エビナメディカルの宴会
エビナメディカルキャッスル中央広場――。
そこでは邪竜の卵であるドラゴンエッグ捕獲作戦への同志達の士気を高める宴会が開かれている。
多くの人間達が談笑しながら料理を楽しみ、明日の邪竜の卵捕獲作戦へ向けて士気を高めていた。
ついにイベントが開始されるダンジョンをエビナメディカル最強の三人衆であるドラゴンライダー達は発見し、明日にダンジョンが開放されるのを確認したのであった。
宴会場である群衆の中を金髪の少年が悠々と歩いて行く。
「……やけに豪勢だな。いくらゲーム内部とはいえ金のかかる食材と料理スキルが高くないと作れない代物ばかりだ」
モグモグと骨付き肉を頬張りながらライトは周囲のテーブルに並べられる豪華な料理を眺める。ゲーム内部である為に酒を飲んでも二日酔いなどはしない為に、すでに足取りもおぼつかないほど酔っている者もいて仲間内ではしゃぐのも面白いものだなと思いながら各テーブルを回る。
「泡姫の奴、また男をたぶらかしてらがるな」
相変わらず大事な所を泡でしか隠していない泡姫が宴会で盛り上がる群集を更に色香で盛り上げている。
そこにコックの格好をした緑の髪の少年が片手にサーロインステーキの乗った皿を持ちながら悠々と現れた。
「俺様の父上を甘く見るなよ」
「エピオン。お前この前は逃げやがって」
「もう過ぎた事は忘れろ。それよりこれを食ってみろ。俺様はゲームでもリアルでも料理のスキルは凄まじいのだ」
「確かに凄まじいステーキそうだな」
芳醇な香りが漂っているが、口にしない限りはわからない。まさか毒など入ってないだろうなという疑問も一瞬抱いたが、ライトは構わずフォークをサーロインステーキに刺し口へ運んだ。
「……!」
一口口に入れるとじゅわ……という肉汁が口の中でとろけ一気に消え去った。美味いというリアクションしか取れないライトはエピオンの料理スキルにある種の尊敬の念を抱く。だが、エピオンは更に裏の切り札を出して来た。
「これが本当の次世代の王の切り札。最強の一品……特別に試食させてやる。食うがいい」
「フォアグラ大根。本当の切り札か……」
ライトは目の前に出されたフォアグラ大根を見る。
鰹の出汁を吸い込んだ柔らかい大根と、トロリとしたフォアグラの組み合わせが正に、和洋が混ざる次世代の王のメニューだった。ペロリと舌を舐めるライトは、
「フォアグラ大根か。いいセンスしてるぜ」
ライトはエピオンの切り札を食する。
そして美味そうに食う金髪の少年を一瞬見つめた後、エピオンは中空を見据えたまま呟く。
「リアルでもこれを出すんだ。どうだ……と思う?」
誰に出すんだ? とは聴かずライトは答える。
「最高だ。料理に関しては敗北だぜ。お前の親父も気にいると思うぜ」
「やけに親しげに語るな? お前は俺の親父と関係があるのか?」
「あぁ。この前二人で釣りしたからな」
「!?」
唖然とした顔でエピオンはライトを見つめる。そしてエピオンはうっすら瞳に涙を浮かべて言葉も無い。逆に動揺するライトは気まずくなり立ち去ろうとする。
「それだけの料理スキルがあるなら、今度お前の親父に食わせてみろよ。気合だ気合」
ポン! と肩を叩いて他のテーブルへ移動した。
その後姿を見送るエピオンは呟く。
「それが出来たら、苦労はしない」
切ない表情でエピオンは自分の作ったフォアグラ大根を口に入れた
そして盛り上がる宴会は終わり、ドラゴンの祠が解放される日がやって来た。
※
海老名病院医院長・海老名茂雄。
リアルでは有名な医者であり、ゲーム内ではエビナメディカルキャッスルの王であると同時にサイバーグランゾーンオンライン南大陸の王である。そのリアル世界の海老名病院に緑の髪の少年が現れた。
ライトの現実の身体は現在、エピオンの父の経営する海老名病院に移送する事になっていた。
原因は、ライトの本体の脳波が消えたからである。
ライトの見舞いに来た桔村学園の赤い制服のキキョウは病室内で立ち尽くしていた。
その話をキキョウである少女にエピオン事、海老名茂久は話しているのである。
「脳の問題なら俺の病院の方が優れているからね。キキョウさん」
「貴方……何でその名前を?」
「最近、とある忍を雇ってね。その女は君について詳しく知っていて都合が良かったのさ。桔村梗香。名前と苗字の頭文字で桔梗。つまりキキョウだろ?」
ポンポンとライトである雪村京雅の頭を叩きエピオンは言う。静かにキキョウは怒りを溜めて行き、そばにある竹刀袋を意識する。そんな事に気づかないエピオンは、
「このまま死んでくれればいいのにねぇ。そうすれば俺がサグオで最強になれるのに」
「あんたじゃ永遠に無理ですわよ」
フッとキキョウは闇を秘めた顔で笑うが、エピオンは無視した。
「それはそうと、ライトはこの状態のまま魂だけがサグオの内部にあるという事だよね? この身体を殴ればゲーム内部のライトにダメージはいくのかな? そうだったらとんだデスゲームになってしまってるね。楽しい、楽しい」
「デスゲームが楽しいわけが無い! もうずっとライトはデスゲームを戦い続けているのですわよ! 自ら望んだデスゲームを!」
「自ら望んだデスゲーム……?」
ニタァと笑うエピオンはキキョウがつい口走った言葉に想像を膨らませた。口を抑え唖然とする桔村梗香の様子を見れば今の夢物語のような話も事実だという事は明白であった。
これはチャンスだと思うエピオンは様々な考えが頭の中をよぎる――。
「そうか……ならパーティを組んでライトを始末すれば合法的に殺人を行えるのか。誰にも気付かれず、誰にも裁かれずに……ぐへぁ!?」
首に強烈な突きをくらいエピオンは壁に叩きつけられる。全く感情の無い人形のように冷たい瞳のキキョウは眉間に突きつける竹刀を押し出しながら話す。
「この事実を利用してライトに何かしたら私は貴方を殺して自害します。私の家の人脈や情報網はご存じでしょう? うっかり忘れないようにね。忘れたら死ぬだけだけど」
闇の住人に話しかけられたような殺気を感じるエピオンは失禁する。おそらくこの女は間違いなく今の言葉を実行するという事はサムライというアバターを使う性格からも容易に想像出来た。
「冗談だよ。この件は黙っていよう。一応今は邪竜を倒す為の仲間。だが、俺とライトは敵として戦い続けるのは運命だ。この勝負は一体一の決闘であるデュエルでしか決着はつかない。大多数で奴に勝っても俺も嬉しくないしなぁ」
そこで、形式上ではあるがキキョウはエピオンとの約束を取り付けた。
いつ反故にされてもおかしくない約束だが、それを破れば互いの死は避けられない。
股間の濡れを隠しながらエピオンは病室を出る。
力が抜けライトに覆いかぶさるキキョウは目覚める事の無いライトの顔に呟く。
「ゴメン……秘密をバラして本当にごめんなさい。私もデスゲームになった事で……許してくれるかな?」
その光景を、病院清掃員になりすますサグオ内部では忍のニャムと呼ばれる少女はエピオンが開けた扉が閉まるまでの間、瞳孔を開きながら見据えていた。