ソープの森2
敵か味方かわからぬその青いバンダナの少年は微笑みながら近づいて来る。
それを見たライトは口元を笑わせ、
「やっと現れたか。お前に送ったメッセージがちゃんと届いてて良かったぜジン」
「あれだけの敵を相手にしてる中で戦闘中にメッセージを送るなんてお前が始めてだ」
ヘヘッと微笑むジンはアイテム欄を解放し青いシートを地面に敷く。そしてとんこつラーメンにピザ。鮭とおかかのおにぎりを出現させた。
空腹で体力を消耗していたライトはごくり……と唾を飲み込み、口の中によだれが溢れ出した。その顔を見たジンはポーションも差し出し、
「まぁ、食えよ。一応俺はお前から依頼を受けて飯を調達したわけだからな。金が入れば依頼主の依頼は受け入れるぜ」
「センキュー。早速頂くぜ」
大きく息を吐くライトは久しぶりの食事にありついた。
そして一気に食事を済ませるとライトはジンについて行く。
「それにしてもブラックマトリクスとはヒデーイベントだな。これじゃただの集団リンチだぜ? ゲームでもやっていいことと悪い事があるよな」
「運営も開発者の飼い犬になってるだろうから仕方ないかもな」
「シュウヤは死んだとニュースで言ってたが、まさかデマだったか? 最近は死亡説とか勝手に流したらマジになるから困った世の中だぜ」
「まーそうだな。真実は人の数だけある。それは自分の目と耳。そして全身で真実を見極めていかないと幻に惑わされるだけの人間になっちまう」
アイテム欄から残したパンを取り出すライトはふと立ち止まる。
「ジン。どうしてそんな森の奥へ、奥へと進んで行くんだ? 川に出るならそこの下り坂を進むべきだぜ?」
森の奥は暗くて寒い風が流れる空間。
一切の獣の気配も無く、たださまようシャボン玉が浮遊しているだけである。
直感が鋭いライトは更に言う。
「それにこの森はさっきから動物の一匹もいないな。明らかに誰かが介入して作られた結界のような森になってやがる」
ライトは周囲に多数の刺客が潜んでいるのをすでに察知していた。シュウヤに会う為にはこの試練は乗り越えなければならないと思い、ジンの罠にあえてかかったのである。
へへっ……と笑うジンは、
「実は先に依頼をされていてな。お前をここにおびき寄せるのが俺の一番の仕事だったのさ」
「やっぱそうか。別に空腹は満たせたから構わんぜ」
「意外に混乱しないのな。何でだ?」
「お前はシーフ。盗賊を生業にしてるお前が利益無しで動くとは思えないからな」
「ふーん。はなから信用無しか。ま、いいけど」
溜息をつきながらジンはポーションを飲もうとする――瞬間、ライトは動いた。
「食事には感謝するぜ。……んっ。やっぱポーションは美味い」
「!? 俺のポーションを……」
あり得ない速さのライトにジンは舌を巻く。周囲の刺客が襲う前に自分が始末されるのを感じるジンはすぐさまヘブンズゲートを出現させた。
それを警戒するライトの左手のパンが発火する。
「パンが燃えた?」
突如、焼け焦げたパンは消滅した。
明らかに火炎魔法で消滅したパンを失った事に怒りを感じるが、周囲の敵の気配以上に重要なアイテムがシャボン玉から開放されていた。それはHPとスキルゲージを完全回復させる神秘の薬草、エリクサーだった。
「おぉ! エリクサーか! いただくぜ」
「それは使わせないぞライト」
すると、ライトの耳にうっとおしい次世代の王を名乗る不快な男の声が聞こえた。
「熱っ!」
ライトの手にしたエリクサーは背後で火炎魔法を使った男によって燃やされる。
またもや邪魔された事にライトは怒る。
自分の反応速度についてこれるプレイヤーはそう多くはいない。
緑色の髪のナルシストのような少年が、背後に無数の人間を引き連れて現れたのである。
そこには緑の髪が憎たらしい俺様主義のナルシスト・エピオンが現れた。
「ボスが回復したらプレイヤーは大変な思いをするだろう? 俺様の一撃で消えろライト。この次世代の王の手によって敗北するのだ!」
その傲岸不遜のエピオンの背後には多数のプレイヤーが存在した。
揃いも揃って左肩にSと書かれた袖章をしていて、とてもイベントのために集まった統率の取れない集団ではなかった。いや、それ以上にこの百人ほどのメンバーはどいつもこいつも知った顔であった。そのそうそうたる顔ぶれにライトの全身に鳥肌が立つ。
「……人間魚雷のラクーアにシンデレラガールのミライ。揃いも揃って有名ゲーマーじゃねぇか。開発者の鶴の一声は怖いもんだな」
「ハハハッ! 俺様が集めたメンバーじゃない事をすぐにわかったか。感がいいなライトよ」
「オメーのようなナルシス野郎についていく奴はまずいねぇからな」
「言ってくれるなライト! この南大陸はすでに俺の管理下のようなものでもあるんだぞ! 広大なフィールドで倒されるボスの気分を味わって消えるがいい!」
シュウヤの集めた精鋭ゲーマー百人の精鋭部隊と戦う事になったライトはニッ……と自分の最強伝説に花を添える者たちに感謝した。明らかに自分の今を理解してないライトにエピオンはもう一度言う。
「年貢の納め時だライト。お前の最強伝説は俺様が終わらせる!」
「エピオン……しつこい野郎だ。お前達は全員俺の最強伝説を彩る花だ! 華麗に咲けよ!」
「次世代の王である俺様に負けるのは確定事項なんだよ。ライトぉ! 行け精鋭部隊よ!」
ズババババッ! とソープの森にて百対一の大激戦が始まった。