4-11
錫!
弧を描いて〈灰斑犬鬼の動死体〉数体の首を纏めて刈り取った錫杖が地面に突き立てられ、その衝撃で遊環から清らかな音が響く。
「手っ!」
漢は身を翻すと、音に怯んだ〈緑小鬼の怨霊〉の目に漆黒の鉤爪を備えた人差し指と中指を揃えた指刀を突き刺し、横薙ぎに振り抜く。
「膝!」
声なき悲鳴を置き去りにして背中の翼を広げる。その羽毛もまた漆黒。
一気に跳んで膝蹴りを喰らわせ、離れた場所で大腿骨の棍棒を振り上げた〈骸骨巨人〉の顎を蹴り砕く。
「『・・・・』」
胸に下げた円盤、白と黒が巴になった太極印のような模様が明滅し、抗議の意思を伝えてくる。
「カラカラカラ。これは拙僧としたことが、愉悦が過ぎたか・・・・」
戦いの手を止め見上げる異貌の漢。
死霊で埋め尽くされた平原を中央突破してきた漢の視界に内海が広がっていた。
エメラルド色の海を一文字に断ち割る砂州、その絶景が漢の目の前で変化する。
静かに凪いでいた海面が波立ち、潜んでいたのであろう〈時計仕掛の飛行魟〉が次々と宙に飛び出してくる。
続いて、地鳴りとともに海面が真っ二つに割れた。
砂州の地下に秘められていた古アルヴ時代の遺跡が立ち上がり、文字通り空に橋が掛けられたのだ。
「うむうむ。これでは間に合いそうにないな、いやぁすまぬすまぬ!」
笑みを浮かべた漢はそのまま、再び戦いの渦中へと身を投じる。
その目は、〈時計仕掛〉たちを次の獲物と見定めていた。
彼の居る場所こそが渦中となるのかもしれない。
円盤からの抗議は、それからもしばらく無視され続けた。
◆
「対象地点の補足を急げ!」
「座標軸確認、目標地点把握。このまま対象の移動に合わせて追尾します」
「了解。エネルギーゲインの接続を確認」
「エネルギー充填八〇パーセント。臨界まで九〇〇秒。三〇秒前よりカウントを開始します」
「了解。引き続き補助動力も確保」
「一体、何が始まってはりますのん、これ?」
隣室から〈情報管制室〉に戻ってきたスズたちを待っていたのは、三人に増えた|〈幻影宝石の通信士〉と、壁面ディスプレイに映し出された超巨大な砲塔だった。
「何ん準備しとるんやか!? 戦争でん始める気やっちゃが?」
「此処って通信施設だった筈っちゃね? なんで兵器になっとるん?」
「ちゅうか、おんなじ顔が三つ並んでるん、怖ぁおすのんやけど」
「ツッコミどころが多いのは分かったヨ。でも全員一度落ち着くネ」
軽くパニックに陥り〈通信士〉に殺到しそうになるスズたちを五行が冷静に制止する。
その様子に気づいたのだろう、それぞれ照準器や計測器らしきものと睨み合っている二人をそのままに、指揮を執っていた〈通信士〉が振り返り、歩み寄ってきた。
「そうですね。行程を進めながら説明させていただきましょう。手紙は持って来られましたか?」
「はいな。これですぇ」
スズが〈通信士〉に渡したのは、謎金属でできた専用の筒に収められた手紙だ。
大きさ、形状ともに卒業証書入れを思い起こさせる筒を受け取った〈通信士〉がコンソールの一部を展開してそれを放り込むと、空気圧によって何処かに運ばれていってしまった。
「砲弾の装填を確認」
「円形加速器へ粒子を射入。加速します」
「まず、私が三人いる理由は、この姿は幻体だからです。私の場合は同時に三体まで作り出して別々に操作が可能。この行程は一人では手が足りなくなるのです」
幻体は〈幻影宝石〉が標準に備えている能力で、実態を持った立体映像を作り出すことができる。
その個体の役割によって幻体の性能や同時に作れる数に違いがあり、〈通信士〉は同時に三体出して並列作業が行える、ということらしい。
「臨界まで三〇秒・・・・二九秒・・・・二八秒」
「安全装置、一番から八番まで解除・・・・冷却水注入準備良し・・・・進路クリア」
「これから、地下にある円形加速器で超加速したイオン粒子を射出して月までの虫食い穴を作り、その穴に向かって砲弾に詰めた手紙を射ち込みます。タイミングの重要な作業ですので、しばしお待ち下さい」
「マスドライバーやったんか、これ」
着々と進む工芸に、応対していた〈通信士〉も作業へ戻っていくのを見送り、スズたち五人は固唾を呑んでその光景を見守る。
「第一射、加速粒子射出!」
「了!」
空に向かって屹立した〈ヘブンブリッジ〉の尖端から虹色の粒子が虚空に向かって撃ち出される。
「亜空間通路を確認!」
「仮固定、急げ!」
「固定確認!」
粒子を打ち込まれた空間に、歪な楕円形の穴が開く。
穴の中は虹色の光が揺蕩う謎の空間だが、その奥に別の光景が見え隠れしている。
「主砲異常無し。進路クリア。誘導システム正常に作動。システムオールグリーン!」
「よし。主砲撃てぇ!」
ドォン!
号令に合わせ、〈ヘブンブリッジ〉の尖端から、今度は砲弾が撃ち出され、虚空に開いた穴に向かって飛び込んでいく。
指揮を執っていた〈通信士〉が息を吐く。
その仕草に、スズは自身も息を止めていた事に気づき、慌てて呼吸を再開させる。
「これで、運営に連絡付いたんやろか?」
呼気と共に唇から漏れ出したのは、しかし安堵ではなく不安の気持ちだった。
「そうなら良いのだけどネ。マァ、此処まで来た甲斐はあったヨ」
「そうそう。それに返事だってすぐに来るかもしれないっちゃ」
「かもしれんけど、あんまり気負わんで気長に待ちましょう」
そんな四人は既にこの先の事を考え始めていたため、その異常に気づいたのは〈通信士〉と安檸だけだった。
「虫食い穴が収束しません!」
「空間の仮固定が解除されないのか?」
「いえ、解除されてます。これは送信先からの介入か!?」
「虫食い穴より生命反応・・・・こちらの穴から出てこようとしています!」
「あ、落ちた!」
緊急事態だった。
「至急、対象を確保!」
「了!」
上位権限を発動させたのだろう、安檸の指示に即座に従い、〈通信士〉の幻体が二体きびきびとした動きで情報管制室から出ていく。
「月からの来客か。今日は千客万来って感じね・・・・」
不安が伝播したのか、安檸もまた溜息を一つ零したのだった。
◆
部屋を出た〈通信士〉が帰ってくるまで、スズたちはやきもきしながら待たされることになった。
未曾有の事態に対してイレギュラーが加わることを、〈通信士〉が良しとしなかったのだ。
とは言え、おとなしく待っていた甲斐があり、二体の〈通信士〉は両脇から抱えるようにして、小柄な少女を連行してきた。
「まるでエリア88で捕まった宇宙人みたいやなぁ」
「スズちゃん、宇宙人やったらエリア51っちゃ」
その少女は長い黒髪を無造作に束ね、額に鉢巻、肩まで袖を捲ったTシャツに洗い晒しのジーンズ、足元はスニーカーで固め、手は指ぬきグローブで覆っていた。
見覚えのある姿に、思わずステータス画面を開いて相手の情報を確認する。
名前:せりP
種族:エルフ 性別:女性 所属ギルド:なし
メイン職:妖術師/八〇レベル サブ職:宝珠技師/八〇レベル
そこに映し出されたは予想通りの内容だった。
セリPはFOEの広報部に所属するGMの一人で、かつてネットアイドルグループ〈七草〉を立ち上げたプロデューサーだった男だ。
彼と仏のザの交際が発覚した事で炎上、それ以降〈エルダー・テイル〉からは遠ざかっていた筈の人物だ。
「やっぱ、せりPっちゃ。久しぶり!」
「ほんに。セリPもこっちに来てはったんやね」
「活動を再開してたとは知らなかったケド、八〇レベルのままなのは解せないネ」
そんな彼が目の前に現れたという事実に、スズは懐かしさを覚える。
確かに解散の原因となっていたかも知れないが、その事を恨みに思う気持ちはスズにはない。
それは五行もはこべも同様だったようだ。
「良かったね、ほとけちゃん!」
「あなた・・・・」
だが仏のザは一人、はこべの呼びかけにようやく顔を上げ、唇を開く。
その表情は固く、肌の色も青褪めたように見える。
ふと、スズはここまでセリPが一言も喋っていないこと、そして薄い笑みを唇に貼り付けたまま表情お動かして居ないことに気づいた。
背筋を冷たい汗が伝う。
「あなた、せりPさんや無かかね。誰やが?」
震える冷たい声が耳に染み渡り、スズは仏のザを振り返り、慌ててせりPに視線を戻す。
「やっぱり、身内には気づかれてしまうよね。確かに僕は君たちの知っているせりPじゃない。じゃあ誰かと言うと、そうだね、君たちの言葉で言うなら・・・・」
「宇宙人、かな?」
キャラクター紹介:4
アバター名:はこべ プレイヤー名:川村 雪
種族:狼牙族 性別:女性 所属ギルド:七草衆
メイン職:武士/90レベル サブ職:醸造職人/90レベル
はこべは変則的な刀武士ビルドの武士だ。
サブ職業である〈醸造職人〉のスキルで自作した〈製作級〉の両手用太刀〈本醸造・鬼殺し〉による対亜人間種族戦に特化している。
彼女の装備はビキニ鎧や水干などの「鬼娘」装備縛りにより、戦士職にしては軽装となっており、防御面に不安を抱えているが、そこを逆手に取って狼牙族の種族特徴である〈ハンティングアタイア〉や〈ワイルドランナー〉を活かした機動戦の名手と化している。
自作した〈天狗舞〉など機動性を重視した防具を各部位に揃えた反面、敵の攻撃を回避し打ち消すためにMPの消費が激しく、〈守護戦士〉における特技回転重視ビルドに近い構成とも言えるだろう。




