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魔導兵器。
それは機械系エネミーの一種で、古のアルヴたちが〈神代〉の車両を元に魔改造を施した兵器である。
別系統の戦闘機械である〈時計仕掛〉が基本的に動物の姿を模しているのとは異なり、戦闘車両の姿をした個体が多いのだが、稀に列車や特殊車両の姿をした個体もおり、その出現場所は古アルヴの遺跡やそこに繋がる路線上に集中している。
高い判断力を持つ人工知能を搭載しており、動力は夢の魔導エンジン。斬撃と精神への耐性が高く、電撃を弱点とする種族特性を持っている。
「〈スパークショット〉ですぇ!」
青白い電光を纏った鋼の太矢が〈魔導除雪車〉の車体に突き刺さって弾け、蜘蛛の巣のように地を這う稲妻がはこべに群がっていた魔導兵器たちを絡め取った。
「やばっ!」
ウィンカーが一斉に灯るのを見たはこべは反射的に〈受け流し〉をONにする。咄嗟に下した判断は正解だったようで、彼女の脳裏にカチリと音が鳴った瞬間、随所に紅白の縞模様を持つ黄色い車体の群れがスズに殺到した。
〈武士〉は戦士職三職の中で最も敵愾心の維持を攻撃に頼る率が高い職業だ。
そして、はこべの愛用する〈本醸造・鬼殺し〉は刀であり、斬撃耐性の高い機械との相性は良くない。
一方で〈スパークショット〉は見た目通りに電撃属性の攻撃を行い、周囲の敵にもダメージを与える〈暗殺者〉の特技であり、迂闊に使うと多数の敵の敵愾心を高め危機に陥りやすいためスズも滅多に使わない。
だが、今回は敵の弱点属性を狙うために使用したところ、弱点属性であったために想定以上のダメージを与え、はこべが稼いでいた敵愾心を一気に抜き去ってしまった。
早い話、敵愾心がハネたのだ。
其処からのはこべの動きは的確だった。
動作だけで〈金城鉄壁〉を起動させ、〈青龍の構え〉で駆け出すや、スズに突進してくる除雪車の前に〈遠間の仁王〉で滑り込み、受け止める。
重ねた特技の効果で軽減されたダメージは事前に仏のザが投射してくれていた〈反応起動回復呪文〉で癒され、軽傷に留まる。
ダメージを受けたことで生じる硬直を〈電光石火〉の効果で無視。タイミング良く投射された〈サーヴァントフォージ〉の紫電に包まれる愛刀を逆手に持ち直し、身体全体を巻き込むように縦一閃。除雪車のブレード中央にある可変機構を狙った〈木霊返し〉の軌跡に沿って電流火花が車体を駆ける。
続いて襲いかかるのは〈魔導高所作業車〉の荷台だ。年季の入ったボクサーのジャブよろしく繰り出される伸縮自在の鉄塊を〈切り返し〉で迎撃し、返す刀で〈木霊返し〉を叩き込み部位破壊。
「はン! 味噌汁で顔洗って出直して来るっちゃ!」
一度、刀を担いで〈大見得〉をきり、その反動を利用して大きく刀を振るう。小柄なはこべの身体も重量に引き摺られるように一回転。続いて一斉攻撃を仕掛けようとブラシを構えていた〈魔導万能車〉たちが〈旋風飯綱〉の衝撃波を受け、麻痺したようにその動きを止める。
反撃だけで既に大ダメージを受けていた高所作業車に至っては、この一撃で擱座しており、その様子を目に止めた彼女は〈受け流し〉をOFFにして〈勝ち名乗り〉を上げる。
「あと三手でボクたちの勝利ちゃよ! 五行ちゃん! スズちゃん! 大技解禁っ!」
それに充分な敵愾心が稼げていた。
「任されたヨ! 九天応現雷声普化天尊、急急如律令!」
「びゃぁぁぁぉ!」
雄叫びと共に飛び出してきたのは黒い斑紋をもつ空色の毛皮の獣。五行娘々の要請に応えた〈雷公豹〉だ。尻尾を含めた全長が二メートル近くある豹の精霊は両肩から伸びた鞭のような触手を交差させる形で斜めに振り下ろす。
特異点の発生による空間の歪みを伴った紫電が一塊になった万能車たちの中央で荒れ狂い、防御力無視の大ダメージで次々に擱座させて行く。
その隙間を縫うようにして除雪車へと迫った仏のザは輝く白木の杖をビリヤードのキューのように構え、真横から車軸を一突き。その車体を傾かせる。
「スズさん、今とよ!」
「はいな。ウ、ウチかて・・・・」
〈ガストステップ〉で魔導兵器の群れから離脱していたスズは意を決して矢筒から太矢を引き抜くと、稲妻を模した黄色のそれを弩弓に装填。弦を引き絞る動きの間で立て続けに特技を起動させ、攻撃力、命中率、クリティカル率を上昇させる。
「〈絶命の一矢〉ぉ!」
放たれる一煎!
墨跡鮮やかな達筆で書かれた〈射〉一文字のエフェクトが浮かび、除雪車が横倒しになった。
なんとか場を乗り切った安堵に弛緩する仲間たちを他所に、はこべは残量が半分以下となった己のMPゲージを見て溜息をつくのだった。
◇
当初、旅は順調と言えた。
充分な食料があることと設営に慣れたこともあり、無理のない日程で進めていることが一番の理由だろう。
〈タートルヒル〉や〈サウスレッド荘園〉は前回の旅で通っただけあって、何事も無く通過できた。
だが、〈ウィーヴァーズクラン〉に差し掛かった所で、そのスピードに翳りがでる。
〈キョウの都〉から離れれば離れるほど〈大地人〉の騎士団による巡回は頻度が低くなる。それに反比例して好戦的なモンスターの出現頻度は上がり、街道の整備も不充分なものになってゆく。
このゾーンは〈レイキスハイウェイ〉を始めとした〈神代〉の自動車道の成れの果てが縱橫に交差しており、崩落した自動車道やトンネルなどの残骸によって進路が塞がれていたりすることが珍しくない。そのため、ゾーン全体が人工物による天然の迷路と化していた。
当初、この要害に対しては、五行による航空偵察が有効だった。
〈砂魔女〉に〈幻獣憑依〉した五行が箒に乗って空を飛び、中空から通行可能な進路を確認するのだ。
午前中に偵察を行い、午後をかけてその進路を歩むその方式は、時間こそかかったものの着実に一行の歩を進めさせてくれたが、航空偵察を始めて三日目に、巡回していた〈鴉天狗〉の斥候部隊に見つかった事で終焉を迎えた。
〈鴉天狗〉を引き連れながらも、五行は何とか這々の体でベースキャンプに逃げ帰ることができたものの、単騎偵察の危険性を考えるとそれ以上の続行は危ぶまれた。
ここから北上し〈鳥乙女〉の棲息する〈ニオの水海〉に近づけば、制空権に関しては更に絶望的でもあったのだ。
結局、地道に歩いて正解のルートを探すという方針を取ることになった。
〈エルダー・テイル〉では、〈レイキスハイウェイ〉はフィールドダンジョンという扱いだったようで、〈魔導兵器〉や〈時計仕掛〉のような高速走行に適した人造系モンスターが多く出現する(変わった所では〈首無し騎士〉の一種である〈首無し機車兵〉が現れてヘルメットを投げつけてきたりもした)。
そういったモンスターと戦いながら、時に自動車道の残骸に登り、或いはトンネルを潜り、崩落した残骸を迂回し、行き止まっては引き返し、という行程を繰り返している間に日数が過ぎ、四人は遠目に〈魔出づる廃城〉が見える場所までたどり着いていた。
〈魔出づる廃城〉は魔物の巣窟である城塞型のダンジョンだが、この城が周囲から脅威とされている最大の原因は、城内で定期的に大量の魔物が発生し、発生した魔物が城内に収まらず、周辺地域に溢れ出してくる点にある。
普段であれば、定期的にモンスターが湧くポイントとして、レベル上げや金策に走り回る〈冒険者〉たちには人気のスポットであるため、廃城からモンスターが溢れるという事態になることは滅多にない。
ところが〈大災害〉から約二ヶ月、この地にまで戦いに出向くような〈冒険者〉が居なかったため、廃城の周囲一帯はすっかり魔物の巣窟と化していた。
仏のザの見立てで、おおよそ午後三時頃。
〈魔導兵器〉との戦いで消耗したMPを休息をとることで回復させた一行だったが、このまま突っ切った場合、戦っている間に日が暮れてしまい、野営の準備も夕食も睡眠もできなくなってしまうと判断し、一晩休んで明朝に突撃をかけることにした。
◇
「なぁ、スズちゃん」
そう、はこべが声をかけてきたのは、スズが矢の整理をしていた時だった。
通常、射撃武器使いの〈暗殺者〉、いわゆるは「弓アサ」は一度の戦闘で矢を湯水のように消費する。数種類の矢を常備し、相手や状況に合わせて使い分けることができるようになれば、初心者を卒業したと言えるだろう。
メニュー画面を開きアイテムを所持する収納管理画面から選択することで、あとは自動的にその矢を射ることもできるが、戦闘が現実になった現在ではその時間が作れない場合も少なくない。
そのためスズは、背中に並行に二本の矢筒を背負い、緊急の際には矢を手掴みにして弩弓に装填している。使った矢の本数など戦闘中に数えている暇も無いので、戦闘後の余裕のある時にチェックし、補充するのも重要な準備だった。
「はいな、はこべはん。どないしはりましたんぇ?」
そんなスズの隣で、はこべも装備と消耗品をチェックしていた。
敵の攻撃を受ければ防具の、敵に攻撃を与えれば武器の、それぞれに設定された耐久値が削られていく。本来それは街に持ち帰り修理に出すか、街に帰れない遠征等の場合は〈鍛冶屋〉系のサブ職を持つ仲間に治して貰わねばならず、その修理にかかる費用や補修素材の入手難度は、破損した装備のグレードに依存する。
幸い、彼女の武装は〈醸造職人〉の特技で自作し改良を重ねた〈製作級〉なので、その性能の高さに反して〈醸造職人〉の特技による安価な補修が可能だった。
レジャーシートを敷いた地面に胡座をかき、半眼になってスズの身体から流れる〈瞑想のノクターン〉に耳を傾け、酒を染み込ませた脱脂綿をピンセットで挟んで鬼包丁についた傷を優しく叩く。それで破損が治るのだから不思議なものである。
「スズちゃん、さっきの戦い方だけど・・・・」
随分と逡巡を重ねたのだろう、しばらく互いに無言のまま手だけを動かした後、歯切れが悪そうにはこべが口を開く。
「あ、うん。しくじってしもてゴメンなぁ。〈スパークショット〉は悪手やったわぁ」
「それとちゃーうっ!」
反省するスズの言葉を今度は舌鋒鋭く、むしろ食い気味に遮ったはこべは、意を決して前回の旅に出てから思っていた事を言葉にした。
「なぁ、スズちゃん。いつまでそうやって使い渋りしとるつもりなん?」
矢の整理を続けていたスズの手が、その言葉にピタリと静止していた。




