7-4
ナカルナードのサブ職業である〈将軍〉。
この職は、〈騎士〉や〈指揮官〉の上位職であり、対軍指揮の機能を高める方向に特化した軍事指揮官としての職業だ。
軍を率いると言っても、PLが率いる軍は一個大隊九十六人が精々であり、機能を十全に発揮する機会には恵まれない不遇職であったと言えるだろう。
だが、その事情はヤマト・韓国・中国の三サーバーに於いてはやや異なっていた。
これらの地域はいずれも軍閥による軍政が敷かれていた時期があり、その頂点は〈将軍〉と呼ばれている。
特に、ヤマトサーバーの管理地域である日本では、〈将軍〉は〈将軍〉であり、〈将軍〉であり、〈将軍〉でもある。
中には、悪魔を率いて正義や完璧に挑んだり、料理で世界を征服しようとしてみたり、仮面の戦士と共闘し、金ラメの着流しでサンバを歌ったり、という例もあるようだが・・・・。
そういった事情を反映されたこれらの地域では、〈将軍〉は名誉職としても認識されており、イベントにより与えられた〈将軍号〉を名乗れるという浪漫溢れる機能が追加されていた。
(どうやら、そのイベントを踏んじまったみたいなんだよな・・・・)
内心でぼやくナカルナードである。
彼はこの〈スザクモンの鬼祭り〉を攻略した後に、その功績によって〈神聖皇国ウェストランデ〉から〈南征将軍〉の号を賜ることが内定している。
もっとも、歴史上の〈将軍〉と同様に、軍を率いて仕事しろ、という意味合いも大きい。
この類の将軍号は常設ではなく、大きな戦いを前にした時に臨時で設けられる役職であり、〈南征将軍〉とは要するに「南方の敵を征圧する将軍」ということだ。
先日、〈神聖皇国ウェストランデ〉によって〈ナカスの街〉が攻略されたばかり。電撃的な戦いで〈ナインテイル自治領〉の北半分を支配下におさめた〈神聖皇国ウェストランデ〉ではあるが、制圧した北部を反抗に備えながら治め、同時に南部をも視野に収めるのは荷が勝ちすぎる。
彼の地が〈ナインテイル自治領〉で呼ばれる以前にナインテイル公爵に与えた将軍号を〈冒険者〉に与え、統治は自分たちが行いつつも継戦は〈Plant hwyaden〉に丸っと投げる、そんな都合の良い相手としてナカルナードはうってつけだったのだろう。
中世の日本でも、源氏の鎌倉御所、室町の足利公方、江戸の徳川将軍家、いずれも将軍職を世襲していたことを考えれば、ヤマトでも将軍号によって滅んだ公爵家の代わりに正統な後継者と目される可能性はあるのかもしれない。
だが、正当性があるとかないとか以前の問題として、ナインテイルを自治していた〈ナインテイル九商家〉の反発は免れないだろう。彼らの穏やかな生活を壊したのは〈神聖皇国〉の側なのだから。
たとえ、それがゲームの中のNPCのものだったとしても、だ。
*
『前方より〈黄泉津軍〉五体! 〈獄犬〉同数!』
「第一小隊が接敵する。火力は第四が担当。第三はこぼれたの拾ってけ。第二は他の方面を警戒、細かい判断は預ける」
『『『了解っ!』』』
『はいな、了解ですえぇ~』
綺麗に唱和する訓練された返事が響く中、一つだけテンポの遅い間延びした返事を聞きながら、相変わらずマイペースだなと苦笑して、ナカルナードは目の前の敵に視線を戻す。
〈アンカーハウル〉を叫びながらナカルナードは先陣を切って飛び込んで行った。
〈ミナミの街〉で開かれる会議の席では酒を飲むくらいしかすることのないナカルナードだが、こと戦場において彼がこなすべき仕事は多い。
特に、今回彼が連れてきたのは、任務を受けてから〈ミナミの街〉で掻き集めた〈鷲獅子〉持ちのレイダーと〈キョウの都〉に来てから拾ったフリーの冒険者たちだ。彼と一緒にレイドランクを駆け上ってきた元〈ハウリング〉の側近たちは他の仕事を振られており、身動きが取れない。代わりに後詰として大隊規模の〈冒険者〉が陸路で乗り込んでくる手筈になっている。
幸いだったのは『スザクモンの鬼祭り』が中級者向けの定期イベントだったことで、ミナミで集めたメンバーの大半はこのイベントの経験者だった。キョウで見つけた中にも常連のはこべや大規模戦闘経験の豊富なスズがいる。
そういった、ほぼ初顔合わせに近い面子をパーティに振り分け、戦闘中の様子を見ながら適宜アドバイスや指示を送ったり編成を組み直したりする。
〈キョウの都〉に先乗りしてから数日は日中にミーティングを重ね、仮眠を取り、夜になると街中に湧く怪物を駆除しながらの訓練。という日々を送っていた。
そして今朝、遂に開いた〈黄泉比良坂〉に飛び込んだのだ。
『右後方〈赤雷人馬〉二体ネ』
『はこべちゃん、あれの特性ば知ってるけん?』
『足が早くて突進してくる。弱点は闇、あと雷でスタン。武器破壊でダウンが狙えるっちゃ』
『突進で陣形崩されたら難儀やね。大嶋はんは〈バラッド〉をお願い。はこべちゃんとアレックスはんの二人で足止めよろしゅうに』
『うっす。〈のろまなかたつむりのバラッド〉!』
『Yes MAM。 〈飛竜脚〉!』
〈将軍〉のクラス能力で強化されたナカルナードのパーティチャットは各小隊ごとのパーティチャットを包括して管理できる。彼は自らの戦いをこなしつつ第二小隊の会話にも耳を傾けていた。
第二小隊に振り分けたのは〈キョウの都〉で拾った〈冒険者〉たちだ。小規模ギルド〈七草衆〉の三人にソロの三人。といってもスズは事実上〈七草衆〉所属みたいなものだし、アレックスは北米サーバーのギルド〈Brunch-Lunch〉のギルドメンバーだ。本当の意味でソロなのは大嶋というドワーフの〈吟遊詩人〉くらい。
この小隊の班長をスズに任せたのは正解だったようで、本人の大規模戦闘経験の多さと〈西風の旅団〉で培われたリーダーシップ、特に消耗品の管理を始めとした事務能力は、手足をもがれた状態にあるナカルナードにとって大いに助けとなっている。
五行娘々、仏のザ、アレックスの三名は大規模戦闘そのものに不慣れなようで最初は戸惑っていたが、プレイヤー歴は長いため訓練を通して徐々に馴染んできている。
はこべは、このイベントの常連だけあって知識と経験が豊富だ。出てくる敵や仕掛けに対し的確な助言でスズを助けている。
大嶋も、大規模戦闘自体の経験があるようで動きにそつがない。ステータス異常による敵の一時無力化を得意とするクラウドコントロールの名手であり、口数は少ないながらも確実に仕事をこなすナイスガイだ。スズが知り尽くしている呪歌使いビルドの〈吟遊詩人〉であるという点もプラスに働いている。
赤揃えの武者鎧に身を包んだ半人半馬体型の〈悪鬼〉に向かって飛び蹴りを放つ〈武闘家〉に、独特の歩法でいつの間にか歩み寄ってあっさりと武器破壊を終える〈武士〉。〈吟遊詩人〉の呪歌が功を奏して更に機動力を失わせる。〈召喚術師〉が呼び出した黒豹型の雷獣〈雷公豹〉もスタン効果を与えるべく雷撃を見舞う。〈施療神官〉による治療のタイミングも的確だ。スズが執る指揮のもと、良い流れが生まれていた。
〈赤雷人馬〉は第二小隊に任せて大丈夫だろうと判断したナカルナードは目の前の案件に集中する。
レイドリーダーというだけではなく、彼は同時に第一小隊の班長でもあり、班員である回復職や支援職が自分を適切に支援できるよう指示を出さねばならない。それができなければ、まず自分が保たない。
目の前では、顔色の悪さを除けば生者と変わらない外見をした兵士たちが槍を繰り出してくる。
生前から技量を引き継いだ〈黄泉還り〉の兵士〈黄泉津軍〉の攻撃を受け流しながら、ナカルナードは〈ミラルレイクの大魔道士〉との会話を思い出す。
*
「生前つっても、死体が消えちまうこの世界で不死の怪物が死ぬ前の記憶持ってたりすんのかよ?」
「不死の怪物の材料は瘴気なんて呼ばれちゃいるが、ありゃあ実際には死んだ生き物の魂よ。ほれ、死んだ時に虹色の泡が出てくるじゃろ、あの中に生前の記憶が残っておるのよ。
〈魂魄理論〉によれば、魄と切り離された魂はそのうち魔力に還元されて地に満ちる魔力と一体化するんじゃが、魂に残された想いが強いとそうもいかん。
そうやって魔力に還元されることのない魂が溜まった場所が、瘴気溜まりなんて呼ばれて不死の怪物の発生源となる訳じゃな」
「するってぇと、〈ヘイアンの呪禁都〉に湧く連中は・・・・」
「うむ。守っていた内裏の内部から現れた〈悪鬼〉に蹂躙された御所防衛部隊の成れの果てじゃろうなぁ。ヒャヒャヒャ。まぁ、不滅の魂を持つ〈冒険者〉が気にすることも無かろうがのぅ」
*
『行けー! 進めー! DPS上げろー!』
『将軍が持ち堪えてる間に潰すぞ―! 撃ちまくれー!』
ナカルナードの脳裏に響く高笑いを打ち消すように、パーティチャットでは第三第四小隊の班長が班員を鼓舞している。
このイベントが現実化したことの弊害の一つに、都に敵が湧く時間帯が夜間である、ということだ。九〇レベルでステータスの高い〈冒険者〉とは言えど、夜間は都中を走り回って敵を討伐し、日中はこうやって迷宮に潜っての探索では、メンバーの集中力にも限りがある。早く後詰が来て欲しいと願わざるを得ない。
そんな中、第三第四小隊も即席パーティながら火力小隊として機能しており、ナカルナードが敵の攻撃を食い止めている間に次から次へと敵へ攻撃を叩き込んでいる。
のだが・・・・。
「ちったぁヘイトトップ維持する側の気にもなりやがれ!」
苦笑半ばに毒づく。
第一戦士職として敵愾心を維持し、敵の攻撃を一身に引き受けるというのも彼の役割だ。
傍から見ているよりも激務であり、それでいて評価されづらい部分でもある。〈D.D.D〉然り、〈黒剣騎士団〉然り、大規模戦闘ギルドとして長続きするギルドの長が〈守護戦士〉なのは必然なのだ。逆に言えば、そうではないレイドチームは短命だ。戦士職の待遇による内輪揉めは戦闘ギルドが解散する原因のトップに君臨し続けている。
現在はギルドマスターとしての責務から開放されたナカルナードだが、その代わりに面倒な政治の世界に絡め取られている。ままならぬものだ。
『スズさん、マツネちゃんから連絡。〈ササバ城砦〉ん〈人食い鬼〉の動いたって』
『ほな、また〈魔除けの典災〉ちゅうのが企んでるんやね』
毒づいている間に、どうやら今度は第二小隊の方で異常が起きたらしい。忙しいことだ。
聞こえてきた〈典災〉という単語。ナカルナードの知る〈典災〉とは〈十席会議〉の愛玩犬がその出現を感知したと言ってた新種のボスモンスターというものだ。
今日はこの戦闘で締めになるだろうとの面倒な予感を抱え、ナカルナードは目の前の敵に遣る瀬なさと苛立ちと倦怠感を全部合わせてぶつけるのだった。




