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「おねえちゃんたち、ごちそうさま~」
〈大地人〉の童女マツネを加えた昼食は一層の賑わいを見せた。
昼食を終えたスズたちは急いで後片付けを終える。
すでに、予定にはかなりの遅れが出ていた。
「あのね、おれいにこれ、あげるの」
意外にてきぱきと片付けを手伝うマツネが差し出したのは、親指の先ほどの大きさをした結晶だ。石英のようで、角度によっては陽光を反射して煌めいて見える。
「ありがとう。ぶち綺麗たい」
「たびのおまもりなの。きをつけてね」
仏のザにお守りを手渡したマツネに見送られ、四人は再び馬上の人となった。
午前中の行程で乗馬にも慣れたことだし、と午後からは速歩で進み、距離を稼ぐ事にした訳だが・・・・。
パッカパッカパッカパッカ
ゆっさゆっさゆっさゆっさ
パッカパッカパッカパッカ
たゅんたゅんたゅんたゅん
「二人とも、大丈夫っちゃ?」
「ぶち痛かたい」
「おっぱい、もげてまいそうやわ」
「・・・・もげてしまえば良いネ」
昼食後の再出発から体感で一時間ほどだろうか。
実は、速歩は常歩と比べて速度は出るものの、反撞、すなわち馬から騎手に伝わる動きによって騎手の身体は大きく上下動する。
彼女たちの服装は水着に似てはいるものの、スポーツ用の下着などを着けている訳ではないため、その上下動はダイレクトに彼女らの胸をも大きく動かすことになる。
もっとも、これは個人差もある話で、全員に言える訳ではない。
はこべはまるっきり平気そうに鐙の上に立ったり鞍に座ったりしながら駆け回っている。
五行もまた不愉快そうな表情を浮かべ憎まれ口を叩いてはいるものの、平然と馬を進めている。
問題があったのは、スズと仏のザの二人だった。
ウマモドキが歩く度に上下に揺れる質量の塊は、それを支える胸の筋肉にダメージを与え続けるため、もしも強靭な〈冒険者〉の身体でなければ筋が断裂してしまう可能性すらあった。
その上。
いわゆる「乳揺れ」というものは日本発祥の概念ではあるものの、その人気は特に英語圏で根強い。
北米に本社を持つ〈アタルヴァ社〉もそのことは熟知しており、〈エルダー・テイル〉に3Dレンダリングの技術を取り入れた際、女性キャラクターの乳揺れには(フェミニスト団体に配慮しつつも)一定のこだわりを持ってデザインしたという経緯がある。
すなわち、水着を着てようが、鎧を着ていようが、揺れるものは揺れるのだ。
これが、ゲームの中のキャラクターであれば、それによる痛みなど感じることもなかっただろうが、今のスズたちは生身の身体だ。いかに〈冒険者〉の身体が痛みに強いとはいえ、そんな動きを一時間も続けていれば泣き言の一つや二つ出てきても仕方がないというものだろう。
「まぁ、仕方ないネ。ペースダウンして、今夜は何処かで野宿するヨ」
「ほんま、おおきにぇ」
「ほんなごつ、迷惑ばかけます」
「気にせんで良ぇっちゃ。ボク、キャンプ楽しみっ」
渋面をあっさりと解いた五行が提案した。
既に午後の日差しもピークを過ぎつつ在る中、このままペースを落として進むのであれば今日中に目的地〈ヘヴンズブリッジ〉に到着する事は不可能だろうとの判断だ。
しかし、一方で旅程が伸びることのデメリットも存在する。
その最たるものは食料だ。
どうやら魔法の鞄に入れておいた物は時間経過による劣化を免れるらしいので、五行は保存に向かない食材をありったけ魔法の鞄に詰め込んできた。
とはいえ、長くても片道一日、早ければ日帰りも視野に入れていた彼女たちは、旅に備えて新たに入手などはしておらず、そのため、このまま三日も過ぎれば食料が尽きる可能性もあるのだった。
今にして思えば、到着した先で日数のかかるクエストを受けるなどといった事態も想定しておくべきだっただろう。
そんな訳で、行程の遅れに一番神経を使っていたのが五行だったのだ。
「うむうむ。その代わり・・・・夕食後にはしっかりとマッサージをシておかないとネ」
「しっかり揉み解しておかないと、後になって痛みが残るかもしれないっちゃね~♪」
「お・・・・お手柔らかにね?」
「堪忍してやぁ」
五行とはこべが手指をわきわきと動かしながらにじり寄り、仏のザとスズは胸を抱えて後退る。
そして、そこからは野営の場所と食料を探しながらの行程となった。
しかし、探しながらの行程と一口に言っても、実際にそれを行うのとは話が変わってくる。
マツネと昼食を取りながら、食べられる野草の特徴と名前を聞いておきはしたものの、馬上からそれを見分けるのは困難だ。
また、野草が自生しているのは、主に街道沿いの林や森の中だ。採取するためには道を逸れてナラやブナの生い茂る中に足を踏み入れねばならなかった。
ここで役に立ったのがスズで、彼女のサブ職〈見習い徒弟〉に登録された〈狩人〉のスキルには野外での活動に便利なものが揃っていたのだ。
森林や草原でのスムーズな移動、身を隠す術、弓矢や罠の取り扱い、目視で正確に距離を測ることができるなど、これらのスキルは野草摘みだけでなく狩りにおいても有用だった。
流石に走っている馬上から獲物を狙って当てるという芸当こそ無理だったが、静止した状態からであれば視点の高さと彼女の得物が弩弓であることもあり、彼女の放った矢は幾許かの獲物を一行にもたらした。
巡回する騎士団の努力の甲斐あって凶暴なモンスターのほとんどいない草原で、草の蔭に潜む〈丸兎〉や草を喰む〈草蹄鹿〉といったおとなしい草食性の獲物を仕留めることができた。
しかし、五行を始め誰一人として仕留めた獲物を捌くことができなかったため、大いに頭を悩ませることになったのだ。
もっとも、悩んでいるうちにその死骸は虹色の泡に変わって消え去り、後に金貨と〈ウサギ肉〉〈シカ肉〉というアイテムが残されたことで皆が胸を撫で下ろしたのだった。
野営予定地を探すのも一筋縄ではいかなかった。
何しろ、誰一人として野営に適した地形がどんなものであるのか知らなかったのだ。
辛うじてはこべがガールスカウトでキャンプを経験していたため、彼女の先導で場所選びをする運びになったのだが、そこまでの段取りを決めるまでの間に彼女たちは既に老朽化も激しい高速道路跡に踏み込んでいた。
ステータス画面に表示されるゾーンの名前は〈レイキスハイウェイ〉。現実の地球における京都縦貫自動車道に相当する〈神代〉の遺跡だ。
ようやく知っている地形に遭遇したスズは安堵したものの、先を急いでいる時ならば兎も角、野営するのに高架道路ほど適さない環境もないだろう。
適当な場所で降りようと歩を進めた彼女たちだったが、あちこちの崩れ路上に散乱する瓦礫を避けながらでは思ったような速度は出ず、しかも降り口を見つける前に道路が崩落していたため来た道を戻ることを強いられた。
その復路ではモンスターの群れに遭遇し、戦闘にもなった。
〈魔導自走式標識〉や〈魔導散水車〉、〈魔導路面清掃車〉といった〈神代〉の維持管理車両の成れの果てが暴走していたのだ。
「道理で、路面に瓦礫の散乱しとるわけたい」
「ちべたっ! まだ水浴びには季節が早過ぎますえぇ!」
「悠長なこと言ってるんじゃないネ! このブラシ、どうして私ばかり追い回すヨ?!」
「この標識が誘導してるみたいだっちゃ。えぇい、〈武士の挑戦〉っ!」
遥か太古に生み出された黄色い車体をもつ機械たちは道路を維持管理するという本来与えられた業務を放棄し、生命ある者すべてに死を与えようと魔導エンジンを噴かせて襲いかかる。
散水車に搭載された魔導スプリンクラーが広い範囲に冷気属性攻撃を行い、路面清掃車の吸引装置と回転ブラシが防御の薄い五行を追い回す。
敵の攻撃を惹きつけようと、はこべが必死にタウンティングを行うものの、自走式標識が掲示板を使って敵愾心を操作し、それを叩き割ろうと矢継ぎ早に繰り出すスズの攻撃も車体後部の巨大バンパーに阻まれて効果が薄い。
戦闘を嗅ぎつけて現れた増援の〈魔導路面点検車〉がレーダーでヒビ割れを探知しようとした瞬間、はこべを除いたアラサー女子トリオの猛攻を受けて瞬殺されたことにより、形勢を立て直すことに成功した。
結局、ピッカピカにされながらもなんとか撃退できはしたものの、時間と体力をずいぶんと浪費してしまった。
そういった様々な要因が重なった末に辿り着いた〈サウスレッド荘園〉で、〈スタグナ川〉水系の支流である小川と街道を挟む形で木立ちに囲まれたそこそこの大きさの空き地を見つけた頃にはすっかり日が傾いてしまっていた。
「今から野営ん準備せないかんとやね」
召喚笛の使用可能時間が過ぎたため走り去っていくウマモドキを見送りながら仏のザが溜息と共に吐き出した言葉。
それは、四人全員が同じように抱えていた気持ちだった。