天才開発者・鳴海修也との決戦
〈閃速〉のスキルを発動し、ライトは薄笑みを浮かべているシュウヤに殴りかかる。
アバター・ブラックマトリクスを展開するシュウヤは黒いコートに変化する闇の力を解放した。
時計が描かれるシュウヤが吹いているシャボン玉が一瞬で弾け、スッ……と乱れ打ちのような拳を回避する。システムの限界速度である〈閃速〉の攻撃はライトの思うように当たらない。プクッーと風船ガムを膨らませるようにシャボン玉を膨らますシュウヤは、
「遅いな。閃速とはその程度か。アクビが出るね」
「……!」
怒りを吐き出すライトの〈閃速〉のスキル効果である十秒が途切れた。
(……チッ、野郎は何かのスキルで俺の閃速に対応してやがる。三分後の閃速スキル回復まで瞬歩で戦うしかねぇぜ)
「何を考えてるんだい? 僕のスキルはスロウドロップ。このシャボン玉時計の正体さ。君の時間感覚を遅れせてるのさ。聞きたい事があるなら聞きなよライト」
「ウッセーぞタコ」
余裕綽々のシュウヤはスタースキルなども使う事は無く、純粋な肉弾戦を始めていた。まるでサグオ最強の体術家であるライトと持ち前のテクニックを競うようにバトルをしている。互いの攻防は舞踏会のワルツのように美しく、これだけの体術でのぶつかり合いはサグオ史上ナンバーワンともいえる戦いであった。
『――おおおおおおっ!』
先程までの劣勢が嘘のように勢いに乗るライトはシュウヤの正拳突きをしゃがんで回避し、その胸元に蹴りを入れる。
「うらぁ!」
そのまま空中に浮き上がるシュウヤにコンボをかます。ズガガッ! と三発まではヒットするが、空中で態勢を立て直し防御された。しかし、その防御さえライトは両足で引き剥がし思いっきり顔面に一撃を叩き込み地面に落下させる――。
ズゴンッ! とシュウヤは聖堂協会の机を破壊し、地面に倒れる。着地するライトは追撃には出ない。いつ、スロウドロップが来るかわからない現状では距離が生まれた直後が一番危険なのを察しているからである。しかし、このままでは勝機は無い。
ガラッ……と木の破片をよけながら立ち上がるシュウヤはフフッと微笑み言う。
「いいスペックだ。武器を使うゲームで武器を使わない君は本当に素晴らしいよ。これで僕の言う事を聞いていたら僕の手駒として永遠に飼ってあげたのにね」
「それはあり得んな。俺は早くこのサグオ内の王を倒す冒険に出たいんだ。いつまでもお前と遊んてるわけにはいかねぇんだよダアホ」
「冒険か……各国の王を倒すなんて旅をするのは君が初だよ。今までは人やダンジョン単位を敵にしてきたけど今度は国と戦うのか。全く君という戦闘狂はどこまで戦えば気が済むんだい?」
「とりあえず最強になってから考えるぜ」
「本当に君はサグオで人生を生きる事に向いているようだ」
呆れと羨望の眼差しでシュウヤは目の前の金髪の少年を見た。この金髪のライトはサグオを革命し変革する異分子や異端児でしかない。開発者としては見過ごせないが、変化するサグオの未来を生み出す何かは持っていそうな事に期待を抱く――が、
「君には死んでもらわなければならないんだよ」
悪魔の顔に変化するシュウヤは言った。
周囲には時計の文字盤が浮かぶシャボン玉が浮かび出す。
「きたな……おいシュウヤ。サクヤがお前の精神支配を乗り越えるってのは予想済みだったのか?」
「あのサクヤが裏切るのは計算通りさ」
「そうか。にしてもスロウドロップはウゼーな。やめてくんね?」
スロウドロップをくらう事により、ライトの体感時間の感覚が遅れる。
「身体能力の高さとスキル〈思考加速〉がアダになっているんだよ。心と身体が離れすぎているという事かな」
そう言うシュウヤは自分の周囲にもスロウドロップを展開した。
そして無造作に整えられる茶髪をいじり言う。
「……いずれこのサイバーグランゾーンオンラインをプレイするゲーマーはいなくなる。その時は電子の狭間で君の絶望を見ててあげようと思った事もあったけどここで死んでもらうよ。やはり君は危険過ぎる」
「確かにいずれこのゲームは誰もいなくなるだろう。サービスが終了するか、俺が死ぬまでのゲームだ。だがそれでいい。俺はこの世界が好きだからな」
「そうだね。それでいいよ。僕のスキル〈未来予知〉は絶対だから」
シュウヤは〈未来予知〉のスキルを発動させる。
とうとう天才開発者はライトを本気で殺しにかかってきた。
「僕の未来予知は〈スキルブレイク〉を望んでいるよ」
「何っ!?」
パリィン……とシュウヤの〈スキルブレイク〉のスキルで何かのスキルが破壊され使用不可になる。
しかしどのスキルを失ったかの確認をする余裕も無くライトは動き続けなければ死が待っていた。
「どんなに早く動こうとも無駄無駄。全ての攻撃はスロウになり尚且つ未来予知される。どんなに足掻こうとも、この僕のアバター・ブラックマトリクスに勝てる存在はいないよ。闇の子宮にて僕の優秀な配下として生まれ変わるがいいよライト」
その通り、〈スロウドロップ〉と〈未来予知〉のスキルのコンボは最強の組み合わせだった。時間の遅さと未来予知を合わされては、どんな攻撃もスローモーションでしかない。ここに来てライトのスピードという圧倒的優位に立てる体術が仇になる存在と始めて出会ったのは皮肉としか言いようが無い。
あまりにも無様なサグオ最強の金髪の少年にシュウヤは笑いながら言う。
「わからない子供だねぇ。〈見切り〉のスキルがあるからこそ、その閃光のようなスピードが生きている事を知らなかったのかい?」
「へっ……〈見切り〉のスキルが当たり前過ぎて忘れてだけだ。そうか壊れたのは〈見切り〉のスキルか」
「〈スキルブレイク〉はランダムでどれか一つのスキルを使用不可にするけど僕はやはり運がいいようだ」
ライトの速さはサグオ内でも最速ではあるがそれは長所だけでなく短所でもあった。
速攻でしとめようとした敵がたまたま武器をライトに向けた場合、接近戦しか出来ないライトはそのスピードが仇になり致命的な一撃を自分から受けてしまう事になる。
それ故、突然の不意打ちやカウンターに対応する為に〈見切り〉のスキルがある。その見切りのスキルが使用不可という事は、ライトにとって自慢のスピードが生きない――という事であった。
「スロウドロップでスピードが削られ、見切りのスキルを失いスピードを活かせない。もう詰みだよ、ライト君」
「まだ決定的な一撃は受けてないぜ。お前こそチートのフリして弱いな? おい?」
シュパァ! と渾身のライトニングカウンターが決まり、空間に多少の静寂が満ちた。
『……』
そして、この日本だけではなく世界各国にもその人気の高さが感染していくサイバーグランゾーンオンラインの創設者は神の如く両手を広げ、ゆっくりと神に挑む亡者に語りかける。
「君をベーターテスターにして良かったよ。僕もここまでのスリルを味わえるとは思ってなかったしね」
「へっ、それは光栄だぜ。俺もお前には感謝してる。最強として生きられる場所を与えてくれた事にな」
「ほう? それはどうもと言わざるを得ないか。だが、僕は君を殺さなくてはならない。悲しいけどこれが現実だよ」
「そうだな。悲しいけど俺はお前をブッ倒してこの世界からもリアルからも消えてもらう。俺の新しい最強伝説はサイバーグランゾーンオンライン開発者・鳴海修也が消えて始まるんだ」
「クククッ……ハハハッ! いいよライト君。もう一度君の絶望に歪む顔を見て、僕がサグオだけではなくリアルでの神にもなってみせよう。そう……僕こそが二つの世界の神だ!」
堂々と宣言するシュウヤにライトは微笑み、互いの希望を叶える為に開発者の男とプレイヤー最強の少年は動く――。