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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
4:〈ヘブンブリッジ〉に宇宙人の影を見た!!
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4-1

 為政者というものは、時代を問わず場所を問わず歴史を改竄(かいざん)することを好むものである。

 家系図の偽造などはまだ可愛いもので、政敵に無実の罪を擦り付け、自身の悪行は揉み消して、版図拡大は隣人を救う美談となり、異民族は悪鬼羅刹か妖怪変化、異教徒は悪魔の下僕か邪教の手先、堕とし貶め陥れる。

 斯くして正しき歴史を語る者、囚われ騙りと罵られ、焚書坑儒に魔女裁判、歴史の闇に沈むが運命(さだめ)


 「北滅将軍ラゲッジは公爵位の授与を断ってエッゾ帝国を建国。南征将軍フォーランド公爵家と西覇将軍ナインテイル公爵家は滅亡。東伐将軍コーウェン公の嫡子が救援要請を断られて討ち死にするに至り、皇王家とウーデル執政公爵家は完全に孤立しました」

 文章博士(もんじょうはかせ)レイジ・コクラの手にした竹の教鞭がアンダーラインで強調された黒板の一点をピシピシと叩いた。

 〈弧状列島ヤマト〉の概略図。その中央に大きく書かれた〈キョウの都〉から四方に伸びた矢印に逆の手に持つ白墨(チョーク)×(バツ)印を書き足していく。

 最初に北、次いで南、西に続いて最後に東。

 それこそ、現在〈神聖皇国ウェストランデ〉がヤマト本島の西半分しか支配下に置くことのできない元凶であった。

 「そんな状況の中で突如〈キョウの都〉に大量の〈悪鬼(オニ)〉が発生し、〈ウェストランデ皇王朝〉の誇る禁軍は内側からあっという間に食い破られたのです。山間に住む狼牙族(ホドフィラクス)の助けを得て〈スザクモン〉に〈悪鬼〉を封じた時には、既に皇王家は絶えていました」

 歴史の生き証人であり、生き字引と称されるこの長命種(エルフ)の歴史学者は、宮廷に根を下ろし、礼儀作法の第一人者として知己を得、師範としての立場を確立することで、史家にありがちな口封じから身を守っていた。


 「ここまでで判らない所はありますか、スズシロさん?」

 そんな彼にとって優秀な〈娼姫プライベートアクトレス〉の教育は、趣味嗜好の範囲を越えて保身の意味も含む。

 スズがコクラ邸に招かれて個人授業をうけている意味はそこにあった。

 「はい、先生(せんせ)。今はその将軍職、どなたさんが就いてやはるんどすか?」

 「良い質問ですね。今はこれらの将軍職はいずれも在任者はいません。元々この四将軍は常設ではなく、大戦(おおいくさ)の際に編成した大軍を指揮するために急遽任命されるものなのですよ」

 「なるほどなぁ。坂上田村麻呂はんみたいなもんかいな」

 十年近い昔、高校生だった頃に受けた授業の内容を思い出しながら、自分なりに解釈するスズ。

 レイジにとって彼女は良い生徒だった。

 この世界(セルデシア)の常識には欠ける所が大きいものの、高い教育と厳しい(しつけ)を受けており、他者と接する際の受け答えも弁えている。


 実のところスズは、つまりスズシロは〈娼姫〉ではなく濡羽に師事していた〈見習い徒弟(アプレンティス)〉であり、同時に(すずな)より〈歌姫〉の手解きもうけている身だ。

 〈歌姫〉には〈大地人〉や〈古来種(NPC)〉から聞いた伝承を記憶し、好きな時に再生する機能が備わっていた。

 〈筆写師〉や〈学者〉、〈会計士〉のようにメモ帳機能を駆使するサブ職業と比べると、コピー&ペーストのできない不便さはあるものの、こうしてゲームが現実となった今では書きつける物に頼らず正確に記憶できるこの特性は大きなアドバンテージだ。

 勿論、そんなことは〈大地人〉には知る由もないが、形の残る資料としてではなく口伝のみで知識を伝えることができる弟子というのは、歴史家であるレイジ・コクラにとって掛け値無く掛け替えのない宝である。

 礼儀作法に始まり、歴史、天文、文学、詩歌、地政学。

 レイジはこの四十日余りという限られた時間の中で、伝えられる限りの知識を伝授できたという自負を抱いていた。



 スズがレイジの個人授業を受けることになったのは旅の準備が切っ掛けだった。

 〈街道の守り手(ホドフィラクス)〉に護衛されて〈キョウの都〉に戻る道すがら、童女マツネに旅の準備の大切さを懇々と説かれたスズたち四人は、今度は入念な旅の準備に取り掛かった。


 スズが担当したのは地図の入手である。

 最初に行ったのは、マツネたちが持っていた詳細な街道の地図を譲って欲しいという交渉だった。

 山間に住む狼牙族を束ねるこの童女は出会いの当初から友好的で、共に〈悪鬼〉の陰謀を挫いてからは親身になって様々な旅のアドバイスをくれもした。

 しかし、この件については取り付く島もなかった。

 「それは無理~。太祖から続く約定に反しちゃうから、ごめんね~」

 と、貼り付けたような笑顔で謝られて、スズもそれ以上の追求を諦めたのだ。


 続いて、都に帰ったスズが連絡をとったのは、彼女の支援者(パトロン)の一人であり、留守中も様々な贈り物を届けていてくれた左衛門尉(ティム・ベラミー)だ。

 だが、これもまた軍事機密の一言で断念された。

 街道や橋、街や村の書き込まれた地図というものは、敵対者に読み解かれた際に攻撃対象を教えるというデメリットを抱えている。

 日本で初めて詳細な地図が作られたのは江戸時代。

 国内は幕府によって統一され、娯楽として街道を旅する人々も増え、西洋から高度な測量技術が伝わったこの時代に、偉大なる冒険者・伊能忠敬とその縁者によって作られたのが伊能図と呼ばれる詳細地図だ。

 この地図の誕生にも、内外に敵が居ない時代という背景が大きかった。

 逆に考えれば、街道地図を軍事機密と考える〈神聖皇国ウェストランデ〉の兵部省が地図を読み解ける敵(・・・・・・・・・)を想定しているという訳で、大変きな臭い話ではあるのだが。


 ともあれ、そうなると検非違使別当ヘンリー・レインウォーターに頼んでも同じ事だろうと思案するスズに、ベラミーが勧めたのはレイジ・コクラに相談することだった。

 兵部省が管理する街道地図とは別に、民部省が作成する荘園地図というものがある。

 この部署は〈地図屋〉を多く抱え込み、作成した地図は領内各地を巡って税の徴収を行う〈徴税官〉や〈辺境巡視〉に配される。

 街道地図ほど細密では無くとも〈ランデ真領〉を旅する程度であれば充分と言えた。

 そして、その荘園地図を保管、研究するのがレイジ・コクラの所属する文部省なのだ。


 大蔵卿に話を通せれば早かったのかもしれないが、彼は濡羽を伴って〈イコマの斎宮離宮〉に向かっており、連絡が付かなかった。

 元より、気軽に会える相手でもない。

 最高級の〈娼姫〉を連れて政争と暗闘の万魔殿たるイコマに向かう彼がこの先更に忙しくなるだろうことは容易に推測されたため、早々に断念することになった。


 ティム・ベラミーの紹介によって再会したレイジ・コクラは地図の複製を快諾した。

 その条件として突きつけられたのが出立までの期間、なるべく彼の元に顔を出して礼法その他の授業を受けるという条件だった。

 これは地球世界とこの異世界(セルデシア)との常識のズレに何度も悩まされてきたスズたちにとっても渡りに船の条件。

 この世界においても、本来ならば相当額の授業料を支払っても簡単には受講できないコクラ博士の授業である。

 断る(いわ)れはなかった。



 「話は変わりますが、出立は明日でしたね」

 「地図も用意して(もろ)たし、ぼちぼち梅雨もあけますよって」

 教鞭を収めて問いを口にしたレイジに対して、スズは深々と頭を下げる。

 大学寮に所属する〈筆写師〉の手が空き次第、地図の複製は行って貰えることになったのだが、出立までに四十日も掛かったのは天候に原因があった。

 〈エルダー・テイル〉には大きく分けて二種類の天候変化が設定されている。


 一つはストーリー上のイベントやキャラクターの特技によって意図的に変化する天候だ。

 〈森呪遣い(ドルイド)〉の〈コールストーム〉に代表されるこのタイプの天候変化には、雷雨に対する電撃属性、降雪に対する冷気属性、炎天に対する火炎属性といった属性攻撃への補正が行われることも多い。

 また、霧や雨などで視界を閉ざし命中や射程にペナルティを与えたり、時には酸性雨のように継続(スリップ)ダメージを与える(トラップ)の機能をもつ天候変化もあり、これらの効果から身を守る〈アンダーツリーパス〉などの特技も充実している。


 もう一方は、ビジュアル上の天候変化だ。

 〈エルダー・テイル〉には天候エンジンが搭載されており、ランダムで天候を変化させていた。

 これにより晴れと雨とでは同じ場所でも違うビジュアルを楽しむことができ、ユーザーの飽きを防ぐ意図があった。

 この点が〈放蕩者の茶会ディボーチェリ・ティーパーティ〉を主催していたカナミには非常にウケており、「全天候でのフォト制覇」なるお題で同じイベントへの行脚を行ったこともある。

 また、天候によって出現するモンスターを変えたり出現頻度を調整することでも、雰囲気を作ったりイベントの条件に変化を出したりと役立てていたようだ。

 降り注ぐ雨の中、〈青ざめた馬(ペイルホース)〉に跨り〈グレイブヤードウォーク〉を繰り出す(よみ)の姿に、ゆーこがマジ泣きしたことを思い出す。


 〈弧状列島ヤマト〉はやや気温が低めながらも地球世界の日本と似た風土で四季があると設定されているため、その変数発生機(ランダマイザ)には季節ごと地域ごとに特有の偏りが持たせられている。

 特に北近畿という地域は、夏になれば最高気温、冬になれば最低気温をマークし、降雪量も降雨量も多く洪水や河川の氾濫も多発する。

 そんな地域をモデルに組まれた〈ランデ真領〉であるから四季の移り変わりは非常に激しく、旅に適した日がようやく訪れたのは彼女たちが〈キョウの都〉に帰還してから四十日後のことであった。


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