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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
9:破滅の備え、〈イズモの街〉も
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 神通力という言葉がある。

 神仏が持つとされる六つの超人的な能力で、六神通とも呼ばれる。

 自由自在に思う場所へ行き来できる〈神足通(じんそくつう)〉。

 声や音を聞き取り、聞き分けられる〈天耳通(てんにつう)〉。

 他人の心の中をすべて読み取る〈他心通(たしんつう)〉。

 過去の出来事や生活、前世を知る〈宿命通(しゅくみょうつう)〉。

 業による生死を遍く知り輪廻転生を見る〈天眼通(てんげんつう)〉。

 煩悩が尽きて、二度と迷いの世に生まれない〈漏尽通(ろうじんつう)〉。


 圭介を仲間に加え、ナカルナードを始めとするミナミ勢と情報を交換する中で伝え聞いた〈アキバの街〉の話。

 その中で、スズが気になっていたのはやはり〈西風の旅団〉の事だった。

 そして彼らの内数名が現実化したことによる特技の可能性を追及した結果、〈口伝(オーバースキル)〉と呼ばれる技を手に入れたことを知った。


 空中に生み出した障壁を足場にして自在に宙を駆けるナズナの〈天足通(てんそくつう)〉。

 街中の噂話を無作為に集めそれを情報として纏め上げるドルチェの〈天耳通〉。

 一瞬後の相手の動きを幻視して対応するソウジロウの〈天眼通(てんがんつう)〉。

 そして、脳内を占める煩悩を状態異常(バッステ)として治療することで思考を加速させる、くりのんの〈漏尽通〉。


 ならば、とばかりにスズが己の〈口伝〉に付けた名前は〈宿命通〉だった。


 ベンッ!


 スズシロの握った(バチ)が弦を弾き、音色が奏でられる。


「ら~ら~ら~♪」


 スズシロの口唇が古謡を口遊み、旋律が響き渡る。


 ベンベベベンベンベベベベベンベン

 ベン  ベン  ベン  ベン


 (すずな)の爪弾く弦が奏でる音色が追走して重なってゆく。


「るるる~る るるるるる~」

          「る~るるっる るるる~」


 菘の口遊む古謡の旋律が後を追って交わってゆく。

 最初は輪唱(カノン)だった歌声が、重唱(デュエット)を経て再び独唱(ソロ)へと戻り・・・・。

 いつしか菘のみを残して、戦場からスズシロの姿は消えていた。


「おーし! こっからDPS上げてくぞぉ!」

「はいな。〈瞑想のノクターン〉」


 ナカルナードの指示に合わせてレイドチームが動きを変える。

 猫人族の吟遊詩人(バード)と入れ替わりで第一パーティに入った菘の身体から紫色の音符と柔らかな音色が溢れだす。

 それまで〈破戒の典災(エレイヌス)〉との戦いで消耗していた仲間たちのMP回復速度が目に見えて上昇し始める。

 サブ職〈歌姫〉の効果が菘とスズシロでは大きく違うのだ。


 サブ職には、同じサブ職であってもメイン職業によって効果が違う職業が存在し〈歌姫〉はその一つだ。

 メイン職が〈吟遊詩人〉でない場合、その効果は援護歌や呪歌(まがうた)といった〈吟遊詩人〉の一部特技を使用できるようになる、というものである。

 しかし、メイン職が〈吟遊詩人〉である場合、その一部特技の効果を引き上げ、代わりに白兵・射撃に関する効果を引き下げる。すなわち、性能を尖らせることになるのだ。

 そのため、レイドのような長期戦で重要となるMP自動回復(ノクターン)を菘に任せ、他の吟遊詩人たちは〈剣速のエチュード(攻撃速度上昇)〉や〈臆病者のフーガ(敵愾心獲得低下)〉に切り替えて攻撃のサポートを開始している。


「ほな、良ぇ夢見ておくれやす。〈月照らす人魚のララバイ〉」

「んでもって〈タウンティングブロウ〉や!」


 エレイヌスが放った回し蹴りを、高下駄を履いたまま身を沈めて躱した菘はくるりと回れ右しながら立ち上がり、竪琴を奏でる人魚のエフェクトと共に水色の波紋を典災に浴びせる。

 眠気を覚えたエレイヌスにナカルナードの重い一撃が炸裂し、ダメージを負った所に睡眠効果が発生し大きな隙を晒す羽目になる。

 その隙を逃すことなく第三第四パーティが波状攻撃を叩き込み、エレイヌスが我に返った頃には菘が笑みを浮かべて次の曲を奏でている。


「〈囚われた獅子のダージ〉。もう一回お休みですぇ」

「ちょっと待てぇ!」


 怒れる獅子の念を込めた音の波に魂を殴られ、硬直(スタン)を余儀なくされるエレイヌス。

 仮にもレイドボスとしての性能を持っているため一つ一つの状態異常はすぐに解けるのだが、戦いの主導権を完全に失っていた。



「クハハ。愉しいのぅ、これまでに無いこの窮地。これこそ生の実感よ!」


 思うように手を出せない戦況に、エレイヌスの愉悦は増すばかりだ。

 もちろん、彼もレイドボスだけあって一方的にやられている訳ではない。錫杖を失ったとはいえ、体術の数々は健在だ。

 ただ、攻め切れないのである。

 ナカルナードが第一戦士職(プリマタンク)としてガッチリとその攻撃を受け止め、回復職(ヒーラー)達がその怪我を癒す。〈偶像破壊拳(アイドルブレイク)〉のように時折放たれる大技も〈冒険者〉たちが順番に切り札を切ることで被害を抑えられる。

 なにより、ここぞというタイミングで仕掛けられる行動阻害の呪歌によって攻撃のリズムを崩されるのが痛い。


 そもそも〈破戒の典災エレイヌス〉の種族は常に〈慢心〉している〈天狗(テング)〉だ。

 この種族のボスエネミーは〈慢心〉が解除さ(ゲージが割)れてから本領を発揮するようにデザインされている。

 その解除条件が首飾りの特技(スキル)発動だと気づき、その発動を封じる策を講じた時点で菘たちの勝利は確定的だったのだ。

 そして、エレイヌスがそれに気づく機会はついに訪れなかった。


「さぁ、どれだけ耐えられるか、見せてみよ。〈偶像破壊拳〉!」

「〈叢雲の太刀〉! させないって言ってるっちゃよ、〈木霊返し〉!」


 防御力を犠牲にして攻撃力を引き上げる〈鬼神の位〉の効果で赤いオーラを立ち上らせながらはこべ(・・・)が吠える。

 吠えながら、エレイヌスの必殺技を切り裂く。そして反撃する。

 先の戦闘を思い返しているのか、その目は憎々し気に典災を睨みつけている。


娘々(にゃんにゃん)を先頭に総攻撃行くぞ! あと少しや、全部出し切る気でなぁ!」

好的、我知道了(はい、わかった)ネ。急急如律令、以土行成砂嵐!」


 エレイヌスを睨みつけていたのは五行娘々も同様だ。

 〈シンギュラリティ〉によって防御も抵抗も無効化した〈サーヴァントコンビネーション〉で全身を砂塵旋風と化した〈砂魔女(サンドウィッチ)〉が典災の動きを封じ込める。

 動きを止め、移動も回避も防御も封じられた〈破戒の典災〉に五行を含めた二十四人の攻撃が間断なく突き刺さっていく。


「〈一気呵成〉!〈剣気打ち〉、〈旋風飯綱〉からの〈一刀両断〉っちゃ!」

「〈タトウーパターン:マジシャン〉。〈ジャッジメントレイ〉です!」

「ほな、ウチも〈ディゾナンススクリーム〉~」


 特技で再使用規制時間(リキャストタイム)を無理矢理縮めながらはこべが猛攻(ラッシュ)をかける。

 動きの硬直したエレイヌスに対し、光を纏わせた鬼包丁で切り上げ、全身で回転しながら薙ぎ払い、麻痺の効果を蓄積させた所で、大上段から渾身の一撃を振り下ろす。

 そこに法儀族の紋様を輝かせながら仏のザ(ほとけのざ)が極太の光線を叩き込み、菘の放つ不協和音が典災の脳を揺らす。

 アレックスや圭介、その他の〈冒険者〉たちも繰り出せる最高の攻撃を叩き込む。


「最期にこれだけの戦いができたとは、良き人生であったのぅ」


 満足そうに笑みを浮かべ〈破戒の典災エレイヌス〉は金属製の床に倒れ伏したのだった。



「「〈破戒〉が倒れた。この場を離れなくては・・・・」」


 〈破戒の典災〉が投げ捨てた壊れた首飾り。

 共に旅してきた同朋に捨てられ、依り代としていた場所を捨て、白と黒の魚は這いずっていた。

 より正確には、白い魚を抱えながら、黒い魚が這いずっていたのだが。

 〈憧れの典災エレイヌス〉と〈失意の典災エレイヌス〉、二体の〈典災(ジーニアス)〉は姿を変えながら、戦いでできた床の裂け目から地下深くへと逃げ出していた。


 その先に、最古の古来種姉妹がいるとも知らずに・・・・。


次が最終話となります

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