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白いワンピースの女と金糸のお守り

作者: エンドウ

「いやぁ暑い!暑いですなぁ!」

 でっぷりとした腹を揺らしながらヨシハラが笑った。毛髪の薄い頭部から垂れる汗をハンカチで拭き、扇で自身を扇いでいる。

「こういう時は山林を走るに限る、ですなぁ!」

 ヨシハラの胸元には、下品な輝きの金糸で携帯電話を持った猿が装飾されたお守り袋が揺れていた。

「やめてくださいよぉ。勘弁してくださいよぉホント。この道は出るんですよ。マズいんですよぉ」

 応えたのは海野。ヨシハラに一日貸しきられたタクシードライバーだ。

 二人は今、タクシーで、真夜中にこの避暑地の山林を走っている。

「私はねぇ、そういうホラースポット巡りが大好きなんですよぉ。それで、私、お守りのコレクターをやっていましてなぁ。中でもこの金のお守り・・・・・・この猿を縫ったのは私ですが、コレさえあれば悪いことには遭わないわけですなぁ」

「そんなの効くわけ無いじゃないですかぁ・・・・・・」

 走っているのは夜の山道である。海野は青ざめながら運転する。

「おお!」

「ええっ!?」

 海野がブレーキを踏んだのは、ヨシハラの声に驚いてだ。

「ええ!?なんですか?なんですか?」

「あそこに女の人がいらっしゃいますな」

 ヨシハラが指をさした先には女が一人いた。

 こんな時間に歩いている山道を歩く白いワンピースの女である。

「・・・・・・あ」

 海野は背中に氷を入れられたような恐怖を味わった。

 脳裏に浮かんだのは噂話。この道には『出る』。そんな話だ。

「どうしました?ハハハ。よいですよ。ハハハ」

 ヨシハラはいつの間にか車外に出て女に話しかけている。

 会話を終えたヨシハラが

「海野さん。お祖母さんのお見舞いに行きたいようでしてねぇ。彼女を、一緒に麓まで乗っけていってくれませんかねぇ?」

「ええ・・・・・・」

 女は、うっすら笑ってお辞儀をした。

 

「いやぁそれにしても!暑い暑い!」

 ヨシハラはパタパタと扇子を仰ぐ。

「そんなに暑いのならば、ヨシハラさん。ここに『出る』ってお話をいたしましょうか?」

 そう、本庄と名乗った女が呟いたのは山道を少ししたところだった。

 ヨシハラはでっぷりとした腹をゆすった。

「私、そういうお話を聞くのは大好きなんですよぉ。是非お願いしたいですなぁ」

 本庄は笑った。

「では・・・・・・お話させていただきますね」


 ここにはね、『出る』んだそうですよ。

 昔々・・・・・・といっても50年くらい前でしょうか。

 この近くに住む那由子というお嬢さんがいたんですよ。

 ある時ね、そのお嬢さんは、山菜をとるためにこの山の中に入ったんですよ。

 それで、山菜取りに夢中になっている間にね、日が暮れてしまったんです。

 ホーッホーッと鳴く梟の影、リリリリと鳴く鈴虫、ザワザワとざわめく草むら。

 例え、正体が分かっていたとしても、彼女にとってはその音は恐ろしいものでした。

「帰ろう。帰らなくちゃ」

 那由子さんは帰る為の道を探しました。

 でも、無いの。

 いくら探しても、歩き慣れた道がみつかりませんでした。

 彼女は恐ろしくなってしまって・・・・・・

 ウウウウゥゥゥ

 草むらからの奇妙な音は、まるで獣のうなり声。狼かしら?

 今でも、昔でも、この辺りは狼も熊も、人を食う獣は居ないんですよ。獣のような唸り声を出す生き物も。

 そんなことは知らない彼女は山道を闇雲に走りました。どうにかしてこの恐ろしい音から逃げたい、そんな一心で。

 そして、彼女が走った先には明かりがみつかりました。明かりは小屋から漏れていて、

「とりあえずはここに泊めてもらおう。朝になったら家に帰ろう」

 そう思っていたようです。

 その小屋には人が一人居ました。女の子ですね。

 那由子さんは、いままであったことを話しました。

 女の子は、何も言わずに、その小屋に招きいれたの。

 小屋に入ると、女の子は、那由子さんに身の内話をしたそうよ。

 ひとつは、女の子は両親とはぐれてここに暮らしていること。

 ひとつは、そのきっかけは山の中で迷ったこと。

 ひとつは、山の中で迷ったのは居るはずも無い獣のうなり声に驚いたせいであること。

 ひとつは、この小屋のあるじに身の上話を聞いたこと。

 那由子さんは、この時点で怖くなって、立ち去ろうと女の子に背を向けたわ。

 でも、女の子に肩を掴まれてしまった。

 そして、那由子さんの耳元で、女の子の口からでた声は、まるで地獄の地鳴りのように深く響いたというわ。

「つぎは、あなたのばん」


「この話を聞いた人間はね――」

 本庄那由子は笑った。

 ヨシハラも、腹を揺すって笑う。

「ハハハ、ですが、その話には奇妙な点がありますな。たとえば、那由子さんのお守りには一体何が入っていたのでしょうなぁ?」

「え・・・・・・」


「つぎは、あなたのばん」

 本庄那由子はその地獄の地鳴りのように深く響く声に振り向いた。

 だが誰も居ない。まるで、少女は最初から煙ででもあったかのように消えてしまった。

 彼女は腰を落としてへたり込んでしまった。

 ガサッ

「あ」

 落ちたのはお守りだ。いつごろから持っているかは忘れたが昔から持っていた気がする。そのお守りは金糸で猿を刺繍されていた。猿は耳に四角い何かを当てている。

 本庄那由子はまるで、何かに導かれるようにお守りの封を開けた。

 入っていたのは一枚の紙。

『裏の竈を壊して骨を墓に埋めろ』


「・・・・・・それで那由子さんはその紙の通りに竈の中の骨を」

 そこまで喋ってから、本庄はまるで、豆鉄砲を食らったはとのような顔をした。

 何故自分がこんな話をしているのか理解できない。怪談でもない、楽しませる話でもない、どこかの失敗談を。

 ヨシハラが腹を揺すって笑った。胸元は相変わらず銀刺繍の犬の書かれたお守りが揺れている。

「ハハハ。実に興味深い。ところで那由子さん、もしよろしければ、あなたのお守り、譲ってくださいませんかなぁ?」

 ヨシハラが指を差した先には、彼女の金糸で飾られた携帯電話を持っているかのような猿の刺繍のお守りがある。

 本庄恭子は首にかけたお守りを外しヨシハラの手に置いて、困ったように言った。

「那由子は、これから見舞いに行く私の祖母の名前ですよ」

とある漫画家先生の影響が強すぎる気はしますが・・・・・・思いついてしまった以上はやらざるを得ませんでした。

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