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「うん、そういう訳やよって、後の細かいことはドルチェちゃんとひさこちゃんで仕切って欲しいんえ」
「・・・・毎年とは言え菘さん、大変なのです」
「まったくよねぇ、特に今回は新パッチでレベル上限も開放されるって言うのに」
「こればっかりはしゃああらしまへんえ。お婆はんめっちゃ怖いモン・・・・。ともあれ、新規レイドに挑む場合は一番倉庫の中身、全開放してもろて構えしまへんから、あんじょうよろしゅうに」
「わかったわ。事務班の事はアタシたちが請け負うから、しっかりお婆ちゃん孝行していらっしゃいね」
「・・・・頑張ってくださいです」
〈大災害〉の数日前、具体的にはGWの初日から、鈴名は半ば強制的に有給休暇を取らされ、京都にある母親の実家で過ごしていた。
厳格な祖母の命令によってGWの間中、母と共に家業を手伝うことになっていたのではあるが、元々、父親の転勤で引っ越すまで暮らしていた家である。
朝から晩まで仲居としてアルバイトに精を出し、夜は実家に住む従姉の鈴代の部屋で一緒に〈エルダー・テイル〉を楽しむという日々を送っていた。
鈴名と鈴代は一つ屋根の下で暮らしていた七年前、二人が京都にある女子大の短期大学部を卒業したとき、一緒に〈エルダー・テイル〉を始めた仲だ。
その後、鈴名が関東に引越し就職しても、リアルの距離をものともせず〈エルダー・テイル〉で二人はつるんでいた。
色々あって疎遠になってはいるものの、こうやって盆暮れ正月GWと職場に無理を言って帰省して来る鈴名を待ち構えるかのように、鈴代は滞在中のコンビプレイを要請してくるのだ。
鈴名としても鈴代と一緒に冒険を楽しむのは嫌いではない。
疎遠になったといっても、鈴名は鈴代と一緒に遊ぶのが嫌になった訳ではなく、人間関係のもつれが原因だったのだから。
厳格な祖母が仕切るこの母の実家にあって、普段のようなパーティプレイやレイドに参加し辛い鈴名にとって、鈴代の申し出は渡りに船であり、この七年間、帰省する度の恒例行事と化してもいたのだ。
だが、今年のGWは少々勝手が違っていた。
GWの終盤に12番目の新規パッチが当てられ、しかも二年振りにレベル上限が開放されるという。
菘の所属する〈西風の旅団〉はアキバでも五指に入ると言われる戦闘系ギルドであり、そうである以上、新規パッチともなれば新しいレイドに挑むのは、当然という以前の当然なのである。
そして、その事前準備の負担は、ギルド創設メンバーの一人であり、事務班を統率する幹部でもある菘が本来負うべきである。
そのため、菘は事務班の中でも特に信頼のおける二人の後輩に事前の細かい指示と引継ぎを行なっていたのだ。
組織構成の芯がしっかりしており、こういう時に柔軟な対応ができる部分は〈西風の旅団〉の強さの一つであり、また、ギルド結成から二年足らずで大手戦闘ギルドの一角に名を連ねた要素の一つでもある。
そんなギルドをソウジロウや仲間達と一緒に築き上げてこれたことを、菘は密かに誇りに思うのだ。
「鈴名~。そろそろ行けそう?」
ギルドチャットをオフにした鈴名に、自分のデスクで〈エルダー・テイル〉を起動していた鈴代が声をかける。
ここ数日は菘が既にクリア済みのサブ職用クエストに、スズシロを連れて再挑戦するという日々が続いていたのだが、今日は珍しくスズシロの知り合いを菘に紹介したいという。
どのくらい珍しいかというと、鈴名が覚えている限りで五年ぶりくらいだ。
だから予定の確認をしているのだろうと一瞬は思ったのだが、それでも先方と約束している時間まで、まだ30分以上ある。
流石に新規パッチが当たるその時間は避けたのだろうが・・・・
「時間掛かるならお夜食摘んで来るけど」
続く言葉で疑問が解けた。
鈴名は安心して、手元の事情を説明する。
「うん。手ぇは空いたんやけど、レスポンス遅いみたいやのん」
自前のデスクトップ型パソコンと大型モニターでプレイしている鈴代(他にも高性能の集音マイクやビデオカメラなど鈴名にはよく判らない機材が色々設置されている)と違い、鈴名は自宅から持ってきたキーボードが一体となったノート型パソコンでプレイをしている。
鈴名とてMMOに七年の歳月を捧げた独身OLであり、自宅に帰れば鈴代に負けず劣らずの機材を揃えているのだが、流石にGWの帰省旅行にそれを持ってくる訳にもいかない。
あくまでも、帰省の目的は家業の手伝いであり、従姉とMMOで遊ぶことではないのだ。
そんな訳で、鈴名と鈴代のマシンには歴然とした性能差があり、その状況でレスポンスの遅れを放置すれば重大なラグの発生を招きかねないのだ。
「再起動してるから、お夜食摘むんでもお花摘むんでも好きにしてきよし」
少し意地悪な気分で突き放したような言い方をすると、相手もわかっているのか素っ気なく返して来る。
「ほしたら行ってくるわ。もし間に合わへんかったら、先方と二人でシケ込んでも良えからね~」
そう言い残して鈴代は部屋を出ていった。
「こんな軽口、まるで相棒みたいやわ」
主が居なくなった部屋で座卓に乗ったノートパソコンを再起動させながら鈴名は思いを馳せる。
子供の頃は間違いなく相棒だった。
成長してそれぞれに友人が増えてからも相方ではあった。
〈エルダー・テイル〉を始めて、また関係が相棒に戻った。
鈴名の引越しで距離が離れ、もう一人仲間が増えた。
『そんなの構わないさ、前衛はアタシに任せておきなっ!』
弓暗殺者のスズシロと支援吟遊詩人の菘。
それぞれやりたい事を追求した結果歪なコンビとなっていた二人を、回復職の身でありながら前線でフォローしてくれていた『彼女』。
怠惰で酒飲みで博打うちで狐尾族の癖に気ままな猫のような雰囲気を持った『彼女』。
年齢も近い三人は、大抵一緒につるんでいたと思う。
それから仲間が増え、支援者が現れ、多くの知人もでき、そのすべてに被害を撒き散らしながら破局を迎え、スズシロは『彼女』と決別し、菘は『彼女』と組むことを決め、そして菘とスズシロは袂を分かった。
「もう、あの頃みたいには戻れへんのやろねぇ」
畳の上に敷かれた絨毯の上、仰向けに寝転がって鈴名は一人ごちる。
アキバで新進気鋭と言われる戦闘系ギルドの幹部を務めている菘には、ミナミをホームタウンに活動しているらしきスズシロの動向は伝わってこない。
大型連休の度に帰って来て一緒にプレイしている感触では、ギルドに属さないソロプレイヤーのようだが、昔から猫を被るのが得意だった鈴代のことだ、何処まで当てにできるか知れたものではない。
ひょっとすると、鈴代が提案したコンビプレイの再開は、現在を生きる彼女に過去を懐古させ、悔悟させるための企みではないのか、などと益体もないことを考えてしまう。
「ああもう止めや。こないな事考えてたってしゃああらへんやん」
のそのそと上体を起こし、ぺしぺしと両手で軽く頬を叩き、自分に活を入れる。
母親の実家であるこの家は歴史が古く、暗く、重苦しく、つい沈んだ考えになってしまう。
「そないなことより新パッチやんね」
考え込んでいる間に時間は進み、そろそろ日付が変わろうとしていた。
鈴代の部屋の壁には年代物の振り子時計がかかっており、その針は十一時五十五分を指しているにもかかわらず、鈴名のノートパソコンは未だに再起動が終わっておらず、鈴代もまだ帰ってこない。
今回の新規パッチ〈ノウアスフィアの開墾〉は二年ぶりにレベルキャップ解放されるだけではなく、これまでにない新しい試みがなされていると情報誌やネット上の噂で聞き及んでいる。
自キャラでそれを迎えられないのは残念だが、せめて画面だけでも見せてもらおうと鈴名が鈴代のパソコンデスクに移動した時だった。
「スズシロー! 其処に居るネ? 疾く返事するヨロシ!」
忘れようのない声だった。
最後に話してから五年も経つというのに相変わらず独特のイントネーションと発声、そして語尾。
中国語を学んだ人間によく見られる口唇を最大限に動かす発声法は、彼女の声域の低さにもかかわらず、その声を大きく響かせる。
単語一つ一つのイントネーションにおいて母国語と日本語のどちらを選ぶべきか考えて結局選択を放棄したような喋り方。
まるでアニメや漫画に登場するエセ中国人のような語尾はあの頃にキャラ付けされたまま、未だにRPを続けているのか、或いは鈴名と同じく習い性になっているのか。
「お客さん連れて来たヨ! 一寸光陰一寸金ネ!」
そう叫んでいるのは白いチャイナドレス姿のアバター。
ステータスを確認してみると
名前:五行娘々
種族:ハーフアルヴ 性別:女性 所属ギルド:七草衆
メイン職:召喚術師/90レベル サブ職:仙厨師/90レベル
「やっぱり五行ちゃんやぁ」
五行は七年前、菘とスズシロが一緒に冒険していた頃のパーティメンバーであり、鈴名にとっては古い知己だ。
「七草衆、かぁ」
彼女の所属しているギルドの名前を、鈴名は苦い思いで噛み締める。
「せりなずな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすずしろ これぞななくさ」と現代にも詠み継がれている詩がある。
せりP
ナズナ
五行娘々
はこべ
仏のザ
菘
スズシロ
当時、この七人で幾多の冒険を繰り広げたパーティの通称、それが〈七草〉だ。
多くの人にとって黒歴史となってしまったその時期のことを、どうやら彼女はまだ引き摺っているようだった。
そのパーティが解散して六年余り、鈴名は五行がどうしていたのか知らない。
スズシロと未だに付き合いがあったとも知らなかったのは、鈴名が鈴代の人間関係について訊ねなかったことが大きいだろう。
鈴名とて鈴代からアキバでのことを聞かれた覚えも、積極的に話した覚えも無い。
とはいえ、決別といっても遺恨を残すような事件ではなかったため、鈴名も五行に対して悪感情を持ってはいない。
疎遠になっていたのも、単に黒歴史に触れたくなかったがためであり、五行の一本筋の通ったRPやあけすけな物言いは、鈴名にとっても好ましいものである。
とはいえ、五行の声は大きく響き易い。
この夜中にあまり叫び続けられると明日以降の仕事や家族の機嫌に差し障ると思い、鈴名は意を決して鈴代のパソコンに付属しているマイクに手を伸ばした。
「あのね五行ちゃん、今スズシロちゃんは・・・・」
ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン
その時、部屋の柱時計が大きな音で時を刻んだ。
きっかり十二回鳴るのを待って続きを話そうと思った瞬間、鈴名の意識は刈り取られ、暗黒の淵へと誘われていたのだ。
そして、時は冒頭へと戻る。
2016/4/4:加筆修正しました。