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〈永遠の歌姫〉と〈凶王〉については犬塚惇平(犬派店主)様作「ヤマトの国の大地人」を参考にさせていただきました。
ヤマトに住む〈古来種〉の大半は〈イズモ騎士団〉に在籍している。
しかし、所属しているいないに関わらず〈イズモ騎士団〉本部に起居している〈古来種〉は多くない。
その理由は任務であったり性格であったり各人それぞれの事情であったりと様々だが、それが〈イズモ騎士団〉メンバー大消失という事件から彼ら彼女らを救ったことは間違いないだろう。
〈馬の魔女〉マリョーナ、吸血鬼の〈真祖〉イツナリ姫、〈貧乏姉妹〉レリア・モフールとリトカ・モフール等々、少なからぬ数の〈古来種〉が難を逃れていた。
そして〈永久の歌姫〉美紅もまた、その中の一人だった。
イズモ地方の北側、ヤマト海に面した海岸線に斧の刃が飛び出したような半島がある。
地球世界であれば島根半島と呼ばれているその半島の根本の一端に〈イズモの町〉はあるのだが、もう一方の端、ロンガ砂漠にほど近い場所にあるのが〈千引きの岩〉だ。
騎士団本部の建物と対になるような形の、しかし遥かに小ぢんまりとした庵で起居していた美紅は、この数か月間と同じように今朝も千引きの岩へと足を向ける。
~♪
鼻唄を歌いながら小道を軽快なリズムで歩む。
裸足の足裏に感じる土の感触が心地よい。
リボンのようなツインテールに結わえて、注連縄の形に編んだルビーレッドの長いおさげ髪が、そのリズムに合わせて揺れる。
揺れるのは髪だけではない。
陽光に煌めく耳飾り、額環の両横から垂れる布、背中に浮かぶ光輪、天女か女神を思わせる白い薄手の羽衣までが、それぞれ歩くたびに揺れ動く。
ヤマモモの木が立ち並ぶ小道を歩いて行くと、その先には大小様々な岩が転がる広場がある。
小さいものは掌に乗るほどで、積み上げて山のようになっている。
大きいものは美紅の身長の倍以上ある。そして最大のものが〈大地人〉千人でも動かせなさそうな巨岩〈千引きの岩〉だ。
例え〈冒険者〉の百人隊が力を込めても動かせないこの岩も、美紅の歌によって開閉する。
それ故に、この地の担当者は美紅なのだ。
ヤマトの地には、幾度もの戦乱によって怨念を飲んだまま死んだ者たちの魂が彷徨っている場所が数多くある。
そういった場所には不死の怪物が湧きやすく、そして不死の怪物が多く生まれる場所には、〈黄泉魔王〉もまた姿を現すことが多い。
〈オワリ地方〉では〈不死の街トヨタ〉の〈岩根の黄泉王ユーラクサイ〉が着実に軍団を増やし、〈フォーランド〉の〈呪い穴〉の底では〈凶皇〉が復活の時を待ち、〈ユラゲイト地方〉の〈火雷天神宮〉では〈新皇〉が恨みの刃を研ぐ。
こういった〈黄泉魔王〉への対策の一つとして、不死の魔王が放つ瘴気に対抗する呪物を手に入れるため〈冥府〉に挑む〈冒険者〉は後を絶たなかった。
そんな〈冒険者〉達の行いが〈冥府の女王〉の逆鱗に触れる前に〈イズモ騎士団〉は〈冒険者〉達に〈冥府〉探索の条件をつけたのだ。
それはすなわち、騎士団の出す試練を果たし、探索の許可証を手に入れる事。
斯くして、美紅は〈黄泉魔王〉の活動が活発化する度にこの地へ来て、探索許可を求める〈冒険者〉へ対応をしていたのだ。
美紅が〈イズモ騎士団〉の団長スザから任務を拝領してこの地に住み始めたのは、今年の三月からだ。
今回は、かつて〈ウェストランデ皇王朝〉からの援軍を待ちながら戦死したイースタル公子が、黄泉魔王〈星公子バニシング・コジロウ〉として黄泉返り、七人の影武者と共に〈神聖皇国ウェストランデ〉を目指して進軍するという事件が起きていた。
幸いにもヤマトを代表する〈冒険者〉の〈氏族〉が鎬を削るように競い合いながら解決したため大事に至ることなく、三月の終わりを待たずしてこの事件は収束した。
それでも事後処理諸々を含めて三月一杯、美紅は〈千引きの岩〉の前に滞在していたのだが、四月を迎える直前になって彼女に託宣が降りた。
虚空より現れ、時と共に勢力を増してゆく敵の存在。
それをスザに伝えたことから〈古来種〉の運命は動き始めた。
彼女は任期を延長するかのように再び〈千引きの岩〉の管理を任され、その対策に関わる立場ではなくなったためスザが具体的にどんな作戦を立てたのか彼女は知らない。
ただ庵の通信施設を使って友人である〈鋼の戦乙女イライザ〉や〈雷 安檸〉たちと情報交換をする中で団員の多くが本部に集結しているという話が漏れ聞こえてきてはいた。
イライザが〈ヘブンブリッジ〉を離れ、安檸が代わりを務めるようになり、そうして迎えた四月上旬。
イライザをはじめ本部にいる筈の団員と連絡がとれなくなった。
任務の更新もなく〈千引きの岩〉を離れられぬまま、本部からの連絡と〈冒険者〉の到来を待ち続けながら、ただただ時間だけが経過してゆき、いつの間にかやってきた八月。
美紅がおやつ代わりにヤマモモの実を捥いで食べている時に、託宣が降りて来た。
一つは、雷 安檸が管理者代理を務める〈ヘブンブリッジ〉に敵が迫っていること。
それを伝えて以来、安檸からの連絡はない。
そして、もう一つは・・・・。
◇
~♪
今日も今日とて〈千引きの岩〉の前で人を待つ美紅。
十月に入って数日が経っており、ヤマモモの実も既に生っていない。
手持ち無沙汰に歌を口ずさんでいると、久方振りの来客があった。
「此処ネ、此処」
「やっと着きました。ここが黄泉比良坂なんやねぇ」
「ちゃうよ。それは現実での名前。こっちだとその名前は〈スザクモン〉のダンジョンっちゃ」
「こっちやと〈千引きの岩〉てゆーんですぇ」
「Oh! チビキノイワ! ファンタスティックな名前デス!」
「はぁ・・・・。千人で引っ張っても動かない岩って意味ですよ。本来は大和神話に登場する岩で、死んだ奥さんを冥府に迎えに行ったイザナギが約束破って逃げ帰る最中に・・・・」
やって来たのは六人の〈冒険者〉だった。
結い上げた銀髪に真珠色の道服、紫色の眼鏡の奥から金色の瞳が見える、何処か安檸に似た雰囲気を持つハーフアルヴの娘。
花冠を乗せた水色の髪と碧玉の瞳、ゆったりした羽衣のような服を纏い、浅黒い色の肌に幾何学模様を浮かべた法儀族の娘。
腰まで伸びた緑なす黒髪から覗く鬼の角、水干の下に虎皮ビキニとブーツにグローブ、巨大な包丁を背負った狼牙族の童女。
瞳の色と同じ濃い紫色の髪を後頭部で括り、白いレオタードの上から丈の短い薄桃色の上着を来た、大きな胸のドワーフ娘。
短い赤毛に青い瞳、白い肌にソバカスの浮いた童顔、無骨な具足が目立つ金属光沢を放つ黄金色の全身甲冑を着込んだ青年。
茶色の瞳に同じ色の短髪、ウォッシュアウトのジーンズにクリーム色のポロシャツを着、アンダーリムの眼鏡を掛けた青年。
「〈永久の歌姫〉美紅はんやね。お久しゅう」
そう口火を切ったドワーフの娘に、美紅は見覚えがあった。
師匠である狐尾族の〈歌姫〉に連れられて修業に訪れていた見習い。
姉妹のように良く似た仲の良い師弟だったと記憶している。
~♪
彼女の言葉に美紅が挨拶を返すと、彼女たちは自分たちがどうしてここまで来たのかを話し始めた。
スズと名乗った見習いの娘を中心に他の者も所々口を挟みながらの説明は、よく纏められていて分かり易く、聞いていて思わず話に引き込まれていた。
曲がついていれば、と思ってしまった程の話しぶりについつい感情移入してしまい、ハーフアルヴの娘が安檸の死を告げた時には、感極まってしまった。
「ホンマ、ウチらの力不足で、すんまへんでした」
「師匠から伝言預かってるネ」
大粒の涙を流す美紅へ彼女たちは口々に謝罪し、安檸の最期の言葉を伝えてくれた。
その中でハーフアルヴの娘が、安檸がナインテイルの仙境で育てていた弟子の一人だということも分かった。
安檸に伝えていた託宣で触れられていた襲撃者、安檸と肩を並べてそれに立ち向かい、彼女らも一度死んだのだという。
ここまで聞けば、もう充分だった。
彼女たちこそもう一つの託宣を伝え、最大限の助力をするべき相手なのだ。
~♪
美紅はこの二月かけて託宣を元に編み上げた歌を口ずさむ。
迫る危機を伝え、ヤマトの将来を託すべき相手に託すため、襲撃者が何処へ現れるのか、そして何を目的としているのか、敵と戦うために何を為すべきなのか。
様々な想いを乗せた歌は、自分で思っていたよりも長いものになっており、歌い終えた時には流石の美紅も精魂尽き果ててしまいそうになった。
もっとも、それを最初に表に出したのが彼女の胃袋だったため、苦笑しながら安檸の弟子が用意した点心を〈冒険者〉一行と共に食すことであっという間に回復したのだが。
自然に生る果物を捥いで食べる以外では初めてとなる味のある食べ物、そして他人と一緒に食べる食事、美紅は胃袋だけでなく心も満たされていた。
この暖かさをどう表現するべきか、美紅は少しだけ悩み、辿り着いた答えを口に出した。
~♪
「えぇぇ!? 美紅はんがウチを鍛えてくれはるって!?」
驚き叫ぶ見習い歌姫の顔を見て、辿り着いた答えは正しかったのだと、美紅は破顔したのだった。




