7-2
「Sorry! 咄嗟に割り込んでしまいマシタ!」
「よろしおすぇ。ウチの方こそよろしゅうお頼申しますぇ」
おそらくはスズと同様に悲鳴を聞いて駆けつけて来たのであろう少年が参戦した事で、戦いの趨勢は早くも決まっていた。
そもそも〈付喪神〉たちはレベルが低く、スズが万全であったなら単騎でも処理できる相手だ。そこに万全な壁役が飛び込んで来たのだ。
「では、壁は引き受けるデス」
「はいな。せやったら〈スパークショット〉!」
軽いコンタクトに続いて、青白い電光を纏った矢がスズの弩弓から放たれる。直撃を受けた〈鞍野郎〉のみならず、弾けた電光が周辺にいた〈鐙口〉達に降り注ぐ。痛手を受けた〈付喪神〉たちは一気に色めき立つが、その眼前に少年が立ちはだかる。
〈ヘイトエクスチェンジ〉でスズが貯めた敵愾心を根こそぎ譲り受けた少年に向かい、〈鞍野郎〉の振るう鞭に合わせて〈鐙口〉が一斉に飛び掛かる。
「〈無影脚〉からの・・・・」
少年は地面に両手を付いて倒立の姿勢になると、襲いくる〈鐙口〉の全てを蹶りで迎え撃つ。機先を制されて体勢を崩した〈鐙口〉たちがまだ空中に居る間に腕を捻って身体を回転させ、遠心力の乗った回転蹶りで一纏めに薙ぎ払う。
「・・・・〈龍尾旋風〉!」
「〈ピンポイント〉〈シャープブレイド〉そして〈サイレントスナイパー〉・・・・」
少年が前衛として敵の攻撃を引き付けている間、スズもただ見ているだけではなかった。ヘイトを明け渡し、興味を引いていない状況を利用して敵の首魁たる〈鞍野郎〉に照準を付ける。次々と攻撃補助の特技を起動させ、蘇生直後のペナルティを打ち消すほどの命中補正を得た一撃は、鞭を振り回す〈付喪神〉に狙い過たず突き刺さる。
「・・・・〈致死の一射〉ですぇ」
〈暗殺者〉を代表するこの必殺技は使用者よりも対象のレベルが十以上低い場合、問答無用で即死効果が発動する。文字通り必殺の技が炸裂し〈鞍野郎〉は絶命した。
*
残った〈付喪神〉を一掃するのに然程時間は掛からなかった。
周囲には、〈鞍野郎〉や〈鐙口〉の死体が散らばっている。〈生きている器物〉の死体は元になった器物そのものであるため、事情を知らない者には壊れた馬具が散らかっているようにしか見えないだろう。
戦闘が始まった頃に倒された死体などは既に金貨とドロップ品を残して消滅しており、他の死体も徐々に分解され光の粒子に変わりつつある。
そんな光景の中で、足を痛めたのか腰が抜けたのか、襲われていた廃棄児の少女たちは未だ立ち上がれずにいた。ぱっと見た印象では生命に関わるような大怪我はしていないようだが、汚れを落とさないことには細かい傷などは判別できない。
「立てますやろか?」
スズはしゃがんで少女たちに手を差し出す。
「街中にモンスターが湧くやなんて・・・・何があったんか教えて貰えへんやろか」
「それなら俺が答えられマスよ」
答えは、真横から返ってきた。
金色鎧の少年がスズの隣にしゃがみ込み、少女たちに手を差し出していた。戦闘中からそうだったが、鎧の金属音も立てない滑らかな動きだ。
「『スザクモンの鬼祭り』が始まったのデス」
そう言われて、スズははたと思い出した。
『スザクモンの鬼祭り』は〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃、定期的に発生していた大規模戦闘イベントだ。
〈キョウの都〉の北部に聳え立つ朱雀門によって封印された黄泉への穴〈黄泉比良坂〉の最深部に存在する〈悪鬼〉族の都〈ヘイアンの呪禁都〉。
その都では大量の〈悪鬼〉たちが戦いに明け暮れ、地球時間で三ヶ月に一度、セルデシア時間では三年に一度、蠱毒のような戦いの果てに〈呪禁王〉が戴冠する。
〈呪禁王〉の誕生によって朱雀門の封印は緩み、〈キョウの都〉には夜な夜な物の怪が徘徊するようになり、《ヘイアンの呪禁都》では地上に侵攻するための軍が編成され始める。
〈冒険者〉たちは〈キョウの都〉に出没する物の怪を倒して回り、また〈黄泉比良坂〉に飛び込み〈呪禁王〉のいる〈ヘイアンの呪禁都〉を攻略する、というイベントである。
その最大の特徴は、〈キョウの都〉を防衛するプレイヤーと〈ヘイアンの呪禁都〉を攻略するプレイヤーの連携にある。〈黄泉比良坂〉を守るボスを攻略側が倒すことで地上に出現する物の怪のレベルは抑えられ、地上で物の怪が一定数倒されることでダンジョンに新しい階層が開放されるのだ。
特に地上での防衛戦は、物の怪のレベルも低く、しかし大規模戦闘には違いないので、大規模戦闘ギルドに所属していないプレイヤーにとっては大規模戦闘由来のアイテムを手に入れられる希少な機会だ。
〈アキバの町〉を拠点にするプレイヤー向けに用意された『ゴブリン王の帰還』と同様に〈ミナミの町〉を拠点とするプレイヤーには人気の高いイベントだったのだ。
「せやったわぁ。もう、そないな時期なんやね・・・・」
スズとてこのイベントについて忘れていたわけではない。
スズや〈七草〉の面々が〈キョウの都〉を拠点とする理由であった朱雀門の大神殿や〈冒険者〉向けに品を揃えた店の数々、『スザクモンの鬼祭り』を前提とした施設群から受けた恩恵は数しれない。
〈ヘブンブリッジ〉での死闘から死に戻った直後のこのタイミングで即座に次のイベントと遭遇したため、少年の言葉を得るまで理解が追いついていなかっただけだ。
「あかんわ。ウチらだけやったら呪禁王が出てくるんを防げへん。ミナミに伝えな・・・・」
現状を理解すれば、スズとて歴戦のレイダーだ。即座に脳内で攻略への道筋を組み立てる。 だが、彼女の予想した結果は攻略失敗。
中堅レベルのプレイヤーが対象とは言っても、そこは大規模戦闘である。攻略するのには人数が必要となる。だが、〈エルダー・テイル〉が現実となったこの世界では、〈キョウの都〉に常駐する〈冒険者〉が少なすぎるのだ。今〈キョウの都〉に残っているプレイヤーは、〈七草〉を除くと殆どいない。
ゲームだった時代には人気のイベントでもあり、〈ミナミの街〉を拠点とする関西最大手の戦闘ギルド〈ハウリング〉の教導部隊などが訓練の一環として定期的に参加していたため、人手が足りずに失敗などという事態に陥ったことはなかったのだが、今から連絡しても〈ミナミの街〉から歩いて来るだけでも何日かかることか。そもそも連絡した所で何人来てくれるかもわからない。
スズの脳裏に、雷 安檸の凄惨な最期が浮かぶ。
ゲームだった頃はトライ&エラーは当たり前だった。
だが、今スズがいるのは異世界であっても現実だ。失敗すれば人の命に関わることもある。そして〈冒険者〉以外の命は、やり直しが効かないのだ。
大蔵卿、文章博士コクラ・レージ、検非違使別当ヘンリー・レインウォーター、左衛門尉ティム・ベラミー、白い顔の商人貴族、八百屋の若夫婦、井戸端でよく出会うおばちゃんたち、狼牙族の少女マツネと〈街道の守り手〉の人々、そして目の前で腰を抜かしている廃棄児の姉妹。
この都に来てから出会った人たちの顔が次々に思い出された。
「心配は無用デス。ミナミでも攻略準備が進められてマスよ」
彼らの笑顔を守るために何ができるのか、没頭していたスズの思考は少年の声に断ち切られる。
スズはハッと振り向き、そう言えば少年の顔をちゃんと見たのは初めてだと気づく。
壁職と弓使いの関係では、戦っている最中はどうしても背中ばかりを見ることになる。こうやって改めて見ると、彼の顔立ちには思っていたよりも成熟したものを感じる。切り揃えられた金髪にソバカスの浮いた頬の輪郭、肩幅の細さや背丈など少年の特徴が目立つ。しかし、青い瞳には、それよりも少し大人びた表情が浮かんでいた。
スズは改めて彼のステータスを確認する。
名前:アレックス
種族:ヒューマン 性別:男性 所属ギルド:Branch-Lunch
メイン職:〈武闘家〉/レベル九〇 サブ職:〈ルーンナイト〉/レベル九〇
「・・・・スズシロさんっ!?」
アレックスの一オクターブ跳ね上がった声。彼は彼で、スズよりも前で敵に対峙していたため、ここまでスズの顔を見ていなかった。
アレックスは鈴代の知り合いらしいが、声だけでは気付かなかったようだ。生物学上は姉妹になるため声は似ているのだが、鈴代がハキハキとテンポ良く喋るのに対し、鈴名はゆったりと柔らかく喋る傾向にある。この違いから受ける印象の差は大きいだろう。しかし、この少年はその違いが分かるほど鈴代と付き合いがあった訳ではないのだろう。
そのアレックス少年は慌てたように、朱に染まった顔をスズから反らし、しかし視線だけはちらちらと、主にスズの胸に向けている。
現在、スズはボス戦の直後ということもあって本気の戦闘装備。普段〈七草〉の一員として行動している時は周囲が女性ばかりということもあって、あまり意識していないのだが、スズが着ているのは〈紺糸裾素懸威胴丸〉。白いスクール水着めいたレオタードの上から丈が短い半袖セーラー服の上だけを着ている。多感な青少年にとっては目の毒であった。
だが、その頬を染めつつも胸をチラ見してくる姿が、スズの既視感を再び蘇えらせた。
「はいはい。〈ゴジョウ大橋〉のお茶屋さんで・・・・」
納得したようにパンと掌を打ち合わせて気の抜けた声を上げるスズ。本人としては叫んだつもりなのだろうが、声に勢いがまったくない。
ついでに言えば邪気も無かったのだが、その言葉にアレックスの背筋が伸びる。
今では〈大災害〉と呼ばれるようになった〈エルダー・テイル〉に閉じ込められたその日、スズはこの少年に出会っていた。
〈ゴジョウ大橋〉にある六畳一間の賃貸宿で鈴名が目覚めた時、彼は今と同じく全身を金色の甲冑で覆っており、スボンを脱ぐために四苦八苦していた。その後、ステータス画面の操作による装備の解除という方法に思い至ったアレックス少年は甲冑の腰パーツと共にズボンを解除した。しかし、〈エルダー・テイル〉の仕様で下着がアイテムとして存在していなかったことが彼にとっての悲劇につながった。
男性の裸に免疫のないスズの上げた悲鳴を聞きつけた五行娘々の召喚獣が乱入し、油断していた少年を気絶させてしまったのだ。
彼は鈴代の営業していた〈見抜き屋〉の客として来ていたので、事情を知らない者が見ればそれは美人局の所業だろうが、当時のスズには知る由もない。
頭の中に浮かんだ当時の光景を振り払うように頭を下げる。
「アレックスはん、いうんやねぇ。あん時は本当にすんまへんどした」
「ファッ!? イエ、こちらこそシツレイしマシタ」
その言葉に当時のことを思い出したのだろう、アレックス少年もまた耳まで朱に染める。
互いに黒歴史レベルの醜態を思い出し、真っ赤な顔で謝り合う二人の間に流れる空気に、魔物から救出された廃棄児の姉妹も口を挟めず、時間だけが過ぎていく。
そんな時だった。
「アレックスよぉ! 青春してねぇで片ァついたんなら連絡しやがれ!」
時間を切り裂くように胴間声が響き渡り、四人は思わず飛び上がる。
慌てて振り返ったそこには、建設用の重機を鎧として纏ったような大男が立っていた。




