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「さぁ、到着したわ」
雷 安檸が4人を連れて入ったのは、扉に〈情報管制室〉というプレートが掲げられた部屋だった。
おおよそ、八畳ほどの床面積を持つ空間は天井の高さもあってか、5人が入室してもまだ広々としている。
入り口から見て正面の壁面は腰の高さほどから上が無数のディスプレイで埋め尽くされ、各所に配備した〈時計仕掛〉のカメラアイが捉えた画像が映し出され、目まぐるしく切り替わっている。
その下にはコンソールが備え付けられ、用途の解らない色とりどりのスイッチやボタン、レバーやメーターに彩られている。
中でも中央付近に設けられた台座では拳大ほどもある巨大な紫水晶が一際存在感を放っている。
その手前には六人がけほどのテーブルが置かれ、卓上に投影された〈ヘブンブリッジ〉周辺の地形図の上では幾つもの青い光点が動いていた。
「わー、すごいっちゃ!」
「まるで特撮に出てくる司令室のごたぁやねぇ」
「フフン。スゴイでしょ。もっと驚いて良いのよ?」
「何故師母が勝ち誇るネ」
その光景を見たはこべが目を輝かせ、仏のザが感心し、安檸が胸を張った所に五行娘々が突っ込む。
仲間たちの様子に笑みを浮かべるスズは先の戦いが終わってからも何故か手放し難く、琵琶は抱えたままだ。
(動き、覚えてるものなんやねぇ・・・・)
そんな事を考えながら部屋の中を見回していると、コンソールに置かれた宝石に一瞬淡く幾何学的な模様の光が灯り、声が響いた。
「お帰りなさい、安檸」
聞く者を安心させる雰囲気の男声に続いて、コンソール前の空間に浮かび上がったのは声と同様に落ち着いた様相を持つ青年の姿だ。
菫色を基調にし、襟や袖など差し色に臙脂色をあしらった執事服に似た制服、絹のような光沢を持つ白手袋に革の長靴、長めの前髪を垂らした淡い藤色の髪、そこだけ宝石のように無機質な光を宿す紫色の瞳、そして時折全身に走るノイズ。
「ただいま~」
安檸は、立体映像のような青年へ気さくに声をかけくるりとその背後に回り前に押し出すと、無機質ながらも迷惑そうな表情を浮かべた彼に構わず続ける。
「紹介するよ、こいつは〈幻影宝石の通信士〉だ」
〈幻影宝石〉《ミラージュエル》は古のアルヴが産み出した人造生物だ。
本体は複雑にカットされた拳大の宝石で、内部には法儀族の紋様や〈刻印呪師〉が扱うものにも似た幾何学的な模様が刻印されている。
体内に光エネルギーを蓄積してそれを動力に半永久的に可動でき、貯めた光を光線として放出したり、実体のある立体映像を生み出して戦闘や他者とのコミュニケーションに使用することが可能。
数の少ないアルヴに代わって施設の掌握や軍の統括といった要職を務めるために長期的な視野と他の人造生物への上位権限を与えられた種族で、〈時計仕掛〉や〈魔像機〉を兵卒や労働者として見るならば、佐官や監督官といった中間管理職の役割を持つ。
「敵やおへん〈幻影宝石〉なんて初めて見ましたぇ」
「私も〈冒険者〉を客として迎えるのは初めての事です。いえ、招かれざる客としてでしたらその対応はして来ましたが」
驚いたスズが思わず漏らした呟きに〈通信士〉が律儀に答えを返す。
北欧サーバーで開発された〈幻影宝石〉は現地で人気を博した後に他のサーバーにも登場するようになりヤマトサーバーにも流入したのだが、その際に「流入したのはアルヴ戦争が始まった後だったため多くは作られなかった」という設定を付加された。
そのため、彼らの殆どは古アルヴの遺跡や古代兵器の管理を担当するイベントボスとしての役割を割り振られることになった。
そういった背景に基づいた彼らは、最後に与えられた命令を遵守し、時には主であった滅ぼされたアルヴの仇討ちを企み、或いはアルヴが滅んだことを受け入れられずに未だ戦いを続けようとする、人間種族の敵として登場することになったのだ。
しかし、この〈ヘブンブリッジ〉を管理する〈通信士〉は、古アルヴの遺産に愛された〈古来種〉である〈鋼の戦乙女〉イライザによって主従設定を書き換えられたことで、その軛から外れた存在となっていた。
「当施設への敵対者や不当な侵入者であれば攻撃しますが、主の代行者が認めた利用者をお迎えしないという選択肢はありませんよ」
「利用者、カ・・・・。という事は、ワタシ達は月に手紙を届けることができるのネ?」
「はい。大凡三百年ぶりの利用者となります」
五行の問いにも首肯する〈通信士〉。
三百年前と言えば〈六傾姫の乱〉が鎮圧され、本当の意味で古のアルヴが滅んだ頃だ。
それだけの時間、失った主の帰りを待ちながらこの施設を護り、維持・管理してきたのかと考え、スズはこの青年が哀れに思えた。
そんな彼がようやく得た新たな主・イライザも〈大災害〉のその日に〈イズモ騎士団〉の一員として戦いに赴き、後を託された安檸の話によれば既に壊滅したという。
「ほしたら、イライザはんの安否も手紙で質問できひんやろか?」
考えていた言葉が口をついて飛び出し、周り全員の驚いた顔を見て、そのことに気づく。
五行にはこべに仏のザ、これまで旅を共にして来た仲間たちは呆れの混じったような、安檸は感心と期待が半々といった感じの表情を浮かべている。
そして、目を見開いた〈幻影宝石の通信士〉は声も出ずに固まっていた。
(あら。この人、こんな顔もできはるんや)
スズは、その様子を見て場違いな感想を抱いたのだった。
◆
通信施設の起動準備が整うまで少し時間がかかるため〈通信士〉に準備を丸ごと任せ、スズたちは休息を取ることになった。
実は〈情報管制室〉にも応接スペースがあり、利用者は本来そこで寛いだり手紙のチェックを行っていたのだそうだが、〈片付けられない女〉安檸が居間として使っていたため、仙薬や仙桃や仙丹を飲み食いした残骸に埋没している。
〈通信士〉に掃除を言いつけられた安檸は即座に弟子である五行へと丸投げし、にもかかわらずぶつくさと文句を呟いている。
現在、その空間は五行が召喚した箒を持った少女〈砂魔女〉や小人たち〈焦僥)が一所懸命に片付け、掃除している最中だ。
結局、スズたちは隣の空き部屋を借りることになった。
ガランとした殺風景な空き部屋も、絨毯を敷き座卓を置いて幾つかのクッションを適当に散りばめれば、あっという間に寛ぎの空間へと早変わりする。
この辺りは魔法の鞄の便利なところだが、もう一点、中のものが入れた時の状態のまま取り出せるのも大きな強み。
市街地に入ってすぐ休憩をとった際、〈時計仕掛〉の襲撃により慌てて中断した食事が傷むこと無く座卓の上に広げられたのだ。
思えば、朝から満足のできる休憩時間は取れていなかった。
不死の怪物の蔓延る山道を抜け、市街地に入れば〈時計仕掛〉の波状攻撃を受け、気の休まる暇も無かったのだ。
特に匂いに敏感な狼牙族のはこべは、短い休憩の間でも食事を摂ろうとしなかったのだが、その分を取り戻そうというのか、仏のザが甲斐甲斐しく給餌する側から平らげていっている。
このまま遅い昼食に雪崩れ込む心算なのだろう、五行は鞄から保存の効く食材と数々の調味料を取り出して調理を始めていた。
ドライフルーツを練り込んだ麺麭、燻製肉の塊、みりん干しした魚の開き、大玉のキャベツに根菜類、ブランデーで熟成させたパウンドケーキ、堅焼きのクラッカー、チーズにヨーグルト、〈キョウの都〉特産の葛粉で作った饅頭。
切り分ける、刻む、塗る、乗せる、挟む、揉む、かき混ぜる。
竈も排水もない室内という限られた環境の中、サンドウィッチやカナッペ、シーザーサラダと、五行の手からは次から次へと軽食が作り出される。
その光景に驚嘆しながらも半発酵させた黒薔薇茶で葛饅頭を喉に流し込んだスズは、自分の仕事に取り掛かることにした。
この地まで来た目的、月へと送る手紙を書くのだ。
おそらくは今回の大型アップデート〈ノウアスフィアの開墾〉に伴って発生した不具合、〈大災害〉からのGMによる救済、それが不可能でもせめて質問ができれば、というのがスズたちの要求だ。
そのための草稿はすでに大凡できあがっている。
スズの行っている作業は〈通信士〉の用意した専用の紙に清書し、安檸たちの望みであるイライザの安否確認を盛り込むことだった。
「すまないわね、余計な手間を増やしてしまって」
暇を持て余したのか、酒瓶を手に安檸がスズに声をかけた。
「心配いりしまへんぇ。こんくらい、大した手間やあらしまへんから」
むしろ余計な手間を増やされてるのは五行はんやろうに、という胸の内はしまっておいて、スズは笑顔で答える。
他人事ではない。
ソウジロウやナズナ、ドルチェにひさこ、〈西風の旅団〉の仲間たちの安否が判らず、連絡も付かず、独り不安に圧し潰されるような気持ちの中で過ごす。
スズとて〈七草〉の仲間が居なければ自暴自棄に走っていたかもしれない。
似た状況に置かれた彼女の力になりたいと、顔を上げたスズの視界に写ったのは、一瞬にして泣き崩れた安檸の顔だった。
「なんて良い娘なの! ・・・・せめて五行がこのくらい優しければぁぁぁぁ!」
「五月蝿いネ。大きなお世話ヨ」
御玉杓子でコツンと叩かれて涙目になりながらも笑みを浮かべる、その顔は。
まったく仙人らしくない、しかし不器用な優しさが溢れた魅力的な笑顔だった。
なんだかんだとありまして、スズが手紙を書き終えた頃、室内に〈通信士〉の声が響く。
「大変お待たせいたしております。ただいま準備が整いました。これより〈ヘブンブリッジ〉起動します。少々揺れますのでお気をつけくださいませ」
ゴゴゴゴゴ・・・・。
僅かな震動に、仏のザが大慌てで座卓の上の不安定な食器を回収する。
古アルヴの遺跡〈ヘブンブリッジ〉が、その真の姿を現そうとしていた。




