変身
ライトがこのエリアのボスを倒し、ドラゴンエッグを手に入れるのを待っていたかのようなエビナメディカルの王・エビナは老獪な笑みを見せ金髪の少年に言う。
「そのドラゴンエッグは渡してもらおう。君はエビナのギルドにいる以上、渡す義務がある。この次世代の王・エビナこそ最強なのだ」
「そいつは無理だな。俺はエビナメディカルを抜けるし、アンタに義理も義務も言われたくは無いね」
「ほう? 厄介な事だなライト君」
眉間にシワを寄せるエビナに殺気が満ちる。
そしてライトはそれを牽制するように言った。
「このドラゴンエッグを渡せば、俺とタイマンはれよ。俺は各大陸の王をブッ倒してサグオ最強を目指す旅に出てる最中なんだ」
「別に構わないが……しかし、それは無理だろう」
「何故だ?」
「君の現実の身体は我が海老名病院にあり、私の言動一つで始末する事も可能だ。たとえば我が息子は今どこにいるかわかるかな?」
「……おいジジイ。そこを狙うかよ。それに俺が生身でログインしているのを知ってたのか。現実の俺の身体もあるにはあるが、そいつをどうにかしても俺がどうなるかはわからないぜ?」
「いや、君は死ぬよ。君の相棒と我が息子の話をある忍から聞いてね。確か開発者シュウヤの妹のニャムだったかな? 彼女は君が嫌いなようで君の情報をくれるのだよ……次世代の王は何でも知ってるのだハハハっ!」
唇をかみ締めるライトはいつの間にかエビナの罠にはまっていた。
現実のライトを始末するエビナ医院長はスッ……と手を差し出し、ドラゴンエッグを求める。
この邪竜の卵を破壊すればこの邪竜復活阻止作戦のイベントは完遂されるが、このまま壊すにはエビナの邪悪な二つの両眼が許さないだろう。溜息をつくライトは一つの決心をした。
「……仕方ねーな。やるよ」
「ありがとう。タイマンには後で応じよう。エビナキャッスル内部でね」
ニッと微笑むエビナは手を伸ばす。
投げられるドラゴンエッグは、宙を舞った。
『……!』
取引をした二人は驚愕する。
ドラゴンエッグは緑色の髪の少年が手にしているのであった。
そこにはサグオにログインしていないはずのエビナの息子、エピオンがいるのであった。
「親父……本当にライトと決闘してくれ。そうすればこれは渡す」
「余計な事をするな。息子は君と組ませて情がわいたのか?」
「ん? そりゃないな。俺とエピオンは犬猿の仲だ」
親子の会話の答えをライトは告げる。
そしてライトはおそらくである答えを告げた。
「まぁ、現実の俺を始末してもこのサグオの俺は死なないけどな」
「ほう。それが君のチートたるゆえんか」
「チートの考え方間違ってね? オッサン」
「目障りな少年だ。桔村に借りが出来たら最悪なんだから大人しく死んでいろ……」
邪竜復活阻止作戦は海老名医院長と桔村グループの総帥とのゲームだった。
ギャンブル好きのキキョウの父と、エビナは友人であったのである。
二人はライトを始末し、邪竜復活が実現すれば百億の金銭時受があるマネーゲームをしていた。
そしてエピオンからドラゴンエッグを受け取るエビナは叫んだ。
「人の命は金で買える。この世は金で回っているからな!」
顔が豹変するエビナに、ライトとエピオンは眉を潜めた。
そしてその白衣の悪魔は言う。
「どうだい? この世界の生活は?」
「楽しいさ。俺が望んだ世界だからな」
「そうか。それなら私の医療ビジネスもこの世界で支持されそうだな。仮想空間でも怪我をすれば手当てしなければならない。特に君のようなデスゲームをしている人間はねぇ」
そう、このエビナはサイバーグランゾーンオンライン内部でも医療ビジネスをして多額の金を儲けようと企んでいた。リアルでは老人から絞れる金にも限界に達しており、若者から絞れる医療費はこのゲーム世界にこそあると思った。唐突に攻撃をするエビナは言う。
「この世界に可能性を見たからデスゲームを容認したのだろう? シュウヤの力を利用して!」
「違う! 俺はただこのゲームを必死に楽しみたいだけだ!」
「その点では君も私も変わらないよ。互いに自分に正直なだけだ」
「俺はお前のようにこの世界でマネーゲームをしているわけじゃない!」
ズバババッ! と二人の攻撃は空間に弾けた。
それをエピオンは見守る。
「高度な医療とは世を動かす金持ちの為にあり、金の無い人形……いや、人間はその人間達が安心して医療を受けられるだけのモルモットなのだ。君なら丁度いいじゃないか? 君が死んでも家族も悲しまないだろう? だから君の家族は私の無料で海老名病院の医療を提供するという提案を飲み、私の病院に転院してきたのだよ」
「……」
ライトは自分の仲の良くない家族を思う。
父親は仕事の事しか考えず、外に愛人がいるのを隠そうともしない。
母親は毎月振り込まれる生活費にしか興味が無く、近所では真面目で落ち着いた主婦を演じているが裏では隠れて男と遊んでいる。その冷え切った家庭内で、ライトの居場所はサイバーグランゾーンオンラインの内部しかなかった。
そう、ライトは自分自身に敗北し全てを諦めたからこそ辿り着いた場所であった。
だが、今はあの頃の自分ではない――。
「悲しむ人はいる……それは俺の戦友達だ!」
その言葉にエビナは笑う。
そしてドラゴンエッグを悠然と見つめた。
不可解な目をするエビナに注意しつつ、ライトはエピオンに言った。
「さっきから気になっていたが黙っていた。しかし我慢出来ないから言おう。エピオン、お前の口癖は全て親父譲りか?」
「そうだ。何が悪い!」
「悪くはないさ。あの親父を目指してお前は医師の勉強に励んで自分の居場所を作ろうと努力してるんだからな。お前は立派だよ」
その二人の少年の会話を遮るようにエビナは言う。
「では決着をつけよう。ここで君がゲーム内から消えれば、現実の君の身体はどんな手段を使っても私の次の学会で発表出来るモルモットになってもらうよ」
「上等だ! 俺が勝ったらエピオン……いや、茂久を世継ぎとして認めやがれ!」
「いいだろう。それにしてもドラゴンエッグ……シンプルでいいデザインだよ」
口元を歪めながら笑わせるエビナにライトは目の前の中年男に大きな邪心があると認識する。
先ほどから壊さずにいるのは、明らかにドラゴンエッグで何かをしようとしているのに他ならなかった。
「それを返せ! それは邪竜の卵だ。邪竜が復活すればこの国は滅ぶぞ」
「滅ぶ……のも悪くないな。この国は滅ぼすべきだよ。この私が邪竜に変身してなぁ」
「邪竜に変身……だと?」
ドラゴンエッグは邪竜が生まれる卵ではなく、プレイヤーが邪竜として無双出来るアバターチェンジアイテムだった。つまり、これを手にした者が邪竜として世界を蹂躙出来る権限を与えられるのである。
「この偉大なる私が茂久のスキルを真似るとはね。親子とは似ているものだねぇ」
パクッ……とドラゴンエッグを食べるエビナは邪竜と融合した。
ズズズズズッ……と闇の胎動と共にエビナの身体は変化していく。