ソープの森3
シュウヤ精鋭部隊の百人はSと書かれた袖章を左肩につけている。
これはシュウヤがこのサグオ精鋭部隊に与えた敵・味方の識別証であり、これをつけている者は全てライトに襲いかかるのである。
「俺しか敵がいねぇのに識別証なんてしてどーするよ!」
ガスッ! と巨漢のミロスオーガムにアッパーをかまし、その背後に潜んでいた二人を潰す。すでに乱戦になる戦場では無数のシャボン玉が無意味に爆発した。
ワラワラと現れる敵をなぎ倒していると、警戒してなかった足元に違和感を感じた。
「……?」
エピオンと身体に書かれた大蛇にやられるライトはいつの間にか姿を消したエピオンの罠だと気付く。
「野郎……!」
生身であるライトは蛇の毒と生々しい蛇の牙が自分の足に食い込む感触がリアルでも味わった事が無かった為、一瞬の隙が出来た。
「張り手! 張り手!」
とスモウアバターのスンダーの張り手をもろにくらいブッ飛んだ。
タッ! と激突しそうになる木に着地し、痛む足をブルブルと振るった。
「殴られるより蛇に噛まれた方がキツイたーな」
「余所見をしてていのか? 張り手! 張り手!」
ズバババッ! と目の前を覆い尽くす張り手の応酬が繰り広げられる。
「力には力で行くぜ! フンガー!」
スンダーの真下に瞬時に動くライトはそのままジャーマンスープレックスをかまそうとするが、相手の体躯に押しつぶされそうになり体制を崩しながらジャーマンスープレックスもどきをかました。
「!? がっ……このわしが投げられるとは……」
「へっ、このライトの身体パラメーターはサグオ最強なんだよ」
瞬間、ライトの身体が大きな影に隠れた。
振り返ると、パイレーツジョブ・グルンドの三メートルほどあるギャンアックスがライトの脳天に直撃する。
「……っ!」
「!? 俺の唐竹割りを受けただと?」
「へっ、こんなもんはタイミングとパワーのバランスで白刃取り出来んだよバーカ」
股間を蹴られ、そのままアッパーをくらいグルンドは泡を吹き倒れた。
泡で思い出したが、すでにライトの周囲はシャボン玉だらけだった。
「ゲボッ! 俺の周囲はもう爆弾シャボン玉だらけじゃねぇか!」
『そうよ。ここでこの世を照らす光になりなさいライト!』
後方で様子を見ていた赤と青髪のの美少女アイドル魔法使い・マジックエスカレーション達は二人同時の疾風系魔法で爆弾シャボンをライトの周囲に配置していた。
すると、ライトは自身の身体に違和感を感じた。
(やっべ! 俺、生身だから動きまくると疲労が蓄積すんな。こりゃかなりのハンデを背負ってる戦いだぜ……)
その隙をつきネズミマジシャン・ジェラードは呪文を唱えた。
「油断大敵でおじゃる」
ブオオオオッと火炎魔法マグマドラグーンがライトの顔面に迫る――と同時にその背後に魔剣士アバターであるダークナイツ・サルドが迫っていた。
「チッ! 前後からか! つあああっ!」
ガスッ! とその火炎竜を真後ろに倒れ回避する。
ホーと息を吐くライトは言う。
「久しぶりだなジェラード」
マグマドラグーンをギリギリで回避し、背後の魔剣士サルドに直撃させて倒す。
瞬間、スキル〈閃速〉でジェラードの背後に出る。
「? ライト! 貴様ぁ!」
「悪いな。今はまともに相手してられん」
すぐさま首をへし折り、消えゆくジェラードにライトは言う。
スッ……とジェラードの袖章が落ち、ライトはシュウヤに与えられた物だから一緒に消えないのかと思う。そして、その背後にはこの森をテリトリーにするソープの森の主である泡姫が現れた。
素肌に泡を纏わせるだけの美女・泡姫は黒のロングの髪に泡が髪飾りのように張り付いていて、口から泡を吹き呟く。
「アワワ」
「アワワ……は焦った時に言え。にしても相変わらずエロいアバターだ。興奮しちまうぜ」
「いらっしゃいませ。そしてさよなら」
ポワワ……と空間にはライトを抹殺する死の泡が展開して行く。
無数の泡がライトと泡姫の周囲を取り囲み、他の面々はライトと泡姫との一騎打ちを見守るしかない。
「どうやら他の奴は手を出してはこねぇようだな。爆発の巻き添えはゴメンって事か。だが、サシでこのライトに勝てると思うなよ――」
〈瞬歩〉のスキルで一気に地面の草を踏みしめ駆け抜けた。待ち受ける姫は自分に酔いしれるように言う。
「いらっしゃい! 貴方の熱さを感じたいわぁ!」
「俺はチェリーだぜ!」
シュン! とあえて一つのシャボン玉を破壊しブラインドを作り、泡姫の背後に踊り出た。そのまま必殺の拳が泡姫の背中に直撃する――。
「つぁあ?」
ポワァ……と倒されたはずの泡姫の身体はシャボン玉になり霧散した。
態勢を崩すライトはフェイクだと気付き、その本体を探す。
そしてライトの背後にいる本体が言う。
「ならば卒業しなさい! 人生をね!」
「をね、をね、おネエ!」
ズガガガガッ! とシャボン玉爆弾とライトの拳が無数の火球を作り上げる。
ジリジリと二人のゲージが多少減るが、両者はそれを気にも止めず突っ込んだ。
『はああああっ!』
よほど強気なのか泡姫は接近戦でライトとやり合おうというらしい。
両手に泡を展開し、攻撃しつつ不意をつかれたらオートで動くシャボン玉がガードする。
これが以外に厄介で、ライトはすぐに考えを切り替えて肉を切らせて骨を断つという行動に出た。
「そのチンケなシャボン玉ごとブチ抜いてやるよ。ライトニング……」
来た! と言わんばかりに目を輝かせた泡姫は必殺の切り札を使う。
「この場所は私と相性のいいステージ。だからここで私に勝つのは無理な話よ。シャボンシャボンシャボーネ!」
スタースキルを発動させようとしたライトは周囲に罠がある事を確認し途中でキャンセルしてしまう。
「何だの円陣は!?」
いつの間にかライトのいる場所を中心としてシャボン玉の円が出来上がっていた。明らかに魔力のこもる光の粒子が立ち上がり、この戦いを見守る一団にも不味い――という危機感が伝染した。
「はい、フィニッシュよ。ビュ! とイッちゃいなさい」
ズゴオオオオオオオーーーーン! とその全てはかつてない爆発を起こした。
『――!』
友軍すら巻き込む途方もない爆発に一同は後退し、木と草の影に身を潜めた。
黒く煙が上がる空は悲しみを吐き出す場所も無い黒い夜空であった。
ソープの森の一帯が消し飛び、地面には大穴が空いている。
その大穴の土の中には人の手が一本突き出ていた。
ピク……とその手は動き、もう一本の腕も出る。
ゴゴゴッと土の中から這い上がる金髪の少年は黄色い学ランや髪にまとわりつく土を払った。
「……野郎。だいぶ下まで落ちたじゃねぇか……!」
口の中に入る土を吐き、ふと上を見上げるライトの言葉は絶望的に止まる。