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「クケェェェェェェェェェェェ!!」
薄桃色の羽毛に覆われた単眼片翼一本足の巨鳥。それが大きく鬨の声を上げる。
その大音声は物理的な衝撃を伴ってビリビリと空気を震わせる。
「こちらAチーム、ボスと交戦開始しました。相手は〈比翼の凶鳥オシチ〉」
『同じくBチームもボスと開戦しました。こちらは〈比翼の凶鳥キチザ〉。対になってるみたいですね』
圭介がパーティチャットに状況を報告すると間髪入れず仏のザから似たような報告が帰ってくる。彼女の言う通り対になったボスなのだろう。となれば援護は当てにできず、二か所で同時に戦闘して倒す他はない。
「それにしても・・・・この格好て」
一本足ですっくと立ち上がり、薄桃色の片翼を広げ、単眼でこちらを睨みつけてくる鳥の姿に既視感を覚えたスズが口に出しかけた言葉は圭介にも予想ができた。
「まるで朱鷺ですね」
「フラミンゴみたいデス」
異口同音とはならなかった。思わず憮然とした表情になり圭介はアレックスと顔を見合わせるが、それに付き合う義理のある〈比翼の凶鳥オシチ〉ではない。
「クケーッ!」
〈オシチ〉が甲高い鳴き声を上げて左側しかない翼を振るう。その動きによって見えるようになった翼の内側には、表側と違って着物の振袖に織り込まれるような綺麗な模様が描かれている。しかし、悠長にそれを見て居られるようなものではなく、舞い散った羽毛が空中で発火して降り注いでくる。
「振袖似合うも火焼の宴、デシたか」
「いやいやいや、それ絶対間違えて覚えてるだろ!」
メラメラと燃える無数の羽毛が降り注ぐ中、〈ドーティングポーズ〉で攻撃対象を自分一人に書き換えるアレックスに〈ハートビートヒーリング〉をかける圭介。
(なんでこんな所まで来て漫才みたいなことやってんだろ?)
彼は、自分が律儀にツッコミを入れるから漫才になっているのだということには気づいていないようだった。
「クェッ! クェッ! クェッ!」
崖の中腹に設けられた岩棚の中央にすっくと立ち、嘴から三連続で火炎弾を吐き出す。〈比翼の凶鳥オシチ〉は典型的な固定砲台型のボスである。
ほぼ移動ということを行わない〈オシチ〉に対して圭介たちは当初アレックスに接近させ、スズが遠距離から狙撃、圭介が支援を行う方針で戦いを進めていた。しかし、すぐに思ったような位置を確保することができなくなる。それは〈オシチ〉の吐き出す火炎弾が、岩棚の床面に着弾したまま燃え続けることが原因だった。これにより圭介たちは絶え間ない移動を強いられることになったのだ。
「〈飛龍脚〉っとアチチ! 〈リンクスタンブリング〉!」
飛び蹴りを放ったアレックスの着地場所も炎上しており、文字通り足元に火が付く前に移動スキルを使って強引に距離を離す。攻撃を避け続けることで敵愾心を維持する〈武闘家〉にとって地形から受けるダメージは彼らが思っていた以上に効果を表している。
「〈ハイドウォーク〉〈クイックアサルト〉〈ピンポイント〉〈サイレントスナイパー〉〈ラピッドショット〉・・・・うぅぅ、火勢が強過ぎて周りがよぅ見えへんやん」
位置取りが思うようにできない弊害を最も受けていたのはスズだ。相手の死角から攻撃することで威力を増加するスキルを多く持つ〈暗殺者〉であり、弩砲による定点狙撃を得意とするスズシロ最大の持ち味を活かすために、通常よりもスキルを重ねてMPをより多く消費し、より多くの敵愾心を稼ぐことになる。故に、攻撃の頻度を下げざるを得ない。しかも身長の低さもあり、炎上した戦場は彼女の射線を遮りまくっていた。
そうやって移動を続ける二人を支援するために圭介も走り回っていた。とはいうものの、仏のザもそうだが〈神祇官〉を除く回復職にはたいした移動スキルが搭載されていない。そのため、圭介は走って安全地帯を確保しては支援魔法を使う、ということを繰り返していた。
「ハァハァ・・・・〈エナジープロテクション〉! 〈ヒーリングウィンド〉! 〈パシフィケーション〉! あ、そうだ〈マーシィレイン・・・・あっ!?」
息が上がり頭が熱気に茹だる中、ようやく広範囲の炎上効果を鎮静させるスキルの存在を思い出した時には既に遅く、燃え上がる炎によって視界が不充分な中を走り回っていた圭介の足は、完全に岩棚の端から踏み出してしまっていた。
落下してゆく圭介の目には、岩棚の下に広がるもう一つの戦場が映る。
崖と溶岩に囲まれた円形に近い火山岩の広場ではこべ、五行娘々、仏のザと対峙していたのは〈オシチ〉と似た単眼片翼一本足でありながら燃えるような深紅の羽毛に覆われたもう一羽の鳥だ。ほぼ固定砲台と化していた〈オシチ〉と違い、一本足で機敏に跳ね回りながら縁が鋭く研ぎ澄まされた片翼で斬りかかり、四星手裏剣を連ねたような尾羽を打ち振るって射撃攻撃もこなす武器攻撃職のようなタイプだ。
「圭介、危なぁぁぁぁいっ!」
そこまで把握した処で、圭介の頭上から声がかけられる。どうやら落下直前の支援スキルによって敵愾心が跳ねてしまっていたらしく、〈オシチ〉が圭介を追って落下してきていたのだ。落下しながらも開かれた嘴の中に真っ赤な炎の塊が見え、圭介は覚悟を固める。しかし・・・・。
「〈リリーフガード〉かーらーのー、〈アドヒュージョンビー〉!」
「〈スリップストリーム〉」
〈オシチ〉の頬に、スキルによって圭介を追尾してきたアレックスの肘鉄が突き刺さり、火炎弾はあらぬ方に向かって吐き出された。その背後にはスズの姿も見える。
「もう一丁〈飛竜脚〉!」
空中で圭介を横抱きにしたアレックスは、そのまま続いて眼下に見える〈比翼の凶鳥キチザ〉の脳天を目掛けて飛び蹴りを放つ。落下の衝撃と三人分の体重を攻撃力に変換した一撃は狙い過たず〈キチザ〉に大ダメージを与えた。
ドザァッ! ズズーン!
〈キチザ〉が転倒し、〈オシチ〉が頭から落下してくる中、アレックスとスズは綺麗に着地を決めた。これまで〈キチザ〉と斬り結んでいたはこべがようやく一息つき、全員揃った事を把握した仏のザが支援魔法をかけ直しはじめる。
「スズちゃんたち真上に居たっちゃね」
「ようやくフルメンバーで戦えますね。これで楽になるやろか」
しかし、〈岩蝦蟇〉の太歳を引き連れた五行は緊張の度合いを深めていた。
「比翼の鳥が揃ったネ。有利になったのはこっちばかりとは限らないヨ」
「クェェェェェッ!」
「ゴァァァァァッ!」
それぞれに怒りの声を上げ、二羽の凶鳥がダメージを振り払って立ち上がってくる。そして〈オシチ〉が〈キチザ〉の元に駆け寄ると二羽の身体を覆いつくすような火炎旋風を巻き起こす。真紅の竜巻が晴れた後には、両目両翼両脚の揃った一羽の巨鳥〈比翼の獄門鳥〉が翼を広げていた。
「合体した・・・・だと!?」
「連携されると面倒とは思ったデスけど・・・・」
「参ったヨ・・・・まぁ、分離していた間のダメージを引き継いでいるだけマシネ」
「ボーっと見てる場合じゃ無いっちゃ!」
「飛び立ちますぇ!」
右に縁が刃になった深紅の翼、左に炎を纏った薄桃色の翼。ようやく揃った左右の翼を広げ巨鳥が大きく羽ばたいて宙に舞い上がる。そこから先は〈比翼の獄門鳥〉の独壇場だった。
羽ばたくだけで空中から火の粉を降らせ、口からは火炎弾を吐き出し、尻尾を振るえば手裏剣のような刃状の尾羽が飛んでくる。暫く空中から降りてこないと思えば急降下して脚の鋭い蹴爪で掴みかかり、上空に戻っては捕まえた〈冒険者〉を地面に叩きつける。
圭介は、二体のボスが合体した〈比翼の獄門鳥〉の強さに打ちのめされていた。動きに精彩を欠き、スキルの選択も後ろ向き。ボスを合流させた責任を背負い込もうとしているのは傍目から見ても明らかだった。
「仕方あらしまへんなぁ。五行ちゃん撤退宜しゅう」
「了解ネ。〈ゲートフリップ〉!」
見かねたスズの判断により、一行は〈スザクの洞窟〉の入り口前まで退去したのだ。
◇
「いっただっきまーっす!」
夕刻、〈キノサキ温泉郷〉に戻ってきた圭介たちは牛肉専門店で夕食を摂っていた。
前菜三種盛りが目の前に並ぶや否や一口サイズのヘレカツを豪快に口へと運ぶはこべを横目に、モモ肉のローストビーフを箸で摘まみながら五行の口から言葉が零れる。
「反省会というには豪勢ネ」
「失敗した時ほど美味しい物食べて気分を盛り上げるんが良ぇのんぇ」
牛筋肉の煮込みが盛られた小鉢を手ににっこりと笑みを浮かべるスズの言い分は数多くの大規模戦闘を戦い抜いてきた経験からのものだ。しかし、ここに居る中でそれ程豊富な経験を積んでいる者は他にはいなかった。
前菜に続いてスープが運ばれてきても、圭介は未だ料理に箸をつける気にはなれずにいた。目の前には、店主が牛すね肉とたっぷりの野菜を長い間煮込んで作ったコンソメスープが湯気を立てている。長方形をしたテーブルの中央を彫って作られた囲炉裏の赤々と燃える炭を背景に立ち昇る湯気は、嫌が応にも〈スザクの洞窟〉を思い出させる。
女子力を発揮してバラ肉のしゃぶしゃぶサラダを取り分けてくれた仏のザにも生返事を返してしまうほど、圭介は失敗を引きずって心ここに非ずといった様子だったのだが、
「良いから肉を喰え! 喰えば解決デス!」
隣の席に座っていたアレックスの取った方法は、一言で言えば荒療治だ。
既に運ばれて来ていたメイン肉料理の一つ、目の前の囲炉裏火でさっと焙られたロースの薄切り肉、その肉で大葉と大根おろしを巻いてささっとタレに付ける。それを圭介の鼻先に持ってきてさささっと口に捻じ込んだのだ。
「むぐっ!? 一体何をもぐもぐもぐもぐもぐ・・・・美味しい。じゃなくてっ!」
「美味けりゃそれで良いんデス」
「けど、僕は今回の攻略でみんなに迷惑を・・・・」
「そげな事、誰も気にしとらんよ」
土鍋で炊かれた白米をドンブリ一杯によそって渡しながら仏のザが微笑む。
「その分、次の攻略で活躍すればいいっちゃ」
赤身の焼肉に卵黄を絡め、湯気を立てる御飯の上に乗せながらはこべが白い歯を見せると、
「まぁ、今回の経験を元に策は立てたネ」
五行は網焼きにしたシャトーブリアンをナイフとフォークで切り分けながら不敵に笑い、山葵と塩を付けて口に運ぶ。
「わかりましたよ。みんな、もう・・・・とりあえずアレックス」
「なんデス?」
「意趣返しはさせてもらいますね?」
デザートに運ばれてきたオレンジのシャーベットを一匙、アレックスの口に突っ込む圭介だった。
その翌日、一行は五行の作戦通り、〈比翼の凶鳥〉たちが合流する前に翼を集中攻撃で破壊し、合体しても飛べない状況を作ることで攻略することに成功した。その達成感を喜び合う仲間たちの中には、多彩な天候操作スキルを駆使して戦場を支配し続け、勝利を呼び込んだ圭介の姿があったのだ。




