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スズナ=スズシロ ~京から始まる帰還の旅~  作者: 大きな愚
2:〈キョウの都〉で満漢全席
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2-7

 〈満漢全席〉とは――

 それは、大陸に〈(シン)〉という名の国があった頃に生まれた、贅の限りを尽くしたと言われる宴会料理だ。漢民族と満民族の最高の御馳走を集めた料理で、宮廷の行事として2~3日をかけて行われる大宴席であったと言われている。

 今でも豪華絢爛の代名詞として用いられてるが、当時と比べると宴席の規模や料理内容ともに簡略化されており、もはや完璧な再現は不可能だとも言われている。

 〈清〉の王朝では、東北部の遊牧民だった満民族が高官の多くを占めていたが、各部署には高い文化の歴史をもつ漢民族の官吏がいて、彼らの協力無くしてはスムーズな政治を行うことはできなかったため、ふたつの民族の融和政策の一環として官僚相互の交流を図る目的で宴席が設けられたのが始まりだと伝わっている。



 「うふふ。確かに、〈冒険者〉と〈大地人〉は、その文化も歴史も風習も異なる異民族と言えますね。それも、互いに極度の緊張状態にある」


 宴席の翌日、事後報告と報酬の支払いのために〈七草衆〉のギルドハウスを訪れ、スズたちから説明を受けた濡羽(ぬれは)は、穏やかな笑みを浮かべて感想を述べる。

 大量の珍品料理を数日かけて食すという部分がクローズアップされがちな〈満漢全席〉だが、その原初の目的は、緊張し合いながらも互いの力を必要としている二つの民族を融和させることにあった。

 それと同じように、半月前の変事以来、〈大地人〉たちは〈冒険者〉の様変わりに警戒を余儀なくされ続け、一方で〈冒険者〉の方は事態の把握すら覚束ず〈大地人〉についてまで理解が及んでいない。


 「せやさかい、濡羽はんの依頼を聞いて考えましてんえ。ウチらの事をもっと知ってもらえるよな宴席にしたいなぁて」


 最初から、五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん)の得意とする中華・台湾料理を供した場合、おそらくは貴族たちも戸惑いながら料理に箸を着けることになっただろう。

 そうなれば、警戒心を持ったまま新たな味や食文化に取り組むことになり、些細な不備に神経を尖らせることになる。

 しかし、スズたちは前半に(見よう見真似とはいえ)キョウ風の懐石を出してきた。見た目だけでも慣れ親しんだ料理を出されることで、貴族たちはある程度緊張を解くことができ、そこに味の打撃を受けたことで一気に宴席は盛り上がったのだ。

 こと、こうなれば後半の中華、五行にとってみれば本番とも言える卓に貴族たちを招いても、然程の抵抗もなく受け入れて貰えるのではないかという二段構えの作戦であり、これこそが、形ではなく意味を汲み取った〈七草衆〉の〈満漢全席〉だったのだ。


 「その試みは成功だったと言えるでしょうね。わたしも初めて見ましたよ、コクラ博士のあんな嬉しそうな表情(かお)


 既に宴席の客から話を聞いていたのだろう濡羽の補足を聞き、五行は〈森妖精(アルセイス)〉の目を通して見た光景を思い出す。



 「せやさかい。折角やし、この機会にお互いが理解できるような宴席を用意しとぉなりましたんえ」


 和の装いに満ちた最初の客室とうって変わり、巨大な円卓を引き立てる中華風の瀟洒な調度に囲まれた部屋で、やはり来客から贈られた水色のドレスに着替えたスズの説明に対し、最初に肯定的な反応を返したのが文章博士(もんじょうはかせ)コクラ・レイジだった。

 日頃の態度から考えると意外な事に、そして歴史学者という本職を考えると当然な事に、彼は民族間の文化の違いに寛容だった。

 そして、長命なエルフであるが故に、文化とは変質してゆくものだと言うことも熟知していたのだ。


 「なるほど。最初にこれを出されたら、私は今ほど冷静に採点できていなかったかもしれません」


 スズの作法について事細かく指摘していた彼が、どうやら充分に手心を加えていたらしい事に一同唖然としたものである。


 「そうですな。警戒心を持ったままでは、ろくに味も判らなかったかもしれなかったですぞ」


 などと冗談を飛ばしつつ、検非違使別当(けびいしべっとう)ヘンリー・レインウォーターもオーバーアクション気味に肩をすくめ、円卓へと歩を進める。

 普段から浮き名を流し軽薄な印象のある彼は、そういった仕草の一つ一つが様になる。


 「それは勿体無い話だ。私はもう、早く次の料理を食べたくて腹の虫が収まらないというのに」


 その冗談に合わせるよう、左衛門尉(さえもんのじょう)ティム・ベラミーがおどけた仕草で腹を抑える。

 無骨で謹厳実直な彼がそういった挙動をとると、普段は見えない愛嬌が生まれるのだ。


 顔立ちのそっくりな、それでいて性質の正反対な二人の掛け合いはまるで漫才をみているかのようで、スズは思わず緊張していた頬を緩めた。


 「では、待ちきれない方も居られるようですし、早速ですが食べ方を教えていただきましょう」


 最後にウインクを一つ、大蔵卿(おおくらきょう)がスズの手をとって円卓へと誘う。

 スズも艶然と笑みを浮かべ、甲斐甲斐しく来客たちへの応対を再開するのを見届け、五行は〈幻獣憑依(ソウル・ポゼッション)〉を解除して、調理に専念したのだ。

 その内にすべての調理を終えた五行、はこべ、(ホトケ)のザもマンゴープリンや杏仁豆腐といったデザートと共にチャイナドレス姿を披露して華を添え、無事に宴席は幕を引いたのだった。



 「喜んでもらえたなら幸いヨ。ミッション・コンプリートと言った所ネ・・・・少なくとも、この依頼に関しては」


 日本人の多くは異民族との接触に慣れが足りないと五行は思う。

 古くは福佬(ふくりょう)人と客家(ハッカ)人、戦後も外省(がいしょう)人(在台中国人)と本省(ほんしょう)人(台湾人)の軋轢という歴史を持つ台湾人から見ると信じ難いレベルで、自分たちと異なる民俗、思想、言語、風習を持つ他者が存在するという視点が抜け落ちているのだ。

 単一民族による二千年の統一王朝という歴史的背景と、異文化を吸収・洗練して自分の文化に取り込む柔軟さ、この二点が成立させる民族的鈍感さのなし得る業と言えよう。

 今でこそ異世界転移の直後で、ホームタウンであるミナミに於いても混乱、消沈、治安悪化が問題とされながら、〈冒険者(プレイヤー)〉の誰もそこにまで手を回せずにいる現状だが、もしも余裕ができたとして、〈大地人ノンプレイヤーキャラクター〉が異文化を背景に持つ異民族だと認識できる日本人プレイヤーがどれほどいるだろうか。


 (少なくとも、目の前に一人いるネ)


 「えぇ、仰る通り。未だに〈ミナミの街〉の状況は酷いものです。確かに皆さんが〈ギルド会館〉まで資産を回収しに行くのは危険を伴うでしょうね」


 濡羽は五行の懸念を察し、言葉を繋ぐ。

 この依頼の報酬を、〈ギルド会館〉の銀行にある〈七草衆〉の口座に振り込むのではなく、現金の形でこのギルドハウスに収めてもらうという支払い方法は、依頼を受けた時に決めたことだ。


 〈ギルド会館〉はミナミの街中にあるため、口座に振り込まれた金貨を回収するためには、モンスターの跋扈するフィールドを旅して〈ミナミの街〉にまで行かねばならない。

 この世界に転移してからの五行たちの生活は、その時の手持ちと訓練で倒したモンスターからのドロップ、スズシロ宛の贈り物を整理(しょぶん)した時に得た金貨で賄っていた。

 濡羽の依頼を遂行するための食材集めも、前金と五行が大量に集めていた材料を惜しみなく使った結果だ。

 しかし何より、女性四人のみのギルドである彼女たちが最も危惧していたことは〈ミナミの街〉の治安悪化にあり、その改善を待たずに〈ギルド会館〉へと向かう気にはなれなかったのだ。


 その不安を鋭く察したのだろう。

 彼女であれば、〈冒険者〉と〈大地人〉の共存を描き出すことができるかもしれないし、或いは、もっと酷い未来を描くこともできるかもしれない。

 〈大地人〉を宴席でもてなす、などという発想に至った狐耳の〈付与術詞(エンチャンター)〉と対峙しながら、五行は空恐ろしさを感じていた。



 しばらくの後。


 「濡羽はんは、これからどないしはりますのん? もしも良かったら・・・・」


 帰り支度を済ませた濡羽に、おずおずとスズが声を掛けた。

 ソロプレイヤーである濡羽の苦労を考えて〈七草衆〉に誘おうと思いながらも、その難しい立場とキャラ性から躊躇(ためらい)の混じった後半の言葉は当の濡羽によってやんわりと断ち切られる。


 「そうですね。〈七草衆(ここ)〉はアットホームで居心地の良さそうな場所ですね」


 その言葉を聞き、スズが焼けた火箸に触れたかのように一瞬だけ身をすくませる。


 「皆さんを見ていると、わたしも自分の居場所が欲しくなってきます。そのためにも、本気で頑張ってみましょうか。もし、わたしがギルドを作れたらご招待しますので、遊びにきてくださいね」


 やんわりと笑みを貼り付けた(かお)のまま、濡羽は身を翻す。

 そうなると、肉感的な尻から生えた九本の黒い狐尾が、その後姿の殆どを隠してしまうのだ。

 それは、見ていた五行たちからは、拒絶に映った。



 「さぁ、そろそろ中に入るネ。いつまでも外に居ると冷えてしまうヨ?」


 門の外まで出て来訪者の見送りを済ませた〈七草衆〉の一行。

 はこべが率先して、仏のザ(ほとけのざ)がその後に付いて玄関へと歩きだす。

 立ち尽くすスズの肩に手を置いて五行が促そうとした、その時。


 「ウチ・・・・」


 五行は、スズが先程から何やら考え込んでいた事には気づいていたが、それはいつものようにスズシロの身体に入ってしまったために〈七草衆〉に身を置いていることへの遠慮や後悔、罪悪感といったものだろうと考えていた。

 しかし、その後に続いた言葉は、この世界に来て初めて口にした、スズの前向きな希望だったのだ。


 「ウチ、天ノ橋立が見に行きとぉおすぇ!」

キャラクター紹介:2

 アバター名:五行娘々(ごぎょうにゃんにゃん) プレイヤー名:魏 瑞君

 種族:ハーフアルヴ 性別:女性 所属ギルド:七草衆

 メイン職:召喚術師サモナー/90レベル サブ職:仙厨師/90レベル


 五行娘々は精霊使い(エレメンタラー)ビルドに特化した召喚術師だ。

 融通の効くハイブリットビルドを組むことの多い〈召喚術師〉の中にあって、五行はレベル上昇で自動的に取得する以外の総ての召喚モンスターを精霊系で揃えている徹底ぶりで、魔法火力に傾倒している。

 サブ職業である〈仙厨師〉はナインテイル北部の山岳地帯にある〈仙境〉でのみ請けられる仙人クエストの報酬として得られる称号職のひとつで、食料アイテムを使用する際に、手持ちの調味料を使って効果にアレンジを加えるスキルを有している。

 また、彼女が契約した召喚モンスターの中には中華風のモンスターも多く、装備はチャイナドレス型のローブ〈割烹仙衣〉を愛用し、風水に対応した色のアクセサリを装備欄の許す限りに着用している。

 これらは皆、最初の〈七草衆〉解散後に仙人クエストで入手したものだ。

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