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ギルドハウスとは、ギルドで所有する共有の建物だ。
購入することで毎月の維持費は徴収されるものの、倉庫や生産用のスペースなどといった機能上のサポートも得られ、家具などを購入し配することで個々の好みにカスタマイズが可能となっている。
ギルドと言っても様々な規模のギルドが存在するため、ギルドハウスの規模も様々で、中小規模のギルドは多くがホームタウンにある〈ギルド会館〉で賃貸マンションのようなギルドホールを借りて使用している。
大規模のギルドになると街中に建っている施設を丸ごと購入することが多い。このタイプのギルドハウスをギルドキャッスルと呼ぶ場合もあり、〈菘〉が所属している戦闘ギルド〈西風の旅団〉でも広い屋敷を日本家屋風に改装して使っている。
更に人数の多い生産系の超巨大ギルドになると複数の建物を購入して使い分けるようだが、そのような例は少なく、スズが知っている中では、大規模戦闘の消耗品などで取り引きのあった〈ロデリック商会〉がそのランクだ。
その一方で、メンバー数が四人という〈七草衆〉のような零細ギルドは、本来であればギルドハウスを所有しない。建物を購入することで得られる利点が、維持費を下回るからだ。
「せやのに、こんな〈キョウの都〉の二条に家なんてよう買えたものやわぁ」
だから、スズの感嘆はけっして的外れなものではなかったが、そこには多分の自己欺瞞も含まれていた。
「〈ミナミの街〉と違ってプレイヤータウンじゃないからネ。〈スザクモン〉以外はイベントも少ないし、家賃も安かったのヨ」
「外観に関しては役割分担をしたとです。私が門と塀、スズシロさんは屋根で、建物の外壁は五行さんと……」
事情を説明してくれている二人も、ゲーム画面ではいざ知らず、圧倒的な質量を持って目前に聳える混沌を見上げる表情には「これじゃない」という感じが漂っている。
精緻な叙事詩が装飾されている苔生した石組みの塀、朱色の柱と梁の上でカラフルな龍や鳳凰が舞う外壁、十字架と鐘楼の付いた可愛らしい赤い瓦のとんがり屋根の犯人は判った。
学生時代に仏像の美しさに魅せられて仏教系の大学に進んだという経歴を持つ仏のザは、結婚後に行っていた巡礼という名の寺院系ダンジョン巡りでこれらの調度を手に入れていたのだという。
リアルでも月一くらいの頻度で道観に参っているらしい五行は〈ナインテイル自治領〉北部に実装されていた仙境イベントを中心に遊んでおり、称号サブ職である〈仙厨師〉を極めた仙人マニアだ。
京都の老舗料亭で女将を祖母にもち、板長の父と仲居頭の母に育てられた鈴代は、洋風の小ぢんまりとした家やチャペルでの結婚式に対する憧れを、幼い頃から鈴名と語り合っていた。
となると、綺麗に線引きされた玉砂利の庭と、それを貫いて門から玄関までまっすぐ続く石畳の道、ついでに玄関前に佇む賽銭箱も含めて、残り一人のメンバーが手掛けたものなのだろう。
スズが考えているうちに、その玄関が開いて中から当の本人が飛び出してきた。
「もう、みんな遅いっちゃ!」
眉尻を吊り上げて怒鳴るのは、腰まで伸ばした翠なす黒髪に鬼の角がついたカチューシャを沿え、緋色の単に水干を着た童女姿。
虎の毛皮でできたホットパンツを穿いて、長手袋と膝丈のブーツも虎縞模様で、とどめとばかりに巨大な出刃包丁にしか見えないものを背負っている。
名前:はこべ
種族:狼牙族 性別:女性 所属ギルド:七草衆
メイン職:武士/90レベル サブ職:醸造職人/90レベル
七年前の時点で小学生だったのだから今では立派な女子高生なのだろうが、はこべの姿はやはり七年前と同じで、その姿で怒鳴る言葉もその頃と変わっていないことにスズはこの日何度目かの懐かしさを覚える。
鈴名と鈴代が〈エルダー・テイル〉に出会ったのは七年前、成人の祝いとして互いの母親に贈られたノートパソコンが切欠だった。
鈴名の一家が東京に引っ越すことになったため、従姉妹達にとってMMORPGは「離れて暮らしていても一緒に遊べる玩具」としての意味をもっていた。
始めてすぐに仲良くなったのはナズナだ。
スズシロが菘を呼んだ時に聞き間違えて返事したのが始まりだったが、それ以降も名前を間違えられること数度、年齢が近い事もあって、いつの間にか意気投合していた。
三人で行動するようになった頃、当時は日本人嫌いだった五行に絡まれた。
「春の七草、歩いているネ」との言に「アンタだってゴギョウじゃないか」とナズナが言い返すことで一触即発の状態になり、最終的には河原で殴りあった……りはしないが、街中でいきなりPVPを始めて衛兵に処罰された後で仲良くなったのは事実だ。
〈エルダー・テイル〉では、プレイヤータウンを始めとするいくつかの大きな都市には衛兵と呼ばれるNPCが居り、街中で戦闘などの禁止行為を行うと現れて、重いものでは処刑などの罰を与える。
このときは懲罰房へと転送され、移動禁止処分の間に色々と話をした結果の意気投合であった。
せりPが声をかけてきたのは、それから数日後のこと。
〈F・O・E〉に勤務するGMだった彼は〈エルダー・テイル〉の広報プランを考えている時にこの四人組を見つけ、攻略動画によってネットアイドルとして担ぎ上げようと思いついたのだ。
〈F・O・E〉から様々なサポートが受けられるという事もあって四人はそれを承諾した。
他に七草の名前を持つ〈冒険者〉がいないかと探してみたら、はこべが見つかった。
彼女は山陰地方の生まれで、鳥取県寄りの兵庫県民だという。その訛りを聞いたせりPがはこべに鬼娘装備を勧めたものの、五人全員が元ネタを知らなかったというジェネレーションギャップによって沈没していたことも今では良い思い出だ。
はこべ自身は、アレンジしながらも未だにその路線で装備を選んでいる所を見ると、鬼娘の姿が気に入っていたようだ。
流石に、もう偶然は無いだろうと思われたメンバー探しだったが、暗礁に乗り上げることは無かった。
丁度その時期に、五行の知り合いが〈エルダー・テイル〉を始めるというので仲間に加えることにしたのだ。
事情を説明し、七草に沿った名前を付けてもらい、誕生したキャラクターが仏のザだ。
こうして、最初の〈七草衆〉は誕生したのだった。
六人が〈エルダー・テイル〉を楽しむ様をせりPが編集して動画投稿サイトに流す。
リアル女子ばかりの六人パーティ、それもピーキーなパーティ構成、そしてせりPという別アングルからの映像であるため色々と際どいショットも多く、攻略動画としても質の良かったその企画はあっという間に固定ファンを作り、実に半年もの間、ユニットとして活動を続けることになった。
そんな中、大人達に囲まれて一人小学生だったはこべは放課後、他のメンバーを待つ間をソロ狩りなどをして過ごしていたため、集合した時は決まってこの怒鳴り声からスタートしていたのだ。
その事を思い出したスズは、これがひとつの始まりであるということ、そして、今はこの四人が〈七草衆〉のフルメンバーなのだと直感する。
そして、その輪の中に帰って来たのだと……
「ただいま、で良えのん?」
「うんっ、おかえり。ずっと待ってたっちゃ!」
おずおずと口に出した帰還の挨拶に間髪入れず返される応え。
感動の余りに身体が自然と動き、気付くとスズははこべを抱きしめていた。
客観的に見れば、ドワーフであるスズの身長は小学生当時のはこべの身長と比べてもやや低いため、抱きしめているというよりは縋り付いているように見えなくもないのだが。
「再開を祝うのも良いけど、そろそろ中に入るネ」
五行に促されて石畳の端を歩く。神社でないのは判っているのだけど、それでもつい真ん中を歩くのに気後れしてしまうのは日本人の性だろうか。
何故、このような場所にギルドハウスを開設したのか聞いてみると、理由は大きく三つあって、立地、価格、広さだという。
五条楽園に仕事場を構えるスズシロだけでなく、鬼娘装備にこだわるはこべも〈キョウの都〉を拠点にプレイしている一人だった。彼女は〈スザクモンの鬼祭〉の常連に名を連ねている。
彼女が装備している〈悪鬼の熱袴〉は〈人食い鬼〉系モンスターを倒せば倒すほど着用者の攻撃力補正がかかるという低位の幻想級防具だ。
〈人食い鬼〉やその上位種である〈悪鬼〉の討伐がメインとなる〈スザクモンの鬼祭〉は、彼女にとって欠かすことのできない定期イベントだ。
〈キョウの街〉から近い距離に〈人食い鬼〉の出没する〈オオエ山〉があることも重要な点だろう。
また、〈神聖皇国ウェストランデ〉の首都であるとはいえ、プレイヤータウンでないこの街では、ミナミやアキバに比べてギルドハウスの購入費用も維持費も遥かに低価格だ。
現実の日本における二条通りに当たる地域には、〈スザクモンの鬼祭〉の影響によって打ち捨てられた、あるいは断絶したとされる、貴族の屋敷だった建物が立ち並んでいる。
そのいずれもが広い敷地面積と、更に広大な庭園を有する平屋の建物であり、〈冒険者〉が購入可能となっているのだ。
なお、このような施設や庭園の維持費は〈清掃人〉〈家政婦〉〈庭師〉〈薔薇園の姫君〉といったサブ職業の特技によって軽減できるとされており、スズシロはそれらの特技を習得するために師匠を探していたのだとも聞いた。
スズシロのサブ職業である〈見習い徒弟〉は上限レベルが他のサブ職業の半分しかないが、十五レベル毎に別のサブ職業を持つプレイヤーを師匠に指定し、教えを受けることで、その職業の特技を覚えることができるという一風変わった職業だ。
彼女のサブ職業レベルは上限の四十五であり、四人までの師匠を設定することができる。
そして彼女は既に〈狩人〉〈歌姫〉〈娼姫〉と三人の師匠を設定しており、残りひとつの師匠枠に指定する高レベルの〈薔薇園の姫君〉を探していたのだとか。
どれだけ姫とつく職業にこだわってたのだろう、と思う。
ちなみに〈歌姫〉の師匠は菘である。
彼女の勤務先にとっては迷惑な話だろうけど、鈴名は有給を使って盆と正月にGW、春秋の彼岸と合計で年に五回は里帰りしなくてはならない身の上だ。
その間、日中は仲居として家業を手伝う訳だが、夜は鈴代と二人で〈エルダー・テイル〉に興じることが殆どだった。
お互い、その期間だけは普段の付き合いを断って、二人きりでプレイをしていたのだが、スズシロが〈見習い徒弟〉に就いてからは〈歌姫〉に関連したクエストを一緒に廻ることが多くなった。
普段は〈自由都市同盟イースタル〉を中心に活動している菘としても、〈神聖皇国ウェストランデ〉に点在する関連クエストには手付かずだった物も多々あったため、渡りに船だったのだ。
などと思考が横道に逸れている間にも、はこべに手を引かれたスズは玄関を潜って|屋敷〈ギルドハウス〉に足を踏み入れていた。
我に返ったスズは板張りの廊下を歩きながら周囲を見回して一安心する。
各自の所有する調度品等はそれぞれ自室に置いているのだろうか、流石に外観ほど混沌とした設えにはなっていないようだ。
だが、しかし。
その安心も、共用スペースの一つ、倉庫として使っている部屋に隣した居間に着くなり瓦解した。
まさに、瓦礫の如く崩壊した。
スズを含めた四人の〈冒険者〉が立ち竦むその前には、赤、青、白、黄色、緑色、紫色、橙色、桃色、水色、様々な色のリボンと包装紙で飾られた無数の箱。
それが倉庫の天井まで積み上げられただけでは留まらず、居間にまで雪崩れ込んでいるのだ。
「これは……休憩の前に片付けないといけないネ」
声もなく呆然とするスズの肩に、五行の手が載せられていた。
キャラクター紹介:1
アバター名:菘 プレイヤー名:山田 鈴名
種族:狐尾族 性別:女性 所属ギルド:西風の旅団
メイン職:吟遊詩人/90レベル サブ職:歌姫/90レベル
菘は典型的な呪歌の紡ぎ手ビルドの吟遊詩人だ。
味方への支援は援護歌によるものに押さえ、敵に多様なBSを与えて弱体化させる妨害役としての性能に特化している。
これは初期に種族特性による習得特技のランダム変化によって武器戦闘能力を大きく損なった経験から開き直り、武器攻撃力と引き換えに呪歌や援護歌の性能を引き上げるサブ職〈歌姫〉に就いたことが大きい。
〈猟犬〉に参加した頃から大規模戦闘を意識した特技構成に育てているようだ。
装備面では、大正時代の女給とフレンチメイドを合成したような和風のメイド服を愛用し、三味線か番傘を携えた姿で居ることが多い。また、コンプレックスである背の低さをごまかすため厚底の履物が手放せずにいる。