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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
4:〈ヘブンブリッジ〉に宇宙人の影を見た!!
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4-2

 「そいじゃあ、最後ん買い出しに行っちくるばってん、これで良かかしら?」

 彼女が差し出した半紙には、水薬(ポーション)各種、霊符に呪毒、宝珠に巻物、矢玉の類に便利な魔具、保存食の材料が連々と書き留められている。

 その一覧、(すずな)の達筆で書かれた矢玉の項目に目が止まる。

 作成した買い物リストを渡して確認を求める仏のザ(ほとけのざ)を前にはこべ(・・・)は渋い表情で尋ね返した。

 「なぁホトケちゃん、本当(ホント)にコレで()んかいや?」

 「じゃっとよ。そいは私達がどげんこげん言う問題じゃなかから・・・・」

 眉根を寄せた仏のザの表情はいつも通りなのだが、そこから困ったような雰囲気を察したはこべは罪悪感を覚える。

 彼女を困らせているのが、自分の問題定義なのか、それとも定義した問題そのものなのか、判断つかず、どちらにしても自分が彼女を困らせていることに違いはないのだと思ったからだ。

 「そっかな。ボクらがどうこう言った方が良ぇんちゃうかな・・・・」

 結局、反駁の言葉を口の中で呟くに留め、はこべは買い物リストを仏のザに返し、酒造りの作業へと戻った。

 最終工程なのである。


 彼女たちもスズと同様に、この四十日を無為に過ごしてはいなかった。


 五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)は保存食の作成に取り掛かっていた。

 市販されている保存食を購入するという案もあったにはあったのだが、試しに買って食べたそれは、ダンボールをぬるま湯に浸して放置したような何とも言えぬ味と食感がしたもので、満場一致で否決された。

 また彼女のサブ職業〈仙厨師〉の特技に〈仙桃の作成〉という如何にも日持ちしそうな食べ物の作成特技があったのだが、こちらは年単位の時間がかかり、しかも作成中に雨が降ると実が腐るという相性の悪さも重なって断念された。

 結局は、五行自身がレシピを元にコツコツと(本人は嬉々として)保存食の開発をおこなっていたのだ。


 仏のザは、五行の調理をサポートしながら、ギルド内外の細かな生活を支えていた。

 五行は研究開発という段階になると寝食を忘れて没頭するタイプだったらしく、朝食は主に彼女が担当することになった。

 それは質素な和食ではあったが、五行の作る味の濃い中華料理の日々の中でのちょっとしたアクセントとして、スズとはこべにはむしろ好評だった。

 食器の片付けやギルドハウスの掃除、繕い物に洗濯に買い出しと彼女の仕事は多かったが、その中でも頭を悩ませたのが洗濯である。

 〈ヤマト海〉にほど近い盆地である〈キョウの都〉は梅雨入りしたこの時期、非常に多湿な環境となる。

 地球世界でも主婦だった彼女だが、生まれ育った北九州も結婚後に引っ越した北関東も、ここまでの多湿環境ではなかったため、当初は洗濯物がなかなか乾かず苦労をした。

 この状況を改善したのは、やはり〈主婦〉の特技・・・・というか主婦の特性だった。

 買い物に出た先で知り合った〈大地人〉の主婦たちと仲良くなって教えてもらったのだ。

 彼女はそうやって、家事のコツだけでなく〈大地人〉に広まる噂を集めてきてもくれた。

 突如〈冒険者〉が人間性を持ち始めた事を指す〈五月事件〉という名称を聞きつけたのも彼女であり、井戸端会議こそ最も原始的にして最も強力な情報共有の場(ウェブ)なのだと認識された瞬間だった。


 酒造りを日課にしていたはこべは五行の依頼で醤油造りにも挑戦していた。

 とは言っても、こちらは手本もなければ作り方を知っている人もいない、完全な手探りからのスタートだ。

 試行錯誤しながら研究を重ねてはいるものの、四十日程度では満足な結果が出る筈もなかった。

 今仕上げているのは〈ニオの水海〉で捕れた魚を材料に使ったナンプラーもどきだ。

 その一方で、ギルド内で彼女が負っている重要な役割が情報の収集だ。

 〈七草衆〉のギルドハウスを最も多用していたのはスズシロだが、最も活用していたのははこべだった。

 「鬼を狩る」というロールプレイに忠実な彼女は、主にヤマト西部すなわち〈神聖皇国ウェストランデ〉領内で活動しており、〈スザクモンの鬼祭〉の常連でもある。

 鬼娘の格好で同じ狩場を転々とする彼女は狩場やイベントの常連に知己が多く、その知己の大半が今は〈ミナミの街〉に滞在しており、彼らから他の〈冒険者〉の話を聞くことができた。

 この二ヶ月足らずの間に当初の混乱から立ち直りつつある彼らの間では、あの大量異世界転移事件は〈大災害〉と呼ばれていた。


 結局、〈エニグマ童子〉の話は伝えられなかった。

 一つには〈大災害〉当初の混乱から立ち直りつつある〈ミナミの街〉に新たな混乱を持ち込む可能性を考慮したからだ。

 〈鬼王オオエ〉が企んでいるであろう作戦の全容もまだ判らないが、〈ミナミの街〉に及ぼす影響が大きいとは思えず、伝えたとしても大山鳴動して鼠一匹という結果になりそうだったため、マツネたち〈街道の守り手(ホドフィラクス)〉を通して〈大地人〉の研究機関に話を持ち込むことになっていた。

 もう一つには、そのマツネから口止めをされたからだ。

 彼女たちは、〈街道の守り手〉の秘技に属する部分まで見てしまっていた。

 それは、マツネが彼女たちの人柄と行動を見て信頼を寄せたからなのだが、それは〈冒険者〉という人種全てに対する信頼ではない。

 それ故の口止めであるし、口止めされた以上〈街道の守り手〉の話を抜きにして〈悪鬼(オニ)〉たちの話を伝えることも難しく、何処で暮露(ぼろ)が出るやら判らないため、口を閉ざすに越したことはなかった。


 梅雨明けを待ちながら準備を続ける四十日。

 そして、旅立ちの日はやってきた。



 「良い天気になって良かったっちゃぁー!」


 長雨の間に充分な水分を摂取した木々は、久方振りの陽光をふんだんに浴びようと、両手を掲げるかのようにその瑞々しい枝葉を中空に差し出している。

 草を()む〈緑蹄鹿(グリーンエルク)〉を遠目に見つけ野原に一歩踏み出せば、表層にまだ雨水が残る熟々とした地表には靴跡の形に水が染み出し、靴底を濡らす。

 (もっと)も、地球世界でその表層を覆っていたアスファルトが罅割れ剥がれて所々を石畳で舗装し直された街道は水溜まりも無く、足元の心配をせずに済んでいるのがありがたい。

 はこべの動きは、解き放たれた子犬のように忙しなかった。

 何を見つけたのか立ち止まって遠くを眺めていたかと思うと、突如駆け出して先頭を追い越す、くるっとターンを決めて片足立ちになり(ワイ)字バランス、余人がそこに意味を求めることは至難である。


 はこべにとって梅雨の閉塞感は馴染み深いものだった。

 彼女の地元は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど雨量も降水確率も多い山陰の小都市で、高校の通学路が水没し腰まで水に浸かって自転車を漕いで帰る、などという事も日常茶飯事な土地柄だ。

 だからこそ、長雨が明けてカラッと晴れた日の彼女はすこぶる上機嫌だ。

 狼牙族特有の幻耳幻尾を感情のままに飛び出させ、太陽の恵みを全身で感じようと駆け回るその姿は成犬になりつつある幼犬を彷彿とさせる。


 今回の旅程では、〈ウマモドキ〉の使用は控える事になった。

 スズと仏のザに酷い痛みを(もたら)した縦揺れの解消が困難だったためだ。

 〈キョウの都〉中の商店を探したものの補正下着の類はついに見つからず、仏のザが着衣の裏地にパッドを縫い付けるなどしたのだが、素人の手作業ということでそれに頼りすぎるのには不安がある。

 〈ウマモドキ〉の速歩(はやあし)についてはマツネからの指摘があった。

 前回は、右前足と左後足、左前足と右後足を同時に繰り出す、いわゆる斜対歩を用いていたのだが、この歩法では騎手に強い上下の揺れが生じる。

 マツネが教えた歩法は側対歩と言い、右前足と右後足、左前足と左後足を同時に繰り出す歩法で、騎手に伝わる揺れが少なく場上で弓を用いる場合に便利とされていた。

 教わった彼女たちは帰路を使ってその歩法を試みたのだが、結果は芳しくなかった。


 最も難航したのは〈ウマモドキ〉への指示出しだ。

 〈エルダー・テイル〉に於いて乗騎の移動速度を上げる手段は、ボタン一つを押している間だけ速度が上がるという単純なものだった。

 ゲームが現実となった現在でも〈冒険者〉の身体が自然に行う動作で指示が出せているし、それを見て覚えて再現することもできる。しかし、身体は覚えていても頭が覚えていないことであるため、指示の出し方を知らない動作をさせる事には無理があった。

 調教した本人に尋ねようと〈召喚笛〉を買った商店で製作者について聞くと、二十年以上前に他界したと言われ、時の流れの速さを実感すると共に、〈ウマモドキ〉の寿命がどうなっているのかという謎が増えてしまった。

 最終的には、調教者の孫に話を聞くことができ、この問題は解決したのだが、随分と時間を喪失(ロスト)してしまった。

 また、斜対歩が〈冒険者〉にとって最も自然(デフォルト)な乗り方と設定されているのか、迂闊に気を抜くと縦揺れが始まってしまうため、練習を重ねて慣れるまでは可能な限り徒歩で進むという方針に決まったのだった。


 スズの手には大学寮で複写してもらった荘園地図(マップ)、五行と仏のザが肩から下げた魔法の鞄(マジックバッグ)には大量の保存食(おべんとう)、そしてはこべの背には折り畳まれたテント。

 テントや(かまど)の設営手順に関してもマツネや彼女の率いていた〈街道の守り手〉の狼牙族たちに教わっており、こちらは長雨の間にギルドハウスの庭で練習を重ねた事で雨天での迅速な設営が可能なレベルにまで仕上げてある。

 勿論、(エネミー)との遭遇に備えて武器の手入れや防具の補修、消耗品の補充や拡充も万全とは言えないまでも整えた。


 「そりゃご機嫌にもなるっちゃよ」

 ルラララ~♪ と鼻歌まで飛び出した所で流石に(たしな)められるが、これで楽しくない訳が無いのだ。

 「遊びでは無いのだけれどネ」

 窘められてもどこ吹く風という様子のはこべを見て溜息をつく五行もまた笑顔を隠せず、四人の間に柔らかい空気が流れていた。

 空には陽光が煌めき、風は小鳥たちの囁きを運んでくる。


 それは、素敵な未来が待っていると錯覚させるのに充分な陽気だった。


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