賀県と〈エルダー・テイル〉のコラボイベントによって追加された御当地エネミーである〈紅蓮射鯖蛮斗〉は戦いながら小芝居を繰り広げ、倒した後にドロップ品として佐賀の名産品を落としていく。

 小芝居にツッコミを入れ続けたはこべは疲労したものの、〈紅蓮射鯖蛮斗〉の面々を倒した後には蟹や牛肉、烏賊にワラスボ、茶に酒にジュースと、佐賀県の名産品が大量にドロップし、一行は思わぬ副産物に湧き返った。

 ゲーム内ではイベントアイテムの引換券や魔力回復アイテムという扱いでしかなかったそれらの品も、現実となった今ではお宝食材だ。


「それは依頼を発注したあちしの落ち度ですにゃ。その分、報酬の方にも色を付けさせていただきますにゃあ」


 相槌を打ったのはミニスカ風味の巫女服と青銀色の短毛に身を包んだ猫人族の少女。

 ご飯の上に甘辛く炒めた牛肉と大量の野菜を乗せマヨネーズをかけたシリリアンライスに舌鼓をも打っている彼女は、〈パンナイルの街〉を治めるリーフトゥルク家の代理としてスズたちに対応している筆頭巫女補佐のネコアオイだ。

 リーフトゥルク家はナカスを下した〈神聖皇国ウェストランデ〉へ隷属する立場だが、面従腹背を狙って〈冒険者〉を抱え込んでいるという立場のため、スズたちとしても身を寄せやすく、同じような狙いでこの街を拠点にしている〈冒険者〉も多い。

 最初の内はそっけない反応だったネコアオイも〈醜豚鬼〉の討伐や交易の護衛といったクエストを重ねるうちに、こうやって一緒に食卓を囲む仲になっていた。


「ネコアオイにはいつも多謝ネ。ナカルナードと手を切ったのは正解だったヨ」


 レンゲでオムレツを切り崩し、破れた卵の中から顔を出している海老や烏賊、ベーコンにほうれん草を具材にしたクリームソーススパゲティを幸せそうな顔で掬っていた五行が、道中を思い出したのか愚痴を零す。

 師匠の仇を討った彼女は、以前のように食のアレンジに全力を傾ける残念なお姉さんに戻っていた。

 今も、新しい味を研究すべく何やらノートに書きつけている。


 〈破戒の典災エレイヌス〉との戦いを終えたあと、一行は〈キョウの都〉に戻らず一旦〈イズモ地方〉西の秘境地帯を抜けて〈ナカスの街〉に向かうことにした。

 〈ナカス〉行きを提案したナカルナードによると〈スザクモンの鬼祭〉以降〈Plant (プラント)hwyaden〉(フロウデン)の手は〈キョウの都〉にも伸び始めていた。

 〈彼方からの呼び声(GMコール)〉をもつクオンによって典災撃破の情報を掴んでいるであろう上層部が〈七草衆〉一行を取り込もうとする可能性が懸念されたからだ。

 その意見に同意はしたものの、秘境地帯は秘境と言うだけあって平易な道のりではなかった。

 〈樹人(エント)〉や〈歩行樹(トレント)〉の棲む〈トリヴィアル樹林〉の道なき道を進み、その地下にある〈アズワール埋没林〉で〈化石恐竜(スカルサウルス)〉との戦い。

 ナカルナード率いるレイドチームに同行しての旅でなければ、これほど早くに人里まで辿り着けはしなかっただろうが、その一方で女性に対する配慮に欠けるナカルナードのペース配分は彼女たちには過酷なものだった。


 〈ナカスの街〉についた一行は復活場所が登録されたのを確認して、ナカルナードに別れを告げた。そのまま関わり続ければ〈Plant hwyaden〉の食客と扱われるだろうことは明白だった。

 スズたちはそのまま街を離れ、五行や仏のザが仙境巡りをしていた時の拠点としていた〈パンナイルの街〉を目指した。

 〈神聖皇国ウェストランデ〉の支配下に置かれた〈ナカスの街〉は、そこに住む住民も街中を歩く〈冒険者〉も疲れた雰囲気を漂わせていたため、犯罪などに巻き込まれることを警戒する必要があった。


「ばってん、ネコアオイさんがうちらん事ば覚えていてくれて助かったけん」


 仏のザも、たっぷりとした和風醤油出汁スープに絡めた麺の上にボイルされた海老どんと載せられた海鮮スパゲティを食べる手を止めている。

 夫のアバターを利用していた宇宙人〈航界主〉のせりPと邂逅した事を切っ掛けに、押しに弱く流されやすい気質だった彼女も、思っていることを口に出すようになってきていた。

 〈ナカスの街〉を離れ、かつて五行と二人で〈仙境〉巡りをしていたころに拠点としていた〈パンナイルの街〉に向かう事を主張したのも彼女だった。

 残念ながら〈仙境〉は閉鎖されていて入れなかったものの、二人と旧知だったネコアオイからの依頼をこなしているうちに、また今後の事を考える余裕もでてきた一行だった。


「そういえば今更ですけど、スズ姉の口伝、あれどんな仕組みなんです?」


 アサリ(ボンゴレ)を含めた五種の海鮮をトマトで煮込んだペスカトーラのスープからパスタを掬い、スプーンとフォークでくるくると巻き取りながら何気なく問いを発するのは圭介だ。

 拠点としている〈喜びの原野(ヴァルハラ)温泉宿〉の宿泊費として小説を執筆している彼は、どんな些細なネタにも食いついてくるようになってきていた。


「ん-、そうやねぇ」


 問われたスズは丼の中からとろりとした卵に覆われ出汁を吸い込んだ猪肉のカツを箸で摘まみあげ、一口齧って考えを纏める。

 そもそも、鈴名(すずな)にとってスズシロの身体は借り物であり、彼女本来のアバターは(すずな)だ。〈大災害〉の際に従姉である鈴代(すずよ)のパソコンを覗き込んでいたため彼女の意識はスズシロの身体に入り込んでしまったが、その時にも鈴名自身のノートパソコンは同室の座卓で起動していた、つまり鈴名と菘の間に繋がりは残されていたのだ。

 自分の身体だと強く念じることで月面サーバーで待機状態にあった菘の身体にアクセスできるとスズが気づいたのは〈ヘブンブリッジ〉で一度死亡を経験した時だった。

 その後、試行錯誤を経て深紅(ミク)からの指導も受けた結果、〈吟遊詩人(バード)〉が豊富に持つ「仲間を動かしたり模倣する特技」を使ってスズシロと菘を入れ替えることに成功したのだ。


「そやねぇ。〈シフティングタクト〉で菘を呼び出して〈マエストロエコー〉で演奏を〈輪唱のキャロル〉で歌唱を模倣するやろ? ほしたら〈デュエット〉で菘シンクロしてぇ〈カーテンドロップス〉でウチの姿を消すと〈リピートノート〉で菘が動き出す。そんな感じやわ」

「全然わかりません・・・・」

「慌てぇへんでも、また後でじっくり教えてあげますぇ」

「もう・・・・最近またスズ姉の意地悪な所が出てきたよね」

「へぇ?」


 焦りながらメモを取り出す圭介に指摘されたスズは、揚げる前にじっくりローストされて赤い色を残す猪カツを咀嚼しながら首を傾げる。

 心に余裕が出来てきたからだろうか、〈パンナイルの街〉に腰を落ち着けてからのスズには周囲を振り回して喜ぶような面が現れてきていた。


「圭介は弄り安いから仕方ありまセーン」

「んだよ。アレックスだってこの前、関節技かけられて鼻の下伸ばしてたじゃないか」

「そんなことは・・・・それより、今後の事を考えるデース!」


 最近は箸の扱いにも慣れてきたのか熱々の餡をかけられたパリパリ焼き蕎麦に挑戦していたアレックスが茶々を入れたものの、あっさりと圭介に反撃され目を白黒させながら話題をそらす。

 それはこの数日、この場にいる全員が考えていたことだった。

 半ばリーフトゥルク家お抱えの冒険者みたいになっている現状ではあるが、それは次の行動に移るための準備期間であると、程度の大小はあれど皆が理解していた。


 甘辛く煮付けた牛肉の卵とじをご飯と一緒に口へ運ぶスズ。

 口伝で菘アバターを扱ったことで、スズの中にあった昔の知り合いと会うのを躊躇う気持ちは折り合いをつけられる程度にまで小さくなっていた。

 〈キョウの都〉で再会したナカルナードや〈キノサキ温泉卿〉で遭遇した圭介も、スズシロの中身が鈴名だとあっさり見抜き、それでいて騒ぎ立てることも不審に思うこともなかった。

 であれば、今更〈アキバの街〉に行って〈西風の旅団〉メンバーに、否! ソウジロウに会うことに何の遠慮が必要だろうか。

 牛丼とかつ丼、どちらを食べようか悩んでいた時に勧められた「わがまま丼」。

 牛丼とかつ丼を一つの丼で味わえるというその料理は、今の彼女の気持ちを表していた。

 目を閉じて咀嚼し、箸を置いて目を開ける。


「次はアキバへ行きますぇ」


「その心は?」

「エレイヌスから聞いた話を伝えるためですぇ。〈ウェストランデ〉方面はナカっちに任せておけば良ぇし、そうなったらウチらが相談する相手はアキバに出来たっていう〈円卓会議〉しかあらしまへん」

「と言うのは建前っちゃよね?」

「本当の所は?」

「ソウジはん分が枯渇したんぇ」

「だと思いました」


 今回ばかりは我儘を押し通すつもりでいたスズ。

 仲間たちはそんなスズの意図を即座に理解し、受け入れた。

 一拍遅れたネコアオイだったが、彼女も巫女装束の胸元から資料の束を取り出して吟味しはじめる。


「アキバに行くのなら丁度良いクエストがありますにゃあ。商人貴族のマルヴェス卿が〈ユフィンの温泉街〉からアキバまで海路の護衛依頼を出していますにゃ。請けますかにゃ?」

「勿論ですぇ。皆それで宜しおすか?」

「「「「「宜しおすぇ」」」」」

「ちょぉ、真似せんといておくれやす」


 頬を膨らませるスズだったが、それも一瞬。我慢しきれずに破顔一笑するのだった。




終幕

キャラクター紹介:9

 アバター名:スズシロ プレイヤー名:山田 鈴代

 種族:ドワーフ 性別:女性 所属ギルド:なし

 メイン職:暗殺者(アサシン)/90レベル サブ職:見習い徒弟(アプレンティス)/45レベル


 スズシロは射撃(スナイパー)ビルドの暗殺者だ。

 火力よりも多様なBSを与えて敵を弱体化させるデバッファー兼アタッカーというスタイルは、パーティへの臨時参加や即席パーティでの冒険が多かった鈴代なりの、気持ちよく敵を倒させて好い気になってもらう、という接客思想による所が多い。

 デバッファーを本領とする鈴名が扱うようになってからはその方向性に磨きがかかり、メインアタッカーを張る場面と妨害支援を中心にする局面を上手く切り替えて扱えるようになっていた。

 装備面では、白スク水の上から白セーラー服という外見の〈紺糸裾素懸威胴丸こんいとすそすがけおどしどうまる〉を身に着け、巨大な箱のような無骨な〈重弩(ヘビィクロスボウ)〉を取りまわす。

 

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