ソープの森
とある薄闇のダンジョンにて三人の黒服の戦士が躍動していた。
サグオでも有名な三人兄弟のデビルバスターズの三人は、襲い掛かる緑のアンデッドを蹴散らし、さらに奥にある大きな扉に肉薄しようとしていた。すさまじい爆炎と煙が舞い、三人は進む。
それを、サグオ開発者のシュウヤは自分専用の空間にて、無数にあるモニターの一つで眺めていた。背後にいるピンク色のニンジャはシュウヤに従うように立ち尽くしている。
無造作に整えられる茶髪をいじり、シュウヤは煙に満ちる空間の中を見据えた。
「どうやらあの少年の復讐心は中々のようだね。HPもスキルッゲージも無視した生体兵器として進化を遂げつつあるよ」
「あの男は死体操作のスキルがあったはず。それを死体そのものにしたのですか? それで本当に無敵なのですか?」
「死体になればダメージは無いから無敵といえば無敵だね」
「……」
その不気味な笑いにニンジャは反応せず、手に持つ湯飲みの茶をすすった。
そのシュウヤの見つめるモニターに、倒されたはずの緑のアンデッドが映った。
そして、その空間は双方の激突により大きな爆発が起こり、扉がズズズ……と開かれる。
もう一度緑のアンデッドを倒したデビルバスターズの三人は〈加速〉のスキルで駆け出す。
と、同時にピンク色のニンジャであるニャムの茶が落ちた。
「兄さん……。あのアンデッドはまた立ち上がったわ……あのHPゲージもスキルゲージも無い化け物は一体……?」
「あれは様々なアンデッドモンスターを集めて、生に焦がれる怨念を融合させて作ったアバター。あれこそが彼の望むライトに勝つアバターだよ。もう少し時間があれば彼になじむはずだね」
「恐ろしい事をするわね兄さん……」
宝石のような丸い目を血走らせ自分の兄に対する恐怖が広がるように落ちた湯飲みから床に茶が広がる。
尻尾が生まれた緑のアンデッドはその尻尾で一人のデビルバスターズを刺し、体内のエネルギーを吸収してしまう。
緑のアンデッドは干からびたデビルバスターの男を餓えた狼のように喰らっていた。チーズインハンバーグのチーズのようにとろける人間の血肉もおいしく喰らった緑のアンデッドは、赤く染まる口の歯をガリガリと左右に噛み合わせながら残る二人に襲い掛かる。
「俺様が次世代の王だーーーっ!」
『うわあああああああっ!』
常軌を逸した行動に戸惑う二人のデビルバスターは抵抗も空しく、肉体ごと喰われてしまった。
不快な光景に嫌気が差したのかニャムは、シュウヤのアジトを後にする。
静まり返るダンジョンでは、生物的に全身を震わせ餌が足りないように歪んだ口を空ける緑のアンデッドが立ち尽くしていた。戦いの煙が晴れ、追加で展開していたアバターを解除した緑色の髪の少年は柔らかい髪を揺らした。そこにシュウヤの声が響く。
「いや、結構、結構。流石はエピオンさん。筋がいい。貴方ほどこのアンデッド・デッドに向いている人間はいないでしょう。次に発現させる時、アンデッド・デッドの真の力は覚醒する」
大きく息を吐くエピオンは自分の新しい力に満足しつつ、
「アンデッド・デッドで勝てますか? ライトに?」
「余談ですが、デビルバスターズは三人でライトのレベルに限りなく近いデータがあります。今の貴方は強い。地震、もとい自信をもちなさいな」
エピオンはそのシュウヤの言葉で納得し、鼻の穴を膨らませながら満面の笑みを見せた。
「エピオンさん、君ならライトを感じられるはずだ。行きなさい。チャオ!」
「森だな。泡の舞う森にライトを感じる……これこそ、運命の赤い糸!」
再度アンデッド・デッドを発現させ、闇夜を切り裂くように駆けた。
口の中のデビルバスターズを喰らった感触が、エピオンを興奮させた。
※
ライトは全サグオプレイヤーからの襲撃に疲弊し、とある洞窟内で休んでいた。
ここに来て、今までまともにパーティーを組んでこのゲームをしてこなかったのが仇になっている。
知り合いがいれば一時的に見逃してもらえるかも知れないが、ライトの場合それはほぼ無い事であった。
現実でもゲームでもソロプレイヤー。
それが登校拒否をし、自宅でゲームにのめり込み砂上の楼閣である最強の称号に取り憑かれゲーム世界に居座った少年の全てだった。
それでも後悔は無い。
何故ならこんな日常はリアルでは絶対に味わえないからである。
そして、一度ログアウトをし、一週間の間リアルの情報を探って来たキキョウはライトに知り得る事をメールにて報告した。病床にいるサクヤの事、そしてシュウヤである雪村京雅の現実での行動を――。
そして、キキョウのメールの文面の最後にはこうあった。
《間違い無く、あなたの身体は別人が操ってるわ。それが鳴海修也との契約なの?》
それに対し、ライトは返信をして同じ言葉を呟いた。
「そうだ。それが奴との契約。それを破棄された以上、戦うしかないようだな」
とにもかくにもこのイベントから逃げ続けながらシュウヤである黒ライトを追う事を最優先として動く事にした。洞窟から出たライトは目撃情報のあった南大陸の外れにあるソープの森に向かった。
ソープの森。
そこは泡が漂う森。
その泡の中に食べ物があったりもする場所。
無論、プレイヤーにダメージを与えるダメージアイテムもある。
森の木々と泡で視界が遮られる為に隠れる場所としては最適な場所でもある。
そこを悠々と歩くライトは一つのシャボンを見つめ、
「とりあえず、この泡を叩くか」
ライトは目の前のシャボン玉を殴り瞬時に後退した。
ボン! という軽い爆発と共に一つのコッペパンが現れた。
地面に落ちる前にライトはスッと回収した。
「パンか。イチゴジャムでもありゃいいんだが、まずはこれで腹ごしらえだ」
それをかじりながら次のシャボン玉に目をつけた。
「次は何が出てくるかな? 唐揚げとか出てくるといいんだがなぁ……」
やはり肉が食いたいと思うライトは拳に力を込める。
すると、ライトの〈鷹の目〉が一人の存在を認識した。
振り返ると青いバンダナをしたサックスブルーの皮ジャケットを着た若い男が現れる。