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「仏のザちゃん!」
頭上から降り注ぐ鉄塊、と見紛わんばかりの勢いで打ち下ろされる〈時計仕掛の猩々〉の豪腕をすり抜け、年長の〈施療神官〉へと声を張り上げる。
右足を軸に、舞のような動きで半回転。振り返って身を翻す仏のザの陰から飛び出したはこべは滑り込んだ勢いのまま、肩に担いでいた巨大包丁を機械獣の拳に叩きつけた。
「コイツら光輝は効きが悪いで。攻撃は打撃にシフトしんちぇえ」
〈ヘブンブリッジ〉の市街跡は、地球世界における京都府の策定した景観条例の影響があるためか、三階建て以上の高層建築物が殆ど見当たらない。
その街並みのいたる所で植物が人工物を押し退けて勢力を伸ばしている。
ひび割れたアスファルトから、屋根の穴から、背の低い建物を見下ろす形で翠の天蓋が広がり、神宮の杜に家屋が飲み込まれた区画すらある。
その樹々の合間から、ウッホウッホと声が響く。周囲の森は完全に取り囲まれていた。
繁茂する樹々の枝を伝って飛びかかってくる〈猩々〉の攻撃を防ぐため、はこべ達四人は街道が十字に交差する、その中央に足を止めて迎え撃っていた。
とは言え、それも利点ばかりではなく、上空を旋回する〈時計仕掛の甲虫〉の粒子砲に狙われることになる。
四人の周囲には橙色の光が明滅していた。
周囲を半球状に取り囲む光の幕は、中にいる者の防御力を高める〈聖域〉。
高めた防御力を貫通した砲撃も、光輝属性への軽減効果を付与する〈エナジープロテクション/光輝〉の橙色の膜に減衰され、〈反応起動回復呪文〉の柔らかな橙光によって即座に回復されている。
しかし、高い防御効果を得られる反面、彼女らはこの場に釘付けとなっていた。
〈聖域〉を維持するために集中する仏のザはもとより、飛び交う〈甲虫〉を狙撃するスズも、範囲攻撃のためにいつもより詠唱の長い呪文を準備する五行娘々も、移動はままならない。
はこべですら、普段あまり使わない〈玄武の構え〉や〈金城鉄壁〉といった防御寄りの特技を使用している。
休憩中から召喚されっ放しの〈炎の精霊〉が放った自動攻撃の〈火炎弾〉を受け、はこべと交戦していた〈猩々〉は炎上、暴走して自ら近くの廃墟に突撃して瓦礫の下敷きになって動きを止める。
「はぁ、お次の団体はんがお越しですえぇ」
〈猩々〉の撃沈を横目で確認していると鈴を転がすような声が聞こえる。流石はレイダーと言うべきなのか、スズはこの連戦にも疲れた様子を見せておらず、むしろ声の艶と張りが増しているようにも感じる。
その誘導に従って視線を正面に戻すと、恐竜の群れが交差点を曲がるところだった。
〈時計仕掛の禽竜〉。やや古い時代のデザインなのか上体を浮かせて二足で歩いてくるその姿は、嘴からピンと伸ばした尾の先まで目視で七メートルほどの大きさ。背骨に沿って機銃や粒子砲、電磁砲に対空砲とハリネズミのように武装している。
それがワラワラとやって来た。
「交給我把!」
長々と詠唱に集中していた五行が気を吐いた。
頭上には〈コンセントレーション〉に〈エンハンスコード〉、そして〈メイジハウリング〉といった効果中に放つ魔法の威力を高める特技のアイコンが並んでいる。
チリッ
緊張した面持ちでその様子を伺っていたはこべの、五感の何処かが毛羽立ったような不穏さを伝えてくる。
敵の群れに背を向け、身を翻して駆けながら〈遠間の仁王〉を起動。
その間に〈時計仕掛の禽竜〉たちはすっかり交差点に姿を現していた。
二十体を越える数の機械竜がひしめく中に、五行が飛剣を投じる。
「急々如律令、〈飛剣孩子〉!」
地面に刺さった飛剣が魔法陣を生み出し、喚び出されたのはど派手な装束を纏った少年忍者。
現れるや否や、両の手指で複雑な印を切ると、彼の周囲に卍型の四爪手裏剣が無数に出現し、独りでに回転を始めた。
ギギィン!
五行の首を狙った大鎌の刃と、そこに差し込まれたはこべの鬼包丁がぶつかりあって耳障りな金属音が響き渡る。
「以火行為燎原、以金行為剣雨!」
はこべに守られ、五行の詠唱が完了した。
印を切った〈飛剣孩子〉の指先が地を指し、回転していた手裏剣が一斉に降り注ぐ。
狙いは、交差点を埋め尽くす機械の恐竜たち。
慌てふためいて避けようとするが、全身を炎の塊と化した〈火の精霊〉が既にその足元に滑り込んでいる。
地面に薄く広がった炎は火勢を強め、獲物の逃げ場を奪いながらゆっくりと焼き尽くしていく。
足元からの炎と頭上からの剣雨に〈時計仕掛の禽竜〉の悲鳴が響き渡る。
「上は針山、下は大火事、それは何カ? 答えは地獄・・・・ではなくて、ただの〈サーヴァント・コンビネーション〉ネ」
「いや、見るからに地獄っちゃ」
五行を庇って攻撃を受け止めた姿勢のまま、はこべがツッコミを入れる。その声に余裕はあまりない。
結ってお下げにした赤い髪とヴィクトリア風のメイド服の長い裾が風に揺れる。
大鎌の持ち主は〈時計仕掛の冥土猫〉、金属の猫耳と猫尻尾を生やした女性型の〈時計仕掛〉だ。表情一つ変えずに機械ならではの見た目にそぐわない膂力で刃を押し込もうとしてくる。
そもそも、はこべたちが交差点などという開けた場所で身を護る羽目に陥ったのは、この〈時計仕掛の冥土猫〉が原因だった。
彼女たちが休憩地点に選んだ廃ビルは、元消防署というだけあって頑丈で堅牢、かつ内から外への移動が容易という防衛拠点に適した建造物だ。
選んだ四人もそれはわかっており、襲撃を受けた当初はこの消防署跡を拠点に敵を迎え撃つ態勢でいたのだ。
硝子もサッシも失われて四角くくり抜かれた壁の穴、といった様相の窓だった場所に陣取り、〈時計仕掛の甲虫〉や〈時計仕掛の猩々〉などをスズや五行が撃ち落とす。
時折、窓の近くまで敵が迫ってくることもあったが、そういう事態に備えていたはこべによってすべて受け止められ、撃退されていた。
その間に仏のザは休憩中に出したままの荷物を拾い集め魔法の鞄につぎつぎと仕舞っていた。
事態は、その仏のザの首を狙って振り被られた大鎌、という形で変化する。
廃ビル一階のかつては車庫だった部分から、非常口を逆に伝って駆け上ってきた〈冥土猫〉が隠密状態を維持したまま攻撃したのだ。
両手で武器を振りかぶり大きな動きで首を狙う動き。剣士ビルドの〈暗殺者〉などが使う特技〈エクスターミネーション〉に似たモーションから、即死もしくは呪文詠唱阻害のステータス異常を追加効果として与えてきそうなその攻撃は、見てから対処することが可能だったため、はこべの〈仁王立ち〉が間に合い、大事には至らなかった。
とはいえ、それも、隠密行動中の相手にも対処が可能となる狼牙族の種族特典〈ウルフズアルファクション〉によって〈冥土猫〉に気づくことができたからこそだ。
しかし、室内に踏み込まれてしまった不利は覆せない。
特に、窓からの狙撃で敵愾心を高めていたスズと五行に攻撃が集中していた。
武士であるはこべは戦士職であるとは言え、攻撃寄りの性能(大技を的確に使って大ダメージを与える事で敵愾心を稼ぐタイプ)をしているため、敵への攻撃ができない状況では敵愾心操作の術が限られている。
敵愾心最上位に躍り出るには、手の届く範囲に敵が必要だった。
結局、彼女たちは直前までの防衛線だった窓枠から飛び降りることを余儀なくされたのだ。
「あぁもう!」
両手で鍔迫り合いをしながら、苛立ちをぶつけるかのよううに〈木霊返し〉でカウンターを入れる。
一撃を受けた〈冥土猫〉は後方に飛び退る。
その合間に飛び込んできた〈猩々〉には〈剣気撃ち〉を発動させた前蹴りで撃墜。歯から短剣のような刃が伸びていて剣呑な高下駄で蹴撃する。
しかし機械の猿が倒れた時には、既に〈冥土猫〉の姿は消え失せていた。
「ちぇ。また見失ったし」
舌打ちするはこべ。〈冥土猫〉は一撃離脱を徹底しており、これまで大きな被害こそ出していないものの、迎撃には至っていない。
この、暗殺仕様の機械兵が野放しになっている現状、はこべたちの戦術は大きく制限を受けているのだ。
〈冥土猫〉の姿を追って周りを見回したはこべだったが、煉獄と化した交差点を貫いた一条の光が四人の足元に突き刺さる。続いて尻から火を吹く幾本もの円筒が飛来。
密集していた事が仇となり、荷電粒子砲と自己誘導弾の着弾が引き起こした爆発に巻き込まれる四人。
「何なんっ!?」
吹き飛ばされ、路面に叩きつけられたはこべは急いで上体を起こす。
五行が、仏のザが、スズが、倒れた姿勢のまま身体を起こそうともがいている。ミサイルの一つが四人の中央で爆発したらしく、倒れている場所はそれぞれバラバラだ。
〈反応起動回復呪文〉の橙光が一斉に灯って四人の傷を癒やしていく。その一方で、仏のザが維持していた〈聖域〉の効果は消えていた。
召喚の時限が過ぎた〈飛剣孩子〉の姿はなく、〈火の精霊〉も五行の元に帰ってきている。
その召喚モンスターたちが作り上げていた煉獄は既になく、だが地獄絵図は続いていた。
焼け焦げ、罅割れた装甲の隙間から黒い煙をたなびかせ、幽鬼のようになった〈時計仕掛の禽竜〉たちが起き上がってくる。
もっとも、そのすべてが起き上がって来る訳ではなく、残骸として倒れたままの機体が大半ではあるのだが。
キュラキュラキュラ、バキバキバキ、キュラキュラキュラ
その残骸を踏み砕き、軋むような無限軌道の音を立て、煉獄の残骸の奥から姿を現したのは正しく移動砲台。
〈時計仕掛の蝸牛〉。
高い防御力を活かしてトーチカの役目を負いながら遠距離戦を得意としており、一部の〈冒険者〉からは殺戮者とも呼ばれることもあった。
巨大で頑強な背中の殻はそれ自体が粒子加速器であり、荷電粒子砲を内蔵している。また、殻の左右には電磁加速砲と誘導弾発射筒が装備されている。
砲塔の上に、はこべの視線は釘付けとなっていた。
「よくもノコノコとアタシの前に出てきたもんだね」
深緑のミュール、ガーターベルトに留められた緑の網タイツ、艷やかな翠に滑るチャイナボンテージ、腰には白革の剣帯を下げ、風になびくウルフカットの金髪の下からは翡翠の瞳が強烈に睨みつけている。
「雷 安檸師母?」
震える呟き声に振り返ると、信じられないものを見るかのような表情で五行が立ちすくんでいた。