7-3
「な・・・・ナカっち?」
重機のような大男。
重厚な板金鎧を身に着けた狼牙族の、額から頬にかけて断ち切り傷のある強面を見たスズの喉から思わずといった形で漏れ出たのがこの言葉だった。
男の名前はナカルナード。
関西最強の戦闘系ギルド〈ハウリング〉のギルドマスターにして関西でも最高峰と言われる〈守護戦士〉の一人。
菘にとっては〈茶会〉時代から大規模戦闘レースで角を突き合わせて来た相手であり、ソウジロウが〈旅団〉を結成してからはギルド間の交渉で更に顔を突き合わせるようになった相手であり、互いに「ナカっち」「スズナっち」と呼び合う間柄でもある。
と同時に、〈ハウリング〉の拠点が〈ミナミの街〉にある関係からか、スズシロの知己でもあり、世間の狭さを感じるのだが、この場合はそれが裏目に出た形となった。
「スズシロ・・・・かと思ったが、その呼び方はスズナっちか」
一発で、中身がバレてしまったのだ。
「んもぅ。ナカっちのような勘のえぇオッサン、嫌いやわぁ」
とは言え、菘は元々〈旅団〉で事務や交渉を担当していたPLであり、特に大規模戦闘に関わる案件で他の戦闘系ギルドとの接触も多い立場だ。
洞察力の塊みたいな〈D.D.D.〉のギルマスや動物的な直感を持つ〈黒剣騎士団〉のギルマス辺りには、やはり一発で見抜かれそうな印象がある。
「何処の錬金術師だ、手前は。どーせスズシロに嵌められたかなんかだろ」
スズシロが見抜き屋をしてたとはいえ、これは見抜かれすぎだった。
「まぁ心配すんな、吹聴して回るつもりはねぇからよ」
「それは心配してへんけど、ナカっちはこないな所で何してはりますのん?」
「あぁ。『鬼祭り』が始まったってんで、〈ミナミ〉から即応できる奴だけ掻き集めて先乗りしてきた」
スズは驚いた。
『スザクモンの鬼祭り』にはイベント開始から時間の経過に伴って被害が広がる傾向がある。その傾向からスズは、都に弱い付喪神が出没している現状は、イベント開始から、二日も経っていない時期だろうと推測していた。
現に、スズが出てきた朱雀門内の大神殿には、未だ黄泉穴が開いていなかったのだ。
その被害報告が〈ミナミの街〉に伝わり、招集をかけて大規模戦闘の準備を整え、〈七草〉の面々であれば馬で数日かかる距離を踏破する。
〈大災害〉以前には事務班の長として〈旅団〉の大規模戦闘に於ける事前準備の一切を取り纏めてきた菘だからこそ、そんなことはイベントの発生を事前に知ってでもいなければ不可能だと判る。
これが〈大災害〉前であれば判るのだ。
どんな戦闘ギルドであっても大規模戦闘イベントの際には遅くとも一週間前に参加メンバーの日程調整、必要なアイテムの備蓄、攻略情報の収集といった事前準備を始めるものだ。
〈茶会の三参謀〉が行っていたこの事前準備の迅速さが変態的だと気付いたのは、菘が〈旅団〉に於いて同様の役割を務め始めてからのことである。
ともあれ、その事前準備を行うためには事前にイベントの存在を知っていなければならない。当然ながら運営側としてもイベントを行う以上は多くのPLに参加して欲しいので、イベントの告知は行われる。
〈F∴O∴E〉のHPや〈エルダー・テイル〉公式サイトの告知ページ、公式アカウントによる呟きBOTなど、参加PLがイベントの告知を受ける手段は多かった。
しかし〈大災害〉以降、これらの通知はPLの元に届かなくなった。まず、パソコン画面もスマートフォンも見ることができないのだから当たり前の話である。
(そう言えば、せりPはんも呟いてはったなぁ)
スズが思い出したのは、旧友である〈F∴O∴E〉広報部のスタッフと、その身体を素体として使用していた〈ヘブンズブリッジ〉で遭遇した自称:宇宙人だ。
その彼が使っていた外枠は元々、〈エルダー・テイル〉のヤマトサーバーを運営する会社の社員が使っていた、ゲーム内の問題を解決するための幾つかの機能を内包したGMと言われるキャラクターだ。
スズの記憶では、その機能の中にはイベントに先立って告知を受けられるものがあった。
ゆっくりと話す間もないまま迎撃戦に縺れ込んでしまったが、もしも彼と行動を共にすることができていれば、どれほど事態解決の助けが得られただろうか。
しかし、その機会はまだ永遠に失われた訳ではない。月面サーバーのテストダンジョンに戻ったであろう彼と再び連絡を取る手段を探すのは、スズにとって今後の課題の一つだった。
「GMコール・・・・」
「なんや、知っとったんか。なら話が早いわ。ちょうどウチのギルドに一人外注のGMが居ってな・・・・」
ポツリと口から出たスズの呟きに、呆れ半分安心半分といった声音でナカルナードが答える。
だが、その後に続いた言葉の中に違和感を感じたスズは、目の前に開いたナカルナードのステータス画面にその答えを発見した。
名前:ナカルナード
種族:狼牙族 性別:男性 所属ギルド:Plant hwyaden
メイン職:守護戦士/レベル90 サブ職:将軍/レベル90
スズの目に映るナカルナードのステータス、その所属ギルド欄には見知った〈ハウリング〉ではなく、初めて見るギルドの名前があった。
「あれ、ナカっち。〈ハウリング〉はどないしはったん? え~と、ぷらんとほわや・・・・でん?」
「プラントフロウデン、だ。相変わらず横文字に弱いな・・・・つっても、俺も最初は読めなかったが」
沈んだ雰囲気を吹き飛ばすように笑うナカルナードだったが、スズには無理をして強がっているようにも見える。むしろ、その大音量に反応したのは廃棄児の姉妹で、怯えるように肩を寄せ合う姿にナカルナードは声量を抑えざるを得なかった。
「おい、アレックス。〈大地人〉たちを安全な場所まで届けてやりな」
「Sir yes sir!」
話について行けず所在なさげにしていたアレックスも弾かれたように立ち上がり、キビキビと敬礼したあと、少女たちを労るように戦闘現場を離れてゆく。
「本意やない、って感じやねぇ」
「まあな・・・・。それでも大所帯を養っていかなきゃならねぇからな。長い物に巻かれることにした。ミナミ最強の戦闘ギルド〈ハウリング〉も暖簾を下ろしたって、訳だな」
「ナカっち・・・・」
「アレックス・・・・さっきの奴な、あいつは色々あって〈キョウの都〉暮らしなんだが、他のミナミに住んでる〈冒険者〉は基本的に〈Plant hwyaden〉所属ってことになっちまった。お前らもミナミに来ることがあれば、俺の名前を出したら良い」
五行娘々やはこべによる、フレンドを介した情報収集の結果、スズたちも〈ミナミの街〉の状況は把握しているつもりだった。
曰く、〈ミナミの街〉は巨大ギルドによって庇護され、〈冒険者〉は新人も古強者も差別を受けること無く、平等に平和を享受できている。
曰く、〈ミナミの街〉は巨大ギルドによる独裁政権が敷かれ、無所属の〈冒険者〉は街に住むことを許されず、ゲリラ的なレジスタンス活動が行われている。
前者は、その巨大ギルドに所属する好意的な意見、後者は敵対的な意見だろう。主観が混ざり過ぎてその実態は掴めなかったが、不穏な空気は感じ取れた。
結局、〈ミナミの街〉に行くのは最終手段にしようと〈七草〉の意思は統一されていた。
「ほして、巨大ギルドの幹部にならはったナカっちは、イベントん情報を手に入れて手勢を率いて駆けつけてきた、って訳やのんね」
「手勢なぁ。〈ハウリング〉の頃だったらレイドやんぞって号令かけりゃ、割と簡単に集まったもんだが・・・・」
「大きなギルドやと柵とかあるわなぁ。ナカっちも苦労してはるんや」
フットワークの軽い面々は他のイベントやクエストに人手を取られており、今回も〈キョウの都〉に先乗りしてきたのは中隊に満たない三パーティ、十八人だけだという。後続は大隊規模を想定して準備されているため不安こそ無いものの、当面はこの人数でやっていかねばならない。
アレックスのように〈キョウの都〉で暮らしている〈Plant hwyaden〉未所属のPLに参加を呼びかけている所なのだという。
権力構造の中に取り込まれながらも前線での仕事が多いナカルナードは、どうやら順当に手足をもがれつつあるようだった。
「柵なぁ。食わせてくため、とはいえ・・・・今回の出征も言ってみれば〈大地人〉どものご機嫌取りだ。終わった後のことまで含めて頭痒いわ」
「其処は『頭痛い』云う所ですえぇ」
「おぅふ! ツッコミ厳しいぞスズナっち」
「あ、この身体やとややこしなるから、スズでよろしゅうに」
「わかった。まぁ、そんな訳で兵数がちぃとばかり足りんのだわ。スズっちの伝手でなんとかならんか?」
「ウチの伝手云うてもなぁ・・・・」
流石は関西最強の一角と言われる〈守護戦士〉の防御力。〈暗殺者〉であるスズの本気ツッコミにも微動だにしなかったが、ツッコミが追い付かない場合もある。最早呼び方はスルーして本題について考え込むスズだったが・・・・。
スズの耳元で涼しい音が鳴ったのはその時だった。
「スズ! 起きたばかりでフラフラと何処に行ってるネ!?」
渡りに船とばかり〈念話〉を通話状態にしたスズの耳に、五行の怒声が突き刺さった。




