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元来、道とは龍に例えられるものである。
道は人を運び、人を通じて物を運び、離れた場所と場所を繋げる力を持つ。
それはエネルギーの循環であり、自然と共存する民がその存在を一個の生き物として見た時、其処に現れる形。
今、彼女たちの目の前に、龍が顕現していた。
パキ、ピシィ、ゴゴゴゴゴゴゴ。
歳月により風化し傷んではいるものの丁寧に整備された石畳の街道が〈ルディニアの廃神殿〉ゾーンに接した部分から持ち上がり、細部を変形させながらその長い蛇体を地面から引き剥がしていく。
鎌首を擡げてエニグマ童子を見下ろすのは、土砂の身体に石の鱗を持つ龍の如き姿だった。
「おねえちゃんたちから話は全部聞かせてもらったよ。〈人食い鬼〉の軍団によって街道を荒らした罪。〈街道の守り手〉の名において、〈悌〉のマツネが処断するよ~」
道を地面に引かれた線だと考えるならばエネルギーの循環するそれが描くものは魔法陣であり、その上を歩むという事は陣に魔力を蓄えるという魔法の行使に他ならない。
街道そのものを魔法陣に見立て、そこに蓄えた魔力を手続きによって引き出した彼女は耳元に触れ、親指の先程の宝珠に意識を集中させる。
下半身を未だ地に埋めたまま、道の龍は童女の宣告に従って〈悪鬼〉へと襲いかかった。
「〈過去を負いし龍の道〉!」
呆気に取られていた〈七草衆〉の四人も、強力な助っ人に負けじと戦いを再開させる。
援軍を得た彼女たちの猛攻によって、程なく戦いは終結を迎えた。
「以土行誘眠、静」
〈砂魔女〉が砂を撒く。
執拗にはこべへと殴り掛かるエニグマ童子の瞼に降り注いだ砂は眠気を招き、〈悪鬼〉の動きが目に見えて鈍くなる。
「今です! 〈ジャッジメント・レイ〉!」
「おねえちゃん、わかったよ。突撃ぃ~!」
「お上がりやす。〈エクスターミネーション〉ぇ!」
「そして、とどめの〈一刀両断〉だっちゃ!」
光の帯に焼かれ、龍の突進に吹き飛ばされ、鋼の太矢を胸に受け、最後は鬼包丁〈本醸造・鬼殺し〉の刃に頭頂から股下まで切り裂かれ、オオエ四天王筆頭・エニグマ童子は倒れ伏したのだった。
◇
「なるほどネ。マツネは〈街道の守り手〉の長だったカ」
戦いの後、一行は車座になり互いの情報を交換していた。
倒されたエニグマ童子の亡骸は、その端々から徐々に虹色の泡に変換され始めており、このまま時間を置けばドロップ品を残してすっかり消えてしまうことだろう。
既に脅威は去っていた。
仏のザたちが昼食を共にした童女・マツネは〈街道の守り手〉に八人いるという長の一人だった。
〈キョウの都〉西方面の街道で多数の高レベルモンスターが結界を通過したとの報告を受けた彼女が街道魔法陣を通じて該当地域の情報を集めたところ、西に向かってハイスピードで進軍していく〈七草衆〉に気づいた。
マツネが昼間、仏のザに渡したお守りにはGPSのような機能が備わっていたのだ。
その進軍の痕跡を辿った〈街道の守り手〉たちは、点在するドロップ品から彼女たちが〈人食い鬼〉を殲滅しながら西へ向かっている事に気づき、共闘するためにその痕跡を追ったのだ。
その後は通信用の魔法の宝珠を介して仏のザと情報を共有し、万が一に備えて全力が出せる街道の近くに陣を張っていた。
エニグマ童子の脅威度が高かったため、街道に蓄えられた魔力の使用許可が降り、あれだけの助力ができたのだとマツネは語る。
マツネは、エニグマ童子の物に加えて、道すがら回収したというそのドロップ品の山を差し出した。
その中には〈人食い鬼〉たちが身に着けていた粗末な武器や毛皮、角や爪といった魔法触媒に混じって、見覚えのない護符のような物が含まれていた。
多くは彼女たちの攻撃によって裂けたり破れたりしていたが、中には機能を損なわないまま残された物もあった。
これが、〈典災〉影法師のミズクンが言っていた「魔除け」なのだろう。
五行もまた、〈ルディニアの廃神殿〉の広間で見聞きした内容を〈街道の守り手〉たちに開示した。
「オオエの狙いは、ひょっとすると〈呪禁王〉の復活かもしれないね~」
というのが、話を聞いたマツネの推測だ。
その推測を固めるために廃神殿の広間にあった魔法陣を見たいというマツネを護衛して、今度は全員で迷宮に潜ることになった。
幸い、〈人食い鬼〉によって駆逐された〈木乃伊〉たちはまだ復活しておらず、青黒い輝きを宿す魔法陣を見たマツネは己の推測に確信を持ったようだった。
「この魔法陣は、魔除けと同じ作法の術式だね~。でも、一つじゃ機能しない。あと三、贅沢を言えば四個はないと充分な力を発揮しないよ~」
「となると五大、違うネ。この位置だと五芒を描く形になりそうヨ」
マツネが取り出した主要街道の地図を見ながら魔法陣の全容について推察を始め、横から覗き込んだ五行娘々がオカルト知識で考察を加える。
彼女たちが描く五芒星の頂点は、地球世界に置き換えればいずれも聖域と言って良い場所だった。
すなわち都の東、〈ニオの水海〉にほど近い〈セイラーの死廃街〉。
都の南西、吸血モンスターの巣窟〈茨の城〉。
都の南東、〈天狗〉の棲む霊山〈鷲舞台〉。
そして都の真北、山中に佇む方舟型の迷宮〈輝石の船〉。
どうやら、街道を横切って進軍していた〈人食い鬼〉の群れは、次の魔法陣を描く場所を確保するための部隊だなのだろう、という結論に落ち着いた。
その結論が正しければ、この魔法陣を防衛する部隊にまで魔除けを渡して進軍させたエニグマ童子にミズクンが苛立っていたのも当然といえるだろう。
◇
「おねえちゃんたち、旅をするっていうのに準備足りなさすぎ~」
あっけらかんと笑うマツネの言い分が正論過ぎて、四人それぞれに笑顔が浮かぶ。
五行のは苦笑としか言いようのないもので、はこべはマツネと瓜二つの屈託ない表情で破顔し、スズは何が笑いのツボに嵌ったのか柔和な微笑みとは裏腹に腹を手で抑え、仏のザもそんな仲間の様子を見守りながら安堵の笑みを浮かべている。
神殿跡で取り出した地図の話題から、四人の旅の苦労話で盛り上がった後のマツネの感想である。
結局、〈人食い鬼〉とエニグマ童子のドロップ品は〈七草衆〉と〈街道の守り手〉で山分けにした。
マツネは遠慮したもののスズの笑顔に押し切られた。
用意していた麺麭が〈人食い鬼〉に荒らされたことで、このまま〈ヘヴンブリッジ〉を目指すことは難しくなっていたこともあり、その代わりにと四人を〈キョウの都〉まで送り届ける事にしたので、こうして娘五人を屈強な狼牙族で囲んでの旅程となっている。
いくら〈冒険者〉が超人的な能力の持ち主であっても、女性ばかりの旅というのは無用なトラブルに見舞われ易いからだ。
そのドロップ品にあった〈典災〉ミズクンが作ったという「魔除け」、そして魔法陣は、マツネが伝手を頼って解析する事になった。
設置された〈道祖童子〉の結界をものともせずに、出現レベルを越えたモンスターを街道に侵入させた「魔除け」の効果は〈街道の守り手〉にとって優先度の高い脅威と言える。
もしも〈キョウの都〉周辺の街道魔法陣に大きな被害が及んだ場合、それだけでも鬼王オオエが狙っているだろう〈呪禁王〉の復活が近づいてしまうのだ。
知らずにとは言え、その計画の一端を防いだ〈七草衆〉への信頼が大きくなるのも当然の話だった。
とは言え、
「道なりに進んだら一日で着くと思ったっちゃけどね」
「哎呀、食材も完全に枯渇してしまったヨ」
「ウチ、痛すぎておっぱいもげてまうかと思うたわ」
「そーやね。色々と考えの浅かったたい」
そう百年以上も冒険を重ねた超人とは思えない反省の言葉を互いに口にする四人の姿に、マツネは放っておけない子供を見守るような心境をも同時に感じていた。
「仕方ないから、〈キョウの都〉に着くまでの間。おねえちゃんたちに旅のノウハウをレクチャーしますよ~!」
「わーい、やったー!」
「ウム。これは儲けというものだネ」
「あんじょうよろしゅうにお願いしますぇ」
「ありがとう。お世話になるけん」
「うふふ~。スパルタですからかくごしておいてくださいね~」
斯くして、一行は和やかな雰囲気のまま〈キョウの都〉に到着し、四人の最初の旅は振り出しに戻ったのだった。
キャラクター紹介:3
アバター名:仏のザ プレイヤー名:国岳 摂子
種族:法儀族 性別:女性 所属ギルド:七草衆
メイン職:施療神官/90レベル サブ職:主婦/90レベル
仏のザは回復集中型ビルドの施療神官だ。
法儀族である上に、長杖とローブ系の布鎧という典型的な魔法使い装備である彼女はその潤沢なMPを活かし、防御・回復魔法を使ってパーティを守る方向に特化している。
とはいえ、最初の〈七草衆〉が解散して以降は、コンビプレイで魔法攻撃を行う相方の支援に回ったり、ソロプレイも頻繁に行っていたため、魔法攻撃や壁役の代理など装備次第で比較的柔軟な運用が可能。
ソロプレイやコンビプレイ用の装備もそれなりに所持している彼女ではあるが、本気装備は〈吉祥のサルワール〉など新生〈七草衆〉のパーティプレイで入手した準〈幻想級〉であるため、後衛での支援こそが彼女の本領といえるだろう。




