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「よう、スズっち! 元気にしとったか?」
重機のような鎧に身を包んだ巨漢、ナカルナードがそう言いながら〈鷲獅子〉の背から飛び降りたのは、スズたちが〈千引の岩〉で美紅と話をした次の日だった。
「ウチは温泉を堪能してツヤツヤやの。けど、ナカっちは元気なさそうですぇ?」
そんなナカルナードの顔を見上げてスズは眉を顰める。
(あぁ、見抜かれてんなぁ)
指摘されたナカルナードは、苦笑しながら太い指で軽く後頭部を掻くのだった。
巨大ギルド〈Plant hwyaden〉の幹部会である〈十席会議〉に身を置く大幹部の一人であり、〈大地人〉の国家〈神聖皇国ウェストランデ〉から〈南征将軍〉の号を賜った〈将軍〉でもあるナカルナードは多忙を極めていた。
権利には義務と責任が付いてくるように、彼が旧〈ハウリング〉の郎党を養っていく代償として受け入れたのは〈ウェストランデ〉が始めた〈ナインテイル自治領〉との戦争の後始末。
「まぁな。けど、根回ししてた甲斐あって今回の遠征はもぎ取ってやったわ! ホンマ。大蔵卿の兄ちゃんと濡羽の嬢ちゃんには足向けて寝られへん」
中央を離れて〈大地人〉と睨み合っている間に、〈Plant hwyaden〉を掌握したインティクスによってナカルナードは自由に動かせる兵力を削られ、ますます多忙に磨きがかかる中、気苦労と酒の量ばかりが増えていた。
そんな中で〈スザクモンの鬼祭り〉を攻略したメンバーを再集結させるというナカルナード一人では難易度の高い仕事を完遂できたのも、偏に協力者が居たからだ。
スズの仕組んだ宴席でナカルナードと誼を通じていた〈キョウの都〉の貴族たち、そして何故か〈Plant hwyaden〉のギルマス濡羽までがこの遠征に協力していた。
結果として、〈鬼祭り〉攻略先遣隊二十四名の内、二十三名までがイズモの地に集結していた。
「けど、悪ぃなぁ。大嶋だけは、どうしても連絡がつかなかった」
「それは気にせんときぃゃ、ナカっち。大嶋はんも調べ物がある言うて〈ミナミ〉に行かはったんやし。それにケイスケはんが入るから人数的には丁度ですぇ」
スズの率いた第二パーティメンバーとして一緒に〈鬼祭り〉を駆け抜けたドワーフ族の青年〈吟遊詩人〉、大嶋は今回の遠征に参加していない。
そもそも彼は〈Plant hwyaden〉所属でもないソロプレイヤーだ。
スズが〈キノサキ温泉郷〉にいる間に圭介の参戦を聞き、それでもナカルナードは念話で再三呼びかけを行ったのだが、結局一度たりとその回線が通じることはなかった。
大嶋の消息は、いまだに掴めていない。
「元気にしてはったら良ぇんやけど・・・・」
「アイツのことだから、そう簡単にくたばったりはしねぇだろ。〈冒険者〉だしな・・・・」
スズの言葉に、小柄ながらも俊敏で優秀なクラウドコントローラーだった彼を思い出しながら、ナカルナードは思考を切り替える。
彼がこの場にやって来たのは仕事の愚痴を吐き出すためでも連絡のつかない知人の心配をするためでもない。
あくまでも、大規模戦闘の司令官としてだ。
共に〈鷲獅子〉を駆り〈サニルーフ山脈〉を越えてきた十七人が蕎麦屋に吸い込まれて行くのを横目に見ながら、この先の算段をつける。
そのためには、何よりも最新の情報が必要だった。
「〈破戒の典災〉やったな。どこで迎え撃つか考えてあるんか?」
「へぇ、それなんやけど、アイツが目指しとるんは〈ヘイロースの九大監獄〉みたいやの」
〈ヘイロースの九大監獄〉。
それは、十番目の拡張パック〈夢幻の心臓〉で追加された、名前の通り、九つの監獄で構成された複合メガダンジョンを攻略するレイドコンテンツだ。
順不同で攻略可能な〈空〉〈鋼〉〈炎〉〈氷〉〈海〉〈獣〉〈騎士〉〈龍樹〉を冠する八つの監獄を攻略することで〈最終監獄〉に挑戦できるのだが、各監獄に仕掛けられたギミックが連動しており、その攻略順によって難易度が大きく変わるため、レイドコンテンツ中でも屈指のテクニカルさを誇っていた。
このレイドコンテンツでも戦闘系ギルドたちのトップ争いは行われていた。
その中で、片や関西きっての巨大戦闘ギルド〈ハウリング〉を率いるナカルナード、片やギルドですらない変態集団〈放蕩者の茶会〉に顔を出していた菘。
その頃は〈放蕩者の茶会〉の活動も後期で、レイドランク関連の掲示板でいつものように〈茶会〉が叩かれ、ごく一部の〈茶会〉メンバー(主にインティクス)によって殴り返されるという流れが常態化していた。
そんな中で女の子を五人も侍らせていたソウジロウも知らず知らずの内に敵愾心を稼いでおり、悪意のこもった噂からソウジロウやその親衛隊たちを守るべく、菘が仕掛けた悪戯の的に〈ハウリング〉のギルメンが含まれていたのがナカルナードと菘の出会いだった。
話を聞いてみれば、そのギルメンの彼女がソウジロウに一方的に惚れただけ、といういつもの話だったため、大事には至らなかったのだが・・・・。
「まさか、スズっちと一緒に〈ヘイロース〉行くことになるなんてなぁ」
「せやねぇ、驚きやわぁ」
「お互い、あの頃とは随分と変わっちまったな。カズ彦やKRは相変わらずだが」
「えぇ!? KRはんは兎も角やけど、カズ彦はん今もあんな感じて、生え際どもないんぇ?」
「あー。そこは全然大丈夫とちゃうな」
二人は顔を合わせて笑いあった後、詳細な情報の交換に入った。
「エレイヌスの目的は〈ヘイロース〉に封じられてると思しき〈脱獄の典災〉の解放やないか、っていうんが美紅はんの受けた天啓の解釈みたいやわぁ」
「相変わらず緊張感があるんかないんかわからんな、スズっちの喋り」
「余計なお世話や。ナカっちのいけず」
ツンと唇を尖らせてそっぽを向くスズを見ながら、気を抜くと漫才みたいになってしまうなぁ、と反省しつつナカルナードは計画を立てるのだった。
◇
「コア露出を確認しました! 三度目の形態変化まで後五秒!」
「応っ! 無差別攻撃来んぞ、アレックスはポイントリリーフ! 三・四班は攻撃の直後に叩いたれ。コアが隠れる前になっ! 二班はアレックスのフォローや! 〈アンカーハウル〉っ!」
「イエッサー!」
杭のごとく地面に打ち込まれた柄を支点にした円運動によって当たるを幸いと〈冒険者〉たちを薙ぎ払っていたレイドボスの圓月輪に似た姿がドロリと溶け崩れ、直径三メートルはあろうかという巨大な連弩の形に変形する。
変形の兆候を察知した圭介の報告によってナカルナードから指示が飛び、二十四人の〈冒険者〉たちはそれぞれ動きを変える。
ナカルナードがヘイトを稼いでいる間に仏のザの〈サンクチュアリ〉がアレックスを包み、圭介の〈ヒーリングウィンド〉がアレックスのHPを回復させる。
アレックス自身も防御力を強化するスキルを重ね、犀を模した金属色のオーラを纏ってその時を待つ。
ガガガガガガガガガガガッ!
「今デスッ! 〈ドーティングポーズ〉!」
無数に打ち出された金属製の太矢の前にアレックスが身を投げ出し、そのすべてを受け止める。
この〈ヘイロースの九大監獄〉で〈破戒の典災エレイヌス〉を迎え撃つことを決めたスズとナカルナードは、レイドメンバーを含めた話し合いの末に、メザラクラウが君臨するエリア〈鋼の監獄〉に決定した。
それからの動きは迅速だった。
大規模戦闘経験の豊富なナカルナードとスズを中心に、何度もメザラクラウに挑み、情報を収集し、それを元に戦術を研究していった。
幸い、このダンジョン内のモンスターたちは〈大災害〉前後で大きな変化を経ていなかったようで、情報収集と戦術研究は既存の知識の擦り合わせで終わったため、ナカルナードたちは早々にメザラクラウを攻略してしまうことにしたのだ。
メザラクラウは自在に操れる流体金属を纏って次々に姿を変え、また攻防に役立てる、トリッキーかつ物理攻撃と防御に秀でたモンスターだ。
充分な情報を得たレイドパーティは各形体の特性を掴んで攻撃を凌ぎ、防御の隙を突いてダメージを重ねていく。
最初、長剣の姿で現れたメザラクラウは流体金属で作り上げた太刀と共に宙を舞い攻撃を繰り返していたが、はこべの〈切り返し〉に大技を封じられる。
次いで長槍の姿に変化すると即死効果を与える刺突攻撃に切り替えてきたものの、仏のザが〈シンボル・オブ・サクラメント〉で状態異常を受けないようにすると、レイドパーティは勢いづき攻勢を強める。
しかし、先端を切り飛ばされたメザラクラウは鎖鉄球の姿になってナカルナードを吹っ飛ばし、今度は圓月輪となって広範囲を薙ぎ払ってくるも、圭介が〈ヘヴンズロウ〉を唱えて攻撃力を下げたことで、なんとか全員が範囲攻撃を耐えきった。
そんな所に連弩に変じたメザラクラウの無差別射撃が飛んできたのだがアレックスが自分一人を盾にしたことで皆に余裕が生まれ、自身を守る流体金属を矢として打ち出したことで曝け出されたコアに対して、待機していた〈冒険者〉たちの一斉攻撃が叩き込まれる。
矢として打ち出した流体金属を宙に浮く盾に変えて身を守らせながら回収し、巨大なハンマーとなって溜めに溜めた必殺の一撃を放ったメザラクラウだったが、それを見越して〈キャッスルオブストーン〉を温存していたナカルナードを倒すには至らない。
「野郎ども! この調子で行くぞ! 〈タウンティングブロウ〉!」
野郎じゃないと主に〈七草〉の面々から批判を受けつつナカルナードは凶暴な笑みを浮かべる。
一撃一撃を丁寧に受け続け、攻撃と挑発を積み重ね、気の遠くなるような繰り返しの末、メザラクラウは物言わぬ金属塊となって床に転がったのだった。
「これで場は整った。次の相手は練習なしの一発本番や。気合入れてくぞー!」
「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」
ナカルナードの勝ち鬨が〈鋼の監獄〉に響き渡る。
〈破戒の典災〉を迎え撃つ準備は着々と整いつつあった。




