8-4
ケイスケたち一行の前には〈ビャッコの洞窟〉の入り口が広がっていた。
「こ、これは・・・・」
「首が・・・・」
「痛くなって・・・・」
「来るっちゃね・・・・」
「いや、首曲げなくて良いと思いますよ?」
「お前ら何やってるネ・・・・」
ケイスケたちは〈セイリュウの洞窟〉に通い、約一週間かけて必要な素材を集め終えていた。そして彼らが次の標的として選んだのが、目前に口を広げる〈ビャッコの洞窟〉だ。
この周辺の岩肌は〈セイリュウの洞窟〉がそうであったのと同じように、下から上に向かって六角柱の形をした岩が生え並んで崖を形成している。しかしこの〈ビャッコの洞窟〉はその六角柱が横に向かって生えている。この洞窟は床と天井が左右にあり、上下が壁なのだ。
そのことを伝えようと壁面に立って見せたケイスケを首を九十度曲げて見ているスズたち四人、それを呆れたように見ている五行娘々、という構図が其処にあった。
*
「大丈夫ですか?」
「駄目、気持ぢ悪い・・・・」
「もうちょっとだけ辛抱してくださいね。〈キュア・ブルーム〉!」
〈ビャッコの洞窟〉の中には所々に仮設の小屋が設けられており、ケイスケはそのひとつの中で真っ蒼な顔色をしてしゃがみ込んでいるはこべの背中を擦りながら回復魔法をかけている。
小屋の奥では五行娘々が三角座りをしており、入り口近くではアレックスとスズが周囲を警戒している。
一行は、この洞窟の重力異常に悩まされていた。場所によって壁面が床になり天井が床になる。そんな環境で激しく動き回ったため、知らず知らずのうちに三半規管や自律神経にダメージを負っていた。それでも〈冒険者〉だからなのか動けなくなる程ではなかったのだが・・・・。
特に消耗が激しかったのは、洞窟の攻略中に〈攻城鼠人間〉と遭遇した時だ。長い釘の貫通したヴァイキング兜に似た帽子を被った〈鼠人間〉は、二体の〈猫妖精〉に追われていた。
〈鼠人間〉を追っていたのは、シスター服を着て白木の杭と木槌を手に持った〈猫妖精の杭打工〉と、月形の刃を備えたスコップを手に亀の甲羅を背負った〈猫妖精の穴掘夫〉だ。
「こらー! おとなしくしなさいにゃー!」
「後で酷いんだからにゃー!」
「カートゥーンを思い出したデス」
アカンベーをしながら逃げる〈鼠人間〉と、それを青息吐息で追う〈猫妖精〉の姿にアレックスが身も蓋もない感想を漏らす。
「なんで亀甲羅やのん?」
「まるで沙和尚ネ」
「猫にシスター服て反則っちゃ・・・・」
「ヴァンパイアハンターでしょうか?」
「皆、喋っちぅ間に見えなくなるけど、良かと?」
仏のザが入れたツッコミによって、目の前で起きた光景に呆けていた面々が再起動する。
ステータスを上昇させる酒類アイテム〈神変鬼毒〉で強化されたはこべが〈一騎駆け〉で一早く追い掛ける。しかし、壁も天井も自在に走り回る〈鼠人間〉を相手に、はこべも特技を駆使して縦横無尽に駆け回った結果、すっかり酔いが回り、倒れてしまったのだ。
結果的に〈攻城鼠人間〉は〈柿実猿〉の投げた青い柿に当たって倒されたのだった。
「うぅ、このダンジョンでは酒気厳禁っちゃ・・・・」
「それが良いですね。そもそも、はこべさんの年齢では・・・・」
ケイスケのかけた回復魔法によってはこべが復活した頃、小屋の扉がノックされ、仏のザが〈砂魔女〉を伴って帰ってきた。先行偵察を行うにあたり、五行が〈幻獣憑依〉を使っていたのだ。
「ただいま帰ったけん」
「最奥部までの進路確認できたネ」
〈ビャッコの洞窟〉の前半は自然洞窟に人口の建造物がちらほらとある程度だったが、奥に行くほど建造物が増えて行く。最奥はだだっ広い空間が広がっており、そこに(洞窟の中だというのに)高い塔が聳え立っていた。そして、ダンジョンのボスはその最上階で待ち受けているのだ。
「明らかに〈猫妖精〉の仕業っちゃね」
はこべの言う通り、光輝の精霊亜人である〈猫妖精〉には塔を建てる習性がある。より高い塔を建て、より多くの臣民を住まわせ、住まう臣民の眠りによって塔主は力を得る。ただし、このダンジョンのボスは〈猫妖精〉ではない。一行は作戦を立ててボスに挑んだ。
「塔の防衛を開始します!」
純白の翼を広げて鎧姿の少女が塔の屋上から舞い上がる。
白い薔薇と黒い茨に彩られた聖なる白鎧を纏い、ギュィィィンと唸りを上げる螺旋状の騎乗槍を構え、悠然と〈冒険者〉を待ち受けて居るのは〈ビャッコの洞窟〉のボス〈螺旋槍の戦乙女ビャッコ〉。〈武器精霊〉と呼ばれる光輝属性の精霊だ。
「〈螺旋の雨〉」
〈螺旋槍の戦乙女〉が一声発すると、洞窟の元は天井だったのだろう壁面一杯に無数のドリルが生み出され、地面に相当する壁面に向かって真横に降り注ぐ。とはいっても、壁面に立ち真横に重力を感じているケイスケたちにしてみれば、頭上から降り注ぐドリルの雨だ。
「光輝属性広範囲魔法攻撃ネ。一撃の威力は低いけど積み重なると大変ヨ」
「〈ガイアビートヒーリング〉! けど、やっぱり下からじゃ攻撃届きませんね」
「せやったら予定通り塔の中を進みますぇ。はこべちゃん、先陣よろしゅうに」
「うん。アレ君も来るちゃ、〈白虎の構え〉!」
「良いデスよ、〈ワイルドキャット・スタンス〉!」
奇しくも虎と猫の名を冠した特技で移動力を上げた二人が塔に飛び込んでゆく。
スズが、圭介が、五行が、そして最後に仏のザがそれを追いかける。
〈猫の塔〉の基礎部分となる一階に到着した圭介たちを迎え出たのは先だって遭遇していた〈猫妖精の穴掘夫〉や〈猫妖精の杭打工〉を始めとする建設作業員たちだった。建設機械を動員して戦いを挑んできたものの、所詮は戦闘を専門としていない作業員たち。あっさりと蹴散らし、一行は上階へと続く階段を上って行く。
魔力を元に貴金属を生み出し貯蔵する施設からアイテムを回収しつつ辿り着いた四階で、次なる敵が待ち構えていた。階層全体が朽ちて苔や蔦が繁茂した神殿跡を模している。
「これより先は、わたくし達〈猫妖精〉のお昼寝ルーム。その静寂を乱そうというのでしたら、闇の裁きを以て、あの世に送って差し上げますわ」
黒い神官衣に身を包んだ〈猫妖精の闇司教〉の前口上を聞いて圭介はたじろいだ。
「猫ちゃんのお昼寝を邪魔するなんて、僕にはできないっ!」
「お前だけじゃないぜ兄弟。俺にも無理デス!」
「ボクも、そんな酷いことできないちゃ・・・・」
アレックスが肩を叩いて同意し、はこべも膝から崩れ落ちていた。
「私は犬派やけん、そー言うんはよかやから。それよりも、昼寝ん邪魔やか」
「確か〈猫の塔〉で使われる機械系の罠や敵の動力は、〈猫妖精〉の昼寝で賄われてるって話ネ」
「せやったら、叩き起こしてあげなあきまへんわぁ」
一方で、仏のザは冷ややかに、五行は冷静に対応していた。スズに至っては叩き起こされる猫の驚いた姿を思い浮かべて恍惚とした笑みを浮かべている。
「なんて酷いことを! 手前には至上の苦しみを与えてやる!」
その言い分に憤慨したのか、それともスズの笑みに戦慄したのか、〈猫妖精の闇司教〉が髪を逆立てて激高する。崩れた聖域のあちらこちらから〈食人毒茨〉や〈毒不定形〉、〈鋼鉄毒蛇〉に〈大毒嫦娥〉といった如何にも毒を持っていそうなモンスターたちが現れて襲い掛かってくる。
戦端が開かれた。
その後。
名前に反して光輝属性の魔法を使う〈猫妖精の闇司教〉を下した圭介たちは「魔力炉」と札のつけられた〈猫妖精〉の昼寝場所に殴り込んだ。塔の中層に設けられた日当たりの良いその部屋の中には数多くの〈猫妖精〉たちが毛布に包まって転がっていた。その光景に圭介・はこべ・アレックスの猫派三人がキュン死しかけたが、アラサー女子たちには容赦も躊躇もなかった。
続く区画は九階から十二階までの四階層を丸ごと使った吹き抜けの社エリア。そこを守るのは黄金の鎧と大鎚を身に着けた〈猫妖精の鎚勇者〉だ。
「これより先は私たちの大事な食糧庫! 邪悪な人間種族どもはこの私が断じて通さない!」
大鎚を手に襲い掛かる〈猫妖精の鎚勇者〉。〈猫妖精〉たちは、自分たちこそが最善であり人間種族は世界を汚す悪の存在だと認識している。彼らにとっては人間種族を排することは善業なのだ。しかし他の種族から見れば〈猫妖精〉は性質の悪い侵略種族だ。彼らが領土拡大に用いる〈猫の塔〉には、周辺地域に住む人達の生活を脅かす機能が搭載されている。葱類の生育を遅らせ、柑橘類やカカオなどが実を結ばなくなり、烏賊や海老の漁獲量が激減するのだ。
「〈温泉郷〉ん食文化を守るため!」
「〈猫妖精〉の横暴は許さないネ!」
「あんじょう躾てあげな、あきまへんわぁ」
互いの食が賭けられているとあって、戦いは自然と過熱する。戦いの最中、口を滑らせた〈猫妖精の鎚勇者〉により、四方の社はこの階層より上階のモンスターを強化する機能がある事が判明。ボス戦を有利に進めることにも繋がるため〈鎚勇者〉諸共あっさりとこれを破壊し、先に進む。
進んだ先は食糧生産プラントだった。「猫妖精元気(お魚とお肉のスペシャルブランド)」と銘打たれた袋入りの食料が魔力供給によって次々と生み出されていた。試しに五行が開けてみると、中身は薄い粒状の乾燥食糧が詰まっており、マグロ・カツオ・白身魚・チキンが含まれている事が判明した。魔力を消費してくれるだろうとの期待が半分、食料の恨みは怖い上に猫の恨みは恐ろしいのが半分ということで、このプラントは放置することにし、更に先へ進む。
更なる高みを目指すためにと建材を生産していた区画を通り抜けた十八階の修練場ではワイヤートラップを仕掛けていた〈猫妖精の紐使い〉の襲撃を受けた。
「感電注意。僕のとっておきだよ!」
ワイヤーに引っ掛かった獲物に電気を流して仕留める罠の達人だったが、反応起動回復呪文と脈動回復呪文を重ねられたはこべの〈斬鉄剣〉によりワイヤーをすべて切断されてしまった後は、さしたる抵抗もなく撃破された。
そして辿り着いた塔の二十階。
「こ、このような無様な負け方・・・・立場がありません」
塔の機能を次々と停止させられ、弱体化した〈螺旋槍の戦乙女〉は、もはや〈冒険者〉の敵とはなり得ず。順当に倒されたのだった。




