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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
5:ツキを掴んだ〈鳥頭〉(ムーンレイカー)
38/66

5-2

「いやぁ、ゴメンゴメン。つい反射でさ、許してよぉ娘々」

 雷 安檸(レイ・アンニン)は手を合わせて弟子である五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)に頭を下げる。

真是的(まったくもう)! 師母(シーマァ)は勝手に即答しないで頂きたいネ!」

 弟子の言葉、その特徴的なアクセントがどこか懐かしい。

 彼女の出身は台湾(フォルモサ)の方だと以前に聞いた覚えがある。

 とはいえ、人生の大半を仙境で引き篭もっていた安檸には、〈フォルモサ〉まで行った経験などないので、それが本当にフォルモサの訛りなのかは判断つかない。

 ただただ、変わった訛りだと印象に残っていただけだ。

「そう言われても、アタシは昔っから他人と協調するの苦手なんだよ」

 今にして思えば、当時の記憶は霞がかかったかのように(にじ)んでいる。

 何も、不思議な話だと言う訳ではない。

 変化の少ないユラゲイトの仙境で、工房と通信室を往復するだけという刺激の少ない生活を何百年と続けてきたのだ。

 それだけに、彼女に会おうと仙境まで来た〈冒険者〉の印象は鮮烈に残っている。

 そして、同じことは眼の前で憤慨している弟子(ゴギョウ)だけでなく、彼女を羽交い締めにして宥めている仏のザ(ほとけのざ)にも言える。

 自己主張の激しい姿形(わがままぼでぃ)とは裏腹に、その性格や態度は大人しく控え目で、いつも五行の陰に隠れるかのように身を縮めていた様子を思い出す。

 まぁ、そんな大人しい娘が「友達の付き添いで」と仙境に足を踏み入れ、地仙の修行をやり抜いてしまう辺り、やはり〈冒険者〉というのは規格外だと思い知らされたのも良い思い出だが。

「安檸さんは先程、私らば襲ったんは典災と間違(まご)ったからち言うたとたい。

 だけん、典災と戦う理由の既にあったちゅうこつばいね?」

 せりP(ぴー)の登場以来、煮え切らないような表情をしていた仏のザだったが、こと五行のフォローと言うことになると水を得た魚のように生き生きとし始める。

 水を向けて貰ったことに安堵しつつ、安檸はありがたく話題を切り替えるのだった。

 

 


「驚くほどの風の音に 寒蝉(ひぐらし)が鳴き始める瞬間(とき)

 ただ独り荒野を進む 歩いて征く

 淡く揺らめく希望の灯火(あかり) 儚く消える明日への(わだち)

 醒めることのない悪夢の中

 挫けずに前を見る 恐れを優しく包み込む 明日の先へ 明るい方へ 共に駆け出そう


 魂の翼よ導いて

 いつでも熱く真っ直ぐな

 あなたとの出会いを待っているわ

 強く優しく美しい

 その想いを私に届けて」


 ヤマトでは古来より、直截的な表現は風情がないとして特に歌や詩の世界では好まれない。

 必然的に、詩の中には間接的表現、比喩、暗喩、揶揄、折句に形容矛盾といった技法が多用され、詩を聴く側にも、その内容を読み解く能力が問われることになる。

 安檸は『八月初旬、孤独に耐えるあなたの元に、未来を奪い絶望をもたらした者が現れるので、諦めず頑張って戦い、勝利の報告を私に届けてください』と読み解いたのだが、それは誤りだったようだ。

 卜占(ブザン)の徒である女仙が予言詩を読み解き間違えたというのは情けなくも恥ずかしい話ではあるが、有り得ないと言うほど珍しい事例でもない。

 弟子筋の相手とは言え、迷惑をかけたのは事実なので、彼女は〈幻影宝石の通信士〉ミラージュエル・オペレーターに頼んで、保存してあった美紅(ミク)からの通信履歴を一同に見せることにした。

「〈永久の歌姫〉美紅のライブ映像っちゃ!」

こっち(セルデシア)でん見るこつの出来るとは思いませんでした」

是的(そうね)。歌番組は元々あんまり見てなかったけど、いざ見れないとなると辛いネ」

「しかも、これは新作どすぇ。鈴代(すずよ)ちゃんにも見してあげとうおしたわぁ」

 立体映像(ホログラム)の中で歌い踊る美紅の姿を見た〈冒険者〉たちの感想は、思っていたほど驚いてはおらず、むしろ感動や郷愁といったものを感じさせるものだった。

「僕の知っている歌詞とは少し違うね。やはり予言の力も実体化したということか」

「実体化?」

「あぁ、いや。こちらの独り言だ」

 せりPだけは何かを確認していたようだが、適当にはぐらかされてしまう。

「それより、この詩の解釈だが、スズ君になら正確に読み解けるんじゃないかな。〈歌姫〉なのだろう?」

「あ、せやったわぁ。えぇと、『八月初旬、未来を奪い絶望をもたらす者が独り荒野を歩いてくる。強い魂を持つ仲間と共に戦い、その後は私への伝言を託してください』という感じやろか」

 サブ職業の中には歌を扱う職がいくつかあり、〈歌姫〉や〈娼姫〉、〈薔薇園の姫君〉といった職種は歌を読み解けないようではお話しにならない。

 彼らは、詩学に特化した学者でもあるのだ。

「魂の翼とは〈冒険者〉のことだっちゃね。エルダー・テイルの序文にもそう書いてあった」

「これは既にイベントが発生してしもちょってるやね。どん辺りでフラグのたったんか判らんばってん」

倒也是(それもそう)ネ。せりP、詳細を話すが良いヨ」

 どうやら弟子たちの心も決まったようだと、安檸は密かに安堵した。

 なにしろ、読み解かれた内容を考えれば、彼女独りで〈典災〉と戦うことは予言されていないのだから。

「まずはこれを見て欲しい」

 そう言ってせりPが取り出したのは成人男性の拳ほどの大きさを持つ水晶球の形をした魔具(まぐ)だった。


 魔具とは、武具や装飾品のような装備でも、水薬や呪符といった消耗品でもない雑多な魔法の品物(マジックアイテム)の総称であり、どちらかと言うと戦闘よりは生活に便利なため、〈冒険者〉よりも〈大地人〉が所有している事が多い。

 宙を駆ける時計仕掛の木馬や広げると御馳走の出てくるテーブル掛け、戦馬を召喚する呼笛に魔法の灯りを灯す角灯(ランタン)、安檸やイライザたちが連絡を取り合っていた通信設備も魔具に含まれる。

 魔具を専門に制作するサブ職業は〈魔具工匠〉と〈機工士〉が代表的だが、〈数寄者〉や〈遊牧民〉のように汎用的な性能を持つ幾つかの生産職の中にも魔具を制作できるサブ職がある。

 雷 安檸の〈宝貝(ぱおぺえ)技師〉もまた「仙人専用の宝貝」に限られるものの装備や消耗品という制限に縛られない汎用的な生産者であり、魔具の生産や鑑定が可能だった。

 その安檸が見た所、この魔具の名は〈思い出の水晶球〉。

 風景の記録と映写という二つの機能をもつ、それもかなり高レベルの職人が作った高級品だった。



『カンラカラ! これだから戦いはやめられぬ』

 月面から撮影されたのだろうか、上空から俯瞰したアングル。

 錫杖と手足だけを武器に、無数の不死の怪物(アンデッド)で作られた絨毯に一筋の亀裂を刻みながら歩みを進める僧形の漢。

 一挙手一投足その全てが凶器。

 拳を振るえば敵が吹き飛び、手刀は敵を斬り裂き、指剣が貫き徹し、虎爪で抉り取る。

 爪先で蹴り砕き、足刀で薙ぎ払い、掃腿で折り崩し、踵を乗せて踏み破る。

 肘も膝も、手に持つ錫杖も、漢が動く度に(むくろ)が積み上げられてゆく。

 積み上げられた骸が虹色の粒子と化して宙に消え、その空いた場所を周囲の亡者が埋めるよりも、彼の漢が敵を屠りながら歩みを進める方が早いため、骸の道が出来上がっているのだ。



「強い、っちゃね・・・・」

 流された映像を見たあと、誰もが言葉を失っていた中で、はこべが最初に口を開いた。


 安檸が見抜いた通り、〈思い出の水晶球〉はかなりの高級品だった。

 せりPは八〇レベルの〈魔具工匠〉、それも聞く所によると〈思い出の水晶球〉の作成に特化した職人なのだ。

 長時間の撮影だけでなく音声の録音も可能。

 この高性能な水晶球を使ってヤマトの様々な風景や人物を撮影し、多くの人に紹介するのがせりPの仕事だったのだという。

 冒険に向かう〈七草衆〉に同行し、彼女らの後方からその英雄譚を撮影する役割、といえば聞こえが良い(実際に〈大地人〉の〈遍歴詩人(トルバドール)〉には、そうやって英雄譚を作る者も少なくない)のだが。

 問題があったとするならば、せりPが文字通り彼女らの真後ろに張り付いて様々なお色気映像を撮影していたことだったのだろう。

 当時、せりPの「人気の秘訣は尻と太腿(フトモモ)!」という主張により各メンバーのコンセプトが決まり、それに合わせて装備や特技が構築され、今もその延長線上にあるというのだから、彼女たちにとってこの男の影響は未だに無視できないものなのだろう。

「君たちにはこの〈破戒の典災エレイヌス〉を討伐してもらいたい。もちろん僕も参戦する」

「ちょ! これと戦うっちゃ?」

「こないなもん、ウチ等で倒せるんやろか?」

「相変わらず、しれっと無茶振りばしよってくれます」

倒也(まぁ)、見せられた時点でそうなるとは思ってたネ」

 驚きながらも理解を示し、理解しながらも納得できずにいる、そんな〈七草〉の面々の様子を微笑ましい気持ちで見ながら、怨敵の名を静かに心へ刻み込む。

 しかし・・・・。

「せやかて、何でこの人を倒さなあけしまへんの?」

「アンデッド倒してくれるんなら、ボクとしては大助かりなんだけど」

「言うてみれば、あなた達にとっては同族なんでしょう?」

 安檸にとっては渡りに船な依頼ではあるものの、何故それを同じ〈航界種〉(トラベラー)であるせりPが持ち出すのかが問題だった。

「僕たち〈航界種〉は君たちと違って元々の自我が薄い分、依代になった身体の影響が精神に現れやすいんだ。

〈採集者〉(ジーニアス)たちも、魔物の身体に備わっていた人格に影響されて本来の役目を逸脱し始めている者が増えてるんだよ。

 エレイヌス(こいつ)は、目的を忘れてこそ居ないものの、その過程を思いっきり楽しむべく、出会った相手を片っ端から倒して進んでいる。

 魔物(モンスター)も〈冒険者〉も〈大地人〉もお構いなしでな」

「はた迷惑な話ね・・・・」

 安檸が呟くと、げっそりした表情でスズたち四人も頷く。

「むしろ君たちにとっての問題は、彼の向かう先が此処で、目的が〈ヘブンブリッジ〉の破壊だと言うことだろうね」

 困ったことだ、とまるで困っていないような口調で言われ、絶句する。

 奴らは、イライザを奪っただけでなく、彼女の残したこの施設まで破壊するつもりなのか。

「という訳で、改めて依頼するよ。〈破戒のエレイヌス〉を・・・・」

 その刹那。

 せりPの顔に被さる形で空間に画面が開かれ〈幻影宝石の通信士〉の顔が大写しになる。



「周辺に配置しておいた〈時計仕掛〉(クロックワークス)達が敵性体と遭遇(エンカウント)。交戦を開始しました。対象は〈典災〉(ジーニアス)と推定!」




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