死神の相棒
「……到着」
ライトはサイバーグランゾーンオンラインの南大陸のとある街の前にたどり着いていた。
〈無音〉のスキルを解除し、微かに薄くなっていたライトの身体は元の存在感を取り戻す。
このスキルは多数の敵がいるダンジョンなどを影のように気配を消して進むスキル。不意に攻撃を受けると大ダメージを受けるが、使い所を間違えなければ無駄な戦闘などを避けられて有能なものだった。
そのスキルを使い、現在宿泊するサグオ大陸の南にある商人が行き交う小さな街・ノベンバーにたどり着いた。
早く街に戻りたい時や静かに進入しなくてはいけないダンジョンでは〈無音〉のスキルは重宝するのである。
あれから半月あまりが経ち、現実を忘れつつあるライトは武具屋で新しい戦利品を売る時に大きいアイテムなどを見て思った。
「持ち物がアイテム欄に収まるのは便利だぜ。でもシャワーは浴びないと一日が終わった気がしないな」
就寝前はあえてシャワーを浴びるようにしている。
湯を浴びなくても身体の匂いは発生しないが、敵によっては匂いを浴びせ追跡してくるのもいる為になるたけシャワーだけは浴びるようにしていた。
「さーて、久しぶりにゆっくり眠れるな」
シャワーを浴びパジャマに着替えたライトはベッドの中に入る。
ソロプレイヤーであるライトは不意打ちなどを避ける為にデスゲームを始める前からあるスキルを生み出していた。
スキル〈鷹の目〉
周囲に隠れて現れた敵の索敵に使う目である。
これはデスゲームを始めてからのこの半月間、就寝時に使って更に磨いたスキルであった。
ログアウトできないライトは以前の半径三十メートルから半径五十メートル範囲を策敵できるように進化していた。ここら辺がこのスキルの限界だと思い、これからはもう少し安心して睡眠が出来る様になると思った。
そして翌日。ノベンバーの街を散策し、ピザが美味いという店で熱々のマルゲリータを食べた。濃厚なチーズと酸味のあるトマトのバランスが口の中に広がり、現実以上に美味いな……とサグオの飯の美味さにあらためて感動した。
「今度キキョウでも誘うか……でもあいつ私は和食しか食べません! とか言いそうだな。ありうる、ありうる」
そんな想像をしつつ新たな強敵の情報を求め街を歩く。
街には大勢の人間がいるが、プレイヤーではないNPCの人間達は普通の顔をしていて、話しかけなければただ同じ動作を繰り返す人形である。
その中に紛れ、一人のピンク色の忍装束を着た暗殺者がライトの命を狙っていた。
顔は頭巾で覆われ、丸い宝石のような瞳しか表情は伺えない。
甘さと酸味が絶妙なオレンジをかじるライトは気づいていないのか、ひたすらにしたたるオレンジの果汁に満足しながら周囲の店を見ていた。
暗殺者であるニンジャの少女はNPCとプレイヤーに紛れながら小太刀に手をかけた。
「……」
そしてライトが一本橋に足をかけ、オレンジをかじる際に瞳を閉じた瞬間――ニンジャの少女は殺意を全開にしてアイテム欄から上空にカラスを放ち、そのカラスがクァァァー! と鳴きながら群衆の目を引き付け〈ミスディレクション〉のスキルを発動させる。
見て欲しくない所を見せず、見て欲しいところを見せるというマジックの基本を利用したスキルが完全に効果を得たと一秒で判断し暗殺者が動いた。シュン! と群集の中で一つの影が通り抜ける。同時にライトは橋の下に落下した。
標的の命を断ち切り、ニンジャの少女は一瞬だけ解放した殺気も消し群集に紛れていた。常に相手に殺害した事すら察知させず、リアルに戻りコンテニュー画面が視界に移るまで認識させない〈サイレントキリング〉の必殺スキルを持つニャムはサグオのアサシンとしての異名を持ち、一部のプレイヤーから恐れられていた。
「……」
しかし、任務を終えたはずのニャムの動きは止まっていた。
有り得ない……と言った顔のニンジャの少女は始めて暗殺に失敗した事に動揺を隠せないでいた。橋の下ですでに現実世界に強制帰還するライトは橋の下からニャムを見つめていた。屈辱と絶望に心を焼かれるニャムは標的と同じ橋の下へと降りた。
小川が流れる音が互いの耳を刺激し、そのニンジャは口を開く。
「この人混みで私のサイレントキリングを見切ったの!?」
「馬鹿言え……この世界の住人になってから鷹の目のスキルを動いている時でも使えるように訓練してるんだよ!」
口にオレンジをくわえたまま蹴りを繰り出す。
「この世界の住人……?」
その言葉にニャムは違和感を感じる。
精神が不安定になるニンジャの少女はピンクの頭巾から覗く丸い目をまばたきさせながら話し出す。それは、このニンジャを暗殺者として依頼した人物の話だった。
「私はある方からの依頼で貴方を殺しに来たのです。サイレントキリング出来ない場合は、一億ギル貰えないの……」
「一億か。そんな大金で俺を殺す奴は……誰だ?」
あまりにも敵が多すぎてライト自身も判断のしようが無かった。
そして、ライトも動揺する話がニャムからされた。
「その人は死神のアバターだったです。紫のツインテールで黒い服。そして大きなデスサイズを持った美少女でしたわね」
「紫のツインテールにデスサイズ……まさかサクヤ?」
そのサクヤとはかつてこのサグオのベータテスター時代の相棒であり、リアルにてとある事件に巻き込まれた後に病気になりサグオを引退した。もう二度と会うとは思っていなかったかつての相棒の名前に、存在に、悪意に――ライトは身震いする。
「ニャム……もう一度聞くぞ。その死神アバターの紫のツインテールの女は本当にサクヤと言ったのか……?」
明らかに変化するライトの顔にニャムは二人の関係を思いながら答えようとすると、冷たい氷のような声が響いた。
「そう、そのサクヤよ」
そこには人が行きかう橋の真下に逆さまになっている一人の陰気な雰囲気を誇張してかもちだす死神少女がいた。
そのゴスロリ服を身に纏う少女は紫色の毛先が跳ねたツインテール。
世界の全てを拒絶するような怜悧な瞳。
そして逆さまである為に紫のレースの下着が丸出しのシニガミアバターの少女サクヤだった。
(相変わらず黒い衣装に紫の下着。俺の好みだ)
性欲というものが意識の中で目覚めるが、その性欲は戦闘をすれば解消されるのをライトは知っている。久しぶりに人間らしい感覚を取り戻したライトはかつての相棒の変わりようを見て戦わざるを得ないと思う。動揺する心を無理矢理沈め、ライトは言う。
「相変わらず女版ショウ・クロカワのような格好しやがって。さしずめ俺はマサトエンドーだな」
「スタロボが好きならシュミレーションゲームをしなさいよ」
「おれは格闘かアクション専門なのさ」
「あいかわずの筋肉脳ね」
「お互いにな」
サクヤと最後に会ったのは半年前。
病気の治療に専念する為にサクヤはゲームを辞めた。
それが何故存在するのか――。
一瞬、混乱する意識の中に心を奪われていると死神の鎌が動いた。
瞬間、二人の話を聞いていたニャムは始末される。
「……おいサクヤ!」
「面白い事実を教えてあげるわよ。少し待ってなさい」
そして少し経つとニャムはコンテニューして現れた。
明らかに警戒しなければいけない敵がいる現状にも関わらず、ニャムはライトもサクヤですら認識しておらず呆然と自分のいる場所を不思議そうに思っている。
「あれ? 何で私はこの場所に?」
キョロキョロと周囲を見渡したニャムはそのまま姿を消す。
唖然としながらそれを見送ったライトに薄く微笑むサクヤは言う。
「コンテニューすると貴方との記憶は消えるの。仲間でいたいなら、守り続けるしかないわねぇ。あのサムライも」
「何……だと?」
そのサクヤの言う通りライトに深く関わる者が一度死亡してコンテニューなどをした場合、ライトに関する記憶は失われ過去の絆も失われる。つまり、キキョウと築いた絆も失われるのである――。
「……へっ、上等じゃねぇか。記憶が消えようが何だろうが俺は最強を目指すだけだ。とっととダークネスクラスター撃ってみろよサクヤ!」
「焦らないの。こんなダンジョンでもフィールドでもない場所で戦い続けたら運営からアカウントを削除されるわ。だから私のダンジョンへいらっしゃい」
サクヤはダンジョン・死神の魔宮の真のボスであった。
ゲートカプセルを持つサクヤはズズズ……と特殊ダンジョンのゲートを生み出す。
妖しく手招きするサクヤはその闇のゲートに消えて行く。
大きく息を吐くライトは呟く。
「行くしかねぇな。サクヤが何故またサグオに戻ってきたのかを知る必要がある」
スッ……とライトもその死神の魔宮へと向かうゲートに侵入した。
それを、橋の上から眺めていた白い着物に赤い袴のポニーテールの少女が見つめていた。
その少女はムッ……とした顔をしながら橋の下へ飛び降りる。
「ゲートクリスタルで作った扉なら特殊ダンジョンですわね。ライトだけいい思いはさせられませんわ」
愛刀である虎鉄の鯉口を切り、キキョウもそのゲートに侵入した。