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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
3:トラブル&ザ・〈冒険者〉
18/66

3-6

開戦

 ずかずかと、広い歩幅で下生えを踏みつけながら乱暴に歩を進める。

 立ち塞がる樹の幹は、錆の浮いた鉈で切り払い、棍棒で圧し折り、拳を振るって薙ぎ倒す。

 獣道というよりも工事用車両が通ったかのような痕跡を残すのは、林の中に漂う食欲をそそる匂いに惹かれてやってきた者たちだ。


 その闖入者(ちんにゅうしゃ)たちの気配に最初に気づいたのは、召喚主である五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)に命じられて哨戒に当たっていた〈森の精霊(アルセイス)〉だった。

 薄緑色の肌を木の葉を編んだドレスに包んだ少女は、本来、森や林など天然の地形効果を無視させるといった移動補助の能力を召喚主とその仲間に与えるだけの、大人しい性質をした精霊で、索敵能力が非常に高い。

 彼女は異変に気付くや、字義通り宙を駆けて野営地まで知らせに戻った。



 野営地では、既にはこべ(・・・)が起き出してはいたのだが、同時に軽い混乱も起き出していた。

 「五行ちゃぁん、早よぉ目ぇ覚ましておくれやす」

 スズは簡易テントから引きずり出した五行を起こそうと、両肩を持って揺さぶっている。

 「結び目の固くて解けなか・・・・」

 一方で、仏のザ(ほとけのざ)は、杭とロープで地面に繋がれた〈樹老人(エルダー・エント)〉の腕を開放しようと四苦八苦していた。

 「仏ちゃん、ロープはボクが()るから五行ちゃんに〈キュア〉。スズちゃんはスイッチ切り替えて撤収準備」

 寝起きにも関わらず、僅かな眠気も感じさせないはこべの声にスズと仏のザが即座に従った次の瞬間。


 (ザン)ッ!


 一閃と共に四本のロープが纏めて断ち切られ、森爺(もりのおきな)は拘束から解き放たれる。

 それを成し遂げたはこべは既に肉厚で身の丈を超える刃を持つ愛用の製作級大太刀〈本醸造(トゥルーメイク)鬼殺し(オーガキラー)〉を手に臨戦態勢で周囲を警戒していた。

 混乱を一瞬で治め、毛布や帆布などの野営の道具、寸胴鍋に鉄のプレートといった調理器具を纏めて魔法の鞄(マジックバッグ)に詰め込むスズ。

 状態異常回復の魔法を五行に投射した仏のザは、ちょうどそこに飛び込んできた〈森の精霊〉に五行を任せ、スズを手伝いに向かう。

 その五行が精霊から事情を聞きながら身支度を整えているうちにも、メキメキという破砕音は野営地に向かって近づいてきていた。


 「まずは(・・・)敵影三つ、遅れて一つ。遭遇(エンカウント)まで、あと(いつ)ぅつ・・・・(よお)っつ」

 ドワーフの種族特典である〈熱視野(インフラビジョン)〉から〈暗殺者(アサシン)〉の特技〈暗視(ダークビジョン)〉へと視界を切り替えながら、スズがカウントを始める。


 カウントが終わるのを待たず、はこべは駆け出す。

 その姿は霞がかかったようにぶれて、巨大な太刀を担いだ幾つもの残像が彼女の周囲に見える。

 野営地の外れ、ブナ林と隣接する直前に踏み込んで跳躍したはこべは、全身が輪の形になるほど身体を反らせて、両手に構えた太刀を振りかぶった。

 ほぼ百八十度、半円の弧を描いた刃が叩きつけられたのはブナの大樹ではなく、吸い込まれるように命中した場所は、その陰から現れた赤肌の魔物の額だった。

 「さぁ、お前らの相手はボクがしてやるっちゃ!」

 身軽に着地した少女は、巨大な得物を肩に担いで林の奥に向かって宣言する。

 〈朧渡り〉から〈兜割り〉への接続、そこから〈武士の挑戦〉へと繋げるはこべの開幕コンボによって戦闘の幕は上げられた。


 「(ぜぇろ)っ!」

 カウントを終えたスズもはこべを追って走り出す。

 「〈トリックステップ〉と〈ガストステップ〉、それから〈サイレントキリング〉ですえ」

 走りながら意識の片隅で次々にアイコンを起動。

 狙い通り、はこべの攻撃が命中したタイミングでスズの特技が発動する。

 手足の短いドワーフとは思えないほどの走行速度を得たスズの姿は掻き消え、再び現れたのは敵陣の後背を突く位置。

 この位置だと、四体の怪物がはこべに向かって殺到していく背中がよく見えた。

 先頭の一体ははこべの〈兜割り〉を受けて姿勢を崩しており、すぐには前に出られない。

 そのため、後に続く怪物たちは先頭を迂回し、はこべを包囲するべく左右に分かれる動きを見せている。

 「そないなこと、させまへんえぇ。〈アトルフィブレイク〉ぅ」

 右側に大きく動いた二番手の敵に狙いを定め、構えた弩に短矢(ボルト)を番えて、素早く二連射。


 ()()ッ!


 (あやま)たず、放たれた短矢は無防備な膝の裏に突き立つ。

 移動速度減少と数秒間の麻痺を与える〈アトルフィブレイク〉の効果で、しばらくは歩くのにも走るのにも不自由を強いられることだろう。

 突然の痛みと、背後からの攻撃に驚く怪物だが、その時にはもうはこべの挑戦状(タウンティング)が叩きつけられている。

 大柄な怪物たちにとっては林の中は狭すぎて、転進してスズを狙おうとする者と前進してはこべを狙おうとする者とがぶつかってお互いに身動きが取れなくなるだけ。

 スズたちが狙った通り、渋滞が発生したのだ。


 〈兜割り〉を受けた先頭の赤鬼が目に入る血を豪腕で拭いながらはこべを目掛けて拳骨を振り降ろす。

 柔らかな橙光に包まれたはこべは軽やかなステップで直撃を免れるが掠めただけでもHP(ヒットポイント)は減るし、その結果として擦過傷を受けることになる。

 しかし、その寸前に滑り込むように仏のザが発動させた〈反応起動回復呪文(リアクティブヒール)〉が反応して即座に傷とHPを全快させる。

 「ふぅ・・・・」

 〈木霊返し〉による反撃を入れるはこべの様子に安堵した仏のザは、その側面を固めようと杖を構えて走り出す。


 「なるほど〈人食い鬼(オーガ)〉ネ。レベルは三〇台、楽勝で一掃できるヨ」

 ようやく参戦した五行が看破したとおり、野営地を襲った敵は〈人食い鬼〉の群れだった。

 ザンバラ髪に爛々と輝く瞳、人を丸呑みにしてもまだ余りある巨大な口には乱杭歯と言うに相応しい牙が並んでいる。

 額の角は一~三本とまちまちで、肌の色も赤青黒、そこに虎皮の腰巻きを着けた姿は、日本古来の物語に描かれる鬼の姿を戯画化(カリカチュアライズ)したもののように見える。

 レベルはスズたちの約三分の一。


 ただし、彼女が言うほど楽勝ムードという訳でもなく、

 「五行ちゃん、大技控えて。足止めと数減らすこと優先してぇな」

 パーティチャットによるはこべの要求に、〈戦技召喚〉の詠唱を始めていた五行はそれを中断して〈樹老人〉に指示を飛ばす特技へと切り替える。

 「以木行成縛鎖もくぎょうをもってばくさとなす、〈エレメンタルブラスト〉!」

 「ザワワ」


 鈍震(ドシン)


 齢を重ねた樹木のような老爺が葉擦れのような重低音と共に頷き、その足で大地を踏みしめる。

 渋滞を抜けて左側から回り込もうとしていた青い肌色の〈人食い鬼〉の足元から、地面を割って無数の樹の根が伸び上がって、その巨軀を絡め取り始めた。

 粗雑な棍棒を振り回して抵抗する青鬼だが千切られる端から端から次々と新しい根が生えてきてすっかり足を固定してしまう。


 「誰得なんやろ、この光景・・・・」

 樹の根に締め付けられ、苦悶の声をあげる大鬼の姿を背後から醒めた目で見るスズであったが、その手は文字通り矢継ぎ早にダメージを負い混乱の中にある敵を仕留めにかかっている。

 〈スウィーパー〉。

 それは〈アサシネイト〉と並んで〈暗殺者(アサシン)〉を暗殺者たらしめている特技の一つだ。

 レベルが使用者よりも大きく下回っていたり、瀕死の相手を対象にした、命中判定もダメージ処理もすっ飛ばして問答無用に即死させる確殺特技。

 程無くして、カラフルな四体の大鬼たちは地面に倒れ伏していた。


 「次。右後方。時間差で左後方。右側を先に叩くから五行ちゃんとスズちゃんは大技準備しといてぇな」

 休む間もなく次の指示を出すはこべ。

 最年少の彼女は普段、ギルドの末っ子的な立場にあり、本人もそう振る舞っている。

 ここまでの旅程でも、戦闘訓練や饗応の際も、そうだった。

 この襲撃への対処に限って、人が変わったかのように的確な指示を出し続ける一回り年下の友人に対して、スズ達は迅速に従う。

 最初の〈七草衆〉が解散する前から、〈人食い鬼〉や〈悪鬼(オニ)〉、〈羅刹(ネイリティ)〉に〈夜叉(ヤカー)〉、〈牛頭大鬼(ミノタウロス)〉そして〈ナマハーゲ〉といった鬼に関連したイベントは欠かさず参加していたはこべ。

 こと、鬼退治に関してのみ言えば、彼女は廃人(ベテラン)なのだ。


 そんなはこべが野営地を突っ切って駆け付けた先で、メキメキとブナの樹を()し折って、また新たな〈人食い鬼〉の一団が姿を現す。

 〈一騎駆け〉で速度を上げるはこべに〈スリップストリーム〉で追随するスズと〈ブリンク〉による瞬間転移で攻撃位置を保持(キープ)する五行は良しとしても、移動系・移動補助系の特技に恵まれない仏のザは新たな戦線に辿り着くまで時間がかかる。


 「仏のザ(ホトケ)ちゃんが着くまでに右側を片付ける。月夜で林で鬼を相手に負ける気せぇへんわ!」

 はこべが〈大見得〉を切るのに合わせ、鬼の首を狙って照準をエクスターミネーションに絞るスズと、〈聖剣王子(キャリバープリンス)〉を戦技召喚すべく詠唱していた五行が頷き、最大威力の攻撃を解き放つ。

 無数の聖剣と木の葉の嵐、必殺の矢が襲い来る鬼の群れに叩き込まれた。



 それでもこれは、この夜の襲撃の緒戦でしか無かったのだ。

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