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〈赤き疾風〉をはじめ、ソウジロウの過去に関しては相馬将宗さんの〈西風と疾風〉を参考にさせていただきました。
「〈ファイアーボール〉! 〈バーストフレア〉! とどめの〈ギガティックシャイン〉っ!!」
スズの意識は、また切り替わっていた。
冷たい風が吹き抜ける洞穴の中、溜まりに溜まったストレスを吐き出すように〈妖術師〉のゆーこが範囲攻撃魔法を乱発する。
〈幼術師〉とも言われるゆーこは小学校でも家庭でも優等生であることを強いられており、そのストレスを〈エルダー・テイル〉で晴らすかのように戦闘では非常に攻撃的になる。
特にここ最近は〈茶会〉解散のゴタゴタと新ギルド結成のドタバタもあり、〈エルダー・テイル〉内ですらストレスの溜まる環境だ。気のおけないメンバーでの戦闘訓練くらい破目を外したくなるのも仕方のないことだろう。
とは言え、範囲攻撃力十二職中最強の〈妖術師〉が遠慮なくその火力を解き放った場合、敵愾心が跳ね上がって敵に狙われるのは当然の帰結で、それを防ぐために存在するのが戦士職なのだが。
「ソウジロウ!! ボーッとしてるんじゃないよ!」
ナズナの叱咤が飛ぶ。
粘体系モンスターの〈鋼の寒天菓子〉が、ソウジロウの敵愾心を振り切って一直線にゆーこへと向かっていた。
「あ!! すみません!」
レベルの割に多めの撃破経験値を持ちながらも発見された瞬間からその経験値が減り始めるというこの魔物。素早さがカンストしており、色々な意味で「足が早い」。
沙姫の武器が空を切るのを見て、菘は咄嗟に〈のろまなカタツムリのバラッド〉を演奏する。動きの鈍った〈鋼の寒天菓子〉を、ソウジロウは身を翻して斬り裂いた。
だがもう一体、その刃を掻い潜り、ぷにょんと気の抜けるような足音(?)を立てて跳ねるモンスター。ソウジロウにしては珍しいミスだ。
その着地した地面を突き破って骨だけの腕が何本も飛び出す。
「・・・・大丈夫。任せて」
詠の喚び出した〈動く骸骨〉の群れが地の底から姿を表す。〈死霊使い〉である彼女の得意技、〈墓場歩き〉だ。
取り囲まれた〈鋼の寒天菓子〉はそのまま葬られてゆく。
*
「はぁぁ、今日もソウジロウ様と狩りができましたわ」
「・・・・良き」
「あ、貴女に同意なんて求めていませんわ!」
幾度かの戦闘を経て、少女たちは休憩していた。カナミの引退に端を発した〈茶会〉の解散騒動からしばらく、ここ数日はこの六人で狩りをしていることが多い。
休憩中もHP・MPの把握に鞄の中身を確認したり特技の調整や装備の修復などするべきことは多いのだが、その最中も彼女たちの話題はソウジロウのことが占めていた。
その会話を聞きながら、菘は懐かしさを覚えていた。
詠の一言に沙姫が噛みつき、ゆーこが右往左往するのを菘が宥め、ソウジロウが仲裁しようと動く寸前にナズナが抱え込み、それを見た詠と沙姫の矛先がナズナに移る。というのがこの顔ぶれでの定番だったが、この時はどうも、その通りには動かなかった。
「ソウジロウおにいさん。調子悪そうでしたね」
先程のだけではなく、この日のソウジロウは精彩を欠いていた。
そのソウジロウは少し離れた場所で、ナズナから先程の戦闘のことで注意を受けている。
「そうやねぇ。メンバー集めは難航しとるみたいやし、特に今日は悩みも深いやろなぁ」
自分の口から出た言葉に記憶が触発される。この日はソウジロウがシロエに〈西風の旅団〉入りを要請して断られた日だった。
菘の見立てでは、ソウジロウはどうにも「縁」というものに嫌われているようだった。
確かに、彼には「ハーレム体質」と呼ばれる、他人を惹きつけて止まない特性が備わっている。しかし、それでも彼が側にいて欲しいと強く願う相手ほど、離れて行ってしまうのだ。
菘の知る限り、〈エルダー・テイル〉でソウジロウの味わった最初の別れは、彼が初めて属し菘やナズナとも出会ったギルド〈猟犬〉の解散だろう。元々、留学生の〈はぐれ神官娘〉と一緒に一つの〈大規模戦闘〉を攻略する為に立ち上げた急増にして期間限定のギルドだったため、彼女が帰国するのに合わせて解散になるのは当然だった。
だが、それに前後して、彼が〈エルダー・テイル〉を始めた頃から師匠とも親友とも思っていた〈赤い疾風〉が去っていった事は寝耳に水だったに違いない。彼と肩を並べて戦っていた古参の剣士は、ソウジロウの体質に戦闘技術も人脈も吸収され枯れ果てたようになって、いつの間にか皆の前から姿を消していた。
その別れ方は、ソウジロウの心に今でも爪痕を残しているのだろう。スズシロとの決別が、未だに菘の心に凝りを残しているように。
そして、今日は先輩と慕う〈腹ぐろ眼鏡〉にも拒絶を告げられたばかりだ。〈茶会〉で攻略参謀を務めていた青年は、ギルドという枠組みに入ることそのものを嫌っていたようだ。カナミに無茶振りされて右往左往していた姿そのままに、不特定多数からの要求を断れず仕事に押し潰される未来を予感したのだろうか。
『僕、シロ先輩には嫌われてるみたいですから』
交渉から帰ってきたソウジロウの第一声から、彼が爪痕を深く抉られただろうことは予測に難くなかった。
相変わらずの緩い表情で、けど真摯に耳を傾けながら、けれどどっぷりと後悔に浸っているだろうソウジロウの心中を察しているのか、ナズナの小言にもいつものキレがない。
そのまま、ソウジロウの頭を抱えて顔面を胸に押し付け始めた。
「ちょ、ナズナ姐さん何してはりますのん」
「・・・・あれ、私も・・・・やりたい」
「そうですわ羨ましいですわではなくてそこの対魔忍おっぱい女狐! その駄肉からソウジロウ様を解放なさい!」
「ソウジロウおにいさん、ぐったりしはじめてなくないですか?」
結局、この日の狩りは深夜零時を待たずして解散となった。
*
「あはははは。叱られてしょんぼりしてるソウジの顔を見てたらつい、ね」
「んもぅ。しょぉもない事して」
豪快に笑いながらの謝罪に、まったく反省の色が見えない。にもかかわらず許してしまいそうになるのは、人徳のせいか、それとも彼女の緩い雰囲気のなせる技か。
狩りを解散にした後、菘はナズナと二人〈ルソーラ大森林〉の奥地にある霊峰にぽつねんと座り込んでいた。
標高が高く、けれども雲海よりは低いこの場所から見える光景は気持ちを穏やかにさせてくれる。現実時間よりも早いスパンで日が昇り天を横切り沈んでゆくため、ただ座っているだけでも飽きが来ない。〈茶会〉に参加していなければ見つけられなかった光景だろう。
ソウジロウ非公認団体〈S∵F∵C〉の淑女協定により、深夜零時以降はソウジロウへの接触が禁止となっている。それは、会員ナンバー0のナズナも会員ナンバー4の菘も同様に、いや上位メンバーだからこそ犯すことの許されない掟だ。
「シロ坊はきっと『自分が居なくてもソウジの周りには支えてくれる人が大勢居る』だなんて見当違いな事を考えてるんだろうねぇ」
「〈S∵F∵C〉のメンバーからも〈西風の旅団〉参加の打診が多く届いとるけど・・・・」
「まぁ、ギルドの事は心配要らないさね。それよりも、スズちんはどうしたいのさ?」
新しく立ち上げた戦闘系ギルド〈西風の旅団〉はに入団希望者が殺到している。茶会で活動していた頃から本人非公認のファンクラブを持つソウジロウのカリスマもあってのことだが、それ故に受け入れるかどうかの精査も必要になってくる。この査定をサブマスであるナズナが、受け付けを始めとする事務一切を菘が仕切っていた。
だが、そんなギルドの事情とは裏腹に、ソウジロウがギルドを立ち上げた理由「茶会の仲間たちとレイドを続けたい」という望みが叶う見込みは薄い。ソウジロウが自ら足を運んでの説得に応じるメンバーは現状の五人を除いて居なかったのだ。
沙姫が早々に所属ギルドを脱退しての移籍を表明したためメンバーが所属していた他のギルドは流出を防ぐために囲い込みを強化していたり、ススキノやナカスに拠点を持つメンバーは距離的な問題を挙げ、中にはこれを機に〈エルダー・テイル〉から距離を置くメンバーも居た。
そんな中で断トツトップと思われたのが、『ソウジロウのハーレムに所属するのはなぁ』という、決して口頭では語られなかった理由だ。
『やっぱりボク嫌われてるのかなぁ』とソウジロウは自嘲するのだが、彼の体質と天然を嫌う男性プレイヤーが多いのは事実なので返す言葉もない。
残りの女性プレイヤーは不死身の女呂布とクレイジーサイコレズで、彼の魅力も通じない。
そんな訳で、ここ最近のソウジロウの低調っぷりは目を覆うばかりだった。
彼は物事を論理建てて結果を求めるのではなく、直感的に最適を導く、いわゆる天才型プレイヤーである。だがそれだけに、天性のバランス感覚と集中力を発揮できない精神状態だと、覿面に崩れてしまうのだ。
「ウチのやりたいこと、かぁ・・・・」
そんなあれこれを思い出しながら菘は溜息をつく。
夕日に照らされて煌めく渓流の景色を眼下に見下ろせる霊峰の崖っ縁。くノ一装束と花魁衣装の狐尾族少女二人が並んで腰掛ける光景は菘の心を慰めてくれるが、かと言ってそれで解決策が思い浮かぶわけでもない。
「はぁ。ウチら、ソウジはんに何してあげられるんやろ」
〈猟犬〉が解散した頃、〈赤い疾風〉が去った事でソウジロウは独り取り残された。
当時、既に彼の周りには大勢の人がいたけれど、彼が追う背中も並べる肩も、もう何処にもなかった。そんな姿を見た菘とナズナは、せめて彼を一人きりにしないでおこうと思った。その筈だった。だが、〈茶会〉が解散した今、またソウジロウは傷ついている。
「別に、何かしなけりゃいけない、ってわけでも無いんじゃね?」
尻をぺたんと地に付け、立てた両膝を両腕で抱えるいわゆる体育座りのまま、その両腕に頬を載せた気怠げな姿勢のナズナ。極端な前傾姿勢となり、大きな胸が太腿で押し潰されるが、それを気にすることなくじっと菘を見つめてくる。
「大事なのは『ソウジのために私が何をしたいか』じゃなくて、『私が何をするのがソウジのため』なのか。じゃないかなぁ」
ソウジロウはおそらく一人でも大丈夫だ。ナズナが言いたいのはそういう事だろう。彼は天才な上に努力家で、例え傷を追ってもそれを気にせずに前進する強さを持っている。
けど、彼の傷を消してやることはできない。悪意や敵意から守ることもできない。
(せや。ウチがソウジはんに会いたいんは何でなんか・・・・)
菘はただ、ひたむきな努力を諦めない青年にただ一言、頑張れと言ってやりたかったのだ。
こうしては居られないと思った。一刻も早くソウジロウに会って彼の苦労を労いたい。けど今のままでは逆に心配をかける。なら、今抱えている問題を解決しなくてはならない。
イズモに赴いてあの恐ろしい〈典災〉を倒し、月への連絡手段を再構築し、現実世界に戻り、改めて菘としてソウジロウたちの援護に向かう。
闇の中に光が差したかのようだった。
(ちゃうやん。ほんまに光が差してるし!?)
菘の意識は急速に引き上げられようとしていた。
キャラクター紹介:6
アバター名:ナズナ プレイヤー名:八江有里香
種族:狐尾族 性別:女性 所属ギルド:西風の旅団
メイン職:神祇官/90レベル サブ職:賭博師/90レベル
ナズナは戦巫女ビルドの神祇官だ。
打刀を手に鎖帷子の上から和服という姿の彼女は、戦巫女ビルドの粋である〈天足法の秘技〉や〈飛び梅の術〉を駆使した一撃離脱戦法を極めており、天性の勘で攻撃とヒールワークを絶妙に使い分ける、外見も戦法もくノ一スタイルのプレイヤーだ。
アキバで五指に入る戦闘系ギルド〈西風の旅団〉のサブマスであり、大規模戦闘経験も豊富な彼女は戦闘指揮官としても優秀だが、彼女の采配は経験と勘によるものであるため後進の指導は難航しているようだ。
菘とは、〈七草〉〈猟犬〉〈茶会〉〈西風〉と長期間活動を共にし、相棒であると同時に同じ男に惚れ込んだ好敵手でもある。




