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編隊を組んで飛行を続けると眼下に灰色の外観をもつ廃墟ビルが見えてくる。
市街地の地図を照会。間違いなくあらかじめ転送されていた座標だ。そのビルの二階部分、窓枠の残骸と思われる四角く切り取られた部分の陰に生体反応を補足する。
等倍率でその詳細を見て取るには距離が開きすぎており、充分な遮蔽を取った対象の姿は陰の中に溶け込んで把握し辛い。
中枢の指示に従い、その影を照準器に収めるべく空中で静止したまま旋回する。頭角の枝に粒子砲と共に搭載された照準器は、上下角の自由は利くものの左右には稼動しないため、こうして全身を使って左右角を調整する必要があった。
当然ながら、それは敵性存在にとって大きな隙を見せる事に繋がる。
照準器の倍率が上がるにつれて鮮明になる敵の姿。身の丈ほどもある弩弓を構えた娘。
その手に構えられた弩弓が幾本もの火箭を一斉に吐き出した。刹那、機体に衝撃が走り、視界がぶれる。合わせたばかりの照準も外れてしまった。
人工知能に警報が響き渡る。
受けたダメージもさることながら急激な加熱により一瞬だが機体の制御が効かなくなる。編隊を組んで空中にいる現在、その一瞬は命取りだった。
静止状態から加速を付けて上昇。真上に居た僚機と激突する。同様に火矢で撃たれた編隊の構成員たちは次々に火の玉に変わっていった。
「〈兜虫〉第二中隊壊滅。第三中隊に哨戒任務を引き継ぎます」
司令室の一面を埋め尽くす画面の一部が暗転し、見守っていた〈幻影宝石の通信士〉の報告する声が響いた。
部屋中央のテーブルに投影された市街地図の上には4つの赤い光点と無数の青い光点が表示され、戦況を一望できるのだが、現時点でその状況は思わしくない。
制空権の確保と哨戒を目的として先行させた〈兜虫〉たちが伝えた敵の数は四。
〈兜虫〉は感知機器も主兵装である粒子砲も頭部とその延長線上である頭角に設置されており、頭部の可動域が非常に少ないため、敵を射線に入れるためには全身で角度を調整しなければならない。
空中静止が可能な分、航空戦力としてはマシ。ではあるものの、その隙を見逃してくれるような敵ではなく、次々と弱点である火属性の地対空攻撃によって自滅に追いやられているのが現状だ。
「〈兜虫〉第三中隊壊滅」
先の反省からやや散開した陣形で送り込んだ〈兜虫〉中隊が、今度は範囲の広い火炎攻撃に巻き込まれる。赤い光点に接近した青い光点が三度纏めて消えるのを見て、雷 安檸は大きく息を吐く。
「・・・・はぁ」
例え、それが作戦上必要な事であるとはいえ、そして、いつの間にか規定数の数倍規模で生産・維持されてしまっていたとはいえ、戦闘機械獣たちを無為に散らせてしまうことが、安檸の気持ちを沈ませる。
彼らは安檸が、親友であるイライザから預かったものなのだから。
〈古来種〉の中には、安檸のように永い生に疲れ果て、或いはイライザのように〈大地人〉との違いに苦しみ、隠遁を決め込んだ者が多い。
とは言え、常人離れした〈古来種〉のこと。この狭いヤマトでは、居を構えた場所によっては、思わぬ災厄を招くということも少なからずあった訳で、事態を重く見た〈イズモ騎士団〉や〈くにえの一族〉により、住居としての遺跡の斡旋という形が取られるようになった。
〈騎士団〉は主にアルヴ戦争時代の遺構を斡旋し、斡旋を受ける〈古来種〉も〈騎士団〉に籍を置くことになる。
〈一族〉が斡旋するのは、彼らが〈太祖〉と呼ぶ存在に纏わる〈神代〉の遺跡になる。その代償は、施設の管理だ。
いずれにしても、強大な力を持て余す存在を、把握し制御し重要施設の管理・防衛にまで利用できる。両者の利害は一致しており、安檸もイライザも、その恩恵に預かっていたのだ。
〈ナインテイル〉の仙境で大地の魔力を食しながら、時に宝貝の研究に没頭し、時に訪れる昇仙希望者に修業をつけ、隠遁生活を満喫していた安檸の生活は、彼女が仙境で管理を請け負っていた神代の通信設備の起動という事態により変化を迎えた。
その事態を引き起こしたのは〈鋼の戦乙女〉イライザだった。
古アルヴの技術に連なる魔導兵器の身体によって〈大地人〉の社会に馴染めなかったイライザは、〈イズモ騎士団〉に加わってからも〈大地人〉を守って戦うよりも、施設の管理者として隠遁する道を選び、〈ランデ真領〉のアルヴ遺跡〈ヘブンブリッジ〉に配属されていた。
この遺跡は古のアルヴ族が〈神代〉の遺跡を改修して軍事基地に転用したもので、イライザの職〈鋼の戦乙女〉とは相性が良かった。彼女が配置されてから一年と経たず、〈ヘブンブリッジ〉はその全機能を取り戻していた。
手駒として単純作業をこなす〈時計仕掛〉の量産体制を整え、自律思考を行いそれらに指示を与える〈幻影宝石〉に現場の指揮を任せたことで手の空いたイライザは、復旧した通信設備を使って〈古来種〉同士の通信ネットワーク作成に着手し、その通信が〈ナインテイル〉の仙境にある安檸の管理する通信設備に届いたのだった。
イライザという友人を得た安檸の交友範囲は大きく広がった。それはヤマト限定とはいえど、世界の広さを彼女に突きつけ、閉じこもっていた殻を叩き割るほどの衝撃だった。もっともそれは、修業と研究以外の時間を通信設備での交友に当てたものだったから、彼女が仙境に引き篭もっていた事実は何ら変わらなかった訳だが。
「しばらく留守番を頼めないかしら」
イライザがそんな提案を持ち出してきたのは、交流を続け、幾十年の歳月が過ぎた、今年の四月末。
五月に大規模な作戦を控えていた〈イズモ騎士団〉は、ヤマト各地で任務にあたっていた団員をほぼ結集し、イライザも招集されていたのだ。全界十三騎士団が総力を集めての作戦になるのだそうで、通信ネットワークでも多くの友人からしばらく接続できない旨の報告が相次いでいた。
一方で、仙境に屯する天仙たちの大半は騎士団とは無縁であり、確かに一人くらいしばらく居なくとも問題はない。そう考えた安檸は一飛びに〈ヘブンブリッジ〉へと至り、戦に赴くイライザを見送った。
その日から三ヶ月、未だイライザとも〈イズモ騎士団〉とも、連絡は取れていない。
「〈猩々〉小隊、先頭が作戦目標地点まで残り一〇〇M。〈禽竜〉大隊は進軍速度を調整。〈蝸牛〉に合わせて微速前進中」
思いに耽る安檸を他所に、プログラムされた命令に忠実な〈幻影宝石〉たちは、淡々と状況を報告してくる。
この施設の本来の管理者であるイライザであれば、敵の戦力や動向を見て的確に応答できるのだろうが、仙境での修練と研究に人生を費やしてきた安檸はそのような技術を有していない。
対処法も無く、ただ報告を聞き光点の動きが伝える戦場の状況を把握するだけの時間は、心を摩耗させる。ジリジリと焦る気持ちが募るのを呼吸を整えることで無理矢理に落ち着かせる。こういう時には仙境での修練が活きてくる。
「〈冥土猫〉が侵入に成功。次のシークエンスまで一〇八秒の待機」
焦りさえ払拭できれば時の流れは残酷なまでに早く、矢継ぎ早に報告は寄せられる。
〈時計仕掛の猫娘〉は、滅びた古アルヴ族の科学者がその科学力と愛と情熱を過剰に注ぎ込んで生み出したとされる猫耳少女型の時計仕掛だ。
その特殊性から量産に不向きで製作者ごとのアレンジ色が強く、今回投入した個体もイライザが改造を施し、その姿は黒を基調とした古風なメイド服。両手持ちの大鎌を構え、背には蝙蝠に似た羽を生やしている。
隠密行動と暗殺に特化したその名も〈時計仕掛の冥土猫〉。
単機で戦局を覆せるだけの能力を秘めており、アルヴ戦争の終盤では実際にエルフの族長を暗殺することで劣勢を跳ね返した経歴も持っている。安檸が期待を掛け、その一方で戦場に出すのを躊躇った機体でもある。イライザが入念に磨き上げ櫛り衣装を整えた〈猫娘〉。それに傷を付けるのは忍びなかった。
「・・・・けど、それでも倒さないと」
歯噛みする。
「あんにんハ、イルカシラ?」
〈ヘブンブリッジ〉の通信設備が着信を知らせたのは、イライザから留守を預かって八十八日目の事だった。
特徴的な、鈴を転がすような声。抑揚の無い、拙い話し方。
それは、〈イズモ騎士団〉が拠点を置くイズモ地方にて〈冥府〉の入り口たる封印の巨石を守護していた騎士団員〈永遠の歌姫〉美紅のものだ。
彼女は、その役割の大きさから作戦に招集される事無く、未だイズモに身を置いている。
もしや〈イズモ騎士団〉の、イライザの行方がわかったのか、と安檸が抱いた期待は、裏切られながらも正鵠を射ていた。
「〈終末ノ大要塞〉ヘノ総攻撃ニ備エテイタ全界十三騎士団ハ、〈典災〉ノ奇襲ニヨリ壊滅」
この通信がその訃報だけで終わったならば、安檸は崩れ落ちていたかも知れない。
しかし。
「アナタヘノ歌ヲ閃キマシタ」
美紅はそう続けた。
歌姫としての彼女の感性は、時に見たもの聞いたものから新しい歌を生み出す。その中には、未来に起こりうる出来事を詠んだ予知詩とでも言うべきものが含まれていた。
【数日のうちに〈ヘブンブリッジ〉へ一組の〈典災〉が襲来する。敵襲に備えよ】
美紅の口遊む曲を要約すると、このような内容となる。
心の内に炎が燃え立つのを感じ、暗い笑みが浮かび上がる。
「ありがとう、美紅。イライザの仇は必ずアタシが取るから」
その予言どおり、というべきか。〈ヘブンブリッジ〉にほど近い旧市街に四名の侵入者が現れたのは、美紅からの通信を受けた五日後のことだった。
「五十八番モニター、敵の映像入りました」
安檸が決意を再確認している間にも、状況は刻一刻と動いていく。
光学迷彩による隠密状態で偵察を敢行した〈冥土猫〉の視野が、ようやく敵の姿を捕らえたのだ。
身の丈ほどの弩弓を構えたドワーフの猟兵は、潜んでいる窓枠の影から時折身を乗り出し火矢を射る。その背後からおっかなびっくりと言った感じで、聖句を唱えては閃撃を撃ち出す法儀族の神官。窓枠を挟んだ対面では、エルフの召喚術師が〈炎の精霊〉を操って炎の嵐を巻き起こす。
「あれ・・・・あの衣、〈割烹仙衣〉?」
〈時計仕掛の甲虫〉たちは良い仕事をしており、侵入者たちの意識はすっかり窓の外に向かっている。
だが、安檸はその一人、召喚術師の装備に記憶を刺激される。
「あの後ろ姿、見覚えがあるようなないような・・・・っと!」
ギィン!
モニターの向こうで鋼と鋼が打ち合わされる。
次のシークエンス、すなわち暗殺に移ろうとした〈猫娘〉が迎撃されたのだ。
虎縞模様の水着を来て頭に角を付けた狼牙族の剣士。彼女が巨大な包丁をもって大鎌を受け止めていた。
「うん。やっぱ、待つのは性に合わないわ」
その光景を見た安檸の口から気負いなく言葉が流れた。愛用の宝貝〈白巫双剣〉を収めた鞘を腰に吊り、スックと立ち上がる。
「どちらに?」
あまりに自然体であったため、〈幻影宝石の通信士〉たちが尋ねた時には、既に彼女は司令室を出ようとしていた。
「ん。招かれざるお客さんを出迎えに、ね」
斯くして〈光刃女仙〉こと雷安檸は出陣したのだった。




