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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
8:〈キノサキ温泉郷〉にて
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8-7

「ここまで積もったのを見るのはワタシ初めてヨ!」


 〈ゲンブの洞窟〉入り口前の広場に五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)の声が響き、しかし響き渡る前に吸い取られるように消えてゆき、再び静けさが広場を支配する。

 桜花咲き誇る〈セイリュウの洞窟〉とも、夏草生い茂る〈スザクの洞窟〉とも、紅葉舞い散る〈ビャッコの洞窟〉とも違い、〈ゲンブの洞窟〉の入り口周辺は雪景色と形容するに相応しい情景だ。

 六角柱の形をした岩が縦向きに等間隔で並ぶ崖に開いた大洞窟の入り口は岩の断面の六角形が織り成すハニカム構造を見せており、まさしく巨大な亀の甲羅。昔の研究者が伝説の聖獣に似ているからと名付けたという話を聞いた五行は(いた)く感心したものだ。

 尤も、その話を聞いた際、該当する聖獣をちゃんと思い浮かべていたのは五行くらいなもので、スズや仏のザ(ほとけのざ)は日本映画界が誇る大怪獣の一頭を思い出し、もっと年若い残りの三人はそれぞれモンスターと心を通わせるアニメやゲームを連想していた。

 ともあれ、その入り口周辺は、洞窟の崖上にも川沿いの広場にも軽く柔らかな新雪が一メートルほども積もっている。深々と降り続く淡雪がその原因だ。まだ誰も足を踏み入れない真っ(さら)な銀世界を前に興奮を抑えきれないのは五行だけではない。

「イッツ、ファンタスティック! 素晴らしいデス!」

「うん。この光景は目に焼き付けておきたいね」

「うわあ、雪。雪、凄かぁ。綺麗・・・」

 五行と同様に、アレックスと圭介も地球世界では降雪量の少ない地域で暮らしていたため、この光景には感動と物珍しさを覚えている。雪を見た経験すら数えるほどである仏のザに至っては言語野が既に仕事をしていない。

「もう。皆しゃぁあらしまへんわぁ」

「子供みたいっちゃ。スズちゃん、行こっか?」

 キリが無いと見たスズとはこべ(・・・)が遠慮も躊躇もなく銀世界に足を踏み入れ、ようやく探索が開始された。とんだトラップもあったものである。


 一歩足を踏み入れた〈ゲンブの洞窟〉は、広大な天然の洞窟だった。洞窟の外ほどではないものの、入り口の広い開口部から容赦なく吹き込んでくる雪が床に積もっており足場を悪くしている。

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!

 六角形の岩の断面が連なる天井からハム音が響いてきた。五行たちが以前戦った〈時計仕掛の兜虫〉クロックワーク・ビートルに似た構造の〈時計仕掛の鍬形虫〉クロックワーク・スタグビートルが編隊を組んで降下してきたのだ。顎に二本のブレイクソードを装備した〈鍬形虫〉は、遠距離からの狙撃を得意とする〈兜虫〉と比べて近距離戦に適応している。「纏めて斬り払ってやるっちゃ!」

「はこべちゃん、足元!」

 天井からの襲撃に即応しようとはこべが〈武士の挑戦〉を使うが、そのタイミングで雪の中に潜んでいた〈時計仕掛の尾太蠍〉クロックワーク・デスストーカーがレーザークローを備えた鋏を振り翳して襲い掛かる。間一髪、奇襲に気づいた仏のザが〈反応起動回復呪文〉(リアクティブヒール)を投射した事で無事に凌ぎ切れたが、初動の勢いは殺されてしまった。

「真っ白ネ・・・・これは寒冷地仕様コールド・ウェザー・カスタム?」

 〈時計仕掛〉(クロックワーク)には、地域ごとに作製した古アルヴ達の趣向が反映されていることが多い。恐らくこの洞窟に配備された機体たちは寒冷地での活動に適性を持たされているのだろう。となれば・・・・。五行はにやりと笑って呪文の詠唱を始める。

「〈エアリアルレイブ〉からの〈龍尾旋風〉ドラゴンテイルスウィングって、うおぉぉぉぉ!」

 〈尾太蠍〉の攻撃を避け、空中の〈鍬形虫〉の集団に肉薄したアレックスが四連装空対空マシンガンの集中砲撃を受ける。そこに五行の呪文が間にあった。

「火行を以て炎嵐と為す、救急如律令!」

 〈戦技召喚:ジンウーヤ〉によって呼び出された火炎の精霊獣〈金烏鴉〉(ジンウーヤ)が炎を纏った翼を羽ばたかせて〈鍬形虫〉の間を駆け抜ける。五行の予想した通り、寒冷地への適応によって元から持っていた熱に対する脆弱性が更に高まっていた〈時計仕掛〉達は簡単に機能を狂わせられる。

 残された〈尾太蠍〉達も、はこべの〈旋風飯綱〉によって麻痺させられた所にスズの〈ポイズンフォッグ〉と圭介の〈フレイミングケージ〉が炸裂。硬直して身動きできないまま毒と炎上のステータス異常に体力を削り切られたのだった。


 散発的に現れる〈時計仕掛〉と戦いながら進むうちに、いつの間にかダンジョンは天然洞窟から六角形の壁材を使った人工的な通路へと変貌していた。

『はぁ・・・・またやってしまったわ・・・・』

 以前これに似た構造を持つ古アルヴの遺跡を歩いた時に、師匠である雷 安檸(レイ=アンニン)が漏らした言葉を思い出し、五行は少し愉快な気持ちになった。その時はダンジョンマスター代理をしていた師匠の案内を受けて戦闘を回避しながらだったが。

 今も目の前の通路から〈時計仕掛の白鰐〉クロックワーク・ホワイトアリゲーターが姿を現す。身体能力が高く、噛みつき(バイトファング)尻尾スマッシュアップテイルによる攻撃を繰り出してくる強敵だった。とはいえ件のダンジョン〈ヘブンズブリッジ〉を管理していた〈幻影宝石の通信士〉ミラージュエル・オペレーターのように戦術を立てて運用されている訳ではないため、現れる端から倒されていくばかり。指揮官の重要性が良く判ろうというものだ。

 そうこうしているうちに、一行はダンジョンの最深部。艦船を係留させるドックにも似た空間に辿り着いた。


「ここまでが、竜に虎に鳥だったから・・・・」

「ボスは亀だろうなぁ、とは思ってたけど・・・・」

「まさか幻獣種(ヴィンダルク)とはネ・・・・」

 〈幻影宝石〉(ミラージュエル)等と共にヤマトの地へ齎された大陸の技術によってアルヴ戦争の末期に極少数だけ作られ、戦線に投入された強大な〈時計仕掛〉、それが『幻獣種』だ。

 開発が始まった時期が、古アルヴ達が追い詰められていた戦争末期だったことと、一体の製作に割り振れる時間と場所とコストの問題もあって多くは作られなかったのだのだが、〈竜種〉(ドラゴン)を始め、〈飛竜〉(ワイバーン)〈多頭竜蛇〉(ヒュドラ)のような強力な亜竜、〈多脚馬〉(スレイプニル)〈鷲獅子〉(グリフォン)といった機動力と火力を兼ね備えた魔獣、そういった幻獣たちの能力を模して造られた『幻獣種』は、一体投入されれば戦線を書き換えるとまで言われていた。

 今、五行たちの目の前に鎮座している〈時計仕掛(クロックワーク)の玄武母艦〉(・ドラゴンタートル)もそのうちの一体であり、胴体に蛇を巻きつけ竜の頭を持った大亀、という姿をしている。

 『幻獣種』の中にあって火力、機動力共に特筆すべき点のない〈玄武母艦〉は、しかし、強固な装甲に包まれた巨体には小型の〈時計仕掛〉製造工場と整備用架台(ドック)、補給用設備に飛行用甲板(カタパルト)を備えており、その場で一個師団を展開することができる単身師団(ワンマンアーミー)としての特性を有しており、名前の通り装甲空母としての機能を持った〈時計仕掛〉なのだ。

「・・・・っていうのも〈ヘブンズブリッジ〉に残っていた資料の記述だったけどネ」

 五行が解説しているうちにも〈玄武母艦〉の甲羅が開いて〈時計仕掛の翼指竜〉クロックワーク・プテロダクティルスが天を、同じく〈時計仕掛の異竜〉クロックワーク・アロサウルスが地をそれぞれ埋め尽くすように発艦して行く様子が見える。


「〈翼指竜〉三機編成十六小隊、正面八、左右に四ずつ。〈異竜〉は指揮官機と思しき重武装のが四機、各々四機ずつ率いて合計二〇機。足並み揃えて包囲の構え」

「圭介はん、仏はん、アレ君にバフ、持続時間長いので。はこべちゃんヘイト稼いで正面に道開いて。ヘイト安定したら五行はん攻撃、範囲と足止め優先で。アレ君、準備できたらソロで特攻、コア狙いよろしゅう」

「了解。〈ハートビートーヒーリング〉!」

「〈エナジープロテクション〉」

「行くっちゃよ。〈電光石火〉!」

「イエスマム。〈ワイルドキャットスタンス〉!」

「OKネ。行くよ、弟々(ディディ)

 圭介の脈動回復呪文と仏のザの属性防御呪文がアレックスの守りを固め、敵の包囲網に斬り込んでいったはこべに追随するようにアレックスが駆け出してゆく。五行の左右では〈金眼夜叉王〉(ヒラニヤクシャ)〈功夫弟々〉(カンフーディディ)が大技に備えて詠唱を待っている。

 六人で後略を進めるうちに、いつの間にか圭介が状況を把握しスズに伝え、スズがその情報を元に策戦を伝える。そんな流れが出来上がっていた。火力要員(ダメージディーラー)としての仕事に専念できる気楽さを感じながら、五行は無数の〈時計仕掛〉達に炎の雨を降らせるのだった。



「はぁ、すべすべになってきたっちゃ~」

「そうやねぇ~」


 無事に〈ゲンブの洞窟〉で入手できるアイテムを集め終え、ダンジョン攻略後恒例の外湯巡り。はこべと仏のザの幸せそうな声が女湯に響き渡る。

 連日、ダンジョンに潜り、戦って連携を深め、温泉に浸かって、グルメに舌鼓を打ち、旅館の大部屋に布団を並べて寝るまで話し合う。そんな〈キノサキ温泉郷〉に来てからの緩やかな日々の中で、五行は嫌が応にも気づかされていた。皆、無理をしていたのだ。

 スズは従姉のアバターに入ってしまった事で知り合いに連絡も取れず、仏のザは最愛の夫(せりP)が宇宙人に憑依されるという衝撃を受け、はこべは〈典災〉の集中攻撃に心を折られ一時は戦士職(タンク)として機能不全にまで陥った。五行とて師匠である雷 安檸を目の前で失っている。

 そんな四人にとってイズモへの旅は、帰還への希望であり、再開の約束であり、勝利への誓いであり、故人への追悼でもある。復讐という気持ちが消えた訳ではないのだけれど、そんな気持ちで戦っても安檸が喜ばないだろうことは、もう容易に思いつく。湯治というのは、栄養と休息を得ることで身体の不調を治すだけでなく、ゆっくりと考える時間を得ることで気持ちを整理し心に折り合いをつけるという効能もあるのだろうか、五行は不思議と爽やかな気持ちで思い返すことができていた。

「はいな、ナカっち。増援は予定通り十八人でよろしぅになぁ」

 こうやって隣で湯につかって〈念話〉をしているスズにしたってナカルナードに正体バレした事や圭介を通じてアキバの様子を知ることができたことで一時期の孤独感が随分と癒されているように感じる。アレックスの加入ではこべの負担は大きく減ったし、圭介もこのまま一緒に行けたらと少し寂しく感じ・・・・。

「スズ・・・・十八人ってどういことネ!?」

「ほら、圭介はんが小説書き終えてイズモ行きへの参加が確定したから、増援の人数を調整せなあかんと・・・・」

「圭介がイズモに行くってワタシ初耳ヨ!」

「いたいいたいいたい! 五行ちゃんそれだめっ! ねじれる! ちぎれる! もげてまう!」

「えぇい! こんな駄肉、もげてしまえー!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


『あー。〈念話〉、もう切っても良いか?』

 嬌声の響く女湯の中で、念話を放置されたナカルナードの小さなぼやき声は立ち込める湯気の中に儚く溶けて消えて行くのだった。

キャラ紹介:ケイスケ

キャラクター紹介:8

 アバター名:圭介(けいすけ) プレイヤー名:高城 圭介

 種族:ヒューマン 性別:男性 所属ギルド:ポンポンペインズ

 メイン職:森呪遣い(ドルイド)/90レベル サブ職:小説家/90レベル


 圭介は攻撃魔法型(シャーマン)ビルドの森呪遣いだ。

 回復を脈動回復呪文による自動回復に任せ、空いた時間を攻撃魔法に回すことで敵を減らし、回復が必要となる機会そのものを削るタイプの回復職(ヒーラー)。攻撃魔法にバフのかかる〈柿実猿〉(パーシモンキー)をメインで召喚しているが、回復を重視する時には〈恋茄子〉(マンドレイク)を喚んで回復バフを受けるなど、状況に応じて従者を使い分けることで、どちらも中途半端にならないよう工夫している。

 彼のような攻撃特化の回復職は揶揄されて『開腹職』などと言われる事も多いが、〈エルダー・テイル〉の回復職は三職の固有回復呪文が強力なため、大規模戦闘(レイド)を除けば他のMMOと比べて回復特化の回復職が少なくなる傾向にあるようだ。

 なお、彼の装備は国産ジーンズメーカーとのコラボ期間中に購入したジーンズに付いてきたアイテムコードから入手したものである。

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