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〈人食い鬼〉の殲滅は五行娘々の立てた作戦に沿って行われた。
〈森の精霊〉が木々を歪めて作り出した広場にその能力の効果時間が切れるタイミングを見計らって〈人食い鬼〉を誘き寄せ、身動きが取れなくなった所にスズの設置した〈ポイズンフォッグ〉の罠が作動。
更に五行の最強奥義〈戦技召喚:キャリバープリンス〉が叩き込まれる。
豪華な赤いマントと白を基調にしたスーツを纏い、柔らかな蜂蜜色の髪に金の冠を被ったいかにもな姿の美少年〈聖剣王子〉の振るう約束の剣によって、〈人食い鬼〉たちは此処までの道中で傷を追っていた者から倒れて逝く。
数もHPも減らした彼らにスズとはこべ、〈樹老人〉が追い打ちをかけ、〈森の精霊〉によって密集させられた木々の中で〈人食い鬼〉たちは、とうとう混乱から回復することなく全滅したのだった。
小休止をとった一行は、今度は〈人食い鬼〉の小隊を各個撃破しながら一丸となって進んで行く。
〈スタグナ川〉の支流を渡った先に見えたものは、廃神社を護るように聳え立つ、曲がりくねって龍のような姿になった欅の樹と、崩れ落ちた石の鳥居だった。
ゾーンの名称は〈ルディニアの廃神殿〉。
歳月によって風化させられた石灯籠の並ぶひび割れた石畳の先には、亀の姿をした大怪獣を想い起こさせる重厚な屋根の覆堂が残っており、青黒く輝く灯りがその開け放たれた本堂の扉から漏れている。
「仏のザちゃん。知ってるネ?」
「うん、見た事あっけん。捻れた欅に石鳥居、ガメラ屋根の本殿ときたら、南丹市園部ん蛭子神社がモデルやろうね。随分と逸れて来ちゃったみたい」
脳裏に地図を思い浮かべて、全体の行程の四割ほどしか進んで居なかった事に気づきため息をつく仏のザ。
彼女は学生時代に「聖地巡拝」と言いながら単身で日本中の寺社巡りをした事がある。
もっとも、それは敬虔さと言うよりも〈エルダー・テイル〉のダンジョンを現実で巡ってみようという動機からだったのだが、それ故にこそ、彼女は現実の寺社を元に作られたダンジョンには詳しかった。
「確か〈神代〉に作られた神殿跡じゃったかな。今はアンデッドん湧くダンジョンになっとったっち思う」
〈エルダー・テイル〉の舞台であるセルデシア世界には、かつてあった高度な文明が大きな戦争で世界ごと滅び、神々の奇跡によって再構築されたという創世神話がある。
その戦争で滅んだ文明の時代を〈大地人〉たちは〈神代〉と呼んでいるのだ。
もっとも、そういう創世神話が残っている割に、彼らがその神々に対して祈りを捧げたり信仰を傾けたりしないことを五行は知っているのだが。
「じゃあチョット偵察に行ってくるネ」
既に効果時間の切れた〈森の精霊〉と共に林の中では大活躍だった〈樹老人〉の彭侯の巨体を送還する。
殴ってよし射ってよし守ってよしのオールマイティプレイヤーである〈樹老人〉だが、その巨体故にダンジョン内での動きは鈍く、侵入できない場所すらあるのだ。
「請願羅刹現身。いでよ維毗沙那!」
代わりに呼び出されたのは赤銅色の肌と燃えるような真紅の髪、白目のない黒壇のような漆黒の目を持つ偉丈夫。曝け出された逞しい上半身と両足には腕輪や足輪、首飾りなど黄金の装飾が施され、手にした戟の刃も揺らめく焔を模した金色。
炎の精霊である〈羅刹〉だ。
彼らは〈人食い鬼〉と共生することすらある友好種族なので、もし見つかった場合に取れる対処が増える、と考えての選択でもある。
周辺警戒と〈人食い鬼〉が出てきた時の対処をスズとはこべに任せ、〈幻獣憑依〉によって〈羅刹〉と精神を入れ替えた五行は、不安を煽る輝きの漏れる本堂へと足を踏み入れる。
本堂の床にはダンジョンへの入り口である地下への下り階段が大きく口を開けていた。
ひた、ひた、ひた
足音を忍ばせて〈羅刹〉は地下通路を進む。
石と木で組み上げられた通路は床も壁も平らに均され、ひんやりとした感触を足裏に伝える。
否。
五行は、足裏だけではなく冷気が全身に染み込むような感覚を感じていた。
通路の奥から漏れる光、それと同時に空間を満たしていく水と冷気の属性を、火の精霊でもある〈羅刹〉の身体が嫌っているのだ。
不思議なことに、〈人食い鬼〉とも、このダンジョンの本来の住人であるアンデッドとも遭遇することなく、彼女はただただ不気味な青黒い輝きの元に向かって歩いていた。
念のため、手にした戟の穂先に焔を点して灯りにしているが、暗い色合いの光であるにも関わらず、その輝きは周囲をよく照らしている。
この輝きを辿って、五行の憑依した〈羅刹〉は迷うこと無く、この夜の騒ぎの元凶に辿り着いたのだ。
「オウ。手下どもには魔除け持たせて送り出したぜ」
「それは上出来ですね。これで門の封印も・・・・いえ待ってください」
そんな会話が漏れてくる広場、入り口の陰に身を潜めながら彼女は中の様子を伺った。
殺菌室やムードにこだわるカラオケバーなどで見られるブラックライトを思わせる青黒い輝きのエフェクトを放つ魔法陣が床一面に描かれた、地下迷宮内の広場。
そこで会話をしていたのは二体のモンスターだ。
一体は、見るからに鬼である。
額から生えた真っ直ぐな二本の角。逆立つ黒髪に、野性味溢れる太い眉と金色の瞳。〈人食い鬼〉とは明らかに違う七~八頭身の体格は鋼のような筋肉に覆われている。緑を基調としたマタギのような着物の上に熊の毛皮を肩に掛け、背中には二メートルにもなる鉄の弓を背負った姿。
〈悪鬼番長エニグマドウジ〉、レベルは六五、ランクはパーティ六。
〈ササバ城塞〉に君臨する〈鬼王オオエ〉に仕える五体の〈悪鬼〉オオエ四天王の筆頭にして纏め役とされる大幹部だ。
「どうした、シャドウジャック?」
そのレイドボスを制止したもう一体は、探偵少年が主人公の漫画に出てくるような、そのまま立ち上がった影のようにのっぺりとした姿。
〈擬態魔〉の一種で人の影に擬態する魔法生物、〈影男〉。
全身真っ黒。目も鼻もない顔の中で口と思われる赤い切れ込みだけが異彩を放っている。
〈影法師のミズクン〉、レベルは五〇、ランクはノーマル。
「その呼称は正確ではありません。僕は〈魔除けの典災〉、〈採集者〉です。〈影男〉ではない」
「ワハハ、なんだかよくわかんねぇがわかったぜ! それで何を待つんだ、ミズクン?」
ミズクンの訂正を陽性の笑いと共に受け流した悪鬼番長は脱線した話題を元に戻す。
そのときミズクン少しも慌てず取り出しましたる魔除けの御札。
「コレですよコレっ! 僕の魔除けを持たせた〈人食い鬼〉が全然残って居ないんですが、ひょっとして一体残らず出撃させてしまったのですか?」
「応よ。それで何か拙かったか?」
「拙いですよ。此処の守りはどうするんですか」
「俺様が守る。どうせ〈人食い鬼〉には防衛戦なんてできやしないからな」
「そんな事をしたらアナタの動きが制限……なるほど、他の四天王も巻き込むつもりなんですか」
「そういうことだ。俺様が出張ってると知れば功を焦って金色が動く。そうなればブラコン妹も付いて来るだろう。あとは戦闘狂の虎縞が釣り出されれば、星痕も重い腰を上げざるを得まいよ」
エニグマドウジが他の四天王の性質を把握している様子を感じ取り、纏め役という設定は伊達ではなかったかと五行は感心した。
それはミズクンも同じだったようで、目鼻の無い顔を上下に動かす。
頷いたのだ。
「なるほど、そのプランの合理性を認めましょう。その方向で調整を行います」
「悪ぃな、手間ぁかけて」
「いえ、構いませんよ。しかし、そうなると魔除けを使い切られてしまったのが痛手ですね。忙しくなるので僕は一度城塞に戻ります」
「応、おつかれさん! 頼りにしてるぜ」
「べ、別に、僕はアナタたちの王が復活しようとしまいと関係ないのです。研究の一環として協力してるだけですから」
立ち上がった人影のような姿の魔物は、とぷんと地面に落ちた影に染み込むように消えた。
後に残ったのは青黒い輝きを放つ魔法陣と弓を背負った悪鬼、そして〈羅刹〉の身体で物陰に潜む五行だけだ。
ここが退き時だろうと五行は考えた。
現実となった今でこそ偵察に便利な〈幻獣憑依〉だが、ゲームだった頃は実用性のないネタ特技と言われていた。
その最たる理由が特技の解除に時間が掛かることで、緊急的に従者から本体へ意識を戻すことができないのだ。
ある程度の強行偵察も考慮してが精霊の中でも特に白兵戦に向いている〈羅刹〉を選んだものの、所詮は従者でしかない。
幹部級の敵と本気の単独戦闘ができる訳ではない。
まだ余裕があるうちにと五行はその場で意識を集中し、視界に被るコマンドリストから〈幻獣憑依〉のアイコンを探しはじめた。
(〈幻獣憑依〉用に従者側のショートカットキーも整理スるべきよネ。)
そう考えた時。
それまでミズクンを見送った体勢のまま身動ぎしなかったエニグマドウジが顔をあげる。
「さて、客人も来ていることだし、俺様もそろそろ身体を動かすとするか」
五行は弾かれたように走り出した。




