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タワーディフェンスと呼ばれる種類のコンピューターゲームがある。
任意の場所に攻撃キャラクターや施設を配置し、自分の領地に侵入してくる敵を倒すことを目的とするゲームで、 配置された施設やキャラクターは自動で行動を行うことが特徴だ。
「報告! Bー17エリアの〈禽竜〉小隊、被弾しました」
「〈禽竜〉は白兵戦に移行。Bー16の〈宿借〉に援護させて!」
「誘導ルートの再計算、完了」
「はいな。ほな、そのルート上に、残った〈猩々〉全部集めて三重の壁作っておくれやす」
「〈蝸牛〉の増産分が三ロット、あと五秒だよー」
「それは即座に投入するヨ。空いたレーンは〈飛行魟〉に回すネ」
「了解しました!」
スズたち一行が〈破戒の典災エレイヌス〉を相手に行おうとしている防衛戦は、まさしくタワーディフェンスの様相を呈していた。
通信室の中央に設置された卓上には周辺地図が投影され、その上で一つの赤い光点と無数の青い光点が動き回っている。
スズはそれらの配置を読み解き、戦術を立て、各ユニットに次の動きを指示し、〈典災〉の移動を制御しようとしている。
また、壁面の一つを埋め尽くしている画面の映像も引っ切り無しに移り変わり、〈典災〉の姿を追いかけている。
〈典災〉の動きを目に焼き付けるようにその画面を見つめているのははこべで、戦闘指示によって交戦中の〈時計仕掛〉達が受ける被害を抑えている。
応接セットがあった場所では天井から新たなコンソールが降りてきており、防衛ユニットを生産する工場区画の情報が表示されている。
ここを担当するのは五行娘々だ。彼女は戦略の先を見通し、必要と思われるユニットの生産を指示している。
三体の幻体を作り出した〈幻影宝石の通信士〉が、三人娘から繰り出される指示を適確に現場のユニットたちに伝えていく。
その手が足りない所をせりPが卒なくサポートし、仏のザは全体のフォローに動き回っている。
一番やる気に溢れながらも、こういった軍事面に疎い雷 安檸は、部屋の隅に置かれた椅子で所在なさげにしていた。
(いくらメカ生命体だとは言っても、割り切れないわよねぇ)
指示を出す傍らでそんな安檸の様子を横目に見たスズは、罪悪感を覚える。
つい先刻まではスズと肩を並べて地図を見ていた安檸だったが、画面に映る〈時計仕掛〉の攻撃に一嬉しては叫び、盤上に映る青い光点が消えては一憂し叫ぶ、といった感じで、一喜一憂と言うよりは一喜九憂くらいの戦局にすっかり憔悴して今は強制的に休憩させられている。
安檸としては〈時計仕掛〉に被害を出さずに〈典災〉を倒せればそれが一番なのだが、現実はそこまで優しくはなかった。
〈典災〉の強さを鑑みて取られた作戦は、〈冒険者〉用の進入路から招き入れ、防衛部隊による消耗を強いた上での最終決戦、というものだった。
この場合、消耗を強いる役割を追う〈時計仕掛〉を始めとした被造物たちが使い捨ての戦力となってしまうため安檸は強硬に反対したのだが。
〈時計仕掛〉達とて主である〈鋼の戦乙女〉の仇を討ちたくない訳がないと、当の〈通信士〉に言われてしまっては返す言葉もない。
斯くして、目指すルートに〈典災〉を進ませるため、自爆特攻地味た戦いに身を投じる〈時計仕掛〉を見ては心を痛める安檸と、彼らを指揮しながらも罪悪感に胸を痛めるスズ、という構図ができあがったのだ。
とはいえ、ここで手を抜いて、万が一〈ヘブンズゲート〉の外壁をぶち抜かれても困る。
不思議なことに、誰もそれが不可能だろうとは言い出さなかった。
(あれは、わやくちゃやわ・・・・)
スズが視線を向けた画面の先では未だ〈典災〉が暴れまわっていた。
三重に防衛網を敷いた〈猩々〉の壁に嬉々として突っ込み、左右に布陣した〈宿借〉の一斉砲撃で海に叩き落され、海中に潜んでいた〈飛行魟〉の魚雷を受けて海上に弾き出され、〈ヘブンズゲート〉の隔壁から出撃したばかりの〈蝸牛〉による狙撃の的になる。
それだけの攻撃を受けながらも彼が浮かべる笑顔は、より楽しげに、より禍々しく。
一切合切を手と足と錫杖で粉砕した後、大慌てで閉じようとしていた隔壁を抉じ開けて、悠々と進撃するのだった。
◆
「侵入されましたっ!」
通信室に鳴り響く警報に負けない勢いで〈通信士〉が声を張り上げる。
だが、〈ヘブンズゲート〉内に招き入れた後の準備は既に整っていた。
当然といえば当然なのだが、この施設にはスズたちが通ってきたスタッフ用の通路とは別に、侵入者である〈冒険者〉が使うための通路が存在する。と言うよりはそちらがダンジョンとしての本体である。
そして、そのダンジョン部分の構造は迷宮となっており、多数の罠や自動兵器、そして人造の怪物たちが常に配置されているのだ。
各所に仕掛けられた〈斥力砲〉や〈狙撃光線銃〉のような自動兵器や、〈魔像機〉を始めとした怪物たちが待ち構える迷宮を抜け、その最奥に待ち受けるボスと対峙する。
本来ならばスズたち〈冒険者〉がくぐり抜けるべき所、立場が入れ替わって「迷宮を踏破してくるボスを待ち受ける〈冒険者〉」という構図となっているのは皮肉なものだ。
しかし、その御蔭でスズたちは万全の備えを保って敵を待ち受けられる。
「これは、拡張パッチで新規に追加された部屋だね。ということは彼は元々のボスだったか」
スズたちが今いるのは、通信室から離れた迷宮の最奥・・・・の更に奥の部屋である。
せりPの言う通り、この一つ前の部屋はボス部屋の風格を持ちつつも、〈通信士〉が居乍らにして施設の全容を把握できるための機材が揃っていた。
彼の本体である宝石を収めるための、無駄のない装飾を施された豪華な台座まで設置されていたのだ。
それはすなわち、彼の本体にも危険が及ぶと言う意味でもある。
彼がスズたちが戦う前の最後の難関として立ちはだかってくれることには、安檸のみならずスズたち全員が一度は反対したものだ。
結局は、この施設の通路すら自由に動かせる〈通信士〉に脅される形で、やむなく順番を譲ることとなった。
現在は幻体の一つがスズたちの傍で状況をオペレートすると同時に、ボス部屋では残りの幻体たちが迷宮内の施設を使って〈典災〉への攻撃を行っている。
「関帝聖君、頑張るネ!」
珍しく興奮して応援に熱が入っているのは五行だ。
「五行ちゃんの意外な姿だっちゃ」
「関公は人気の高いですからねぇ」
「そやかて、頑張って欲しいんはウチも同じどすぇ?」
応援が聞こえた訳ではなかろうが、美髯を蓄えた赤ら顔の武人姿の〈魔像機公〉が青龍偃月刀を構えて号令をかけると、円筒形の狐といった姿の〈魔像機獣〉がミサイルよろしく飛んで征く。
その大半は僧形の〈典災〉によって蹴り飛ばされ叩き落されているのだが、幾本かは激突し、自爆に巻き込んでダメージを与えている。
隙を見逃さずに槍を翳して突っ込んでくる仁王姿の〈魔像機兵〉や、牙を向いて飛び掛かる狛犬姿や獅子姿の〈魔像機獣〉たちも、風や電気を纏った攻撃で少なくない被害を与えている。
彼ら〈魔像機〉たちは、〈時計仕掛〉や〈魔導兵器〉のように自前の動力を内蔵して居ない代わりに、エネルギー供給設備〈マナ・コンセント〉がある限り無類の強さを誇る守護の怪物であり、迷宮部分に於ける主戦力だ。
定点での防衛を〈魔導機〉に任せ、遊撃を行うのは小型の〈時計仕掛〉だ。
今回の作戦には〈冥土猫〉を含めた〈時計仕掛の猫娘〉を全機投入している。
ゴスロリのメイド服に身を包んだ〈冥土猫〉と同様に、彼女らも〈鋼の戦乙女〉イライザの手によって着飾られていた(当然、安檸は最後まで彼女らの出撃に抵抗していた)。
蛇腹状の長い尾で配管などを掴み、頭上から襲い来る満州服姿の〈勇熊猫〉。
中東風衣装を纏って優美な動きで両手の鉄扇を振るう〈斑虎猫〉。
姫ロリの夜会服に身を包み、床や壁に潜水して敵の足元から電撃を放つ〈美鯰猫〉。
そして、甘ロリの白無垢から覗く二本の尻尾に接続した高火力の魔導砲を連射する〈双尾猫〉。
僧形の烏天狗と戦う彼女らを大きく助けていたのは、付き従っていた小型の〈時計仕掛〉たちだ。
施設内部での巡回と戦闘を目的に設計され、大人の腰ほどの高さという小型に作られた彼らは、屋内での高機動戦闘を得意とする。
刃尾を撓らせる〈似鳥竜〉に、三連突撃砲と電磁砲を連射する〈三角竜〉や〈腕竜〉が続き、機関砲を回転させながら〈帆立竜〉が駆け抜ける。
高速で接近し一撃を加えた後、次陣の攻撃に紛れて去っていく戦法は、外れる事も多いけれど、それでも確実に敵のHPを大きく削っていた。
だが、その戦力をもってしても〈典災〉の撃破には至らず、最後には笑みを浮かべたまま全てが蹂躙されてしまっていた。
そして――。
◆
「ここからは私も全力で挑まねばなりませんので。失礼いたします」
そう言って〈通信士〉の幻体も姿を消した後、最奥の部屋に残された七人の間には沈黙が満ちていた。
はこべはここまでに見た〈典災〉の能力を思い返し、仏のザは〈通信士〉や仲間たちの勝利と無事を祈り、〈金目夜叉王〉を召喚する五行、虚空を見つめたまま何処からの声に耳を傾けるせりPと、それぞれがこれから迎える決戦に備えている。
スズはと言えばショートカットの整理中だった。
彼女が〈吟遊詩人〉ではなく〈暗殺者〉である以上、パーティ最大の火力を叩き出す必要がある。
安檸との戦いが、彼女にヒントを与えていた。
「ちょっと良いかな?」
話しかけてきたのは、その安檸だった。
防衛戦力の殆どを失うという予想外こそあったものの彼女自身の覚悟はとうに決まっていたと思っていたスズは、彼女の表情を見て怪訝に思った。
「さっきはありがとう。私は親友の言葉を勘違いしたまま逝く所だったよ」
女仙が言っているのはスズが解釈を加えた古歌の事だろう。
「だから君に一つ頼みがある。私たちが、ここの皆がどのように戦ったか、歌にして伝えて欲しいんだ・・・・」
「〈永遠の歌姫〉美紅に」




