女侍・キキョウ シナリオ分岐2
黄色い閃光と赤い光が空間に散る。
魔人の巣窟と呼ばれるダンジョン内にてサムライである女剣士キキョウと戦うライトは、生身になってからの始めての強敵に特別な縁のようなものを感じていた。
それは恋などという甘酸っぱいものではなく、こらから先も良くも悪くも長い付き合いになるような感覚であった。
「お前は完璧に負かすぜキキョウ!」
「私は負けませんわよ!」
このサグオにおいての負けは全ユーザーに確認される為に、決して強者は負けられないのである。
一度の敗北から立て続けに敗北を繰り返すと、そのままサグオに復帰出来なくなる者やアカウントを変更して新たにログインしようとする者もいた。
しかし、人の脳波シグナルは一つの為に運営が介入しない限りは複数アカウントを取る事が出来ない。
ぶつかる二人は互いに様子見なのかどちらもまだ決定的なダメージを与えられぬまま一分近くが経過している。その戦いの中ライトは言う。
「御自慢の刀剣コレクションを見せてくれよ。俺が手に入れて売り捌いた奴もあるはずだぜ」
「このダンジョンには魔剣が眠る噂を聞いて来たのです。貴方に用はありません」
そのまま一気にキキョウは攻めて来る。素早い斬撃がライトを襲い、その切っ先を見据え拳で叩く。
互いのHPゲージが衝撃により微減した瞬間、キキョウはポニーテールを揺らし飛んだ――。
「キキョウ流一式・鬼神斬っ!」
ズゴンッ! という地面の爆発と共に、ライトは姿を消す。
「見えてますわよー」
キキョウは躊躇い無く自分の感覚を信じてライトがいるであろう土煙の中を突いた。
しかし――手応えが無い。
「残像!? 後ろですの?」
金髪の少年は微笑みながら土煙の中を疾走しながら言う。
「しっかり見えたぜ。お前の袴の中の秘所をな」
「なっ! 何を言うのです!」
ピカッとライトの両足が輝き〈加速〉の上位スキルである〈瞬歩〉のスキルで高速移動した。
「これで終わりだ――」
「!」
絶対絶命のキキョウは身動きが取れず、自分の顔面に迫る拳が大きくなっていく様を見つめるしかない。
バシュウ! という音と共に空間に静寂が満ちる。
「……」
数秒前に突き出した右手をブラブラとさせながらライトは口元を笑わせていた。
その視線の先には白い着物の襟を正すキキョウの姿があった。
キキョウぐらいのレベルのサムライのアバターにはオートでたまに〈切り払い〉のスキルが発動する。切り払いが発動した事により、ライトの決定打は防がれていた。
「切り払いか。たまにしか発動しないとはいえ厄介なスキルだぜ」
「そうですわね。ですが運も実力の内ですわよ」
「でもお前の秘所を見れたのは運がよかったぜ」
「私はゲーム内でも下着はつけませんの。下着の締め付け感がたまらなく嫌ですから」
刀を凪いだキキョウは秘所を見られ動揺する心を落ち着かせ、恐ろしいほどの殺気を次の一撃に込める。
ガッ! と両拳を叩き合わせるライトはそれを楽しみにするように言う。
「んじゃ、第二ラウンドと行くぜ」
「えぇ。死合いましょう」
拳に力を込めるライトと刀を下段に構えたキキョウは動く――が、
『――!?』
ズゴゴゴゴ……! という地鳴りが二人の戦いに水を差す。
シュワアァ――という光と共に巨大な魔人が現れる。
「グオオオオオオオーーーム!」
その突然の出来事にキキョウは困惑し、ライトは首を鳴らす。
「どうやら、一定の時間が来ると現れるボスのようだな。こんな奴は早く撃破して続きをやるぞ……キキョウ?」
今の全力になるキキョウならばこんな魔人程度簡単に倒してしまうと判断していたが、それは違っていた。
魔人が現れた時のステータスは何故か変化し、極悪なステータスになっていた。
この二人が強力してもやっと倒せるほどのステータスに――。
(……シュウヤの奴、俺が退屈しないようにこの世界を進化させるアップデートをかなり組み込んでいるな。おそらく、このサイバーグランゾーンオンラインのプレイヤーが少なくなるかいなくなるまでの数年後までのアップデートを組み込んでいる)
「グオオオオオオーーーム!」
魔人の再生し続ける身体にひるんだキキョウはその巨大な拳につかまれた。
(ここでキキョウと関わっておけばいずれ役に立つかもな。これからはもうログアウトも出来ないし、スタロボでも後で仲間になるとかはセオリーだ)
ライトはこの世界で生きて行く為に多少の協調性は持った方がいいと考えていた。
ここで、ライトの今後を左右するシナリオ分岐が訪れた。
キキョウと共に戦う?
YES
NO
ライトはYESを選択する。
HPゲージが減り続け、魔人の拳の中でもがくキキョウを見てライトは意識が思考から戻る。
「上等だ! 鳴海修也! 俺がこのサイバーグランゾーンオンラインを破壊してやるぜ!」
瞬間、ライトは巨大な魔人の顔面の前に飛んだ。
そして、ありったけの拳の乱打をかます。
「――ウララララッ!」
ガガガガッ! という拳が魔人の身体を揺らしキキョウを掴む右手が緩む。
「キキョウ! 今助ける!」
「!」
魔人の指を一本拳でへし折るライトはキキョウの身体を抱え地面に降り立つ。そして、指の再生に力を注ぐ魔人を見つつアイテム欄からポーションを渡す。
「お前、アイテム欄に刀剣ばかりで回復アイテム無いだろ? ちょっと飲んだ後だが使っとけ」
「か、間接キスをこの私にしろと?」
「キキョウ……死んだら全て終わりだぜ?」
そのライトの瞳に、キキョウは動揺する。まるで自分がこの戦いで負けたと同時にリアルの自分さえ死ぬという語感での言葉にさえ聞こえて不愉快に感じた。
「これはゲームの出来事。故に間接キスも何もありはしないですわ」
「とーぜんだろ」
覚悟は決まっていたはずだが、もうコンテニューは無いという事を改めて感じさせられ大きく息を吐いた。そして黒いグローブをグッと引っ張り、
「キキョウ。ありがとうの言葉が無いが?」
「私は助けてとは言ってない」
「相変わらず可愛げの無い女だ。お前リアルでモテても高嶺の花扱いでモテないだろ?」
「黙りなさい。斬りますわよ?」
ビク! とその殺気にライトは身震いし、
「よし、その調子だ。案外息は合うな。このまま二人で奴を倒すぜ」
「は? この私が他人と協力プレイ? あり得ないですわ!」
「勝てばアイテムはやるよ。刀剣じゃなくてもな。コンテニューしたらコンピューターに負けた事の無いお前の戦績に泥が塗られるぜ」
「それでもいいですわよ。アップデートの不具合で皆納得すると思うから」
コンテニュー名目で戦おうとするキキョウにライトは言う。
「キキョウ、イベントが発生した以上お前はログアウト出来ない。戦いたくないなら隠れてろ」
「は? ログアウト出来ないのは貴方もでしょう?」
キキョウの手をおもむろに握るライトは懇願するように言う。
「頼む……俺と協力して全力で戦ってくれ」
(? この男の手……震えてる)
そのライトの手は震えていた。
何故このサイバーグランゾーンオンライン最強プレイヤーがこうまでして自分に頼むのかわからない。 しかし、こうまでしても頼む理由があるのはキキョウにも理解出来た。
「やってやりますわよ。私も誰かに魔人討伐先越されて新しい刀剣奪われたくないし」
「センキュー。理由も聞かずに引き受けるなんざ、お前いい女だな」
「モテないと言ったり、いい女と言ったり貴方は自分勝手なものですわね」
「おう、それが今の俺の現状さ。って魔人のおっさん動き出すぜ。マップウェポンを使われたらシャレにならん。一気に蹴散らすぞ」
金髪のヤンキーと黒髪の女侍は左右に散り、魔人に特攻した。
「うらあああああっ!」
ズガガガガッ! とライトは高速で魔人の背後に移動し、拳の乱打を叩き込む。
最高のスピードと最強の拳――。
これさえあれば特別なスキルなどいらないと思っていた。
極限の戦いになればなるほど、無駄の無いシンプルな戦いに行き着くという考えがライトをここまで辿り着かせた。
しかし、自分の身体がゲーム世界にいるとその感覚は違っていた。予想以上にダメージを食らうと身体は痛く、毎日をこの世界で生活する以上スキルというものが必要になってきていると感じた。
常に相手との格闘術だけではなく、遠距離からの魔法で倒せる敵は倒してしまいたい。
そうしなければ、いつまで経っても全身の神経が休まる事は無くゲーム世界に存在しないはずの疲れ――というやつがタイムラグとして現れるようになっていた。
だからこそライトはダンジョン攻略を始め、魔法などのスキルを磨こうと新しい魔法集めに没頭したがライトは魔法を使えるアバターではなかった。ライトのライトニングは格闘術に関するスキルしか体得出来ない設定だったのである。
サイバーグランゾーンオンライン開発者のシュウヤとは細かい契約を交わしていなかった為に、ゲーム世界で生きるライトにとって不都合だと思う事が多々あった。
しかし、その中でライトは新たなスキルを生み出していた。
スキル〈瞬歩〉
一瞬にして瞬間移動したかのようなスピードで相手の懐に飛び込むなどの究極的な速さを生み出す移動スキルだった。
そして〈思考加速〉
ライトの驚異的なスピードにシステムアシストが追いつかない為に生み出したスキル。
このスキルを使わなければ身体の動きに思考が追いつかず、身体だけが動いている為にもし、敵のカウンターがあった場合に自分から致命傷を受けに行くようなものであった。それ故、この〈思考加速〉は常時発動しているスキルであった。
『はああああああああっ!』
キキョウの鮮やかな斬撃とライトの強力な拳が怒涛の嵐のように叩き込まれる。
スタッ! と地面に着地し、二人は魔人を見上げるがまた再生が始まる。
魔人のHPゲージも殆ど減っておらず、自分達の攻撃が効かないチート設定なのか? と疑いを持ち始めた。
「ダメージが無いですわ。どういう事?」
「色々試すしかねーな」
ダメージもろくに無く、チートコンピューターのように再生し続ける魔人に二人は困惑する。
だが、ライトはサグオにおける一つの法則――必勝パターンを口にした。
「力には技・技には魔法・魔法には力だ」
「三竦みの法則ですわね」
「俺には関係無い法則だが、こいつには効果あるはずだぜ」
三竦みの法則にてライトはこの魔人を倒そうとする。
「イベント発生したから、もう奴はバグだろうが倒すしかねぇ。俺達なら勝てるさ」
「今までのアップデートでも大きなミスもなかったのに、こんなシステムバグがあるものなの?」
「天才とて人間だ。たまにはバグもあるさ」
シュウヤのプレゼントであるシステムバグのような苦しい展開にライトは嬉しさのあまりククク……と笑う。