邪竜との戦い2
サァア……とエビナメディカルキャッスルに砂煙が流れる。
すでに邪竜に城の半分を消滅させられ、廃墟としか言いようのない場所では絶望が満ち溢れていた。
かろうじて城から逃げ遅れた邪竜エビナの息子エピオン達は生きている。
しかし、この金髪の少年の瞳は死んでいない事を邪竜であるエビナは思う。
「邪竜のエネルギーを私が制御できずにそれたのか……いや、そらしたのか。いい姿をしているな」
満身相違のライトはライトニングセレブレーションで光のオーラを全身に纏い、無理矢理マップウェポンの軌道をそらした。HPゲージはレッドゾーンに入り、スキルゲージはゼロになる。それを見るエビナは禍々しい邪竜の牙を剥き出しにし、
「すでに瀕死じゃないか。このまま一思いに――」
「死ぬのはオメーだ」
「!?」
スキル〈閃速〉にて邪竜の口にライトは突っ込む。
そのままライトは鬼のように体内に侵入し内部から攻略しとうとした。
「うらあああああああああっ!」
ズガガガガガガッ! と無数の拳の乱打がエビナの体内で炸裂する。
いかに巨大な邪竜ともいえど、体内からの攻撃には大抵の魔法さえ効かない硬い皮膚さえも無いので対処できない。確実にエビナのHPゲージは減り出しイエローゾーンに達する。
「この……バカチンがああぁ!」
キレたエビナは体内の酸でカウンターを仕掛けた。
その洪水に呑まれたライトは勢い良く邪竜の腹から吐き出される。
「へっ、楽しくなってきたな。その本性を息子にも見せてやれよオッサン」
「黙れバカ……小僧」
「チンをつけ忘れてるぜ次世代の王さんよ」
三十メートルの巨体の相手にアリであるライトは互角に戦う。
邪竜の体格は大きく鈍重に見えるが手の爪や尻尾と口から吐き出す炎の攻撃もあり、二回行動と同じ状態の邪竜にライトは決定的な攻撃を与えられずにいる。打撃耐性、魔法耐性のあるこの邪竜は相当にタフであり中々HPを削る事が出来ない。すでにスキル〈閃速〉の超スピードを使い果たしたライトは〈瞬歩〉にて高速移動しつつ勝機を伺う。
「回避に集中しすぎると攻撃に力を割り振れねぇ……」
繰り出される死の爪を回避するが、鋭く動く尻尾がライトの腹部を捉えていた――。
「終わりだライトよ!」
「!」
そのライトは目を丸くしたまま動けずに止まったままである。
それもそうだった。
邪竜の尻尾は日本刀とデスサイズにより止まっている為に動く必要がなかったのである。
白い着物に赤い袴のポニーテールの少女と、紫のツインテールにゴスロリファッションの少女が自分の獲物を構え微笑んでいた。
「キキョウにサクヤ……助かったぜ」
女侍・キキョウと死神のサクヤが援護に来たのである。
尻尾を封じる二人はライトの状態を確認し、キキョウはサクヤに言う。
「サクヤさん。シュウヤ事件からまだ本調子じゃないんだから無理しないように」
「えぇわかってるわ。貴女も受験勉強頑張りなさいよ。落ちないようにね」
「……うるさいですわ」
微妙に火花を散らす二人をライトはなだめつつエビナと対峙する。
すると、上空から更に邪竜を倒す為の仲間が現れた。
バハムートから落下してきたライトの弟子である歌舞伎アバターのアークとホワイトドールマジシャンのレイがまともな攻撃は効かない皮膚に傷を与えたのである。
『ああああああああああああっ!』
弟子の二人の攻撃が皮膚に傷を与えた事に疑問を感じるライトは電気を帯びるアークの剣に注目した。
「おいアーク。その剣まさか……」
無駄に歌舞伎ポーズを決めるアークは言う。
「これはドラゴンキラーだから効くはずだぜ。バハムートの背中に隠しアイテムとしてあったんだ」
「私達はあのバハムートをいつのまにか手なずけてたのよ」
そのレイの言葉にライトは驚く。
ライトがいない間、二人はレアアイテムであるドラゴンキラーを得ていた。
ドラゴン一族に対し絶大な効果のあるそれは目の前の邪竜に対しても効果があるのは明白だった。
「キキョウにサクヤ。それにレイはドラゴンキラーに持てる力を注いで強化してくれ。お前達のパワーをドラゴンキラーに宿せば、エビナに勝てる」
『わかった』
その三人はアークのドラゴンキラーにパワーを注ぐ。
ライトはエビナの気を引く為に特攻し続けた。
「ぞろぞろと雑兵共が現れおって……消えてもらおうか」
「俺を相手しながらマップウェポンが撃てるのか?」
「撃てるさ。すでに君達の会話の間にチャージは済ませてある。次世代の王にぬかりは無いのだよ」
「みんな! よけろーーーーーーーーっ!」
焦るライトの絶叫と共にドルフレアードキャノンは放たれた。
※
二発目のマップ兵器はアークとレイが方向を変えさせ回避した。
しかし、今のでドラゴンキラーにチャージしたパワーはゼロになってしまう。
駆け寄るライトは言った。
「やるじゃねぇか二人共!」
「だけどエネルギーが無い。再チャージが必要だ」
そうだな……と苦悶の表情のアークの肩を叩くライトはほとんどのHPゲージをドラゴンキラーに与えてしまったキキョウ、サクヤ、レイの三人を見つつ、
「もうひとフン張りだ。次のチャージで全て終わらせる」
「こっちのチャージも終わったよ。その歌舞伎小僧を始末するエネルギーは」
バババッ! とエビナの口から放たれた火球はアークへ飛んだ。
回避できないアークは口を開けたまま死を感じる――。
「どけアーク!」
ガッ! とアークを守る為にライトは左腕を犠牲にした。
それを笑うエビナは言う。
「君達の作戦は君が私を翻弄し、仲間にチャージの時間を与える作戦。右手の攻撃だけじゃ私は翻弄できない。もう終わりだな」
「左腕が上がらなくても構わないさ。仲間助けられねぇ方が気分最悪だからな」
「君の腕の痛みはペインリンカーの調節で消せないだろう? なんせ生身だからなぁ」
「うっせーハゲ」
ペインリンカーとは自分の痛みを調節するゲーム設定である。
痛覚の調整は出来るには出来るが、大勢の人間はリアルなゲームをする為に調節はしていない。
それをエビナは医者としても知っていた。
「大抵のプレイヤーは痛みを感じなくなるペインリンカーは調整しない。何故ならこれは所詮ゲームだからさ」
「それでも、あんな死に方したら精神的に参る奴もいるぜ? それをお前も医者なら知ってるはずだ」
「サグオショックの事か。槍玉に上げられるのはサグオが流行っている証拠だよ」
サイバーグランゾーンオンラインだけではなく、他のVRMMOゲームにおいてもプレイヤー同士やモンスターに倒された時の精神的ショックは人間の心の深い部分に傷を与え、その痛みから立ち直れない人間が現れ出し社会問題になりつつあった。
ニィ……と縦に伸びる眼球を笑わせるエビナは、
「そんな事は知ってるさ。知ってるからこそ哀れな死に方をしてもらうんだよ。精神的に病んだら、私の病院はさらに儲かるからねぇ……はははっ!」
「テメぇ!」
ライトは怒るが、右手だけでは渾身の一撃でも倒せない。
故に、相棒である女侍に言った。
「キキョウ! お前が邪竜を倒せ!」
「わかりましたわ」
何の躊躇も無くキキョウは即答した。
その信頼関係にサクヤは昔ならば自分だったのに……と嫉妬する。
「クソエビナーーー!」
一人で邪竜の注意を引くライトはスキルゲージの全てを使い果たすようにスタースキルで攻撃しまくる。そのライトの決死の時間稼ぎの姿を見たキキョウは解けたポニーテールを結い直し竜の鱗の持ち手に力を込め、正眼に構えた。
『……』
サクヤ、アーク、レイ……そしていつの間にかこの戦場を見つめる人間達も自分のスキルゲージのエネルギーを赤く輝くドラゴンキラーに注ぎ込む。
「……凄まじい剣に変化しましたわね。これならあの邪竜も一撃で屠れるでしょう」
この戦場にいるライト以外のスキルゲージを溜めたキキョウの持つドラゴンキラーはサイバーグランゾーンオンライン最強の剣へと変化していた。
スッ……と腰をかがめるキキョウはドラゴンキラーを下段に構えスキル〈加速〉を使用する。
そして〈瞬歩〉のスキルを使いつつヒット&アウェイを繰り返していたライトはキキョウのドラゴンキラーのエネルギーチャージが完了した事を確認し、邪竜にまたがり上方からの連撃で一万トン以上もある巨体を全身全霊で抑え込んだ。
「地面に沈んでじっとしてろ! このクソドラゴンが!」
「……調子に乗るなよ小僧っ!」
攻撃一辺倒に夢中だったライトは邪竜の尻尾に反応出来ず、そのまま吹っ飛ばされ倒れてしまう。
地面に転がるライトを見た邪竜の歪な瞳は、高速で接近するポニーテールの女侍を見た。
「余計な事をしているようだな。そんなものでこの邪竜エビナを倒せると思っているのか愚民共!」
「気付いても無駄よ。ここまで間合いに入れば私の勝ち――」
一瞬で邪竜の懐に飛び込んだキキョウは下段に構えたドラゴンキラーを横一文字に振り抜いた。
赤い閃光が空間を切り裂くように流れ――全ての人間は完全に勝利を確信した。
「どうした? 攻撃はしないのか? せっかくのチャージも無駄に終わったな」
しかし邪竜は生きており、キキョウのドラゴンキラーは停止していた。
その凄まじいエネルギーの刃の先には、紫のツインテールの死神少女がいた。
「エビナ医院長……卑怯なマネを!」
倒れていたサクヤを人質に取られ、キキョウのドラゴンキラーは鋭利な爪によって弾かれた。
そして二人の少女も吹き飛ばされる。
周囲のエビナメディカルの人間はこのイベントは邪竜の勝利だと思い、落胆の吐息を吐く。
「さて、マップウェポンで楽にしてやろう。ドラゴンエッグ争奪戦は邪竜の復活で邪竜の勝利に終わったのだ」
次世代の王を名乗る邪竜エビナの口に邪悪なエネルギーが溜められて行く。