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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
7:〈悪鬼〉が来たりて笛を吹く
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7-5

 背の低い建物が並ぶ〈キョウの都〉の夜空は高く、闇を切り取ったような月は遥か遠くに見える。

 冴え渡る月光に照らされて金波銀波(きんぱぎんぱ)の様相を呈しているのは連なる家々の(いらか)の海。

 軽快な行進曲(マーチ)に乗ってその合間を進む影があった。

 先陣を切るのは渡る船のように屋根の上を滑って行く少女。巨大な包丁を担ぎ虎縞ビキニの上から羽織った水干の袖に風を孕ませる。そして海猿のように波間を飛び跳ねる金髪の少年。金色の甲冑を纏い手足を縦横に使って前へ進む。二人は進路上に(エネミー)を見つける。はこべ(・・・)の一閃が〈一反木綿〉(コットンクロス)を絶ち、アレックスの蹴りが〈綾樫の鼓〉(オークスドラム)に突き刺さる。

 悶絶する〈付喪神〉(クライムウェーブ)達の背後から子守唄(ララバイ)が迫り、睡眠のステータス異常を与えて屋根から落下させる。ドワーフの短躯を動かして大嶋が駆け抜ける後ろを改造セーラー服姿のスズとチャイナドレス姿の五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)が追随する。矢と手裏剣が雨霰と降り注ぎ魔物の悲鳴が響いた後、反物や大鼓の残骸が転がる大路を南国の女神めいた服装をした仏のザ(ほとけのざ)押取刀(おっとりがたな)ですり抜けて行った。

 六人が向かう先には、〈大地人〉の家に鎖鉄球を振り下ろそうとする巨大な〈悪鬼〉(オニ)の姿が見える。大嶋が〈戦乙女の(ライド・オブ・)騎行曲〉(ワルキューリ)を奏で、一行は速度を更に早めて先を急ぐ。


***


 〈ササバ城砦〉の〈人食い鬼〉(オーガ)に動きあり!

 その連絡が入ったのはスズたちが〈黄泉比良坂〉(ヨモツヒラサカ)〈赤雷人馬〉(セキライジンバ)と戦っている時だった。

 旅の途上でスズたちが出会った少女〈(テイ)のマツネ〉は〈街道の守り手〉(ホドフィラクス)の指導者が一人であり、スズたちと協力してモンスターたちの陰謀を潰した後も配下を使って〈人食い鬼〉の巣窟である〈ササバ城砦〉を監視していた。

 彼女との連絡用イヤリングを持っているのは仏のザ(ほとけのざ)だ。戦闘中、周囲に注意を払いパーティ全体の状態管理を役割とする回復職(ヒーラー)である彼女は、即座に連絡に気付いて応答した。

 マツネからの知らせは、〈人食い鬼〉が上位種である〈悪鬼〉(オニ)に率いられて一斉に移動を開始したというものだった。計画の要である魔法陣と四天王の一人を失いながらも、〈悪鬼〉と彼らに手を貸す〈魔除けの典災ミズクン〉の策は止まっていなかったのだ。


 〈人食い鬼〉たちは五つの軍団に別れて行軍を開始していた。

 地球世界では近畿地方にあたる〈ランデ真領〉は元々〈人食い鬼〉が多く棲む地域だったが、マツネによると、この数ヶ月は出現頻度が低下していたらしい。〈ササバ城砦〉の支配者〈鬼王オオエ〉が近隣の〈人食い鬼〉を糾合しているというのは間違いないようだった。

 幸いなことにスズたちが〈街道の守り手〉と協力して倒した〈オオエ四天王〉の筆頭〈悪鬼番長〉(エニグマドウジ)は復活していないようだ。だが、残る四天王〈悪鬼剣匠〉(タイグマドウジ)〈悪鬼御子〉(ステグマドウジ)〈悪鬼教授〉(ゴルグマドウジ)〈悪鬼博士〉(イクシマドウジ)はそれぞれ一隊を率いて出立したという話だ。

 彼らの目指す地点は以前に地図で調査していた五箇所で間違いなかった。

 すなわち南西の〈荊の城〉(ソーンキャッスル)、南東の〈鷹舞台〉(アードラビューネ)、真北にある〈輝石の船〉(ジュエルアーク)、北西にある〈セイラーの死廃街〉、そしてスズたちが攻略した〈ルティニアの廃神殿〉のある北東だ。

 彼らが目指すのは、〈キョウの都〉を取り囲む五つのダンジョンに魔法陣を設置し、都を守る都市魔法陣の魔力をスザクモンに流し込むことで〈ヘイアンの呪禁都〉に封印された〈呪禁王〉を蘇らせること。その目的が達成された時、〈キョウの都〉の長い歴史に終止符が打たれるだろう。


 事情を聞いたナカルナードの対応は迅速だった。

 スズから説明を受け、この事態が同時多発の防衛イベントであると判断した彼はまず、〈ミナミの街〉を発って〈キョウの都〉へと向かっている後発の増援組に念話で連絡を取った。増援組の部隊を三つに分け、〈荊の城〉と〈鷲舞台〉、そして〈キョウの都〉へと向かわせたのだ。

 そうやって南側を抑えたナカルナードの次の仕事は編成だ。〈黄泉比良坂〉ではレイドパーティを一個の集団として運用するため、各パーティには偏りとそれに見合った役割を持たせていた。ダンジョン内ではメインタンクと回復職を要する壁役、臨機応変に対応する遊撃役、物理・魔法の火力など、それぞれが互いを補い合うことが肝要なのだ。

 だが、今回はそれぞれのパーティが単独行動できるよう、しかしやはり微妙にバランスを偏らせて編成した。増援の到着まで一パーティで〈キョウの都〉を防衛しつつ、残りの三パーティを北側の三箇所に振り分けるためだ。

 〈セイラーの死廃街〉は不死の怪物の巣窟となっていて侵入は危険を極めるため、担当する第一パーティはその手前で〈人食い鬼〉たちを迎え撃つ。激戦が予想されるこの場所はナカルナード自身が率いる。

 第三パーティは〈ルディニアの廃神殿〉へ向かう。以前スズたちが魔法陣を潰したこの地には、〈木乃伊〉(マミー)の蠢く神殿内の魔法陣を調査するため、回復職と探索能力の高い武器攻撃職を多目に配置。

 〈輝石の船〉には第四パーティを割り当てる。情報が少ないためどのような状況でも対応できるよう、平均的なバランスでパーティを構成。

 〈鷲獅子〉(グリフォン)を持っていないスズたち第二パーティは当然のように留守番となった。とはいえ、夜毎に怪物たちが湧き出る〈キョウの都〉を守るのは重要かつ困難な役割だ。

 夜の〈ランデ真領〉を舞台にした、大規模な施設防衛戦の幕開けであった。


 そんな訳で、スズたち第二パーティの面々は〈キョウの都〉をひた走っている。

 幸いにして、都市魔法陣の結界によって外のモンスターは街中に侵入できないため、スズたちの相手は街中に次々と湧く(ポップする)〈悪鬼〉や〈付喪神〉たちだ。

 もちろん、たった六人で広い都の全域をカバーはしきれない。その対策として、スズとナカルナードはそれぞれの伝手を使って〈大地人〉を動員していた。


 検非違使別当(けびいしべっとう)ヘンリー・レインウォーターを招いた宴席でナカルナードは一通の書状を渡す。その表書きにはロレイル・ドーンと名が書かれていた。

 書状に目を通したヘンリーは顔を上げて一言。

「太祖から続く約定に反しますから」

 能面のような表情でしれっと宣った直後に破顔した。

「などと、東の一族ならば言うのでしょうが、我々は彼等とは違います。〈キョウの都〉を守るため、微力ながらお力になりましょう」

 スズの注ぐ酒を盃に受け、ヘンリーとナカルナードはそれを打ち合わせて乾杯した。

 斯くして、〈冒険者〉と〈衛兵〉による史上例を見ない共闘は成ったのだ。


 スズたちの走る先に、衛兵の駆る〈動力甲冑〉(ムーバルフレーム)の姿が見える。

 本来彼等は、街中で違反行為を行った〈冒険者〉を罰するための存在である。最新の追加パック〈ノウアスフィアの開墾〉が適用されるまで九〇レベルが上限であった彼等に対するため、衛兵は〈動力甲冑〉を身に纏う。

 その衛兵が〈悪鬼〉や〈付喪神〉を一方的にねじ伏せている様子は、ゲーム歴の長いスズたちからすると背筋が寒くなる光景だ。

 元々が中級者向けということもあり『スザクモンの鬼祭り』に登場する(エネミー)のレベルは高くない。とはいえ、大規模戦闘用に用意されたものであるため、通常のものよりも潤沢な体力と防御力、回復力を持つ。これを相手に一方的な殺戮を行えるのは〈動力甲冑〉を装備した衛兵の一〇〇レベルという数字が暴威を奮っているからだ。

 現実となったセルデシアで〈冒険者〉が失ったエリアマップ機能を駆使して魔物の出現(ポップ)を感知、即座にその場へ転移して一刀のもとに下す。

 そのような光景が〈キョウの都〉の其処彼処(そこかしこ)で見られていた。


 ならばスズたちの仕事が無いのかと言えば、そうとも言えない。

 〈動力甲冑〉の持つ最大の弱点として、その動力が都市魔法陣から得られているという事がある。

 すなわち、この強力無比な装備も街の外ではただの置物と化すのだ。

 その事を踏まえて、スズ率いる第二班は当初、都の外周部で押し寄せる〈人食い鬼〉の波を捌くことに専念していた。

 そこに朱雀門を防衛していた左衛門尉(さえもんのじょう)ティム・ベラミーからの救援要請が入り、彼女らは一路朱雀門を目指して駆けていた。

 救援に赴くのに魔物を牽引(トレイン)していく訳にはいかないため、立ち塞がる魔物を撫で斬りにしながらの疾走。

 やがて、スズたちの目に朱塗りの門が見えてきた。



「そこまでですぇ、〈典災〉(ジーニアス)はん」

「今度は〈冒険者〉ですか。いい加減に僕の仕事を邪魔するの、やめていただけませんかねぇ?」


 スズの声が夜の静寂(しじま)に染み入る。

 声をかけられた影は苛立たしそうに、爪先でリズムをとるようにトントンと地面を叩く。

 それは目も鼻も全身の造作もよくわからない、人の形をして立ち上がった影のようだった。

 顔に当たる部分の下半分に赤い三日月型の切れ込みが見える。おそらく口なのだろうそれは、三日月であれば弦に当たる部分を下に向けており、不機嫌さを表していた。

 〈影法師のミズクン〉、もしくは《魔除けの典災ミズクン》。

 その周囲には戦闘の痕跡が色濃く残っており、何体もの〈動力甲冑〉が擱座(かくざ)している。

『すまない。こいつの不思議な技で〈動力甲冑〉が停止してしまった』

 パーティチャットからティムの声が聞こえる。どうやら中身は無事のようだ。


「この程度の魔法装置は、もう無力化できるんですよ。そして、僕の研究は次の段階に・・・・」

 ミズクンの手がゆらゆらと空中に陣を描いていく。

 魔除けを司るこの〈典災〉は、その『魔除け』の権能を拡大解釈し、これまでに〈道祖童子〉(ガーディアンノーム)の無効化や街道魔法陣の乗っ取りなどを企て、今も〈動力甲冑〉を無力化したばかりだ。〈キョウの都〉の都市結界も無効化して乗り込んできたのだろう。

「そうはさせないっちゃ!」

 先陣を切ってはこべが速攻をかけるべく駆け出す。

 しかし、大上段に振り被って打ち下ろした大包丁〈本醸造(トゥルーメイク)鬼殺し〉(オーガキラー)を受け止めたのは、魔法陣から現れた巨腕だった。

 炎と紅雷を纏った刀を握り、緋色の籠手に包まれた腕には当然ながら本体があり、魔法陣の中から徐々に全身を引き抜いていった。

 周囲に建つ平屋の瓦屋根が腰ほどの高さでしかない体に緋色の甲冑と漆黒の陣羽織を纏い、両手に二刀を構えた巨躯の鬼神。

〈烈火雷神〉(ホノイカズチノカミ)・・・・〈ヘイアンの呪禁都〉の八大ボスがなんでこんな所に!?」

 弾かれ、痺れた腕を庇いながらバックジャンプで距離を取ったはこべが呟く。


「君たちが邪魔するから〈呪禁王〉の召喚が中断しちゃったじゃないですか! しかたありません。〈呪禁王の分霊(ワケミタマ)〉よ、〈冒険者〉を駆逐しなさい!」


 〈典災〉の命令に従い、〈烈火雷神〉が咆哮を上げ、双刀を構えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] マツネちゃんおひさ(´∀`*) 典災「仕事してるだけなんですけどねぇ」(ブラックな職場 火雷神て聞くと某雷の呼吸を思い出す(← ???「なんか出たあああああああああああ!!!」(汚い高音…
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