南大陸・メディカルキャッスル
イベント・ブラックマトリクスを攻略し、開発者・鳴海修也を倒したライトは南大陸中央都市に転移した。
とうとうライトはシュウヤ戦の前に宣言した各大陸の王攻略を開始したのである。
フィールドにたまにあるワープゲートを使い、この南大陸中央に転移したライトは小川が流れる岩場に向かい歩き出す。ワープゲートにおいて転移する場所は転移待ちを襲撃する者がいる為に、多少のバラつきがあり転移先のワープゲートの周囲三キロのどこかに転移する仕組みであった。これはどの大陸の土地に転移するのも同じである。
その穏やかな日差しが大地に降り注ぐ午後の時間――。
一人の金髪の少年は川で釣りをし出していた。
サグオ内部でも釣りのスキルを上げる事は出来るが、ライトは釣り事態が目的ではないようてある。その証拠に釣竿を持ってはいるが、その瞳はまばゆく地面を照らし出す大空の太陽を瞳を細め見上げていた。
「……」
そこに、医者の白衣を着た一人のオールバックの中年男が現れるのをライトは〈鷹の目〉のスキルですでに確認していた。しかし、まるで殺気などは無く手に持つ釣竿からただの釣り人だというのが伺えた。
「失礼するよ少年……? 君はライトじゃないか!? 何故こんな所に?」
驚くドクターは釣竿を落とす。
アクビをするライトはフゥ……と溜息をつき、釣りに専念しながら、
「俺だってたまには戦闘以外の事もするさ。心を休めるのも新しい戦いに向かうのに必要な事さ」
「まだリアルでも若いであろう君はやけに年寄りくさい事を言うな。面白い少年だ」
はははっと笑いながらドクターはライトの隣に腰を下ろした。すでにこの中年男は不思議な魅力を持つ最強の少年を気に入り出していた。
「サイバーグランゾーンオンラインでこんなのんびりしている輩は始めて見たよ。しかも釣りを目的としてないなんてとんでもない奴だ」
「これからの日々は長い。たまにはこんな日が無いとやってられねーさ」
「それがライトの強さの秘密なのかの」
すると、ドクターの釣竿に魚がかかったらしく立ち上がり竿を引き上げる。しかし、獲物には逃げられてしまった。そしてドクターはまた地面に座り釣り糸に餌を付けて川へ投げこんだ。
揺らめく水面が空の太陽を映し出し、それを見つめるドクターは隣のライトに自分の息子を重ねるように話し出す。
「……私も昔は息子と釣りをしたもだが今はこのゲーム内部で会うような関係になってしまったよ。自分の血縁とはいえ親子の関係とは、切っても切れぬし難しいものだ」
「……」
少し淋しそうな顔をしたドクターにライトは言う。
「この釣竿でよければ貸すぜ?」
釣竿の先に魚をおびき寄せる餌も付いていない釣り糸の先端を見たドクターは微笑む。
「……釣り糸の先端はただの針か。それなら釣りをしながらこんな長話も出来そうだな」
そして、ドクターの中年男は立ち上がる。
「これから大仕事が始まる前のいい休養になったよ。サイバーグランゾーンオンライン最強の男とゆるりと話せて楽しかったぞ」
※
南大陸中央都市・メディカルキャッスル。
そこは医療を中心とした魔法やアイテムを生み出す国柄で、エビナという医療王が統治する国だった。新興国としては優秀な国であり、その勢力の増加ぶりは目を見張るものがあった。ゲームに慣れない年寄りなどもこのエビナメディカルには参加しており、孫と共にこの南大陸からサグオデビューというプレイヤーが数多くいた。
実際にはアバターではリアルの情報などはわからないが、ライトは街の住人などの話し方やたどたどしい感じを見て年配のプレイヤーを見分けていた。
「とりあえず飯にするか」
目に入った一軒の中華料理屋に入る。
席に案内されそこのメニューを見ると、カロリー表示から材料の細かいデータも記載されていてライトは頭が痛くなる。デザートの欄にはサプリメントなどの項目もあり、医療大国の飯屋というのが否応無く感じられた。
「……まぁ細かい事は後だ。チャーハンに餃子。それとあんかけ焼きそば。デザートに杏仁豆腐よろしく」
「あいよ」
と、店員のCPUが返事をする前に一人の青いバンダナの少年が答え、ライトの席の前に座る。
口元を笑わせる青いバンダナにサックスブルーの皮ジャンを着た少年が姿を現す。
「ジン。また俺をハメるつもりか?」
「まー、そう警戒しなさんな。今回は誰にもお前の依頼はされてないぜ」
運ばれて来た料理を見てハンター・ジンも一緒に食べ出す。
舌をぺろりと舐めるジンは小皿にカラシを大量に付け食べ続ける。
やけに美味そうに食う青いバンダナの男を見つめながらライトは思った。
(味オンチかこいつ?)
すると、身体が暑くなってきたのか上着を脱ぐジンは言う。
「ブラックマトリクスは大変だったな。よくあの事件を生き残ったもんだぜ」
「お前、あの事件のどこまで知ってる?」
「事件って……あれはただのイベントだろ? サグオ最強のライトを倒す一大イベント……」
「事件って言ったのはお前だぜジン」
本音を語れと恫喝する鋭利な瞳にジンはカラシのついた唇を舐めた。
「俺が知ってるのはお前が生身でデスゲームをしているという事。それと開発者である鳴海修也をお前が倒したって事だけだ」
「だいたいの事は知られてるようだな。それも誰かの依頼か?」
「いや、これは俺の趣味。ブラックマトリクスなんてイベントただの個人的な感情でやったイベントじゃん? 明らかにライトに対し何か特別な事があると思い俺は独自に動いていたのさ。そうしたら、面白い事実がわんさか浮かび上がってきたわけよ」
「その情報を売る予定は?」
間髪入れず鋭利に切り返すライトに同じくジンは答えた。
「無い。言っても信じてはもらえないし、俺はお前の人生の先を見てみたくもあるからな」
「ゆらゆら動いていた瞳に揺れが無いな……一応本当だと受け取ろう。で、今は何の依頼をこなしてるんだ?」
「そいつは秘密だ。俺は各大陸を飛び回るハンターだからな。情報はあまり公表できない。いつも睡眠三時間で頑張るサグオ最強のハンターは俺だぜ」
「お前……廃人だな」
こいつは相当リアルを削ってる廃人ゲーマーだと思い、ライトは多少の好奇心を抱いた。
そして、改めてこの南大陸中央都市の話になる。
「この南大陸中央都市は最近繁盛してるが、案外裏では黒い事をしてるんだぜ。リアルと絡めた老人狩りさ」
カラシを付けすぎたシュウマイを食べるジンの言う事は確かに的を得ていた。
サグオ運営も色々と新規ユーザーを増やしてはいるが、ここ最近のエビナメディカルのギルドメンバーの増え方は異常であった。
南大陸最強の医療チームギルド・エビナメディカル――。
一年間の前金を払う事により、無料でのダメージやステータス治療を受けられ、尚且つ現実の病院でも割引きサービスを受けられるシステムだった。このサービスは孫と異世界で同じ姿でゲームを体感できる喜びから年配の多数の患者などに受け入れられ、メディカルの事業収益は現実とゲーム世界で飛躍的に拡大していったのである。
「……ってな感じでアコギな事をしてやがるのさ」
「そうか。南の医療王がそんな事を……」
リアルをゲーム世界に持ち込む存在が堂々と現れた事でライトは不快感を抱いた。
ゲーム世界にリアルはいらない。
嫌なリアルを忘れられる空間だからこそゲームなのである。
このままでは、いずれエビナ王のせいでゲーム世界にも逃げ場が無い人間が多数出てくるであろう。
「にしてもよくこんな情報を言うな? これも一人デスゲームをする俺の人生の観察か?」
「ん? 情報料は格安でもらうから安心しろ。お前もロクな知り合いがいないなライト」
「うるさい。盗賊のお前よりはマシだ」
ハハハッ! と笑われながらジンは金も払わずライト元を去った。
ふと、青いバンダナの男が消えてから思う。
「あれ? あいつまさか俺に払わせる気か――?」
ピロリン♪ と鳴り響くサグオ運営からのメールを開く。
すると、そこには新規イベントの開催が告知されていた。
《近日中に南大陸某所において、新規イベント――邪竜復活阻止作戦開始します》
邪竜復活阻止作戦――。
ライトはこの邪竜復活イベントを成功させる為にギルドに入らなければならなくなった。
このイベントを成功させればドラゴン一族に対し絶大な効果を発揮する剣・ドラゴンキラーが手に入る可能性が為である。この大陸はドラゴンが多く、まだ誰も手に入れていないドラゴンキラーは必ずどこかにあるはずだった。
「キキョウにはだいふ世話になったからな。このチャンスを逃すわけにはいかないぜ」
信頼のおける仲間であるキキョウの刀剣コレクションを増やすという目的の為に、数多の群衆の好奇の視線を浴びながらライトはエビナメディカルの入団手続きを行う事になった。
「この衣装を着るのか……やっぱ黄色くないとテンション下がるな……」
ライトは白い白衣を改良したようなエビナメディカル専用ジャケットを羽織る。
エビナメディカルに加入すると、交代制の24時間体制でメディカルキャッスル周囲の策敵や探索を行って城を守護する事になる。大掛かりな狩りや戦争を体験するにはギルドの加入が必須で、ソロプレイヤーには味わえないリアルなファンタジーの戦争を体感できるので、エビナメディカルへの加入者はイベントの発生を心待ちにしていた。
そしてライトは新しいジャケットに違和感を感じていると、南大陸最強のの三人・ドラゴンライダーを目撃する。
小型のドラゴンを乗り物とする空の自由騎士の三人。
技のヤコタ
力のジャンボル
魔法のイクシー
南大陸を代表する三竦みの三人組みだった。
そしてライトは南大陸の王・エビナと戦う前に新規イベント・邪竜復活阻止作戦に望む事になった。