黒いライト
青白い月が静かに夜の闇を照らし、草原に佇む黒い学ランの少年の瞳を輝かせていた。
今更ながらにその少年に気付く女子三人組の一団は各々武器を構え戦闘モードに移行する。
その三人組の髪の長い一人が言う。
「お前はライトか? ずっと金髪のアバターだったのに黒髪のアバターにしたの?」
「夜間迷彩だよ。それだけの人数で何を恐れているんだい?」
三人組の少女達は突如出くわしてしまったライトに萎縮しているのを看破された。
これから三人でダンジョンへ向かう所に出くわしてしまったのは不運としか言いようが無い。
「丸腰の相手に優位に立てないのは根本的にライトに勝てないという気持ちがあるからさ」
「こっちはもうコンテニューするには課金するしかないの。バトルは無しにしたいんだけど?」
「僕が君達の意見を聞いて何かメリットがあるの? それなりに名の通った三人組なんだろう。アジャラ三姉妹ってさ」
その他者を恫喝する殺気でアジャラ三姉妹は動き出した。先手を仕掛けなければこの場の勢いに呑まれ何も出来ないままゲームオーバーである。その反応の良さに黒いライトは口元をゆっくりと笑わせ――。
「行くよ。ライトニングドーン」
黒い閃光と共に、アジャラ三姉妹はあっさりと見せ場も無く倒れた。
※
一週間後――。
南大陸のとある草原にてハムスターのアバター・ハムスローとライトは戦闘をしていた。
スタタッ! とぬいぐるみのようなアバターのハムスローは中々の速度で草原を疾走する。
「ライトっ! 最近は夜は黒いカラーにして随分暴れ回ってるようだな。アジャラ三姉妹の仇は取るぜ」
「黒いカラー? それにアジャラ三姉妹なんかと戦ってないぜ」
「このゲームで拳で戦うド阿呆はお前だけだろーが !?……」
「阿呆で結構」
一瞬にしてライトの拳にハムスローは倒された。
「腹も減ったし少し休むか。キキョウが現実で情報を得て戻るまでは俺も出来る事が少ないからな」
爽やかな風が流れる草原でライトは柔らかな草の上で横になる。
草原によく現れるモンスター・ポークラビットを倒し、焚き火で焼いた香ばしい肉を食べているライトは清涼感溢れるポーションを呑み、くぅ~! という最高だぜといった顔をして一本の草を引き抜き口にくわえた。
「……何かが起こっているのは確かだ。サクヤの件も含めて色々調べないとなんねぇな」
一本の草をくわえるライトは呟く。
サグオ内部の各大陸を巡るにはまずサクヤの背後にある闇を解決しないとならない。
南の医療大国。
東の魔術大国。
西の金塊大国。
北の魔法剣大国。
そして中央の国際大国――。
各大陸の国の特色はそれぞれに違い、この南大陸が医療大国になったのも最近の出来事だった。まずは南大陸の王を倒しに行きたいが、ライトは自分とその周りの人間の不穏な出来事を解決するまで旅に出る事は出来なかった。
そして、心地よい草原に流れる風が眠気を誘い少し眠ろうとした。
すると、遠くの草むらからこの瞬間を待っていたといわんばかりに銀の矢が放たれた。
タタタッ! と草原に弓矢が刺さる。
ゴロゴロッと草の上を転がり立ち上がるライトは目をこすりつつ言う。
「人の仮眠を邪魔しやがって。俺は寝なきゃいけない存在なんだぞ」
スキル〈鷹の目〉にて敵の方角と存在を確認した。
すでに一撃でしとめられなかったアーチャーである敵は姿を現した。
銀色の帽子をかぶる男は弓矢を構え言う。
「サグオで寝る奴なんか釣り人ぐらいなものだぞライト」
「アーチャーのイザートか。好戦的じゃないお前が奇襲とはどんな心境の変化だ?」
「俺のチームを壊滅させた罪は償って貰うぞ。四人中三人がお前が怖くてサグオを引退しかかってるんでな。死ね!」
数本の矢が飛ぶと、イザートは姿を消すように草むらに消えた。すかさずライトは腰をかがめながら直線的に動いた。
「弓矢の方向がわかってる以上、隠れても無駄だ。俺はお前のチームなんか壊滅させた覚えは無いぞ」
「事実は消えんぞライト」
瞬間、ライトの背後から一本の弓矢が襲いかかる。
「スキル技か……!?」
驚異的な感覚で真後ろの弓矢を受け止めた――が、
「ゼロ距離ならかわせまい」
イザート必殺の光の弓矢が胸の前で炸裂した。
まばゆい光が草原を照らし、倒れたはずのライトは言う。
「残念だったな。ゼロ距離とカウンターは俺の十八番だぜ」
ライトニングカウンターで今の一撃を相殺したライトはライトニングドーンを叩き込む。
「貴様……本当に俺のチームを壊滅させたんじゃないのか?」
「しつこいぞ。その話、コンテニューして聞かせろ」
「コンテニューだと?」
「そうだ。コンテニューする予定はあるか?」
「あぁ、俺は必ずお前を倒す――」
「上等だ。その思いを忘れんなよ。システムに負けない熱い思いを」
ズバッ! とライトは一撃でイザートを倒した。
そして、イザートはコンテニューしまたライトの元に戻って来た。
無論、ライトにかかる呪いによりイザートはコンテニュー前の記憶は消えている。
そのイザートにライトは近寄り――。
「イザート! 俺はお前の仲間を倒していない! まず俺の言葉を聞け!」
「! ……いいだろう」
コンテニューして戻り、戦闘不可の無敵状態が一分続くイザートに怒鳴りつけた。
自分が何故コンテニューしたのか? という事を疑問に思い、記憶が消え立ち尽くすイザートの行動に制限をかけた。
これにより、ライトは戦闘になるはずの状態を回避した。
二人は数匹のポークラビットを倒して串焼きにし、イザートからチーズをもらいその濃厚な黄金のコーティングを肉に絡めてライトは豪快に食した。そんなこんなでコンテニューして戻ってきたイザートの話を聞く。
「……俺が二人いるだと?」
「そういう事になるな。今までの事実を突き詰めていくと、他の場所で黒いライトが活動している。つまりは偽者の黒ライトという事になるな」
ライトニングというアバターはオンリーアバターであり、コピーできる代物でも課金で買える品物でも無い。イザートの黒いライトニングの少年の存在は明らかに自分に関与している誰かが化けている事だと直感で理解するライトはポーションを飲み干し言う。
「このアバターはサグオ開発者の鳴海修也しかコピー出来ないはず。もしかしたらあいつが……」
全ての黒幕の存在が明らかになっていく中、現実でサクヤの存在を探していたキキョウはとうとうサクヤの入院する病院を突き止めていた。
※
現実にいるキキョウがサクヤの入院する病院を突き止め、その海老名総合病院に向かっていた。
現実ではサグオ開発者であるシュウヤが暗躍し、ライトである雪村京雅の姿を悪用してサクヤの親を騙していた。サクヤと友人だと知るサクヤの親は迷い無く意識を取り戻さない娘を入院させていた。雪村京雅として生きるのにすぐに飽きたシュウヤはその若い姿ですぐにパソコンを使い金策を始め、自分の手駒を金で増やしていた。
そして海老名総合病院に着く赤い桔村学園のジャケットを羽織るキキョウは受付で自分の名を告げ、特別予約面会者という立場で受付を済ませた。サクヤである月城咲夜の病室を確認し、801号室に向かう。
「……月城咲夜」
病室の前で月城咲夜の名前を確認し、キキョウはノックをして病室に入る。
そこには、ゲームアバターと同じ紫のツインテールの色白の少女が儚げにベッドの上に横たわっていた。まるで死体のような白すぎる顔の生気の無さにキキョウは息を呑みながら近づいた。
「生きてるの?」
ふと、その自分と同じぐらい豊かな胸を触り心臓の音を聞く。
ドクン……ドクン……とちゃんとサクヤは生命の鼓動を刻んでいた。
安心するキキョウはその手を離そうとするが離れない。
「? うわっ――」
黒い粒子がキキョウの思考を飲み込んで行く。
他人の精神世界にキキョウは呑みこまれた――。
「ここは……」
そこは真っ暗な無数の星が点在する夜空のような空間だった。
「私の精神世界よ」
まさかサクヤの精神世界に引きずりこまれるとは思いもしないキキョウはこのアバターも無い空間でどう戦おうか悩む。しかし、目の前に浮遊するキキョウに戦闘の意思はなかった。まず、この精神世界では戦闘は不可能であった。
薄く微笑むサクヤは動揺が鎮まるキキョウに語り出す。
自分の一語一句がやけに相手の心を揺さぶっている事を面白く感じながら、サクヤは久しぶりの楽しさを感じていた。その応対するポニーテールの少女は語る。
「昔の相棒は貴女かもしれないけど今の相棒と呼べるのは私ですわよ」
「そう……でも、ライトはもう現実には現れないのよ。それでもいいの?」
「それでもサイバーグランゾーンオンラインの中なら会える。それに、彼の身体が存在するなら現実に戻る可能性はゼロじゃないですわ」
その強い烈火のような眼差しに、サクヤは唇だけを動かし答えた。
「恋を……しているのね」
そして、サクヤはライトである雪村京雅について話した。
「実物のライトは髪はあそこまで金髪じゃないし、あんなに強くない。今はただの不登校のニートだし、大人になったら世の中と同調出来ない社会不適合者よ。そんな男が好きなの?」
「生活に必要なお金も私の家は金持ちだから何とかなりますのよ。社会不適合者なら私が支えて成長させてやります。これだけの覚悟を持てる男が本当に何も出来ないはずがないですわ」
「買い被りよ。ライトは……雪村京雅はただのキモいニート。貴女のような美しく、格式のある家柄の女が一緒にいる男じゃないわ」
「外見じゃなくて内面に惚れてるんですわよバーカ! あっ……ごめんなさい」
キキョウはこの女と話していると自分の性格がどういう性格をしているのかわかって嫌になるが、どこか心地よくもあった。どうやらそれは目の前の女も一緒だとういう事をキキョウは悟り出している。その紫のツインテールの少女は言う。
「私をこの病院に入院させ、サグオで暗躍してるのは開発者の鳴海修也よ。あの男がライトの存在を消去し、もう一度サグオのシステム管理者として復活しようと目論んでいるわ。今度は現実を含めたシステム管理者としてね」
全ての黒幕を知るキキョウはすぐにサグオにログインする為に家に帰らなくてはとサクヤの精神世界から抜けようとする。一礼し去ろうとするキキョウを引き止めるサクヤは最後に言った。
「ライトは料理上手な女が好きなのよ。現実では無理でも、ゲーム世界なら料理のスキルも上げられるでしょう」
「現実でも料理上手になってやりますわよ」
フッ……と互いに一歩も引かない姿に苦笑した。
そしてキキョウは精神世界から去り、海老名病院を後にした。
「骨のある女ね」
サクヤは精神世界でそう言い、その少女とはまた会いたいと淡い気持ちを抱いた。