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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
5:ツキを掴んだ〈鳥頭〉(ムーンレイカー)
37/66

5-1

ご無沙汰しております。

予定ではそろそろ折り返し地点、よろしくおねがいします~。

  土の中に半ば殻を埋めた蝸牛(カタツムリ)の開口部から、その長い首を突っ込んで肉を貪っている間に宙に身体が浮かんでしまって身動きの取れなくなった蝸牛被(マイマイカブリ)

 偽装を解いて、円形加速器(サイクロトロン)に接続された質量投射器(マスドライバー)という本性を顕にした〈ヘブンブリッジ〉を遠景から見ている者がもしもあれば、そのような比喩をしたかもしれない。

 あるいは、剣突き立つ大地を舞台にした騎士物語のように、六本の枝刃を持つ巨大な七支刀が切っ先を天に向けていると想像するかもしれない。

 そのような、一見して古代兵器と誤解されかねない外観をした通信施設を管制する遺跡の一室で、スズたちは午後の飲茶(ハイ・ティー)に興じていた。

 衝撃の告白から一転、せり(ピー)は自分から口を開いて説明することもなく、笑顔で座っているだけであったし、スズたち〈七草〉の面々も混乱から立ち直る時間が必要だった。

 雷 安檸(レイ=アンニン)〈幻影宝石の通信士〉ミラージュエル・オペレーターは、謎の侵入者がスズたちの知り合いと見て、対処を完全に委ねた(けん)の姿勢に入っている。

 事態が膠着した中、はこべが手に持ったままのサンドイッチに興味を持ったせりPの言葉から、早めの夕食を兼ねた茶会が開かれることになったのだ。


「まったく、こんなモノを持っているなら出し惜しみすること無かったネ」

「だからゴメンって言ったでしょ。天仙になると食事の必要ってあんまりなくなるんだから」

 三藩市(サンフランシスコ)中華街(チャイナタウン)とはいかない迄も、朱漆で彩られた背の高い回転卓(ターンテーブル)の上には、スコーン、胡瓜(キューカンバ)サンドイッチ、数種のジャム、小籠包(ショウロンポウ)、揚げ餃子(ギョウザ)に揚げ焼売(シュウマイ)、桃饅頭、胡麻団子、干し果物、杏仁豆腐、冷製の南瓜スープ、山盛りのポテトサラダ、半発酵させた黒薔薇茶、といった品々が所狭しと並べられている。

 この茶会に使われたテーブルと食器、そして台所(キッチン)に調理器具はすべて安檸が用意したもので、ナインテイル北部・トオノミ地方にある仙境の(おの)が洞府から仙術で取り寄せた宝貝の数々だ。

 昼食を携帯食で済ませざるを得なかった五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)としては愚痴を言いたくなるのも当然というものだろう。

 とは言え、それ自体が〈幻想級〉(ファンタズマル)に片足を突っ込んでいる高位の宝貝を借り受け、〈キョウの都〉を発って以来の整った環境に五行の溜飲も下がっていった。

 鞄の中に残っていた食べきれなかった携帯食は火を通して鹹点心(シンテンシン)や揚げ菓子に、鮮度を残していた野菜や果物は軽食と甜点心(テンテンシン)へと姿を変え、英国風の茶会と中華風の飲茶を折衷させたシンガポール風のスタイルで饗されている。

「・・・・」

「もう。御弁当ついてはりますぇ?」

 可憐なエルフ少女の外見に似合わぬ健啖家ぶりを発揮するせりPに対して、未だに距離を保つ仏のザ(ほとけのざ)とは裏腹に、甲斐甲斐しく世話を焼くのはスズだ。

 そもそも従姉の仮身(スズシロ)に間借している鈴名(すずな)である。

 知人の仮身(アバター)を勝手に使われたからと非難できる立場にはなかった。

 それは、これまでスズを容認してきた五行たち三人にも言えることではあるのだが、スズの場合とは少し事情が異なる。

 三人にとって、鈴代(スズシロ)も鈴名も共に知人であり、入れ替わった原因が主に鈴代の行動に端を発する事故であると把握できている。

 その一方で、宇宙人を名乗るせりPの中の人(・・・・・・・)は、彼女たちにとってよく知らない赤の他人である。

 つまり、知人のアバターが得体の知らない人物によって使われているという、倫理的に許容しづらく、生理的に言うなら気持ちの悪い状態にある。

 これは同時に、鈴名がスズシロのフレンドに連絡を取らない理由でもあった。


「はい、おいしいゴハンいただきました」

 まるでインスタ映えする被写体を見つけたかのような食後の挨拶と共にせりPが箸を置いた。

 虫食い穴(ワームホール)から落ちたせりPは海面に落下し〈時計仕掛の宿借〉クロックワーク・ハーミットによって引き上げられていた。

 〈冒険者〉の身体はそう簡単に病気にかからない上、時間経過と共に汚れが消えていく。

 髪はタオルで水気を飛ばした後は自然乾燥に任せているため、彼が首肯すると濡れた髪から潮の香が漂う。

 装備も同様で、身に着けているTシャツとジーンズも自己修復機能が働いているようだが、乾くにはまだ時間がかかりそうだ。

 ジーンズは兎も角として、湿った生乾きのTシャツが下着を着けていない肌に張り付く様は、其処だけを切り取ってみれば扇情的に見えるかもしれない。

 尤も、本人にも周囲にもまったく気にした様子がないので、むしろ健康的に映ってしまっているが。

 このTシャツとジーンズは実用衣料ブランドとのコラボで実装された特殊防具だ。

 衣料ブランド自体は「安価で入手しやすい」ことを売りにしているのだが、対してそのコラボ装備の方は入手難易度が高く、ソロ冒険者にとってはエンドコンテンツに近い期間限定コラボクエストの報酬として得られる素材との交換で手に入れることができた。

 性能もその困難さに見合う幻想級寄りの制作級で、布製防具にしては破格の防御力を備え、シリーズ一式を揃えることで高い防寒性能と回避補正、一部状態異常への耐性も得られる。

 軽装で前線に立つはこべにとって相性の良い防具であったため〈七草〉でも挑戦したことがあるのだが、ナインテイルの火山で一〇〇レベルの〈黒縄飛竜〉ブラックライン・ワイヴァーン二頭を同時に相手取るクエストを攻略できずに敗退を重ねたまま期間満了という結果を残している。

 ただ、このコラボイベントはせりPが現役だった頃はまだ実装されていなかった筈と、五行は首を傾げた。

 

「そろそろお話を聞かせて貰っても良いっちゃ?」

 疑問が解けるより先に事態は動いていた。

 文字通りこのパーティの切り込み隊長であるはこべ(・・・)がやや喰い気味に切り込んだのに対し、せりPは一拍置くように黒薔薇茶で喉を湿らせる。

「そうだね。僕も君たちに手伝って欲しいこと(・・・・・・・・・)があるし、そのためにも誠意を見せておいた方が良いよね。答えられる範囲で情報を開示するから、何でも聞いてよ」

 誠意を見せるために主導権を明け渡しているように見せながら、その実、声のトーンで露骨に思考を誘導するやり方に、あぁ、少なくともせりPの考え方や話術は踏襲しているのだな、と五行は妙な感慨を抱く。

「手伝って欲しいこと、やの?」

 案の定、お人好しなスズが誘導に引っ掛かるのを見て溜息ひとつ。

 いや、同時に仏のザも大きく溜息を付いて口を開いていた。

「それも気になるところばってん、まずは貴方ん正体から聞かせてください。宇宙人じゃあ何の説明にもなっちょらんやろ?」

 そこから説明されたせりPの正体は、控えめに言って荒唐無稽なものだった。


 地球世界ともこのセルデシアとも異なる異世界からこの〈大災害〉に巻き込まれた人造生命体、それがせりPたち〈航界種〉(トラベラー)だ。

 資源の枯渇によって窮していた世界のため、天文学的な確率の中からこのセルデシア(彼は亜世界という単語を使っていた)に辿り着いた彼らは二つのグループに別れて活動を始めたという。

 ひとつは月の地下に存在したテスト用ダンジョンにコミュニティを築いた、せりPたち〈監察者〉(フール)

 もうひとつは、そのダンジョン内に格納されていたモンスター〈典災〉に受肉した〈採集者〉(ジーニアス)だ。


「本当に月から来たっちゃ?」

「そうだよ。月面・・・・というか、月の地下には多層のダンジョンが広がっていてね。僕たちのコミュニティはそこにあるんだ。この外見(ガワ)も、そこに保管されていた」

原来如此(なるほど)、月面サーバーというわけネ」

〈エルダー・テイル〉では全世界を十三のサーバー管区に分け、北米以外の運営を各地域の系列会社に任せていたが、その十三サーバー以外にもう一つテスト用のサーバーが存在していた。

 テスト用サーバーはひたすら地下のダンジョンのみが続くエリアで、文字通り、今後導入する予定のシステムやデータのテストを行うサーバーだ。

 その関係上、他の地域とはさまざまな点が異なっており、一レベルから上限レベルまで調整が自在、ユーザーにとっては今後導入されるシステムをいち早く体験して戦術に組み込め、デザイナー側にとっては多くのユーザーがそうやって遊んだデータ自体が宝の山だ。

 そして、一部のユーザーの間では、このテスト用サーバーは地球上ではなく月にあるのではないかと噂されていた。

 また、このテスト用サーバーでは入手クエスト等の条件をすっ飛ばしてレア装備が入手でき、入手が難しい、或いは既に入手の機会が失われた装備で冒険を楽しむ機会を得られた。

 おそらく、〈七草衆〉が解散することになったあの事件の後、表舞台を去ったせりPもテスト用サーバーでデータのチェックに用いられていたのだろう。

 その身に着けている珍奇(ユニーク)布製装備(クロース)

 期間限定のコラボイベント装備を、その期間に活動していなかったキャラクターが着ているという不条理が、逆に彼の言葉に説得力を与えていることに五行は気付いた。


「それで、この身体(アバター)は元々ヤマト(こっち)で使われていた物だから、君たちとのフレンド登録はされてたんだけど、サーバー境界に阻まれて〈念話〉もできなかったんだ」

「せやなぁ。ウチらもせりPはんはログインしてはらへんと思うてたモン」

 改めてフレンドリストを開いてみると、これまで灰色に沈んでいたせりPの名前はログイン中であり、通話可能であることを示す白に変化していた。

 フレンドリストでログインを確認できる範囲は同じサーバー内に限られ、異なるサーバーを知覚できないため、サーバーを越境して〈念話〉で連絡を取ることも不可能となる。

「だから、僕宛の手紙(GMコール)が着信した時、サーバー境界に穴が開いたってすぐに判ったんだよ」

「だからって、後先考えんと即座に穴に飛び込むとか、こん・・・・たわけが」

「まったくっちゃ。下が海やったから良かったけど」

 海面といえど、それなりの高さから落下すれば鉄板以上の硬さに成るのだが、落下制御か飛行の魔法でも使ったのだろう、せりPはピンシャンしている。

 広報担当P(プロデューサー)らしい目敏さに懐かしみを感じながらも、無駄に心配させられた仏のザとしては、文句の一つも言わずには居られないことだろう。

 ともあれ、せりPの正体については一応納得のいく説明が成された、となれば・・・・

明白了(わかった)ネ。そういえば手伝って欲しいことがあると言ってたけど、ワタシたちは何をすれば良いカ?」

 聞きたい事はまだ尽きないが、それでも筋は通すべきだろう。

 五行の狙いが判ったのか、思案する素振りを見せたせりPは勿体つけて口を開く。


「〈採集者〉・・・・いや、〈典災〉(ジーニアス)を倒すのに協力して欲しい」

「言われるまでもない。喜んで手伝うわ!」


「駆け引きも何もあったもんじゃないネ」

 即座に割り込んで答えた礼 安檸の姿に、五行は頭を抱えるのだった。


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