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古のアルヴと呼ばれる今は亡き種族がいた。
〈エルダー・テイル〉の世界観・歴史において重要な立ち位置にあるこの種族は、滅亡する以前に高度な魔法文明を築いたとされている。
その高い魔法技術を求めたヒューマン・エルフ・ドワーフとの間に全面戦争が勃発。
出生率の低さから人数の少なかったアルヴたちは、持てる技術の粋を凝らしてその母数を増やそうと様々に試みた。
〈不定形〉、〈触手〉、〈擬態魔〉、〈人形兵士〉、〈魔像機〉、〈時計仕掛〉、〈魔導兵器〉、〈幻影宝石〉等々。
これら生み出された怪物達は、戦争の中では兵器として兵士として将校として活躍し、また生活の中でもアルヴの人手不足を補っていた。
しかし戦争はアルヴの敗北という形で終わる。
アルヴたちは囚われ、〈六傾姫の騒乱〉と後に語られる形で滅び、今では稀に隔世遺伝で現れるハーフアルヴに名残を遺すのみだ。
打ち捨てられた被造物たちは作られた目的に従って、或いは狂い果てて、出会う人々を襲う怪物と化した。
当然ながら、最も遭遇率の高い場所は、かつてアルヴたちが生活や軍事や研究の拠点としていた場所だ。
古アルヴの遺跡。
スズたちが今歩いている場所も、そう喚ばれる施設の一角だった。
「まるでプレハブ工法っちゃ」
四本の線を直角に繋げて正方形、六面の正方形を直角に繋げて立方体ができ、そんな立方体を繋げて再び線を作り面を作る。
極論、3Dダンジョンマップとはそのようなものだ。
携帯用どころか家庭用ゲーム機が誕生する以前から使われている手法であり、技術の革新やツールの高性能化によって発展形こそ生まれたものの、未だにその系譜は衰えない。
勿論、ゲームより遙か古代、それこそ巨石文明が発展していた紀元前から人は六面体を組み上げてダンジョンを作ってきたのだ。
このアルヴ遺跡も同じように六面体を組み上げて作られたダンジョンなのだろう、空間を四角く刳り貫いたような整然とした廊下が続いていた。
レトロなSFに見られるような、プレートとパイプと計器類だけが装飾としてある無骨な壁は、しばらく歩いていると同じパターンが繰り返され、歩いている者に堂々巡りしているような錯覚を覚えさせる。
グラフィッカーの労力軽減を考えると当然の手法ではあるのだが、これが現実世界となった場合、確かにはこべが言う通り、プレハブ工法となるのだった。
「はぁ・・・・またやってしまったわ・・・・」
「師母は自重を覚えて欲しいネ」
「まぁまぁ。こげんして皆無事なんやし」
「案内もしてもろぉてるし、堪忍しときよしぃ」
大鎌を背負ったメイド服の〈時計仕掛の冥土猫〉と並んで先頭を歩きながら翠の仙衣を着た雷 安檸が陰々滅々とした雰囲気を撒き散らす。
真珠色の仙衣に身を包んだ五行娘々が説教しながらその後を追うのを、サルワールを纏った仏のザとスク水セーラー服のスズが宥めている。
最後尾をノロノロと進む〈時計仕掛の蝸牛〉の頭に寝そべってその様子を眺め、はこべはようやく一息をついていた。
マローダーとも呼ばれるこの時計仕掛は重装甲高火力と引き換えに鈍重さという欠点を持つが、この欠点も乗り心地の良さを争点とした場合、利点へと変わる。
目を閉じ、キュラキュラと音を立てて履帯が機体を前進させる心地よい揺れを感じながら、はこべは先の戦いの結末を思い返す。
◇
正直なところ、最前衛に立っていたはこべには、後衛で起こった出来事が完全に把握できていない。
自キャラを背後から俯瞰できたゲームの頃から、既にそれは難事であったし、自身の耳目でしか周囲を測れない現状では尚の事だ。
精々、会話に耳を傾け、位置を把握し、射線を塞がないよう立ち回る、それすらも訓練の賜物なのである。
ましてや最前衛、目の前では狂乱した仙女が苛烈な攻撃を繰り出し続けており、集中力の大半はそれの対処に振り分けられていた。
だから、スズが前衛に上がって来た時、はこべは驚いた。
〈大災害〉でスズシロの身体に入ったことで、スズの戦闘スタイルは鈴代が得意としていた弩弓による隠密狙撃が主となっている。
勿論、戦いの状況によっては足を止めての連射や引き射ちなどを駆使することもあるが、遠距離からの射撃というのが彼女の戦法だ。
そんなスズが前衛に飛び出してきた、
その意味にはこべが気づくのには少し時間がかかった。
何しろ、はこべと鈴名の間には五年の歳月が横たわっている。
〈七草〉が解散した後、鈴名と鈴代は袂を分かち、それ以来、はこべは鈴名に会っていない。
また、鈴名のキャラクター、菘は希少な呪歌を紡ぐ者だ。
そのため、彼女と同じスタイルの〈吟遊詩人〉と組んで戦闘をした記憶もない。
それに加えて現実化した戦闘、そして五年の間にヤマトのレイドランクで先陣争いを繰り広げる中でより研ぎ澄まされた技術が、記憶を呼び覚ますことを遅らせたのだ。
だが、よく見ればスズの手にはいつもの弩弓ではなく、古風な弦楽器が抱えられていた。
はこべにも見覚えのある〈浄玻璃の琵琶〉は、〈七草〉の時代に菘が愛用しており、後にスズシロが菘に弟子入りした際に譲り渡された物だ。
その琵琶を掻き鳴らしながら、スズははこべと肩を並べた。
〈吟遊詩人〉が扱う攻撃用の呪歌は、共通して自身を中心に効果を及ぼし、その射程は短い。
すなわち、効果を及ぼしたい敵の白兵戦距離に身を置く必要があるのだ。
当時は鬼娘と芸者、そして退魔忍の紙装甲三人で前衛を張り、よくネット上の話題をさらっていた。
曲名までは覚えていないが、聞いた敵の戦意を削いで眠りに誘う特技だと、曲を聞いてではなく、演奏する彼女の身体から広がる水色の波紋と頭上に浮かんだ人魚のアイコンから思い出す。
この特技は対象とのレベル差によって、演奏開始から効果が現れるまで時間がかかる。
四五レベルの〈見習い徒弟〉であるスズの〈歌姫〉としてのレベルはその半分である二三レベルに相当する。
一方、雷 安檸のレベルは一〇〇であり、相応の時間がかかることは覚悟すべきだろう。
攻撃特技としての呪歌がことごとく精神属性であり、安檸の弱点を確実に突くことができるからこその選択なのだ。
斯くして、スズははこべの隣で仙女の攻撃に身を晒すことになった。
前衛に出ながらも敵愾心ははこべに集め、敵の大技や範囲攻撃に対しては兆候を見てすかさず範囲外に退避。
〈猟犬〉で、〈茶会〉で、そして〈旅団〉で、〈大規模戦闘〉の最前線で強大なレイドモンスターを相手に鍛え続けてきた運用法は、スズシロの身体を得て更に進化する。
〈クイックステップ〉くらいしか移動特技のない〈吟遊詩人〉と違い、〈暗殺者〉には攻撃位置を確保し、移動から攻撃に繋ぐ特技が豊富に存在する。
的確な位置取りのために、それらを効果的に使うことで、彼女の機動性は大幅に上がっていた。
〈ガストステップ〉で距離を詰め〈モビリティアタック〉で駆けながら呪歌の威力を増し、〈ハイドウォーク〉で敵の死角に逃げ込み〈スリップストリーム〉で後方に退がる。
時には〈狩人〉の特技も駆使し、演奏を続け、敵の攻撃をかわして翻弄し続ける。
はこべは目を疑った。
〈援護歌〉と違い、〈呪歌〉の演奏には装備としての〈楽器〉が必要であり、それは実際に演奏する必要がある、ということを意味している。
そういった、弓での狙撃に比べて数段難易度が上がった戦闘をこなすスズの姿が信じられなかった事もあったが、それ以上に。
スズが、花の綻ぶような満開の笑みを浮かべていたのだ。
危険の中に身を置き、歌を奏で、敵を翻弄する、スズは、鈴名は明らかに戦いを楽しんでいた。
(らしくないのは当然やったんな。ウチ、スズちゃんのコト、全然知らへん・・・・)
心底楽し気に狂乱の仙女と舞いの如き攻防を続ける年長の友人を見て、はこべは己の不理解を悟る。
そして彼女もまた、幼い顔に似合わぬ獰猛な笑みを浮かべて燕舞の中に身を投じ、ついに呪歌が功を奏して雷 安檸が眠りにつくまで、途切れることはなかったのだ。
◇
「はっ! 〈典災〉は!?」
そんな声とともにスズの呪歌〈月照らす人魚のララバイ〉によって眠りに落ちた雷 安檸が目覚めた時、すでに彼女の狂乱は収まっていた。
「何が典災ネ。弟子の顔も見忘れたアルか?」
スパコンと小気味良い音が響く。
五行娘々が呪符を束ねた即席の張り扇を安檸の脳天に振り下ろしたのだ。
最早、このやり取りも慣れたものだった。
幸いにして、周囲を遠巻きにしている〈時計仕掛〉たちは安檸への攻撃に対して何の反応も示さなかったため、はこべたちは胸を撫で下ろしたものだ。
五行はそのまま、半ば惚けたままの安檸から狂乱に至った事情を聞き出し、自分たちの事情も話し、ようやく四人は誤解を説くことができた。
「ゴメンよ。すっかり、友達の仇だと思いこんでた。詫びと言っては何だけど、〈ヘブンブリッジ〉の転送設備まで案内するさ」
「師母、友達居たネ?」
「うわ、さりげに無礼!?」
斯くて残りの〈時計仕掛〉たちには警戒を続けさせ、〈冥土猫〉と〈蝸牛〉のみを伴った安檸は四人を誘導し、市街地を抜け砂州の根本から地下に建造されていたアルヴの遺構に入ったのだった。