邪竜との戦い
「グオオオオオオオオオオオオ――!」
サイバーグランゾーンオンライン南大陸の王・エビナである邪竜はドラゴンロードダンジョンを抜け出し、西大陸の医療城エビナキャッスルの周辺で暴れ出していた。
エビナメディカルの軍勢は突如出現した三十メートル級の赤い邪竜にもてあそばれ、殺戮されていく。大混乱の中、エビナメディカルの強者は連携して復活した邪竜に攻撃を仕掛け出す。
高速で相棒の竜を駆り、ドラゴンライダー達は三位一体攻撃を仕掛ける。
まさか自分達のギルドの親玉が邪竜に変貌しているとも知らずにエビナキャッスル死守戦は続いていく。その光景を、瞳を細め金髪の少年がドラゴンロードダンジョンの入口から見つめていた。
「だいぶ派手に暴れてやがるなあのオッサン。自分の城を壊しても仲間を倒しても何も思わないようなら俺が一泡吹かせてやるぜ」
そして、エビナメディカル最強のドラゴンライダー達もやられてしまう。
「グオオオオオオオオオ――!」
邪竜の躍動は止まらない――。
群がる騎士を爪で引き裂き、背後から弓で一斉射撃を加える弓兵に尻尾で牽制をし、城から魔法で攻撃を仕掛ける者達には悪意に満ちた口内から放たれる灼熱の業火で焼き尽くす。医療城と呼ばれたエビナキャッスルは崩壊の一途を辿るだけで医療的な事は一切出来ずにゲームオーバーになる者が続出する。
イベントが始まるとコンテニューは出来ない為に自宅のパソコンでその後の戦況は眺めるしかない。
かつてない絶望状態の展開に心が折れるエビナ騎士団は上空に輝く淡い光を見た。
『……』
それは希望の光か邪竜が生み出したひだかはわからない。
いや、その光の正体はそれそのものがすぐに答えを出した。
シュパー! と流れる一つの閃光が邪竜の背中に舞い降りた――。
「グギャアアアー!」
と、邪竜は不意をつかれ大外の雲をかき消すような奇声を上げる。
周囲に展開していたエビナ騎士団の面々は邪竜の背中に一撃を浴びせた金髪の少年に見とれた。
「グアアッ!」
と自分の背中に立つ異物を吹き飛ばすように邪竜は尻尾を振り回した。スッ……とライトはそれを回避し、エビナキャッスルとエビナ騎士団を背後に邪竜の姿を見据えた。
暴れる邪竜とそれを倒す人間の勇者――。
この構図が生まれた事に邪竜の中身の男は一つの興奮を覚える。
グオオオオオッ! と雄叫びを上げ目の前の勇者気取りのサグオ最強の少年を見た。
そして、邪竜を演じているエビナは人間の声で話し出す。
「……私の邪竜ごっこを邪魔するかライトよ。この世界の利権に興味は無いだろうお前は」
「興味は無いが、その利権でサグオがリアルと同じような世界になるのは明白だ。ここは仮想現実。現実を忘れて没頭する空間に現実の重みなんていらねぇんだよ。だから俺はお前を倒す!」
ガッ! と両拳を叩き宣言した。
邪竜の話し声で邪竜の正体がエビナである海老名医院長というのを悟るプレイヤー達は、自分達の騎士団の団長がこんな姿で襲いかかって来る事に動揺する。
その呆然とする人々にライトは、
「おいお前達! ここは俺が引き受ける! 動ける者は怪我人を治療してこのライトの活躍を目ん玉に焼き付けておけ!」
その言葉でエビナ騎士団の全員はこのイベントを最後まで見届けようと近くの仲間を介抱しエビナキャッスルから見守る。
『……』
赤土の大地には三十メートル級の赤い邪竜と、金髪のヤンキースタイルの少年が対峙している。
渇いた風が流れ、獰猛な牙を持つ邪竜の口が動く。
「全く君という男は邪魔ばかりしてくれるな。これは皆が楽しむイベントだよ? たかだかイベントに対してそこまで必死になる方がおかしい。まぁ、君はこの世界の住人だから仕方のない事か」
「うっせーよオッサン。自分の城を壊して心が痛まないのか?」
「南大陸は生まれ変わるのだよ。いや、他国に侵攻しいずれ中央都市をエビナメディカルにする。邪魔をするなら死んでもらうよライト君」
「王の反乱を止めるのは家臣の役目だが、俺がやるしかねぇな。まだ一応エビナメディカルに所属してるしな。ったく嫌な役回りだぜ」
ガッ! とライトは両拳を叩く。
そして特攻し両者は激突した。
大地を焼き焦がす邪竜の火炎を回避し、光の少年は一撃を叩き込む。
その瞬間、鋭利な尻尾がライトの左側面を襲う。
獰猛なエビナの爪が空を切り裂き、ライトの蹴りが顔面に炸裂する。
絶望的な体格差をハンデにしない少年にエビナは言う。
「オーバーモードにはなれないのか? なりたくないのか?」
「あん? デザートは後で出るもんだろうがよ」
サグオ開発者であるシュウヤ戦で発動したオーバーライトニングは一時的な発動で何かの条件に引っかかっているのか発動出来ない状態にあった。クラスチェンジ出来ないライトはライトニングのアバターのまま戦い続ける。巨大な力を持て余すエビナは自身の城を背後に戦うライトに向けて叫ぶ。
「そろそろ本気で行くぞ!」
ズバババババッ! 炎の弾丸が城の一部を破壊し炎上させる。
そして城でこの戦いを眺めていた人間達の一部もゲームオーバーになった。
「こいつ! 本当に自分の城を!」
「この城が壊れても、新しい城を建てればいいさ。医療に向いた建て物をねぇ」
「こいつ!」
「君の普段している無双とはこれほどに快感なのか! これではこのゲーム内で人生を送りたくなる気持ちもわかるよ! ハハハハハッ!」
ズババババッ! と邪竜の口から炎の弾丸が放たれ、周囲にいる騎士団のメンバーは一撃で死亡し消滅していく。軽快なステップで邪竜の爪を回避し、接近したいがエビナはそれを許さない。
「接近戦でなければ君は何も出来ない。魔法のスキルも武器のスキルも無いからまともに遠距離での攻撃が出来ないんだ。これは対戦格闘ゲームじゃなくて、集団戦のVRMMOだよ」
「武器や魔法よりも、拳一つで最強になれたらシンプルでカッコイイじゃねーか。と、俺は思うだけよ」
どうにもこの金髪の少年とは話が合わないなと思うエビナは、
「あくまでもこれはイベントだよ? それに各プレイヤーは私の会社の保険に入ってるからすぐにコンテニューも出来る。それが出来ない君は焦って当然かぁ……!」
「くっ!」
邪竜の尻尾がライトに直撃する。
エビナメディカルキャッスルで怪我人の介抱をするエビナの息子エピオンは父の暴走を歯がゆく思う。
そしてこの城の周囲が異様な熱に包まれる。
それを〈見切り〉のスキルで察するライトは叫ぶ。
「マップウェポンが来るぞ! 逃げろ!」
その言葉で傍観していた人間達は一目散に消え去る。
だが城にはまだ、怪我人を抱えたまま動けないエピオンがいた。
すでに発動間近のドルフレアードキャノンは邪竜の口から禍々しい炎を生み出していた。
その狭間にいるライトの思考が加速する――。
(エピオン? もう間に合わねぇ……)
「私が次世代の王だあぁーーーーーーーー!!!」
ブオオオオオオオオッ――と放たれた地獄の業火がライトとエビナメディカルキャッスルを呑み込んだ。