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「水行に命じて氷を操り、金行を以て剣の嵐と為す、吹き荒れよ!」
背後から聞こえる五行娘々の引き攣った詠唱に危機感を覚え、スズははこべに声をかける。
「はこべちゃん!」
「りょー・・・・かい、っちゃ。〈火車の太刀〉!」
〈破戒のエレイヌス〉と切り結んでいたはこべは相手を周回しながら連続攻撃を放つ特技に切り替え、タイミングを見計らって距離を離す。
〈サーヴァントフォージ〉で〈金目夜叉王〉と〈聖剣皇子〉の攻撃を組み合わせ、そこに〈シンギュラリティ〉や〈メイジハウリング〉といった魔法威力を引き上げる特技をありったけ乗せ、解き放つ。
それは〈典災〉へと少なからぬ傷を与えた。
だが。
「くっそつまらぬのぅ」
その身に大小様々な切り傷と凍傷を新たに刻みながらエレイヌスはぐきぐきと首を鳴らして立ち上がる。
「はぁ・・・・はぁ・・・・攻撃が浅いっちゃね」
はこべの方はすっかり息が上がっていた。
回避力の高いエレイヌスを相手に命中率に補正の乗る特技を併用してようやくヒットしていた彼女の攻撃は、レベルが下がったことで更に当たりづらくなっていた。
そんな状態でありながら、倒れた雷 安檸の抜けた穴を埋め、その蘇生に専念していた仏のザを庇って、単身で〈典災〉を相手取っていたはこべのリソースは、ほぼ尽きている。
回数制限のあるアイテムや再使用規制時間の長い特技は軒並み使用済み、MPも枯渇している。
仏のザが慌てて回復に当たっているが、〈反応起動型回復魔法〉に頼りがちな〈施療神官〉の瞬間回復量は高くない。レベル低下によりパフォーマンスの下がったヒールワークでは一度激減したHPを立て直すのにも時間がかかる。
そんな満身創痍といえるはこべの攻撃がエレイヌスに傷を与えられているのは、鳥頭の典災がすべての攻撃を避けてはいないからだ。
通常攻撃に対しては完全に避けず防具の硬い部分で喰らってダメージを抑えつつ、特技を使った攻撃はしっかりと回避行動。必要最小限の動きで最大限に被害を軽減している。
余裕のある笑みを浮かべ一つ一つの攻撃に軽口を叩き大仰に楽しんでいた〈烏天狗〉の姿は、そこにはもうない。
「こら、慢心ゲージ割れてもうたみたいやわ」
〈烏天狗〉に共通する種族的な特徴として、彼らは平時[慢心]という状態異常を受けており、この状態は特定条件下――多くはHPが一定割合を下回ったりなどの危機的な状況――で解除される。
そこから所謂「本気モード」となった天狗は、それまでとは打って変わって合理的、理知的に立ち回りはじめる。
「つまり、むこうも追い詰められてるってことっちゃね!」
「間違っては居らぬなぁ」
ようやく呼吸を整えたはこべの前に立って感情のこもらない冷たい瞳で見下ろす〈典災〉は、〈武士〉の少女へと怒涛のような連続攻撃を加え始める。
「なればこそ、そなたを先ずは葬るべきであろうな」
スズが射掛ける矢も五行やせりPの魔法も意に介さず集中するエレイヌスの攻撃に、回避力も防御力も反撃の威力すら低下したはこべは削り切られるだけだ。
回復が追いつかないのだ。
(どうしたら・・・・)
スズは躊躇う。
おそらく、この時が撤退のベストタイミングだろう。
だが今を逃せば、この〈典災〉を倒すチャンスはもう無いのではないか。
無数の〈時計仕掛〉達や〈魔像機〉、生真面目な〈幻影宝石の通信士〉、そして安檸が命を賭けて託したチャンスだ。
ここで撤退すれば彼女たち四人は〈キョウの都〉に、せりPはおそらく月面にまで戻されるだろう。
託されたチャンスを不意にしてしまう。
そう考えると、踏ん切りがつかない。
つかないまま、破局は訪れた。
「もう、やだっ!!」
「はこべちゃんっ!?」
酷薄怜悧な蹴りの嵐に耐えかねたはこべが太刀で身を庇うように踞ってしまった。
そんな彼女に迫る魔手に灯る煌めきを見て仏のザが駆け寄ろうとする。
「〈偶像破戒拳〉」
はこべが吹き飛んだ。
「これで二つ目だ」
「はこべちゃんっ! 〈ソウルリバイブ〉・・・・だめっ!!」
到着した仏のザが慌てて蘇生呪文を唱えようとするが、安檸へ投射したばかりだということを思い出す。
「三つ目」
ザシュ。
再使用規制時間を確認しようとステータス画面を開いていた仏のザに、無情な声と共に手刀が振り下ろされる。
何かを貫く鋭い音と顔に降りかかる温かい液体に驚いた仏のザが仰いだ先には、胸を貫かれるセリPの姿があった。
「彼女に手は出させない」
「〈監察者〉か」
「どうやら僕も現身の人格に惹かれてるみたいだ。人の事は言えなかったな」
〈ルークスライダー〉で二人の間に割り込んだ彼は自嘲を含んだ優しい笑みを仏のザに向け、決然とエレイヌスに向き直る。
「僕の命も、そう簡単には取らせないよ。〈クローズバースト〉」
自らの胸に突き立った手刀を掴み、短杖へと氷の魔力を収束させる。
「〈アイシクルインペール〉!」
魔法剣士ビルド御用達の特技を発動させ、せりPは全身に冷気を纏って突進。エレイヌスの手刀を自らの胸に突き立てたまま、諸共に壁へと激突する。
「グワァァァァァ!」
「ごはっ!」
「あ、あなたっ!?」
エレイヌスとせりPの口から鮮血が吐き出され、仏のザの悲鳴がそれに重なった。
「いつも君たちを焚き付けては先に退場することになって悪いとは思うんだけどね」
パーティ内チャットを通してスズの耳にせりPの声が流れる。
エレイヌスが立ち上がる。手刀に胸を貫かれたまませりPの口が動いていた。
「あとの始末は任せたよ・・・・ぐはぁっ!」
勢いよく手刀が引き抜かれ、せりPが盛大に血を吐く。
「次は月面で・・・・」
エルフの〈妖術師〉であるせりPの耐久力は低い。その言葉を最後に、彼は力尽きた。
「やってくれたわ」
ボロ雑巾のようにぐったりとなったせりPを投げ捨てたエレイヌスは、自らも足元が定まらないようにフラフラと歩みを進める。
「ホトケはん、はこべちゃんの蘇生を急ぎよし! 五行はんはウチと攻撃に集中!」
スズは支持を出し、自らも弩弓を構える。
だが・・・・。
「ゴメン、スズさん。はこべちゃん・・・・間に合わんかった」
背後からかけられた言葉にスズが仏のザを振り返ると、彼女に抱えられていたはこべの指先から光の泡が立ち上り始めていた。
蘇生呪文が間に合わず、はこべは大神殿に転送されようとしているのだ。
スズは覚悟を決めた。
「五行はん〈フリップゲート〉の詠唱開始。ホトケはんは五行はんのサポート。戦線はウチが維持しますぇ」
「・・・・明白了ネ」
パーティ全員をダンジョンの入り口まで瞬間移動させる魔法〈フリップゲート〉の詠唱を始める五行を背に庇い、弩弓を構え、壁際の〈典災〉に狙いを定める。
敵の足元がおぼつかないのを良いことに、〈アトルフィブレイク〉で神経節を射ち抜き、〈パラライジングブロウ〉で麻痺の効果時間を引き伸ばす。
脚を止めておいて〈ポイズンフォッグ〉の毒霧を設置。〈エクスターミネーション〉と〈アサシネイト〉を連続で叩き込む。
(二人が逃げる時間さえ稼げれば!)
「〈ファイナルストライク〉!」
毒霧が晴れ、両足の麻痺が解けて自由を取り戻したエレイヌスの目に映ったものは、スズの手元から投げ放たれた、巨大な弩弓。
それは過たず彼の顔面に激突し、機械部品を飛び散らせながら爆発四散。
顔面を襲う熱と衝撃にたたらを踏む烏天狗の足元から伸び上がるようにスズが襲いかかる。
〈ロードミラージュ〉で姿を消し、自ら投げた弩弓の影に隠れてエレイヌスに近づいた彼女は〈ステルスブレイド〉で奇襲を仕掛ける。
手に持っているのはゲームだった頃には単体で武器として扱われはしないだろう〈雷獣殺しの毒矢〉。〈検非違使別当〉ヘンリー・レインウォーターからの贈答品だ。
逆手に握られた毒矢はエレイヌスの無事だった左目に突き立つ。
「クカァァァァァァッ!」
隻腕で顔面を押さえ、僧形の魔物は絶叫する。
敵愾心は充分に稼ぎ、敵の視力を奪った。
(これで、二人は無事に逃げられる)
安心から気が緩んだ。
スズは未だ〈典災〉の手が届く距離に居たというのに。
〈典災〉の胸元、白黒巴の首飾りから漆黒の闇が吹き出し、紫色の光がスズの胸を打った。
一瞬、ソウジロウの笑顔がスズの脳裏に浮かび、儚く消える。
「〈偶像破戒拳〉」
零れ落ちる涙を不思議に思う間もなく、衝撃を受けたスズは床に倒れ伏していた。
「見事。拙僧はイズモへ征く。再戦を望むなら追って来るが良い。その時こそは横槍無しで試合うぞ」
苦虫を噛み潰したような顔立ちで見下ろすエレイヌスの言葉よりも、五行と仏のザは無事に逃げおおせられたのか、そっちの方が気になるスズだった。
だが、それを確認するために首を動かそうとしても、身体に力が入らない。
スズの意識は、そのまま闇へと引きずり込まれていった。
そして・・・・。
その日、〈ヘブンブリッジ〉は倒壊した。
キャラクター紹介:5
アバター名:せりP プレイヤー名:芹沢 源
種族:エルフ 性別:女性 所属ギルド:なし
メイン職:妖術師/80レベル サブ職:宝珠技師/80レベル
せりPは移動砲台とも呼ばれる変則的な魔導砲台型の妖術師だ。
サブ職業である〈宝珠技師〉のスキルで自作した撮影用魔道具〈思い出の水晶球〉を片手に〈七草衆〉を追いかける事を目的にビルドされたせりPは、パーティに属しないソロでの活動に特化している。
シンタックス系と言われる詠唱を追加することで魔法陣を展開する特技群で魔法の効果範囲を自在に変化させ、主に冷気属性の魔法で敵の足止めをしている間に攻撃圏外へと退避するのが常套手段だった。場合によっては魔法剣士の挙動もする。
月面にあるテストサーバーで期間限定アイテムを多く入手しており、短杖を手に、耐性に優れた動きやすいラフな服装、いわゆるユニクロ装備を好んで身に着ける。
現在は、本来のプレイヤー・芹沢ではなく〈航界種〉を名乗る謎の存在が動かしている。




